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第2回 ゲンさんの新聞業界裏話
発行日 2008.6.20
■店長の想い出 その1 配達人ロッキーの事情
もうかれこれ、10年以上も前の話になる。
その日の朝、一件の苦情電話がワダ新聞販売店に入った。
古くからの顧客である、ヨシダという気のええ年配のオバちゃんからやった。
「新聞がいつも廊下に投げ捨てられているのよ」と言う。
店長のタケシタは苦情の意味が良く分からず、そのアパートの2階の現場まで配達担当者であるロッキーを連れて行った。
普通、新聞配達人が廊下に新聞を投げ捨てるというようなことはまずない。
考えられるとすれば、他紙の配達人が抜き取って放り捨てるくらいやろうと思う。
ごくまれに、2紙を購読している家なんかの場合、後から入れる配達人が、自分の入れる新聞の邪魔になるということで、先に入っていた他紙を抜き取るという話を、店長会議などの席で聞いたことはある。
また、その販売店の評判を落とすための嫌がらせで、そうすることもあるという。
あわよくば、それで自店の新聞を、その家に勧誘できるかも知れんと考える、さもしい根性の人間もおると。
しかし、この辺りの新聞販売店で、Y紙のワダ販売店の新聞と知ってそうする相手は、A紙のタツミ販売店くらいなものやが、いくら敵対関係にあるというても、そこまで腐った人間がおるとは考えにくい。
事実、熾烈(しれつ)な競争相手ではあるが、未だかつてそんなことまでされたという経験も話もないしな。(巻末注1.参考ページ参照)
第一に、その顧客であるヨシダのおばちゃんは、昔からY紙しか取ってないから、その嫌がらせをしても、ほとんど効果はないはずや。
勧誘熱心なA紙のタツミ販売店が、その程度のことを知らんはすはないと思う。
それに、もし、そんな嫌がらせをしたのが発覚したら、その人間にとっても致命的な結果にしかならんやろうしな。
「ロッキー、ちゃんと2階のポストに入れてるか?」
タケシタは、念のために、ロッキーにそう聞いた。
考えられるとすれば、やはり、配達人であるロッキーの落ち度という線が強い。
すると、ロッキーは即座に、愛嬌たっぶりの仕草で、「ハッハッハッ、イッツ・アメリカンスタイル!!」と、何の悪びれた様子もなくそう言い放った。
アメリカの新聞配達の少年が新聞を庭に投げ入れている光景を映画などでよく見かけるが、どうやら、それを摸したということのようや。
つまり、新聞を、階段下から2階の部屋の前の通路へ「放り投げていた」というのが事の真相やった。
「何やねん、それ。お前、アメリカ人とちゃう(ちがう)やろ?」
ロッキーのフルネームは、ロッキー・ダン・アントニオ。生粋のフィリピン人やった。
来日して5年という話やが、未だに満足に日本語が話せん。
「ロッキー、ちゃんと階段を昇って、新聞はこうしてドアのポストに入れろよな」
店長のタケシタは、片言の英語と身振り手振りを交えてそう教え諭した。
ロッキーは、ニッと白い歯を見せて笑いながら、「OK!ボス」と答える。
「ほんまに分かってんのかいな」と思わんでもないが、その屈託のない笑顔を向けられると、どうにも憎めん気持ちになり、それ以上はタケシタも怒る気になれんかった。
「もう、いいわ。次から気をつけてね」と、その苦情の主であるヨシダのオバちゃんも、半分笑いながら、そう言う。
初期の頃は、この手の事例がいくつかあったが、客の方でも「外国人の配達員だから仕方ない」ということで、きついというほどの苦情はなかった。
新聞配達に外国人? と奇異に思う人もおられるかも知れんが、この業界ではそれほど珍しいことでもない。多いというほどでもないがな。
新聞配達というのは、これで結構、過酷な部類の仕事になる。
早朝、と言うてええのか夜中と言うてええのか、分からんが、とにかく最低でも午前3時には起きてせなあかん。
地域によれば、専業と呼ばれる販売店の従業員の場合、午前1時から始動するという店もある。
通常、配達専門の人間で、朝、2〜3時間程度。専業で、準備や雑用込みで4〜5時間程度かかる。
夕刊のある地域は、その夕刊の配達をすることになる。
新聞の配達は、月1回の休刊日と正月の1日以外、休みというものがない。
例え、台風や大雨、大雪などの悪天候になろうと、配達を休むという発想が業界にはない。
どんな状況であっても配達を続けようとする。
実際、台風の日に配達を強行して亡くなられた方もおられるくらいや。
