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第192回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2012. 2.10


■ゲンさんの想い出 その1 40年前の恋


ハカセから電話があった。

「ゲンさん、仕事中に誘惑されたりとか、妖艶な女のお客さんにムラムラとなったりしたようなことがあります?」

「何や、いきなり」

「いえね、ゲンさんとは、これだけ長い付き合いなのに、あまり浮いた話は聞かないので、そういうことがあるのかなと思いまして」

「仕事中にか……、残念やけど、そういうのはないな」

「そうですか、実は常連の読者の方からサイトにこんな質問が来まして……」


いつも、良いアドバイスありがとうございます。

今回の質問は、ちょっとくだけた話になるのですが、ゲンさんくらい長く拡張の仕事をされて、なおかつ、お客に好印象を持たれる接客をされている…という事で、訪問先の女性客と『しちゃった』←事も何度となくあるかと思います。
たまには、堅苦しい話以外の、くだけたエピソードも聞きたいな…と思い、質問させていただきました。

長く営業をされていれば、誘惑とか、そちらの楽しい話もあると思いますし、差し支えない範囲で教えてください。


というものやったと。

確かに『お客に好印象を持たれる接客』を心がけとるが、それはあくまでも営業上でのもので、恋愛感情を伴うものやない。

少なくとも、ワシは仕事にそんな感情を持ち込むことはない。

ワシにとって営業がすべてやから、仕事中はそれ以外のことに神経が集中できんということがある。

もちろん、相手の気持ちは窺い知れんがな。

ただ、好意を寄せて貰っていると感じることはあるが、それは勧誘員としてのもので、「男」としてのものやとは一度も考えたことがない。

また、それほど自惚れるほどの男でもないと自覚もしとるしな。

他の拡張員に、『訪問先の女性客と『しちゃった』←事も何度となくあるかと思います』ということが、あったというのは聞いて知っとる。

旧メルマガの『第84回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■消えたジゴロ』(注1.巻末参考ページ参照)で、そういう事例を紹介しとるしな。

また、その手のくだけた話が望みなら、『第183回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■あぶない、あぶない、その誘い』(注2.巻末参考ページ参照)を見られると面白いのやないかと思う。

