メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第189回 ゲンさんの新聞業界裏話

発行日 2012. 1.20


■「押し紙」行為を暴くことは果たして可能なのか?


ある読者の方から、


「押し紙」という詐欺犯罪の明確で確実な証拠を掴むことは簡単です。

新聞販売店の配達バイクを尾行し、通行人調査の計数器で実際の配達部数を確認。

それを合計し、バイクの台数で配達の部数と、新聞社からの新聞販売店への請求部数との差を追及すれば自白されます。


というメールが寄せられた。

この方は、どこかで「押し紙」のことを知られ、社会正義の観点から、新聞社や新聞販売店を追及したいという思いで、このような提案をされてこられたのやろうと思う。

その考え自体は悪いことやない。ワシらも「押し紙」のようなものはなくなって欲しいと考えとるさかいな。

ただ、残念ながら、この方の言われる方法では「押し紙」の『明確で確実な証拠』を掴むことは限りなく難しいと言うしかない。

99.9%以上の確率であり得ない、ほとんど不可能に近いことやと。

まず、『新聞販売店の配達バイクを尾行し、通行人調査の計数器で実際の配達部数を確認』と言われておられるが、そのための人員をどうするのかという問題がある。

新聞配達は、当然やが全国ほぼ一斉に同時刻行われる。

朝刊の場合、たいていは午前2時頃から午前6時頃までの間。夕刊は、午後1時から午後4時頃までの間に配達される。

新聞配達員は日本全国に40万人以上いると言われている。

本来、「押し紙」の『明確で確実な証拠』を掴むためには、そのすべてを調べる必要があるが、そのための人員は、ほぼ同数必要と思われる。

その方法では配達員の後を尾行するしかないさかいな。

または一店舗ずつ調べるかや。それにしても、一店舗で数十人の配達員を擁している新聞販売店はざらにあるから、最低でもその同数の人員が必要になる。

現在、新聞販売店は全国に2万店舗前後ある。1日1店舗ずつ調査するとしても、約55年かかるという計算になる。

台風や大雪、大雨といった過酷な気象状況を避けた場合は、さらにその期間が延びる。

また、それに伴う費用も莫大なものになるのは間違いない。

そんなことのできる、またしようと考える捜査機関は、日本のどこを探しても存在せんやろうと思う。

しかも『通行人調査の計数器』では、必ず誤差が出る。なぜなら、それは人のすることやからや。

人のやることに確実で絶対ということはあり得ない。ある程度のミスはあるものとして考えておく必要がある。

しかし、それでは「押し紙」の『明確で確実な証拠』とはならんわな。

次に、実務的な問題として、新聞配達員の後を尾行して、その正確な配達部数が果たして分かるのかということがある。

朝刊の場合、深夜から早朝にかけて行われる。当然やが、その時間帯は人通りは、ほとんどない。

『新聞配達員の後を尾行』するには、同じバイクでないと難しい。車の場合やと路地や通行不可能な狭い道に入られたら、それで見失うさかいな。

バイクで尾行するということになると、それに気がつかん新聞配達員は、ほとんどおらんやろうと思う。

深夜のバイク音というのは、素人さんが考えておられるより、かなり遠くまで聞こえるし、人通りの少ない住宅地あたりやと尾行されとるというのは、すぐに分かる。

ベテランの新聞配達員は、バイク音を聞くだけで、どこの新聞販売店のバイクなのか瞬時に聞き分けることができるという。

新聞販売店の場合、その地域ではバイクのメーカーが、それぞれ違うのが普通やさかいな。

