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第181回 ゲンさんの新聞業界裏話

発行日  2011.11.25


■新聞販売店物語 その6 暴走して孤立する新聞販売店経営者の話


「キリシマの件やが、どうする?」

「どうするて、このまま、あのドラ息子をほっとくわけにはいかんやろ」

「担当のシミズはんは、そのことを知っとるのか?」

「あの人に何を言うても、あかん。本人には注意しとるとは言うてはるが、一緒や。何も変わらん」

「せやな、あの人の頭には部数を増やすことしか頭にないさかいな」

「それだけやないやろ」

「袖の下か?」

「アホ、証拠もないのに滅多なことは言うな」

「いずれにしても、あのキリシマのガキは何とかせなあかんやろ」

「何か、ええ方法はないんか?」

「一応、ゲンさんにも相談してみたが難しそうやな」

○○地域のA紙販売店協力会に集まった新聞販売店経営者、および店長たちの会話である。

これだけやと何の話か分かりにくいと思うので順を追って説明する。

また、その場にいた新聞販売店経営者の一人の方から、サイトのQ&Aに非公開を条件に相談受けていたので、その折りにした回答も随所に折り込みたいと思う。

キリシマというのは、○○地域のA紙の販売店経営者のことである。

つい最近、親である先代の経営者が亡くなって跡を引き継いだという。まだ30歳になったばかりで若い。

こういうケースは親と一緒に販売店で仕事をしていたというのが普通やが、キリシマは学生の頃、アルバイトで新聞配達をしていたことがあるくらいで経営に携わったとか、親からそれについて教えて貰ったということはないという。

この辺りの地域では、数年前からの「正常化の流れ」というやつで、客への拡材サービスは極端に抑えられてきた。

それは、このA紙販売店協力会だけではなく、地方紙やY紙も同じやった。

新聞本社からの通達というのも確かにあるが、それ以上に、どこの販売店も経営難に陥っていたということが大きかった。

以前のように拡材競争に明け暮れていたら、この不況下では共倒れになると考え、皆が協力して、「正常化の流れ」に乗ったわけや。

それをキリシマが、いとも簡単に破った。

この地域での拡材サービスは6ヶ月契約で洗剤3ケース、1年契約で5ケースまでというのが厳守されていた。

もちろん、ビール券、商品券といった金券は禁止である。

それをキリシマは、1年契約で1万円の商品券サービスというのを、地域のA紙新聞販売店協力会に無断で勝手に始めた。

それをやられると隣接するA紙の販売店や同じエリアの他紙販売店は堪ったものやない。

新聞販売店には宅配制度というのがあって、その地域では特定の銘柄の新聞は一店舗でしか販売できん仕組みになっとる。

新聞販売店の営業エリアというのは市町村といった自治体の区分で分けられているわけではない。

せやから住所だけで、その家がどの新聞販売店の営業エリアに属するのかというのは、その道の専門家ですら判断できん場合が多い。

たいていは、道路、川、線路といったもので区別されているのが普通やが、それにしても地域によれば違う場合も多い。

そういう場合の境界の線引きは、それぞれの販売店の思惑が絡み複雑を極めている。

それぞれが主張する営業エリアが重なることも珍しくはない。

当然、それに関するトラブルも結構多い。

その境界ぎりぎりに住む住民にとっては、同じ新聞を購読していながら、貰えるサービスが違うと言うのでは面白くないわな。

今回の場合で言えば、キリシマの営業エリアで契約すれば1年契約で1万円の商品券が貰えるが、違う販売店やと、同じA新聞でも1年契約で洗剤5ケースしか貰えないということになる。