また、早朝時の無謀運転による新聞配達人の事故発生率というのも結構高い。
この無謀運転というのは、配達人がというのもあるが、それ以上に、一般車や業務用トラックというのが圧倒的に多い。
早朝時、午前3時から午前6時までの間に、交通違反の取締りをすれば、信号無視やスピード違反などナンボでも引っかかるのやないかと思う。
もっとも、警察官もその時間帯は、仮眠を取ったり休憩したりというのが多いと聞くから、その取締りをしろと言うてもなかなか難しい話ということになるようやがな。
たまに、どこかの警察署管内で早朝検問をやっているらしいという噂を聞くことはあるが、ワシも実際にその現場を見たことはない。
加えて、警察官の交代勤務時間は午前6時というから、よけいそうするのが、難しいということになるのやと思う。
それと、通行車両が少ないということとが相俟(あいま)って、無謀運転が多くなるということなのやろうな。
また、早朝時、点滅信号が多いというのも、それに拍車をかけとるのやないかという気がする。
その配達とは別に、新聞販売店の従業員には、集金業務と勧誘営業が義務付けられとる所が多い。
これらも販売店では結構きつい仕事やと思う。(巻末注2.注3.参考ページ参照)
それらの過酷さ故に、この業界での就業定着率というのが他の業種と比べてもおそろしく悪いわけや。
典型的な3K(きつい、汚い、危険)業種ということになる。
そして、その日本人の嫌がる3K業種に、外国人の就業者が多いというのも、この日本の現実なわけや。
ただ、彼らは総じて勤勉な者が多い。
件(くだん)のロッキーにしても、冒頭でのイメージは、ええ加減な兄ちゃんと映るかも知れんが、これが結構、まじめで仕事もできる男やった。
不配や誤配も少ないし、仕事の覚えも早く、無断欠勤などはまったくしない。
体格も大きく筋肉隆々としていて立派で、そのパワーとスタミナも、日本人の配達員の比やなかった。
性格も明るく、他の販売店仲間からも好かれてもいた。
それと、タケシタが何より感心していたのは、母国フィリピンに残してきたという妻子への毎月の仕送りを続けていることやった。
父親、夫として当たり前のことやと言えば、それまでかも知れんが、稼ぎの半分以上を送金しとるということやから、ロッキー自身の生活も大変やったはずや。
その家族思いな面と勤勉さには、本当に頭が下がる思いやった。
タケシタも、時折、ええ加減な仕事をする従業員には、いつも「ロッキーを見習え」と言うてきた。
ただ、難点は日本語を満足に話せんことやった。
こちらの言うてることは少しは理解できるようやが、ロッキーと会話するには英語で話す必要があった。
フィリピンの公用語は、フィリピーノ語と英語ということになっとる。
フィリピーノ語というのは一般的にはタガログ語と呼ばれとるものがそうや。
タガログ語というのは、もともとは首都マニラ周辺のみの一言語やったんやが、1987年、今から20年ほど前に法律で公用語に指定されたという経緯があ
る。
それまではスペイン語とアラビア語が主体で、今でも、選択肢として公文書にそれらの言語が使用できるとある。
フィリピンには、その他におよそ80以上もの言語があるとされとる典型的な多言語国家やが、基本的には、そのタガログ語と英語は国内のどこに行っても通じるという。
日本人は最低でも義務教育の中学校時代から英語を習う。しかし、それで会話ができると言える人間はなぜか少ない。
ちょっと外人に話しかけられたら、もう、アウトや。しどろもどろになるか逃げ出す者が圧倒的に多い。
元来、世界中の言語の中で、英語というのは最も簡単な言語やと言われとるものや。せやからこそ、世界中で使われとるわけやしな。
もっとも、中世のイギリスが世界をその支配下に置いていて、そこの現地人に英語を教え込んでいた影響ということもあるがな。
それでも英語は覚える言葉は少なくて済む。
例えば、相手に呼びかけるのも、英語やと「You(ユー)」一つで通じるが、日本語の場合は、「あなた」「あんた」「おたく」「君」「貴殿」「お前」「貴様」と数多くの言い方が存在する。
方言まで加わると関西では、その相手のことを「自分」と呼ぶというケースまである。
「自分、そんなことばっかりしてたらあかんで」という具合や。
他にも挙げたらキリがないくらいに、一つの言い方に対するバリエーションは多い。
おそらく、日本語は世界にも類を見ないほど難解な言語やと言える。
もっとも、それを使い慣れとる日本人にはその意識はないやろうがな。