それには、お抱えというか懇意にしとるバイクショップ、修理屋が新聞販売店毎に決まっとるからやと思う。

尾行されていると分かれば、それを振り切ろうとする者も必ずいる。

ベテランの配達員の中にはロードレーサー顔負けの運転技術を持った人間も多い。そんな人間についていくだけの腕のある調査員を確保できるのかとなる。

加えて、新聞配達の順路というのは前進するばかりやない。

ある家に新聞を投函してUターンするというのを何度も繰り返すし、狭い路地、脇道も何度となく入り込む。

また、マンションやアパート、公団住といった集合住宅にバイクを停めて、一定の部数をまとめて配達するということもある。

大規模なマンションや公団になると、『置き配』といって、数十部、数百部とまとめてそこに配り、そこの住人たちに配達して貰うというケースもある。

大規模マンションで、そうするというのは、外部からの出入りが制限されからや。配達員さえ入れんような場所を追跡捜査で調べようというのは、どだい無理な話やと思う。

また『置き配』には、バイクや自転車に乗れなくても配達のアルバイトがしたいという人のために、その地域にまとめて新聞を持っていくというケースもある。

そういうのを外部から事前に察知するのは難しすぎるやろ。ましてや、その後を尾行するというのも変な話やで。何しろ相手は歩きか、駆け足なんやさかいな。

外部の侵入がそれほど規制されていない公団住宅などの場合で、『置き配』をしていない二戸一形式になっているような所では、1棟ずつ駆け上がってドアポストまで配達することになっている。

それが数十棟ある地域もざらで、よほど体力に自信のある者でないとバテるし、それに馴れてない者がすると、歩くことさえ困難な状態にすぐなる。

もっとも、それ以前にベテランの足についていくことなんか、できんやろうがな。

ワシらのように年を食った者が、急激にそれをやると、命を落とす危険すらある。

ワシやハカセは、そのことを良う知っとるし、実際に経験もしとるから絶対にやろうとは思わんがな。

その過酷さは半端やないで、ホンマ。

ちなみに、公団での二戸一形式では上り下りを繰り返すさかい、どこかで必ずその追跡者と鉢合わせすることになる。

後をついていけば確実にバレるということや。

そうかと言うて、外からそれを見ているだけでは、どの家に新聞を入れるのかが、分かるわけがないから、『通行人調査の計数器』でカウントすることなんかできんわな。

また、尾行していると分かれば、その販売店の店長、仲間あたりと携帯電話で連絡を取り合い、その尾行者を取り押える、詰問するということも考えられる。

そうなった時点で、調査終了や。

場合によれば『営業妨害』に該当することもあるし、新聞配達員には女性も相当数おられるから、ヘタをすると『ストーカー行為』で警察に通報されかねんということもある。

犯罪行為を暴こうとして犯罪者になったんでは洒落にもならんで。

今までの話はバイクで配達する場合やったが、自転車も少なくなったとはいえ、未だに相当数いる。

自転車の後をつけるのが、バイクやったらバレるのはすぐやから、話にならんとして、同じ自転車でするのかという問題がある。

もし、そうならバイク以上に個人の技量の差が激しくなる。尾行するのも、より難しくなるということや。

そして、この方法でも遅かれ早かれ尾行は発覚する。

さらに車で配達するというケースもある。

これはワシが実際にやった経験があるが、新聞社によれば、先に言うた『置き配』や店舗、会社、ホテルといった大口顧客へは車、ワシの場合は軽のライトバンやったが、それで配達するというケースがある。