極端な話、その境界に住んでいると、隣同士で、一方はキリシマの営業エリアになるが、その隣は他のサービスの悪い販売店の営業エリアになるということが起きるわけや。

業界の仕組みで言えば、それで当たり前ということになるが、だからといって納得する客は、ほとんどおらん。

「何で隣は、そんなに過分に貰えて、うちは少ないんや。同じA新聞やないか」てなもんや。

苦情が出て当たり前や。

実際、そういう苦情が来て、その客と揉めた末、購読を切るしかなかった隣接するA紙のスガノ新聞販売店の店主、スガノは怒って直接、キリシマの店に怒鳴り込んだという。

本当は、公の場で言うべきやろうが、キリシマは親の跡を継いでから、地域の協力会にはほとんど顔を出さんから、そうするしかなかった。

「地域の協力会でも、新聞社でも、お前のしている金券サービスは禁止になっとるんやから、すぐに止めろ」と、スガノ。

その言い方に、カチンときたキリシマは負けずに言い返した。

「何を勝手なこと言うとんねん。あんたらも昔は同じように、1年契約で1万円の商品券サービスをしてたんやないのか。死んだ親父が良う言うてたで」と。

「それは、何も取り決めがなかった時代やったからや。今はそれはあかんと決まっとるのやから、守らんとあかんやろ」と、スガノ。

「何やそれ、自分らは、今までそれで散々、やっといて、そんなことが言えた立場か」と、キリシマはあからさまな敵対姿勢を見せていて取りつく島がない。

「お前のしていることは法律違反やで」と、苛立ち気味にスガノが言う。

スガノが法律違反をしていると言うてるのは景品表示法のことや。

新聞勧誘の場合、景品の上限は業界の自主規制によるもので、公正取引委員会の認定を受けることで法律になっとる。

一般の法律は、ほぼ一方的に国が決めるのに対して、それぞれの業界の意見を尊重して決められているという希有な法律でもある。

むろん、他の法律のように国から決めたものはあるが、新聞業界のようにそれ以上に厳しい内容にしているものもある。

ちなみに、新聞業界が自主規制で決められた法律では、景品付与の最高額を取引価格の8%又は6ヶ月分の購読料金の8%のいずれか低い金額の範囲内ということに決められている。

業界では、これを「6・8ルール」と、呼んでいる。

この法律で言えば、6ヶ月契約以上はすべて同じ金額相当の景品以内ということになる。

つまり、6ヶ月契約も1年契約も渡す景品は同じやないとあかんということになるわけや。

それからすると、1年契約で1万円の商品券サービスというのは完全な法律違反ということになる。

「そうか、それなら、どこでもええから、訴えるなり、告発するなりしたらええやないか。オレは止めるつもりはないからな」

売り言葉に買い言葉やったのかも知れんが、キリシマは「例え、そうされても構わん。好きにしてくれ」と言うて開き直った。

この「景品表示法」は一般の民法や刑法とは違い、警察、および裁判所で扱われる法律ではない。

これは公正取引委員会が業者を取り締まるための法律で、その公正取引委員会が調査に入り、それと確認されん限り摘発されることはない。

その行為を通報するのなら、公正取引委員会、および消費者庁ということなるが、そうしても、ここ10年ほどその違反で新聞販売店が摘発されたことがないという歴然たる事実がある。

その地域でこそ、キリシマのような人間は他にいないのかも知れんが、その手の違反行為程度なら他の地域ではナンボでも行われとるのが実状や。

公正取引委員会、および新設されたばかりの消費者庁の組織力では、そのすべてをカバーするのが難しいということもある。

この景品表示法は、単に独占禁止法の補完法の一つというだけのことで、公正取引委員会、および新設された消費者庁は他の数多くの業界の監視をせなあかんわけやさかいな。

ちなみに、新聞業界一つとってみても、取り締まる新聞販売店は悠に2万店舗もあるわけや。

例え、そのキリシマの件と同様の事案を通報した人もおられるが、そのほとんどで何も起きなかったという報告がワシらにまで届いとるしな。

それに、その通報がなくても、公正取引委員会では全国から900名の消費者モニターというのを募集して数多くの違反報告を受けとるさかい、そのキリシマの件くらいの違反は先刻処置しているケースが多い。

その法律で摘発された業者は平成14年に和歌山で全国紙4店舗の販売店がまとめて摘発されて以降、ただの一件もおきてないという厳然たる事実がある。

それからすると、例えスガノが通報したとしても無駄に終わる可能性の方が高そうに思える。

断言はできんが、現在、公正取引委員会は一般業種の景品付与の制限を、それまでの10%から20%に引き上げて緩和しとるところをみると、新聞業界の「6.8ルール」という未だに上限8%を維持したままの違反には積極的に関わるつもりはないのやないかという気がする。

