メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー
第191回 ゲンさんの新聞業界裏話
発行日 2012. 2. 3
■新聞販売店物語 その7 駅伝大作戦、その舞台裏とは
「何で、オレらが、こんな真似させられなあかんねん」
ケンジは、そう愚痴をこぼしながら、DM(ダイレクト・メール)を入れるのと同じ要領で、その封筒を各家々のポストに入れていた。
但し、現読の家は除いて。
ケンジの勤めている新聞販売店では、それをすることが毎年の恒例になっていた。
封筒の中には、『○○駅伝は今年で〇回目でしょう』といったような、その地域の人間になら誰でも分かるような質問がクイズとして書かれたパンフレットが入っている。
それには切り取りのできるハガキが付いている。もちろん切手など貼らんでもええ無料のものや。
「正解した方にはA賞もしくはB賞が〇〇名様に当たります」てなことが書かれている。
空くじナシ。ハガキさえ出せば何かが必ず当たる仕組みになっている。
駅伝というのは、その地域では人気の高い競技として知られている。全国ネットや地域のローカル放送でテレビ放映されるケースも多い。
中学、高校、大学などの駅伝大会だと、その選手の親や親戚縁者はもちろん、地域の多くの人たちが沿道に出て応援する。
地域ぐるみ、町ぐるみのイベントとして昔から根付いている。
普通のDM(ダイレクト・メール)だと反応率が千枚に1件程度のものやが、この駅伝DMに関しては毎回、相当数の返信、応募があるという。
そのDM(ダイレクト・メール)に書いてある趣旨は「○○駅伝を応援しよう」というものや。
そのため、その商品には駅伝名の入ったベンチコートやスポーツタオルが当たる。
当たった者は、それを着て、あるいは振ってレースを応援できるということになる。
時折、テレビ中継などで、お揃いのベンチコートを着てタオルを振る人たちの姿が沿道に撮し出されている映像を見かけることがあるが、それは、この作戦があったからこそなわけや。
その作戦の裏側に触れる前に、駅伝について簡単に話しとく。
日本では毎年10月から年明け1月にかけて全国的に駅伝競争が頻繁に行われている。
有名なものだけで、その数、ざっと17レースもある。
世界的に見ても、日本での駅伝の人気は高く英語でも「Ekiden」で通るし、外国語版のウィキペディアでも「Ekiden」の記事名で検索できるという。
それには、駅伝の発祥が日本ということもある。
そして、そのルーツも古く、7世紀後半の飛鳥時代にまで遡る。
その当時、伝令のための使者や物資などを馬を使って運ぶ交通制度に伝馬制、駅伝制というのがあった。
律令制の中央集権を機能させるために、地方間との情報伝達システムとして整備されたものと言われている。
「駅」というのは、この頃に生まれた。今でこそ、駅は電車が停車する場所になっているが、その昔は馬が休む、または交代する場所やったわけや。
よく時代劇などで「早馬」と称して、急を知らせる際、たった一頭で走り抜いたかのように演出された場面があるが、それは不可能や。
馬は休まさせる必要があるし、寝かさなあかん。水やエサも与えな動かん。また一日に走れる距離も決まっている。無理はさせられない。
それでは時間がかかる。
急ぎの場合は、各宿場町に常設されている駅から駅まで馬を走らせ、そこで次の馬に乗って交代するということを何度も繰り返して目的地に辿り着くということをする。
ただ、上に乗っているだけの人間も疲れる。
駅制を使った情報伝達には、使者が最終目的地まで赴く専使方式と、文書などを駅毎にリレーで送っていく逓送使方式があった。
専使方式の場合は、1日10駅程度で、使者が休むか交代していたという。
つまり、駅伝のリレー形式は、そこから考え出された方法なわけや。
日本が発祥で古代から重要な情報伝達手段として認知、人気が高いのは、それに由来するものと考えられている。
日本の文化として。
今は、馬の代わりに人間が走り、情報伝達のシンボルがタスキということになる。それをリレーしながら走る。
それにあやかって、こういうキャンペーンをしているのを批判しとるわけやない。
むしろ、どんなものでも営業に利用するという姿勢は、ある意味評価できることや。