この場合の尾行は比較的簡単かも知れんが、一度に数部から多い所へは数百部単位で置いていくから、その部数を把握するのは困難や。

たいていは、雨露に晒されて濡れんようにビニールなどで厳重に巻かれとるさかいな。

それを解いて調べようとすれば犯罪になりかねんし、そもそも、そんなことをしてたんでは、その車の尾行を続行することができんようになるわな。

山奥の僻地や離島は、どうして調べるのかという問題もある。そういう所へはたどり着くだけでも一苦労やで。

新聞配達員にとって追跡者を排除する方法は、他にもいろいろある。これ以上は配達員の安全のためにも言及は避けとくがな。

誰しも尾行されるというのは気持ちのええもんやないから、ほとんどの者がそれと分かれば排除しよう、振り切ろうとするはずやとだけ言うとく。

夕刊の場合は、逆に交通量や人通りが多すぎて、尾行すること自体が難しいやろうと思う。無理をして追跡すると事故を起こす可能性が高いさかいな。

また夕刊の部数を調べても、朝刊のみ購読しとるという人の方が多いから、あまり意味がない。それで分かるのは単に夕刊の配達部数だけや。

簡単なことやないというのは、尾行して調べることだけを考えても分かるやろうと思う。

以上は尾行することだけについての話やが、新聞を売るのは何も配達だけやない。

新聞販売店という名のとおり、店舗でも売る。

実際、朝の通勤の途中とか、現在の新聞販売店とトラブっているため、そこからは買いたくないという人たちが、新聞販売店まで出向いて買うということがある。

たいていの新聞販売店では、そのための新聞を折り込みチラシ入りで用意しとるという。そのチラシ欲しさにエリア外から新聞を買い求めてくる客もいとるさかいな。

そして、新聞自販機というのを設置しとる販売店もある。当然それでも新聞は売れる。

新聞自販機で売れる部数というのは日によって違うから、これも確かな数字を弾き出すのは無理やわな。

上記のような理由から、新聞の実売部数を外部から調査するのは不可能なことやと言うしかないということや。

しかし、それで終わったんでは話が進まんので、それらをすべてクリアできて、『通行人調査の計数器』で正確な数字が出たと仮定する。

『それを合計し、バイクの台数で配達の部数』を弾き出すというのは、あまりにもアバウトすぎて著しく正確さに欠ける。

新聞配達員の配達部数というのは個人によって、それぞれ違うさかい、バイクや自転車の台数で計算することなんかは絶対にできん。

せやから、ここではすべてを直接調べたものとする。

ただ、そうまでしてせっかく調べた数字が、そのまま配達部数、実売部数にはならんということがある。

新聞というのは全国紙、地方紙の一般紙だけと思われている人がおられるが、それは違う。

たいていの新聞販売店では、メインとなる『本紙』と呼ばれる新聞の他にスポーツ紙や業界紙と言われる新聞が、少ない販売店で十数紙、多い販売店やと三十数紙程度ある。

それらがすべて『本紙』と一緒に投函されていれば1回1部とカウントできるが、中にはスポーツ紙だけ、業界紙だけ配達するというケースもある。

また、1軒の家に同一の新聞を複数部入れることもある。それには二世帯住宅という場合もあれば、店舗のオーナーというケースもある。

店舗のオーナーにはコンビニを経営している場合もあれば喫茶店、レストラン、ホテルを経営しとる場合がある。