それもあるのかも知れんが、日本の学校では、本来、簡単な言語である英語をなぜか分かりにくいものにして教えているように思えてならん。
やれ文法だの過去形だのと、とにかく形から入らなあかんと考えとる。
結果、中学から大学まで10年間も英語の授業や講義を受け続けながら話すことのできん人間を大量に生んでいるという、世界でも類を見ないほどの奇妙な現象が起きとるわけや。
しかも、それで英語を話せんことが恥やという風潮がまったくない。むしろ、当然という感じすらある。何のための英語の教育、勉強やと思う。
その点、ワシら拡張員は世間からは、学力を含め程度が低いと思われがちやが、ベテランになれば、英語に限らず外国語を流暢に駆使する人間も多いんやで。
もっとも、それには地域性というのもあるがな。
どういうことかと言うと、その地域に外国人がおって、その外国人から契約を取るには、その国の言語が話せんようでは、それこそ話にならんさかいな。
契約を取るためには嫌でも覚えるしかない。しかも、たいていは、それを短期間で覚える。
つまり、それが必要となれば、人間は誰でも外国語程度のものは覚えられるわけや。
そのベテラン拡張員の中には、その外国語を駆使して相手をペテン(騙す)にかけて契約を取る者すらおる。(巻末注4.参考ページ参照)
ワシが、ちょっと前まで拡張してた東海にはブラジル人居住者の多い地域が結構あった。
ブラジルの公用語はポルトガル語や。
せやから、ブラジル人から契約を取るには、そのポルがル語が話せた方が有利やということで、その地域の拡張員は必死になってポルトガル語を覚えるわけや。
「エスクレーヴァ
オ セウ ノメ、ポール
ファヴォール」
これは、ポルトガル語で「あなたの名前を書いてください。お願いします」という意味の言葉になる。
これを言うて、日本語も満足に話せず、新聞も読むこともできんようなブラジル人に契約書を差し出してサインさせとった拡張員がいてたわけや。
これなんかは、あまり褒められた動機やないが、それでも、人間は必要に迫られれば、どんな人間でも勉強はするし覚えることができるという、立派な証やと思う。
ここで、日本の教育方針を批判するつもりはないが、要するに、外国語とはいえ、言葉とはそんな程度もので難しく考える必要はないということが言いたかったわけや。
店長のタケシタも、一般の人と同じで英語が得意というほどやなかったが、ロッキーとコミュニケーションを取る必要性から、自然と意志の疎通ができる程度には上達した。
もっとも、大半は身振り手振りを交えてやったがな。英語は、もっぱら知っている単語を並べる程度や。
しかし、言葉とか意志の疎通なら、それで十分やと思う。
ただ、意志の疎通ができれば、この新聞販売店の仕事を上手く教えることができるかというと、それだけでは難しい。
普通に考えて、言葉や文字を知らんと、配達する家を教えるだけでも難儀やさかいな。
しかし、新聞販売店には順路帳というものがある。
新聞を配達するための道順を書いた台帳で、業界では、これを「あんちょこ」と言うてる。
順路は記号で表されているから、その法則が分かれば誰でも比較的簡単に配達できるようになっている。
ワシらが子供の頃のはるか昔は、そのコースに熟知した人間と一緒に回り、一週間程度かけて配達順路を覚えていたもんやが、この順路帳が作られるようになってからは、配達人に教えるために同行したとしても、その日、一日程度で済むようになった。
覚えの悪い者でも、昼間、空でその順路帳を見て回れば、たいていすぐ分かるようになる。
配達に慣れとる者なら、起点、つまり、最初に配る家さえ分かれば誰でも最後まで間違わずに配ることができるようになっている。
せやから、その順路帳を渡して「その区域を配ってくれ」と言うだけで済む。
ワシも昔、拡張員でありながら代配というて、配達人のピンチヒッターをしていたことがあるから、その辺のことも良う分かっとる。
代配というのは、その日、その場だけの急場のことやから、その順路帳が分からなどうしようもないわけや。
タケシタは、その順路帳に英語の注釈をつけたロッキー仕様というのを作った。
顧客の名前はさすがに「漢字」で書いてはいたが、その下にはアルファベットで、目印になる注釈を付け加えた。
「red post(赤いポスト)」とか、「white dog(白い犬がいる)」、「blue roof(青い屋根)」といった具合や。
ロッキーが陽気な男ということもあって意気投合し、急速にその付き合いを深めていった。