実際、それぞれの地域の新聞販売店にとって、これにより多くの顧客を毎年獲得できとるというからな。
ただ、ケンジたち専業には、あまり見返りがない。それどころか、その指示を守らなければペナルティさえ加えられることもあるという。
専業には、それぞれ責任区域というのが振り分けられとるのが普通や。
たいていは自分の配達コースにプラス、配達アルバイトの幾つかの配達コースを分担して受け持つことになっとる。
その分担区域の現読以外の家に、そのDM(ダイレクト・メール)の封筒を入れる。
現読には、新聞の折り込みチラシの中に混ぜれば問題ないから、入れる必要はないという理屈や。
そのDM(ダイレクト・メール)の返信率は、すべてのDM中、最も高いと考えられている。
そのため、入れずに「入れた」というごまかしがしにくい。
例えば「1区はハガキが7枚帰ってきた」、「2区は9枚」といった具合になっているような場合、それが0だとしたら、サボっていたと見なされるからだ。
あり得ないことだとして。
実際、そういうケースでは配っていないことの方が多い。
これをするよう販売店に直接指示しているのは、新聞社の完全子会社である拡張団やと言う。
現在、新聞社は従来の評判の悪い拡張団は廃団に持っていくケースが増えている。
その代わり、こういった完全子会社の拡張団を新設する傾向にあるという。
実際、裏情報では、その完全子会社の拡張団のトップや幹部には新聞社の担当員が派遣されとるという話やさかいな。
人はそれを左遷と言うとる。その真偽は定かではないが、その具体的な事実も報告されとる。
但し、表向きは別会社という体裁をとっているから、その新聞社は新聞勧誘には直接関知していないという姿勢は未だに崩してない。
役所の独立行政法人みたいな組織になっとるわけや。こちらの方は税金が使われてないだけ、まだマシやがな。
先の『販売店に直接指示している』という箇所で、本来、仕事を貰う立場の拡張団が、販売店に命令しているような表現になっているのを奇異に感じられた方がおられるかも知れんが、そのトップが新聞社の元担当員なら納得されるやろうと思う。
それらの拡張団では表向きには公示しとらんが、経験者は雇わない、年齢も30代前半者までを中心に雇う。女性勧誘員の比率も増やす。
という感じでイメージアップに重点を置いた人材を採用しとると聞く。
先のDM(ダイレクト・メール)についている返信ハガキには、なぜか在宅日時を記入する箇所がある。
名目は「当選した景品は直接お届けするためです」というものやが、それには住所も書かせとるわけやから、宅配すればええわけで、直接持って行くというのは、今日びの感覚ではおかしいと言える。
まあ、それに気付く人もおれば、深く考えず、そうかとなる人もおられるけどな。
もちろん、このメルマガ読者の方が考えておられるように、これは勧誘目的の手段なわけや。
それぞれの在宅日時に合わせて、その拡張団の拡張員が訪問する。
「こんにちは、○○さん。今日は以前応募していただいた○○駅伝大会の応援ハガキの件でお伺いしました」
と言いながら、
「今回、○○さんには残念ながら賞品は当たらなかったのですが、残念賞としてこちらをお持ちしました」
と言うて、百均で売っているようなクリアファイルなどの粗品を渡す。
そして、さらに、
「実はA賞でキャンセルされた方がいまして、当社の新聞を取って頂けたら、こちらのA賞をお渡しできるのですが……」と勧誘する。
そのA賞というのが、駅伝の名前の入ったベンチコートなわけや。ちなみにB賞が駅伝名入りのタオルになる。
ここだけの話やが、その両方が欲しければ、ちょっと悩む振りをすれば、たいていは両方渡すと言う。
そのベンチコートを着て駅伝名入りのタオルを沿道で振ると目立つし、優越感も得られる。
その誘惑に負けて、その新聞の契約をするという寸法や。
ケンジは、そんなのは、みんな嘘っぱちやと言う。
抽選で当たるという話も嘘やし、キャンセルされたという事実もないと。
実際、その拡張団の人間が、すべての客に同じトークを使うとると言うてたから、それで分かると。
このメルマガの読者の中にも、その勧誘を受けた方もおられるかも知れん。
結構、あちこちでやっているようやさかいな。
それはヒッカケやないかと言われたら、そうなるのかも知れんが、契約者が、それで納得されているのなら、それはそれで問題はないと思う。