郵便局、銀行といったケースも当然ある。あるいは、官公庁や病院、会社といったケースも同じや。

それらで新聞を販売する、または顧客の閲覧用に配達されるわけや。

それらは1回の配達で複数部入れとるのが普通や。もちろん、その部数の把握も簡単やない。

それに、そういう所には許可のない外部の人間が入り込むこと自体ができんのが普通やさかい、そこで追跡不能になる。

いくら『通行人調査の計数器』で追跡してカウントしても確実な数字が掴めん、誤差が避けられんと言う所以が、そこにあるわけや。

尾行して調べるという方法では配達部数など知りようがないと。

犯罪行為と断定するには正確な数字を出せんことには立件するのは難しい。大体そんなものやという程度で罪に問うわけにはいかんさかいな。

日本の法律は確かな被害に対してのみ罪、あるいは損害賠償の対象として認知される。不確かな被害で罰せられることはまずないということや。

素人さんの考えるアイデアとしてはアリかも知れんが、実行するのは限りなく難しいと言うしかない。

ほとんど不可能なことやと。

また、例え『配達の部数と、新聞社からの新聞販売店への請求部数との差』が分かったとしても、それがそのまま「押し紙」の証明になるとは限らんということがある。

それで判明するのは、単にその販売店に、それだけの余剰紙が存在するという事実だけにしかすぎん。

その余剰紙の中には「押し紙」を含め、様々な形態の「配達されない新聞」が存在する。

その余剰紙のすべてが「押し紙」やと主張する者がいとるが、それは違う。

まず、「押し紙」の定義やが、これは新聞社が専属の販売店に強制的に新聞を買い取らせる行為のことをいう。

その事実があるのは確かや。それについて反論はできんし、するつもりもない。

しかし、その程度がどのくらいかということになると新聞社、新聞販売店、それぞれで違うとしか言えん。

一律性、法則といったものが、まったくない。

「押し紙」がほとんどない新聞販売店もあれば、五割近い新聞が「押し紙」やという新聞販売店も存在する。

「押し紙」が存在する背景には、新聞社の総収入の実に半分近くを占める新聞紙面の広告収入が、その部数に比例するからやと言われている。

その広告収入を多く得るためには部数を増やす必要がある。そのためにも、せめて増えたという既成事実だけでも作っておきたいということで考えついたのが押し紙という手法やったわけや。

新聞社は部数を伸ばすために販売計画を立てる。新聞社の販売計画というのは増紙を意味する。減紙とか現状維持でええという考えにはなりにくいようや。

新聞社にとって、その増紙先は専属の新聞販売店しかない。

新聞社は増紙のための販売計画を立てる。それを基に専属の新聞販売店に増紙を依頼する。

これは形の上では依頼であっても実質的には、その計画を立てた時点で、その依頼分を買い取るよう強制しとるのと同じことになる。

新聞社は専属の新聞販売店に増紙を承諾させた段階で、部数増が約束されたことになる。

それを受けた販売店が、その分を営業で売れれば問題ないが、売れ残った場合は余剰紙となる。

それが一度だけであれば、さほどのことはないやろうが、それが長年に渡り延々と繰り返されてきたということが、この問題の元凶やと思う。

その長年の間に、営業努力でその増紙分を売り捌けた販売店、頑としてその増紙分を拒否し続けた販売店、拒否できなかった販売店とに色分けされていったというのが、「押し紙」の実態なわけや。