いつしかタケシタは、ロッキーを連れて近所のスナックに飲みに行くようになっていた。
その誘いをすると、ロッキーはいつも満面の笑みを浮かべて「OK!」と右手の親指を立てて突き出す。
酒を飲んだり、バカ話をしたり、カラオケを唄ったりと、そこには国境を越えた「友人」としての付き合いがあった。
ある日、ロッキーが「フィリピン・パブへ連れて行ってくれ」と言ってきた。
その一週間後、販売店から電車で一駅のところに、その「フィリピン・パブ」があったので、そこへロッキーと行った。
店内には、とにかくグラマラスな美人の若い女の子が大勢いた。全員フィリピン人やという。
タケシタらのテーブルにも、かなり綺麗な女の子が二人ついた。
彼女たちも、日本語は片言でしか喋れない。
タケシタは、適当な英語と、得意の手振り身振りを交えながら必死に話しかけるのやが、イマイチ盛り上がらん。
ところがロッキーとはいえば、フィリピンの母国語である「タガログ語」で会話を弾ませていた。
こうなると、もうテーブル内での会話は「タガログ語」オンリーになってしまっていた。
当然のことながら、タケシタには全く理解できない。
ロッキーがタガログ語を駆使し、女の子二人を独占し始めた。
そうなると、さすがにタケシタも面白くない。
話に加わろうとはするが、なかなかそうはいかなかった。
このことがあってからは、もうフィリピンパブに行くことはなくなった。
もっとも、それで、タケシタとロッキーの仲が悪くなったと言うわけやない。
相変わらずバカ話をしたりして友人関係を保っていた。
そんなある日。
ロッキーが「オレの部屋に今晩来いよ」と言ったので、「分かった。じゃあ仕事が終わる夜9時ぐらいに行くよ」といつものように軽く答えた。
意外にも、ロッキーのアパートに行くのは、そのときが初めてやった。
二人でいろんな話をした。
ロッキーの故郷である、フィリピン・マニラでの生活、家族のことなどいろいろや。
それで、ロッキーは、現在、離婚状態に近いということが分かった。
それでも、奥さんや子供達のために稼ぎの半分以上を、毎月欠かさず仕送りしていたと言う。
それを聞いて、タケシタは、ますます頭の下がる思いがした。
会話がはずみ、ロッキーがフィリピンに帰国するときには……という話題に入ったときやった。
「フィリピンでは、金さえ出せば警察なんかどうにでも動かせる。そんな国だ」と、いきなり不機嫌な顔をして、そう吐き捨てた。
ロッキーにすれば、珍しく険しい表情やった。
ロッキーは、さらに「フィリピンには法律などあってないのと同じだ」と続けた。
フィリピンは治安が悪いというのは、タケシタも噂には聞いて知っていた。
「しかし、犯罪を犯せば捕まるだろう?」
「ああ、ワイロを渡せないような貧乏人が犯罪を犯せばな」
フィリピンでは、警察官に袖の下を握らせれば、たいていのことは見逃すという。
極端なことを言えば、強盗に入って逃げる途中、警察に捕まりそうになると、その奪った金の一部を差し出せば、見逃してくれるのやと言う。
「いくらなんでも、そんなアホな……」
「ボスのように、平和な日本で育った日本人にはとても分からないよ」
ロッキーにとって、日本はこの世の楽園だという。
フィリピンでは、自分の命は自分で守らなとてもやないが生きていけない。一瞬でも油断をすると、命の保証すらない。
所持品も迂闊に置くと、右を見て視線を元に戻す僅かの間になくなっているのが普通やと自嘲気味に笑う。
財布なんか持っていて、そこから金を取り出すような真似でもすれば、確実に10分後には銃を突きつけられ、その金を奪われるという。
フィリピンでは、物を盗る者より、盗られる者の方が悪いという考えが根強い。というより、常識にさえなっとる。
そんな風潮の国やと嘆く。
一般市民が、普通に短銃を持っている。許可証さえあれば誰でも所持できる。
例え、許可証がなくても、よほどでないと調べられたり咎め立てされたりすることもないという。
そんなんやから、そこら中に、銃をもった人間が徘徊しているのやと話す。
アメリカ以上の銃社会がそこにあると。
アメリカやヨーロッパのほとんどがそうであるように、銃の所持許可さえ取れば一般市民でも普通に短銃の所持ができる国は世界にも多い。
せやから、何もフィリピンだけが特別ということでもないのやが、犯罪での銃の使用頻度と悪質さは世界でも群を抜いていると見られているのは事実や。
つい最近でも、先月の5月23日、ラグナ州のカブヤオという町で、銀行の行員や客など10人全員が壁に並べられ頭を撃ち抜かれて射殺されるという衝撃的な銀行強盗事件が起きた。