その違反を摘発するということは、自らが緩和した政策そのものを否定することにもつながるさかいな。

有名無実とまでは言わんが、それに近い状態になってしもうとるのやろうと思われる。

そのことをキリシマが知っていて、「どうせ、通報されても何のお咎めも受けることなどない」と考えとるのかも知れん。

いずれにしても、そこまで開き直られたら、その本人に何を言うても無駄やろうと思う。

良くも悪くも宅配制度というのは、そのエリアを管轄している販売店経営者の自由意志というものが強く働くシステムになっとる。

一種の治外法権やな。

いくら同じ系列の新聞販売店とはいえ、その経営や営業方針には口出しできんわけや。

今でこそ、その「正常化の流れ」とやらで同じ地域の同系統の新聞販売店での拡材サービスは統一されとる所が多いが、ほんの数年前までは、やっているサービスは、それこそまちまちやったわけや。

そのときに、今回と似たような苦情を言う者がおったとしても問題にすらなってなかったやろうと思う。

時代が変わったと言えば、それまでやが、その時代に合わせられん者を無理矢理そうしろと強制する権利は、スガノのような近隣の新聞販売店経営者には残念ながらないと言うしかない。

それが言えるのは新聞社くらいなものやが、それについては担当のシミズという男に言うとるということのようやから、今のところ、その判断を待つしかないのやないかと思う。

キリシマがなぜ、そこまで周りの同業者と対立して、自身の考えを押し通そうとするのか。

そのキリシマから直接、事情を聞いてないから確かなことは言えんが、それと良く似たケースなら知っとるので、そのケースを例に話す。

その販売店経営者はタキモトと言う。

そのタキモトも親の跡を引き継いだ経営者やった。引き継いだ直後の実売部数は千部にも満たなかったという。

それも徐々に下降気味になっていた。

このままでは「改廃」、つまり新聞社による強制廃業まで考えなあかん状態にまで追い込まれるのは目に見えていると感じていた。

それについて地域の販売店協力会では助け船を出すどころか、「それは、お前のやり方(経営)がまずい」と一蹴したという。

タキモトの地域でも「正常化の流れ」で、極端に拡材を抑えられていた。

実際、そうなってから、揉めた末に逃げた客も多い。

このまま座して死を待つつもりはタキモトにはなかった。

タキモトの地域では「正常化の流れ」になったのを機に、拡張員の入りを制限するというか、ほとんど使わんようになっていたという。

理由は拡張員を入れると、その「正常化の流れ」が崩れるというのが、その理由やった。

実際、入店する拡張団、拡張員次第ということはあるが、その可能性は否定できんとは思う。

現在、その拡張団、拡張員が一頃と比べると相当数減っとるが、そういうケースでの影響がかなり大きいようや。

ただ、その一方で部数が減少していく要因になっているという皮肉な結果にもなっとるわけやがな。

タキモトは積極的に拡張員を入れて部数増を目差した。それでしか現状を打開する方法はないと。

「正常化の流れ」が守られているうちはええが、それが崩れ出すと歯止めが効かんようになる。

タキモトの販売店では、3年契約で2万円の商品券サービスというのをやったという。

それで「正常化の流れ」で逃げていた客を一気に取り戻すつもりやった。

当然のように、キリシマと似たような状況になって周辺の同業者からの横槍や文句が殺到したという。

タキモトもキリシマ同様、喧嘩腰の対応をしたが、結局は簡単に収束した。

それは、入れた拡張員たちが、客には「1ヶ月契約で1万円の商品券を上げます」と言って勧誘していながら、契約書に細工をして1年契約にしていたといったトラブルが数多く発覚したためやった。