しかし、表向きはその事実はないことになっとる。

新聞社は当然としても、多くの新聞販売店も公には余剰紙の存在は認めても「押し紙」を認めるケースは極端に少ない。

サイトへは頻繁に報告して頂いとるがな。

新聞の発注は、販売店がするもので、その要望に合わせて新聞を卸しとるだけやというのが、新聞社の言い分や。

それに、新聞社は過剰な注文はせんようにとの通達を、それぞれの販売店に出しとるという。

毎月の請求書にその文言を印刷したものを確認させたり、そのための誓約書まで提出させたりしていると。
 
「積み紙」というのがある。

これは、新聞社から部数を押しつけられる押し紙とは逆で、販売店自らの意志で余分な新聞を買う行為のことを言う。

多くの場合、新聞社には内緒で行われている。

一般的に1万部の公売部数があれば、大規模販売店と認められることが多い。

この1万部の新聞を業界では「万紙」と呼ぶ。万紙以上を扱う大型店となれば、新聞社からの扱いが違ってくる。

普通、新聞社と販売店の関係では、圧倒的に新聞社の方が強い。

両者の間には業務取引委託契約書というのが交わされているんやが、その内容は、ほぼ一方的に新聞社側にとって有利なものになっとる。

新聞社の意に沿わんことをすれば、いつでも契約解除することができるとその業務取引契約書に明記されとることからも分かるやろうと思う。

契約解除というのは、業界では「改廃」と言うて、事実上の廃業を意味する。

多くの新聞社では常に、代わりの経営者を養成、または用意しとるのが普通や。

新聞社のWEBサイト上には、そのための募集広告がある。

そこでは、その候補者がひっきりなしに集まってくるから、よけい新聞社は強気になり、現役の新聞販売店経営者は不安のあまり言うことを聞くしかないとなるわけや。

しかし、大型店ともなるとその事情が違うてくる。

新聞社は、部数を多く獲得しとる販売店ほど大事にする傾向にある。部数至上主義と言うて、部数の確保を大事にするさかい、自然とそうなる。

あと僅かで、万紙販売店に手の届きそうな販売店の場合、多少の無理を承知で積み紙をしてでも大型店の仲間入りを果たそうと考えることもあるという。

9千部の販売店が1万部確保するために1千部くらい平気で買うということや。それには実利よりも見栄の方が強いような気もするがな。

また、改廃逃れのために顧客を獲得したと嘘の報告をして積み紙をするケースもある。

基本的に新聞社は、部数を伸ばした販売店ほど評価するさかいな。

言えば粉飾決算のようなものや。当然、これも新聞社には内緒で行われる。それがバレたら意味がないさかいな。

これらの事実を新聞社は販売店の「虚偽報告」として裁判の場でも、そう主張しとる。

さらに拡張経費削減のために積み紙をするというケースもある。

通常、新聞社は「押し紙」を受け入れた販売店には、いろいろな名目で補助金を出す。

これは、新聞社によりそれぞれで、販売店の店主ですら良う分からん名目ものがあるという。

ワシらが、一番身近なものに、拡張補助というものがある。拡張料の一部を新聞本社が負担するというものや。

他には経営補助、拡材補助、完納奨励金、販売店親睦会補助、保険・年金補助、果ては店主、従業員の家賃補助まで新聞社からの補助金として出とるという話や。この他にもまだまだあるという。