タケシタは、そのニュースを知り、そのロッキーの言っていたことを思い出した。
ただ、先日、6月8日に起きた、東京秋葉原の無差別殺傷事件などの凶悪事件や頻発する散弾銃の殺傷事件などを目にする度、何とも言いようのない悲しみに囚われ、いたたまれない気になる。
「ロッキーよ。君の思っていた安全な国、日本はもうどこにもないよ」
タケシタは、思わずそうつぶやかずにはおられんかった。
このままやと、フィリピンでの出来事を対岸の火事と思って聞いていたことが、日本にとっての現実になろうとしている。
安全と水はタダやという神話は、すでにこの日本にはなくなっているのやと思い知らされた。
話を戻す。
フィリピンでは、その辺の町工場で普通に銃が作られている。もちろん、密造なんやが、それが摘発されることはほとんどないらしい。
むしろ、それらの町工場で作られた安価な銃が海外にも輸出されとるということのようや。
そのほとんどは、当然のように模倣銃が大半を占める。多くはトカレフTT-33やコルトガバメントを摸したものやという。
世界中に出回っている最もオーソドックスな短銃ということになる。
ロッキーもフィリピンの自宅には、そのトカレフTT-33の模倣銃を所持していると話す。
フィリピンでは絶対の必需品やと。
「国に帰るのは嫌だ」
ロッキーはポツリとそう洩らした。
そんな戦場のような国に帰るくらいなら、日本でどんなにきついと言われる仕事をしていようとも、天国で暮らしているのと変わらないくらい楽やと言う。
ロッキーの勤勉さのわけを垣間見た気がした。
そんなロッキーにとんでもない事件が起きたのは、それから4年くらい後のことやった。
ロッキーは、いつものように業務を終えてコンビニに寄り、買い物をしてから自宅アパートへと原付バイクで向かっていた。
そのとき事件は起きた。
信号のない交差点でロッキーのバイクと女性が乗ったスクーターが出会い頭に衝突した。
これだけやと、単なる交通事故なのやが、あろうことか、その相手の女性は、倒れて明らかに怪我していて、しかも重傷を負ったと思われるロッキーを置き去りにしたまま、その場から逃走した。
悪質な当て逃げや。
たまたま、その事故を目撃していた人が警察に通報して、事が大きくなった。
販売店に警察から連絡が入った。
「はい。すぐ行きます」
タケシタは、そう答えて急いで現場に向かった。
販売店にとって、配達員の事故というのは、それほど珍しいことではない。タケシタも幾度か、その現場に立ち会った経験がある。(巻末注5.参考ページ参照)
10分後、タケシタが現場に着くと、警察官が2名、浮かぬ顔をして事故現場の周りに所在なげに立っていた。
近くに乗ってきたバイクを止め、警察官に事情を尋ねる。
目撃者の話によると、ロッキーはかなりのダメージだったらしく、乗っていたバイクを置き去りにして、足を大きく引きずりながら、その場を離れたという。
そのロッキーに向かっていて、目撃者の男性が「大丈夫ですか?」と声をかけたが、「ダイジョーブ」と答えていたということやった。
「おそらく、自宅のアパートへ帰ったんでしょう」
タケシタには、それしか考えられんかった。
タケシタは、その二人の警察官と一緒にアパートに向かった。
事故現場から徒歩で2分くらいの距離に、ロッキーのアパートがある。
タケシタは、部屋のドアを勢いよくノックした。
ドン、ドン、ドン、ドン。
「ロッキー!大丈夫か?」
応答がない。
しかし、状況からして、ロッキーが部屋の中におるのは間違いないはずや。
何度も呼びかけたが、相変わらず応答はない。
二人の警察官も「長くは付き合ってられないな」とでも思ったのか、「とりあえず、また明日になってから連絡ください」と言い残して、その場を立ち去った。
しばらくして、タケシタは、「もう警察も帰ったぞ! 部屋のドアを開けてくれよ。本当に大丈夫なのか?」と言いながら、ロッキーの部屋をノックし続けた。
1時間以上、その場にいて説得を続けてみたが、ついに何の反応もなかった。
もしかしたら、部屋の中にもいないのかも知れないと思い始めた。
なぜロッキーが隠れなければならないのかは、タケシタには想像がついていた。
ロッキーは、いわゆる不法滞在の外国人労働者やったからや。
もちろん、販売店も雇う段には、それなりに調べるから、最初から不法滞在の外国人労働者と知って雇うのは考えにくい。
ロッキーの場合、ビザが切れたのは、勤め出して数年経ってからやった。