もっとも、これは、そういう関係になりそうになった時、その家の旦那が帰って来て危機一髪の状態に見舞われた男の話で、目的を達成できたというのとは違うがな。

そういう話が寄せられとるから、事実として、その手のことはあるのやと思う。

ただ、残念ながらワシには、そういうのがまったくない。

ワシは、女性客から、なぜか相談事とか、うち明け話をされることが多い。その内容はいろいろやが、中には恋愛で悩んでいるというのもある。

人畜無害やとでも思われとるのやろうな。ワシも一応はこれでも男なんやが、どうも、そういう対象とは縁遠く見られとるようや。

それも昔からや。女性と付き合っても関係が、なかなか進まん。結局、友達止まりというのが多かった。

これは、男としては辛いものがある。好きな女性にええ友達という位置付けをされると何もできんようになるからな。

若い娘からは親切なおじさん、父親像。歳が近いとお友達というところや。

別にそれはそれでええ。仕事にそういう関係を持ち込むのは面倒になる場合が多いからな。

ただ、男としての魅力に欠けるというのは、多少、自尊心が傷つかんでもないが。

「何もないで済ませては面白くないやろうから、昔の話でもしようか」

「いいですね。私もゲンさんのそういう話は興味がありますので」

それは、ワシにとっては未だに忘れられないものやった。

但し、まだ若い十代の頃の話やけどな。初恋というのとは違うが、初めて真剣に「愛した」女性だったのは間違いない。

その頃、ワシは大阪のある夜間高校に通っていた。

夜間高校に入ってくる生徒には、いろんな事情がある。

ワシは家が貧乏で余裕がなかったからやが、中には、そこそこ裕福な家庭に育っていながら、全日制の試験を落ちたという理由で、やむを得ず入学したという者もいてた。

また、50歳を過ぎて入ってきた人もいた。その人は勉強もよくできた。

結局、その人は卒業して政治家になった。世の中にはそういう人もいる。

クラスの大半の生徒が仕事を持っていた。ワシは、その当時、プラスチック工場で働いていた。

午前8時から午後5時まで仕事をして、それから学校に行き、授業は午後9時まで、それ以降はクラブ活動や。

クラブ活動は、卓球部と剣道部、ソフトボール部を転々としていた。

本当は子供の頃から柔道をしていて、一応、二段を持っていたから、それがやりたかったのやが、入学早々柔道部の先輩と喧嘩をして、やる気が失せてしまった。

後は、喧嘩に明け暮れることが多かった。自慢にもならんが、その当時、八尾警察署で喧嘩の始末書を十数枚書かされたことがある。

ただ、一度も傷害罪で刑事事件として立件されたことはないがな。

まあ、その相手が、不良学生や街のチンピラ、ヤクザ紛いの輩ばっかりやったということもあるし、たいていは売られた喧嘩を買うていただけやったからな。

夜間高校のええところは、そういう喧嘩沙汰を何度繰り返しても退学にはならんかったことや。

これが全日制なら、間違いなく退学になっていたやろうと思う。

もっとも、その当時は今とは違って、そういう子供の喧嘩沙汰には社会が寛容やったということもあったがな。

顔を腫らしてそこらを歩いていても、周りの大人からは「よお、ゲンちゃん、昨日も喧嘩か。元気があってええな」てな調子で言われるだけやったさかいな。

一般的に夜間高校に通って卒業したと言えば、真面目に勉強していたというイメージがあるかも知れんが、ワシに関しては違うということや。

そんなワシでも苦手なものがあった。それは女性や。

ワシはクラスのリーダー的存在やったということもあり、表面上は、そうでもない素振りをしていたけど、内心は同級生の女の子と話をするというだけで緊張しまくっていた。

そんなワシにも彼女と呼べる存在の娘ができた。同級生のマユミという娘やった。

マユミは家が果物屋をやっていて、その手伝いをしていた。仕事で乗っていたバイクを器用に操る、明るくて活発な娘やった。

ワシも暗いタイプやないから、話はよくしていた。

そんなある日、冗談半分で誘ったデートにマユミがあっさりと応じた。

初デートで、京都に行くために、大阪の京橋駅から京阪電車に乗ることになった。

その車中、並んで座っていたとき、どちらからともなく顔が近寄り、キスしていた。

それも、電車が四条河原町駅につくまで、何度となく長時間、繰り返して。

時折、停車駅のホームから、そんなことをしているワシらに気がついた大人たちが、物珍しそうに見ていたのは知っていた。

その当時は、そんな大胆な真似をする若い人間が少なかったからやと思う。

ただ、ワシはその頃から洋画をよく見ていて、その当時好きだったアラン・ドロンや007のジェームス・ボンド役やったショーン・コネリーなどがそれに似たシーンをさりげなく演じていたから、何となく格好良いことだと錯覚もしていた。

愛していれば周りの目なんか関係ないと。今思い出しても恥ずかしい限りやがな。

その日、四条河原町駅で降りて、東の突き当たり八坂神社から丸山公園を歩いた。

その途中、八坂神社の社の片隅に、相合い傘のマークにお互いの名前をそこらで拾った針金で彫り込んだ。

そんな針金がそこらに落ちていたのは、その当時から若いカップルのやる定番行為だったからやないかと思う。

実際、ワシら以外にも数多くのその手の落書きがあったさかいな。

当然、悪いことをしているという意識なんか微塵もなかった。

後年、何かのテレビ番組で、神社仏閣に落書きをしていることが最低の行為だと放送しているのを見て、「あんなことをしたらあかんかった」のかと、初めて知ったくらいやった。