言い方は悪いが、補助金漬けになっとるわけやな。補助金なしにはやっていかれん販売店も存在するくらいやと。

この中で一番大きいのは拡張補助と言われているものや。

新聞社は拡張団に地場エリアと呼ばれている活動範囲内の新聞販売店に拡張に行くよう、その日程を組んで指示する。

その際、新聞販売店が拡張員に支払う拡張料の約半額程度の補助費が出るという。

基本的に販売店は、拡張補助を貰っている手前、拡張員の入店を拒否し辛いということがある。

しかし、それすら経費として拡張員に支払うのは高い、勿体ないと考える新聞販売店が、自店で営業するとして、拡張員の入店を断るケースがある。

ただ、それで最低ラインのノルマに届かんかった場合、「虚偽報告」をして、その不足分を補う細工をすることがある。

それも「積み紙」の範疇に入る。

また、新聞販売店が、それと知らず、出入りする拡張員や販売店の従業員たちが勝手にやった「てんぷら(架空契約)行為」による「虚偽報告」も結果的には同じことになる。

さらに「背負い紙」というものがある。

販売店の従業員には勧誘のノルマがある。そのノルマが過酷な販売店もある。

ある販売店では、月最低でも新勧(新規勧誘契約)で10本というのがノルマやということや。それに加えて止め押しという担当地域の継続客の契約更新を100%要求される。

そのノルマがクリアーできたら問題はないが、なかなかそれが難しく、できん者の方が多い。

そのノルマが果たされへんかったら、かなり厳しく叱責される販売店もあるということや。その程度は、様々やが。

その叱責を逃れる目的で「背負い紙」というのをする。また、それを強要する販売店もあるという。

つまり、「背負い紙」とは、ノルマの不足分を身銭切って買い取ることを意味する言葉なわけや。

さすがに今は、こんなあこぎなことをする新聞版売店は少なくなっとるが皆無というわけやない。未だに、この手の報告が後を絶たんさかいな。

これも「虚偽報告」ということになるが、それをしとる専業員たちを責める気にはとてもなれん。

これは拡張員の中にも、そうする者がいとるという。

客に「タダでいいので取ってください」と言って契約を取る輩が、たいていそうや。自腹を切ってそうする。

こちらの方は同情の余地はないがな。そんな真似までして拡張員を続けて欲しくはない。

また、そんなことを続けとる者は必ず最後にはパンクして業界を離れるしかなくなるのは火を見るよりも明らかやから、その前にさっさと辞めて貰いたい。

他の真面目な拡張員の方々が迷惑するさかい。

つまり、新聞社からすると、押し紙と言われているものの実態は、「積み紙」に代表される虚偽報告があるからやと言うわけや。

まあ、その言い分は、事情を良う知っとるワシらからすれば無理がありすぎるとは思うがな。

余剰紙のすべてが押し紙やないというのと同じで、余剰紙のすべてが虚偽報告の積み紙でもないわけや。余剰紙の中にはいろいろな「配達されない新聞」がある。

それが正しい見方であり認識やと思う。

余剰紙には、「予備紙」というものがある。

新聞販売店に限らず、予備の商品を備えておくというのは、どんな業界にも普通にあることや。

また、それがないと困ることも多い。

新聞配達時の雨風の強い日には、突風やスリップなどによりバイクが転倒して事故を起こすことがある。

そうなると、風のため飛散したり、転倒した場所が水浸しになっていて濡れたりすると、多くの新聞がダメになるという事態になる。

また、配達人の不注意による不配や誤配などの未配達新聞をカバーするためにも予備の新聞が必要になる。

いかなる事情があれ「品切れ」を理由に新聞の配達をせんわけにはいかん。そう考える販売店が圧倒的に多い。

常に万が一を考慮する販売店では、必然的に予備紙も多くなるという理屈や。

もっとも、この「予備紙」に関しては業界では取り扱い部数の2%までと決められとるがな。

何もトラブルがなければ「配達されない新聞」になるということで、2%のなくてはならん「予備紙」ですら余剰紙になるわけや。

「試読紙サービス」というのがある。

これは購読して貰えそうな客に対して1週間を限度として無料で新聞を配達するというサービスや。その名のとおり、試しに読んで貰うというものやな。

これに関しては、新聞社を含めて公正取引委員会などの監督機関からも公に認められとるものや。

営業に熱心な販売店ほど、それが多くなる傾向にある。

厳密に言えば、これも余剰紙の内ということになるが、公に認められとるもので責められる謂われはないやろうと思う。

さらに新聞の購読契約時、「無代紙」というて無料サービスを中心に勧誘している販売店では、その分、余剰紙が多くなる傾向にある。

景品のみの場合にしても、契約当月分の新聞無料サービスというのをしとるケースが多いから、予備的な新聞はそれだけ必要になる。

それら数多くの余剰紙の中から、外部の調査で「押し紙」のみの部数を特定するのは、どんなに優秀な捜査機関を持ってしても不可能やと考える。

唯一、発覚することがあるとすれば内部告発があった場合くらいのものやと思う。

『新聞社からの新聞販売店への請求部数』というのも経営者か一部の従業員くらいしか分からんから、これも内部告発でしか発覚するようなことは、まずない。

事実、週刊誌などで記事にされとるのはそれでやし、俗に言われる「押し紙裁判」というのも、当事者である新聞販売店の経営者からの告訴があった場合くらいなものやさかいな。

外部の調査で、それと発覚したわけやない。何度も言うが、外部の調査で分かるのは、単に余剰紙がどれだけあるかということだけや。それ以外に分かることはない。

裁判の場や週刊誌、ネット上などで内部告発された事例というのは非常に限られたもので、全国2万店あると言われている新聞販売店のうち、ほんの数十店舗程度にすぎない。

その内部告発の可能性は、それからいくといくら多く見積もって計算しても、0.005%以下ということになる。

これは内部告発が100件あるものと想定しての数字や。今のところ、そこまでの域には達していないがな。

ワシらが把握しとるのは、せいぜい十店舗そこそこや。非公開を条件に受けた相談で五件。そんなものや。

ワシが、冒頭あたりで『99.9%以上の確率であり得ない、ほとんど不可能に近い』と断言したのは、そういうことや。

もっとも、一事が万事と考える分には、例え1件でも、そういう事例があれば、その証明になると言うかも知れんが、それを以て、すべての新聞社に犯罪行為があるとするに無理がありすぎると思う。