警察に問い詰められ、それが発覚することを恐れたのやろうと思う。発覚すれば強制送還されると。
そんなものは、どうとでも販売店として取り繕うことはできた。
それに、ロッキーは被害者なんやから、販売店がその身元を保証すれば、不法滞在など発覚することは、まずないはずや。
事実、経営者のワダもロッキーの勤勉さは買っていたから、例えそれが発覚しても何とかすると言うてたくらいやさかいな。
具体的にどうするかまではタケシタは知らなんだがな。ただ、ワダができると言えばできるのやろうとは思う。
それに、基本的に入国管理局と所轄の警官の連携など、よほどのことでもない限りないやろうから、それほど心配せんでも良かったはずや。
もっとも、それも絶対の保証はないがな。万が一、ということもないではない。
次の日からロッキーは、新聞配達の仕事にも来なくなった。
忽然と姿を消した。
その万が一を恐れたのやと思う。タケシタのように楽観することも、そこまで人を信用することもできんかったのやろう。
タケシタは、それほどまでに母国に帰ることを嫌うロッキーが哀れに思えた。
しかし、かなりの怪我をしている足の状態はどうなんやろうか。タケシタは、ただ、それが無性に心配やった。
それから半年ほど経ち、タケシタはロッキーから訊いていた、フィリピンの連絡先へ意を決して、電話をかけてみることにした。
ジェニーという女友達の番号やという。
トゥルルルル、トゥルルルル。
「ハロー?」
ジェニーらしき人物が電話口に出た。
精一杯の英語で、ロッキーのことを聞いたが、ジェニーの返答はそっけなかった。
「アイ・ドン・ノウ」
本当かどうかは分からんが、タケシタには、そう言われるとそれ以上、問い質すことはできんかった。
「もし、彼に連絡がついたら、タケシタという者が心配してたとだけ伝えてほしい」
それだけを言うて、その電話を切った。
それから2ヵ月後。
タケシタ宛てに小包が届いた。
送り主は、なんと、あのロッキーやった。
荷物をほどいて中を見ると、いかにもフィリピンといった風情を感じさせる木製の彫刻細工が入っていた。
「……」
残念ながら、荷物の伝票にはロッキーの電話番号などの連絡先は記載されてなかった。
タケシタも、あえて、それ以上の詮索をするのは止めることにした。
その木製の彫刻細工に、ロッキーの思いのすべてが込められている気がしたからや。
「君は無事やったんやな。もう会うこともないのかも知れんが、お互い頑張ろうな!!」
タケシタは、心の中でロッキーへそうエールを送った。
「ロッキー、今まで、楽しい想い出をありがとう。君のことは生涯忘れないよ」と、感謝の気持ちも添えて。
参考ページ
注1.旧メルマガ『新聞拡張員ゲンさんの裏話 第174回 新聞拡張員ゲン
さんの裏話 ■店長はつらいよ Part
3 内覧(ないらん)の戦い』
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage13-174.html
注2.旧メルマガ『第195回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■店長はつらい
よ Part4 恋と集金……そして、店舗荒らし』
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage13-195.html
注3.旧メルマガ『第168回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■店長はつらい
よ Part1 恐怖の忘年会』
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage13-168.html
注4.旧メルマガ『新聞拡張員ゲンさんの裏話 第59回 新聞拡張員ゲンさ
んの裏話 ■
運動会はサンバのリズムに乗って』
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage13-59.html
注5.旧メルマガ『第169回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■店長はつらい
よ Part
2 暴かれた私生活』
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage13-169.html
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