また、てんぷら(架空契約)も横行し、その肝心の商品券を拡張員たちに持って行かれるというケースも多発したという。

そういう事実があると新聞社も黙ってはおられんから乗り出すしかない。

結果、タキモトは改廃、強制廃業に追い込まれたとのことや。

キリシマも、そのタキモトと同じように拡張員を入れて、そうしとるというが、
同様の轍を踏めば、やはり同じ道を辿る可能性は高いやろうと思う。

今のところ、そういう報告は、まだないが。

ワシは折りに触れて言うとるが、営業を制限することになる「正常化の流れ」という名目でのサービスの縮小化傾向には懐疑的な人間や。

経営が厳しくなって経費を節減するという企業は多いが、そういう後ろ向きの経営では多少の延命はできるかも知れんが、先の展望は見えにくいと思う。

ワシが普段から言うてる、「新聞は売り込まな売れん」というのは絶対的な真理やと考えるしな。

そのためには、どうするかということを真剣に考えた方がええ。

すべての客が、そうやないにしても、やはり従来からのサービスになびく客が存在するのは確かや。そういう客を逃がす手はない。

その客を狙い、またそういう客を捜し出すのも新聞勧誘の一つのやり方であることも事実やさかいな。

実際、そうする勧誘員が大半を占めとるものと思う。

もちろん、サービス合戦の行き過ぎはあかん。

ひどいのになると「タダにします」と言うて自腹を切ってまで契約を取るバカな連中がいとるさかいな。

そういう連中を締め出すための「正常化の流れ」やとは思うが、今度は、それが過渡のサービス縮小に向かっているように感じる。

何でもそうやが、極端なことはあかん。

上手く折り合いをつけるということが一番の解決方法やと思うが、決まり事を作ると、それに振り回されるようになるもんや。

法律が、そのええ例で、「決まり事やから絶対守れ」と言って喧嘩をするのなら、それでも役に立つこともあるが、話し合うという面では相手方を意固地にさせるだけで何の得にもならんと思う。

法律は、どちらが有利かの判定をする分にはええが、人の心を融かすことはできん。

法律で負けた方は必ずといってもええくらい、その相手に恨みの念を抱くもんやさかいな。

勝った方が、それに気づくことがないだけのことでな。

決まり事を作った、またそれを守っている立場の人間からしたら、それを破っている者は、けしからんとなるが、それは一方の立場で見るからやと思う。

逆の立場、この場合、キリシマやタキモトの視線で見ることができれば、また違った見方になるはずや。

彼らが、なぜそうするのか。それは偏に危機感以外の何ものでもない。

両者に共通する思いは、このままやと先がない、廃業を余儀なくされるという強迫観念やと思う。

その思いを払拭するためには部数を上げるしかないと考えるのは、ある意味、やむを得ない選択やないのかという気がする。

今回の話は、いかにもキリシマやタキモトの側に非があるように思われがちやが、ワシは違うと見ている。

スガノたち、地域の協力会のメンバーすべてに、その責任があると。

それは、キリシマやタキモトの窮地を救えなかった、救おうとしなかったからやと。

組織の存在理由は、そこに参加しているメンバーを守ることやと思う。その組織を背景に威圧することやない。

そんなことは仕方ないと言う者がいとるかも知れんが、残念ながら、そう考えとる地域では、こういう問題は今後もひっきりなしに起こってくるやろうと思う。

それなら、どうすればええのか。

すでにその答を出して、実践している地域も多い。

SH(スーパー・ヘルプ)というのが、それや。

これは、ある特定の販売店の部数を増やす目的で、近隣の同系販売店から営業に長けた優秀な人間ばかりを集めたチームのことや。

それのある地域では、キリシマやタキモトのように部数減に陥って困っている店舗だと、真っ先にチームを編成して助けるという。

当然やが、そういう互助的なシステムが確立しとる地域では、造反者は皆無に近いということや。

キリシマやタキモトを責める前に、そういうシステムのない地域は、それを作ることが先決やろうと思う。

排除すれば事足りると考えているようでは、あかんということやな。

これは何も新聞販売店だけの問題やない。

特に新聞社には排除思考が高いように思われてならんが、そうすればそうするほど、人の恨み買うものと知ってほしいと思う。

排除するだけでは排除する側も救われんケースが多いことを。

くしくも今日、11月25日には、前回(注1.巻末参考ページ参照)話したY紙に反旗を翻した清武氏の会見が予定されとるとのことやが、予想するに、その大半は恨み節で占められるはずや。

それにより、Y紙も少なからず痛手を被るものと思う。そして、その先も不毛な争いが延々と続くことになる。

その煽りは、また販売の末端にしわ寄せとなって降りかかってくるのかと思うと堪らんで、ホンマ。



参考ページ

注1.第180回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞の実像 その4 不祥事に泣くのはいつも営業の現場


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