やはり、それなりの事例が示されんことには、そうとは断定することはできん。

一般論として、その程度の確率のものは、稀な事案とされるだけで済まされるのがオチやと思う。

残念ながら、週刊誌やネットを含めてもその真実に触れているのは、当サイト以外には存在しない。

新聞社の不正を暴く目的に走るあまり、それらの報道には誇張と歪曲が目立ちすぎる。

それが故に、余剰紙のすべてが「押し紙」やという暴論になるのやと思う。

もっとも、ワシらのような新聞販売業界の情報が集まってくるサイトが極端に少ないから仕方がないのかも知れんがな。

その事に言及して弾劾するためには、その事について正確な情報を有してからでないと語る資格はないと思う。

新聞社の不正を糾弾する姿勢そのものはええ。ワシもそれには賛成で、実際、このメルマガ誌上でも何度となく、そうしとるさかいな。

しかし、それは正しい知識と情報に裏打ちされたものであるべきやというのが、ワシらの考えや。

広くは知られていないが、押し紙で被害を受けたという主張、告発とは別に、新聞社には世話になった、良くして貰ったと言われておられる販売店の経営者が多いのも、また事実としてあると、この場で言い添えとく。

そういう意見もサイトには数多く届いとるさかいな。それが世に知られることは、ほとんどないけどな。

ここで、根本的な疑問になるが、なぜ「押し紙」が不正行為、詐欺行為とまで言われるのかについて考えてみたいと思う。

それに、犯罪、損害賠償の対象になるのかということも含めて。

新聞紙面には数多くの広告が掲載されている。もちろん有料や。その誌面広告は1部につきいくらというのが一般的な広告の掲載料やという。

部数が増えれば増えるほど、その広告掲載料は高くなる。

新聞社を糾弾する側は、「押し紙」などの配達されない新聞の部数についてまで、その広告費を取っているのは「詐欺行為」やと主張する。

そこで、ハカセは独自に新聞社とクライアントとの間の広告掲載料の取り決め方について調べてみたという。

すると、発行部数1部あたりの掲載料やということが分かったということや。その契約にはどこにも実売部数とは明記されていないと。

新聞社の言う発行部数とはABC部数のことを指す。

ABC部数とは、経済産業省認可の社団法人日本ABC協会という第三者機関が公表している新聞部数のことや。

但し、それは、新聞販売店からの聞き取り調査が主やから実売部数というわけではない。

新聞販売店は当然のことながら新聞社から納入されている部数でしか日本ABC協会には報告せんさかいな。

また、それで良しとされとる。

つまり、ABC部数が広告掲載料の基準なら、法律上は詐欺行為にはならんし、不正行為とも言えんわけや。

売れ残り、未配達の余剰紙がどれだけあったとしても、新聞をその分、発行しとるというのは事実やさかいな。発行部数を基準にすれば合法になる。

詭弁と言われる方もおられるかも知れんが、それに間違いはないと思う。

もちろん、配達されない新聞というのが数多く存在すると分かればクライアントはええ気はせんやろうし、不正が許せないという人にとっては、とんでもない話には違いない。

実際に配達されない新聞が存在し、その部数分もABC部数に含まれるから、その分の広告料も支払っているということになる。

例え、そうであっても、あくまでもABC部数を基準に決めているのであれば、合法ということになるわけや。

もちろん、それにはABC部数イコール実売部数やという信用、信頼の上に成り立っている事やとは思うがな。

その信頼、信用が崩れると、当然のようにクライアントからの損害賠償訴訟ということになるはずやが、それは今までのところ一件もない。

それがなぜなのか。その事実を知らんからか。いや、そうやないと思う。

これだけ、週刊誌やネットで「押し紙」についての悪い情報が氾濫しとるのやから、新聞に広告を掲載するクライアントが知らんわけがない。

それでも新聞に広告を掲載するクライアントは存在する。

それには、多くのクライアントの最大の関心事は、その広告を掲載することで得られる効果やからやと思う。費用対効果と呼ばれとるものやな。