この場を借りて「ごめんなさい」と言うとく。

ただ、言い訳がましいが、燃え上がっている当人たちには、そういう事など露ほども考えてなかったのは確かや。もちろん、悪気などまったくなかった。

お互い何かの形、証拠を残したい、その思いだけやったと。

悪気はなくても、結果として人から咎められる行為をして、それが明らかに悪いと自覚するなら謝るしかない。

ただ、その落書きは40年経った今も、多少薄くはなっているが、今もその場所に残っている。

今となっては、それを見るのは複雑な気がするがな。

それから、毎週のようにデートを重ねた。

ワシは工場の前にあったプレハブ小屋で寝泊まりしていた。3帖くらいの台所と6帖の部屋のついた小さなものやった。

マユミは、そのプレハブ小屋にしょっちゅう遊びに来てた。

周りからは二人は完全に、できていると思われていた。

しかし、二人の関係はキス以上には進まんかった。

若いから欲望はある。キスをしているときに、あちこち触る。そこまではマユミも許してくれる。

ただ、事におよぼうとすると、いつも「赤ちゃんができたら困る」と言われることでブレーキがかかってしまう。

そのときはお互い、まだ16、7歳だったから、その責任を取るのが怖かっただけなのかも知れんがな。

ただ、はっきり言えるのはワシは、そのとき本気でマユミを愛していたということや。卒業したら結婚するつもりやった。

大事にしたい。その思いが強すぎたのか、結局、どうしてもその先に進むことができんかった。

今の若い人には理解し難いことかも知れんがな。

ワシの思いをマユミは分かっているものとばかり思っていた。

しかし、マユミの心は、いつの間にか、ワシから離れていった。

その理由は未だに分からない。いや、分かりたくないだけなのかも知れんが。

ワシは、昔から去る者は追わずという主義を貫いていた。だから、マユミの場合もそういう姿勢と態度を見せた。

本当は狂おしいほど、戻ってきて欲しかった。恥も外聞なく追いかけたかった。

変な話やが、ストーカー行為に走る人間の気持ちが、ワシにはよく分かる。

もっとも、ワシには、そのストーカー行為に走ることさえできんかったわけやがな。

格好良く言えば、男であることを貫いたということになるが、それは、ただのやせ我慢にすぎんかったというのは、誰よりもワシが一番良う知っとる。

その後のワシは地獄の中やった。

学校に行けば毎日、嫌でもマユミの顔を見ることになる。失恋は離れてしまうからこそ忘れられるものやと思う。

それが毎日見ないではいられない。場合によっては話さずにはいられないということもある。

その辛さが分かるやろうか。

もちろん、その思いはマユミにもあったかも知れんが。

マユミが誰かと付き合い始めたとか、誰かとできたという話を小耳に挟む度に、「済んだことや」と、冷静さこそ装ってはいたが、心中は穏やかではなかった。

前にも増して荒れて、喧嘩をすることが多くなっていた。

その頃は死ぬことさえ怖くはなかった。せやから、相手がヤクザであれ、誰であれ構わず喧嘩していた。

いつしか、それで周りから一目置かれる存在になっていた。危ない男やと。

何のことはない、失恋してヤケクソになっていただけの話なんやがな。

今思い返してもワシの人生の中で、一番情けなく格好の悪い時期やったと思う。

それが若さやと言えば、それまでの話かも知れんが。

卒業するまで、その状態が続いた。

卒業後、風の便りでマユミは結婚して、すぐに子供が生まれ、今は孫までいとるという話を聞いた。

まあ、ワシ自身が、もうすぐ還暦を迎えようとしとるわけやから、そうなっていても無理はないがな。

40年経った今なら、素直に祝福できるし、会っても笑いながら、その頃の話をすることができるやろうと思う。

幼かった昔の恋の話として。

しかし、それはしたくない。

時の流れというのは残酷なものや。時間の長さの分だけ人を変えてしまう。長ければ長いほど極端に。

今のマユミに会うと、あの頃のマユミの姿が消えてしまう恐怖がある。

16歳のあの頃のマユミは誰のものでもない。ワシ一人のものや。愛したマユミの姿が永遠にある。そう思い続けていたい。

それが、やせ我慢を貫いた男に唯一、与えられた褒美やないかと思う。

「ゲンさん、そこまで話してもいいんですか?」

「別にええよ。もう40年以上も前の話やしな。それにこれを見て気がつく者は、おそらくマユミと、その当時の友人たちくらいしかおらんやろうと思う」

ワシの人生最後の未練ということになるが、マユミには気がついて欲しいという気持ちもどこかにある。

会いたくはないが会いたい、ワシの存在を知って欲しい。その思いを分かって貰いたいと。

ひょっとすると、これを見て連絡があるかも知れんという淡い期待もある。

矛盾したこの気持ちは、ワシ自身にも正直良う分からんのや。

ただ、このまま何もなくても、それはそれでええとも思うとるがな。想い出だけでも十分やと。



参考ページ

注1.第84回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■消えたジゴロ

注2.第183回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■あぶない、あぶない、その誘い


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