契約とは、相手をいかに説得して納得させるかということがすべてやからな。
ただ、そのために新聞社が、その駅伝の協賛を申し出て、子会社にそういう勧誘をさせているというのは、どうなんやろうとは思う。
いかがわしくはないのかと。そんな声も聞こえてきそうや。
しかし、契約はよく上がっているという話や。
ケンジが「あそこは絶対にうちの客にはならんで」と日頃、思っていた客でさえ、その方法で、ころりと落ちたというケースを何人も見てきたと言うから、相当効果があるのは確かなようや。
その期間中、その団の連中は、かなり稼いでいるという。
例えヒッカケに近いような方法でも、それをすることで誰が困るわけでも、法律に触れる可能性も低そうやから、別に構わんとは思う。
しかし、それやと長い目で見ると、本当の営業力が育たんからマイナスになるのやないかと老婆心ながら心配になる。
そういうのは、俗に「キャンペーン営業」と言うて、そのときにしか通用せんやり方なわけや。
実際、このケースでも、その駅伝が終われば、そこの拡張団の者たちは、途端に成績がダウンするということらしいからな。
そのため、ケンジの店では「留め押し」といった継続依頼や「起こし」と言われる過去読者の掘り起こしを、その団の連中にやらせることが多いという。
そういうのは本来、販売店の従業員の仕事とされとるものや。
これが何を意味するかは歴然としとる。
それは営業力のなさを示す何よりの証拠やないかと。
新規の客を確保するのでも、国体や野球、サッカーなどのイベントをダシに使って同じようなことをしているというのが目立つ。
まあ、さすがに大量にDM(ダイレクト・メール)を作るとなると、新聞社のバックがないと難しいから、その方法はできんがな。
口頭で、そのキャンペーンを呼びかけるしかない。
そのエサとして、集金時には必ず毎回、ハンバーガー・ショップでの割引券やコーヒーの無料券、焼肉屋のクーポン券、および遊戯施設などの割引券をバラ撒くトークを使うてるのやという。
そういうのは昔からありがちなもので、特に真新しいやり方でもない。
DM(ダイレクト・メール)を投函するやり方を、その団では「マキマキ作戦」と言うてるそうやが、そういう手しか思いつかんのやろうなと思う。
それらの結果は、駅伝キャンペーンには遠くおよばんということのようや。
しかし、それでもそのための講習を定期的にやっているという。
その講習では、「マキマキ作戦」とは違うやり方も教えているらしい。
わざと客に何の予告、話もなく試読紙を入れるというのが、それや。
試読紙自体は一週間以内なら業界で認められとるからええが、無断でするのはまずい。
そんな真似をされると当然のことながらクレームをつける客が現れる。
中には「ポストに入ってる新聞取りに来い」と言って怒鳴り出す客も珍しくない。
そういう所へ、それを承知で彼らが行くわけや。
何もなく無差別に訪問するより、会って話が確実にできる分だけ契約率は高くなるからというのが、その理由らしい。
試読紙という種を蒔いて契約するところから、そうするのを「刈り取り」作戦と呼ばれとるという。
それも、数多くあるやり方の一つという程度のものなら救いもあるが、それだけしかやらんというのでは営業力が育つことはない。
何のことはない、やっていることはDM(ダイレクト・メール)にしろ、「刈り取り」作戦にしろ、その根本的な考え方はヒッカケなわけや。
まあ、その拡張団のトップが新聞社の元担当員あたりなら、それが限界かも知れんがな。
もともと新聞社には拡張営業のノウハウなどなかったんやから、営業自体を知らんさかい無理もない話ではあるがな。
担当員時代に直接、一般客を勧誘したこともないはずや。せいぜい勧誘した経験があるとすれば、入社時の研修で1日だけやったくらいやと思う。
それもお客様として、比較的簡単な顧客ばかりを訪問させてな。
そんな人間が拡張団のトップにおるというのでは推して知るべしやと言うしかない。
何も知らん者に営業など教えられるわけがないと。
新聞社が、そのやり方だけを本気で続けていって、そういう団だけを作って行こうとするのなら、現在の部数減傾向が加速することはあっても維持はおろか、増加に転じることなど絶対にないと断言する。
それは、形を少し変えただけで、昔ながらのヒッカケ営業と何ら変わるところがないからや。