それさえ上がれば、少々広告掲載料が高くてもクライアントは納得する。不正云々があったとしても、周りで騒ぐほど大きなことやとは考えん。

次も掲載しようという気になる。

反対に効果なしと判断すると、その広告の掲載を控える。あるいは、掲載するのなら費用対効果に見合う掲載料にしてくれと交渉するかのいずれかになる。

大半の企業、クライアントとは、そういう考え方をするもんや。

それに、クライアント企業というのは、多くの場合、日本有数の頭脳が結集された企業ばかりや。

ワシがここで言うてるようなことが分からんわけがない。先刻承知、織り込み済みやと思う。

加えて、損害賠償訴訟を起こすには、正確な「配達されない新聞部数」を調べる必要がある。

当たり前やが、それでないと正確な被害額が算定できんさかいな。しかし、それは先に説明したように限りなく不可能に近い。

それでは損害賠償訴訟などできんという理屈や。

それには数百件に1件程度の内部告発による実売部数がわかった程度では、どうしようもないということもある。

氷山の一角が分かっても、その本体である氷の塊の大きさが分からんというのと同じや。

しかも、その内部告発も、それぞれのケースでまちまちやさかい、よけいその感が強くなる。

今後は、どうなるかはワシにも分からんが、現時点では新聞社の違法行為を断罪するのは限りなく難しいと言うしかない。

百歩譲って、押し紙を含む余剰紙が不正行為としても、それが一般にどういう被害を及ぼしているのかというのが、もう一つ、はっきりせんということがある。

それが、この押し紙問題が、弾劾する人たちの思惑とは裏腹に、それほど大きくならん要因やないかと思う。

普通、全く読まれも買われもしない無駄な新聞を印刷すれば、そのコストが価格に反映され、その商品の価格が高騰すると考えるのが自然やが、事、この新聞に関しては、それはあまり関係ないと言える。

ほとんどの新聞で、1994年4月を最後に、まったく値上げも値下げもされていないという事実が、それを証明しとると言える。

押し紙がある故に新聞代が高くなっているとか、サービスが低下しているというのなら「それはあかん」と声を上げる一般の読者もおられるやろうがな。

サイトを開設して7年7ヶ月。

そこそこ名も売れてQ&Aの存在もそれなりに知れ渡ってきたが、それでも尚、業界関係者以外の一般の人から「押し紙で困っている」とか「押し紙はなくして貰いたい」という意見や相談は、ほとんど寄せられてこない。

押し紙が原因で新聞社、あるいは新聞販売店と一般読者との間でトラブルになったという事例も皆無や。

今回寄せられたメールが珍しいくらいや。そのおかげで、こういう話ができたわけやから、その意味では有り難かったがな。

一般の人には、その争点が良う見えんというのが実状やろうと思う。単に、お互いの主義主張、善悪の基準を争っているだけのことやないのかと。

人は、我が身に降りかかる事、あるいは関係する事、損得については敏感に反応するもんやが、それとは関係のない対岸の火事には傍観者になるケースが多い。

この問題に関心があるのは、その被害に苦しむ販売店経営者を別にすれば、そういう不正が許せんという人か、新聞を嫌っている人たちやと思う。

ネット上での、そうした批判の大半がそうやという気がするさかいな。

新聞は、他者への不正行為はとことん叩くのに、自らのそうした行為は隠そうとしとると映るからよけいそうなるのやろうと思う。

そういう主張は、それはそれでええとワシも考える。批判するつもりは毛頭ない。好きにされたらええ。

ただ、惜しむらくは、正しい情報で判断していないケースが多いということや。

何でもそうやが、一方からの見方だけでは見る目も曇るし、正しい判断はできん。

たまには反対の角度から物事を見てみるのも悪くはないと考えるがな。そうすれば、また違った発見もあるし、違った考えにも気付くはずやと思う。


ゲンさんの新聞勧誘問題なんでもQ&A選集 電子書籍版パート 
2011.4.28
販売開始 販売価格350円
 

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