自らが否定した昔のやり方を踏襲して、どうしたいのかと思う。大いなる矛盾がそこにあると気がつかんのかと考える。
営業は、その心、考え方をを基本から教える必要がある。
その心とは客の心、気持ちを捕まえることで、その考え方とは、自分自身を売り込むということや。
もっとも、新聞のブランドで売れると勘違いしとる新聞社の影響の強い拡張団に、そう考えろというのは無理な話かも知れんがな。
ワシが常に言うとるが、新聞のブランド力というのは、よほどの独占状態の地域でもない限り「ない」と言い切れる。
なぜなら、その地域で無名の新聞など皆無につかいからや。
日本一を豪語するY新聞ですら、東海地方ではシェア5%にも満たない地域が多い三流新聞扱いなわけや。他にもそういう地域は日本国内にナンボでもある。
おそらく、すべての業種中、最もブランド力が評価されん業界が新聞販売業界やろうという気がする。
そこで新聞を売るには、売り込む自分自身を売ることや。誠心誠意、心を込めて。
対面営業に極意というものがあるとすれば、それやと思う。それがない営業は弱いとワシは考えとる。
手っ取り早く契約を上げる方法を教えるのは、その心と考え方を教えて会得した後でええ。
また、そうでないと、どんな方法を教えたとしても無駄や。
美味しいエサを蒔けば客が釣れると考えとるようでは救いがない。
漁師でも魚を捕る時には、ただエサを蒔いて魚を呼び寄せるというようなことだけをしとるわけやない。
魚の置かれた環境を考え、生態、習性を熟知し、その時々の状況に合わせて漁をしとるわけや。
考える力の弱い魚ですら、そこまでせなあかんのに、人間相手なら尚更やと気がつかなあかん。
哀しいことやが、それが分からん団が増えている、増やしているというのが実状のようや。
古くから新聞販売店をやっておられる店主の方から「昔に比べて営業が弱くなった」と言う話をよく聞くが、そういうやり方しか知らん、やらんかったら、そうなってしまうのも無理はないと思う。
そのために、そういうイベントがない時には、販売店の従業員ができるようなことしかやらん拡張員が増えとるのやろうと思う。
独創性のカケラもない営業員が。ただ指示されたやり方だけしかできん拡張員が。
しかも、そうすることが恥でも何でもないという風潮にさえなっとる。
加えて、DM(ダイレクト・メール)入れや、「刈り取り」作戦用の試読紙の投函、集金時での景品渡しなどで、現場の販売店の従業員をこき使うような真似を平気でする。
ケンジがそう、ぼやくのも無理はない。
それをするのが当たり前やと考えて。やっている者には何の見返りもないのにと。それをするのなら、自分らだけで勝手にやれと言いたくなると。
それでも悪いことばかりやないとケンジは言う。
その完全子会社の団に限ってということなのやろうが、そこの連中が取ってきた契約は監査なしのフリーパスやという。
新聞社のほぼ直属やから悪さはせんということで、そうなっとるのやと。
それ自体がええことか、どうかまでは分からんが、少なくとも、その昔は拡張員の取ってきた契約を監査するのは従業員の仕事やったが、今はそれからも解放されとると。
加えて、その団が入る時には、恒例になっていた案内をする必要もなくなったと。
確かに、昔と比べて勧誘時のトラブルが少なくなってきたのは確かや。それは認める。
その点では、そのやり方が増えたことのメリットなのかも知れん。
ただ、今後の新聞営業はどうなのかと考えた場合、やはり営業の何たるかは知っておいて欲しいと思う。
それには、経験者を排除するだけでは、あかんと言うとく。
過去のやり方のすべてが悪いわけやないさかいな。また、経験者にあくどい人間ばかりがいるわけでもない。
ワシなんかよりも、数段上の真っ当な勧誘テクニックを持った拡張員はナンボでもいとる。その彼らを利用せん手はない。
何でもそうやが、排除するだけでは進歩はない。そう誤解する者がいるかも知れんがな。
世の中には経験が役立つことも多い。人材とは、その経験を活かすことのできる者のことやと思う。
そのためにも経験豊富な拡張員は業界にとって絶対必要やと声を大にして言いたい。
そのことを新聞社のトップにも分かって欲しいんやけどな。
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