メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第216回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2012.7.27


■新聞販売店物語 その8 自分勝手な専業との接し方


古くからの読者でもある、アキバ新聞販売店の店主、アキバ氏から一通のメールが寄せられた。

それには、『自分勝手な専業に手を焼いています。どうすればいいでしょうか』と、あった。

自分勝手で自己中心的な考え方の人間は、どこにでも存在する。特段、珍しいことではない。

何があっても悪いのは自分ではない。他の者やと言い張る。けっして自らの非を認めようとしない。

アキバ新聞販売店にも、そういう専業(正社員)がいる。ナカガワという男がそうやった。

ナカガワは古い。専業として雇って、かれこれ20年ほどになる。この業界では超ベテランということになる。

しかし、使えない。

未だに毎月のように誤配や欠配をするし、雨の日、または雨が降ると予想される時は「必ず、包装機で新聞をラッピングするように」と通達しているのにもかかわらず、面倒くさがって、しようとしない。

そのため、客から「雨に濡れて新聞が読めない」という苦情が来るのは決まって、ナカガワの配達区域からやった。

その中の一人の客から、「今月、これで二度目だぞ。今までにも再三、同じようなことで文句言っているのに全然直らない。もう頭にきた。解約する」と怒りの電話があった。

その客にはアキバが平身低頭謝って何とか許して貰い、事なきを得た。

アキバが、そのことでナカガワを叱ると、「俺のせいじゃない。その客の家のポストが悪いからだ」と平然とした顔で言う。

「どういうことだ?」

「俺はちゃんと新聞を最期まで落とし込んでいるんだが、ポストが古くて穴が開いてて、そこから雨水が入って濡れていたんだ。客にはポストなんか安いんだから買って取り替えといてくれと言ってたんだが、替えてないから、そういうことになるんだ。俺のせいじゃない」

ポストに欠陥があったことは、たまたまナカガワが当番の日、雨が降っていて、その客から苦情の電話があったため、代わりの新聞を持って行った時に、ポストを調べて分かったことやと言う。

「バカ野郎!! それなら何でその時に、店にそう言わなかった。そんなことなら、うちの専用ポストを持って行って取り付けたら終いじゃないか」

アキバはそう怒鳴った。

たいていの新聞販売店には新聞社のロゴ入り専用ビニールポストというのがある。

ポストに欠陥や難のある顧客の家には、それを持って行って取り付けるよう指示していた。

新聞社のロゴ入り専用ビニールポストを取り付けるのは、雨対策のためだけやなく、他紙の勧誘員を寄せつけんというのと、格好の宣伝にもなるから取り付けられるチャンスがあれば、そうしろと言っていた。

他紙の勧誘員を寄せつけんというのは、そのポストが取り付けられていることで、この客には販売店は相当力を入れているなと知らせる効果があるからや。

それを受け入れている客を勧誘しても難しいなと思わせることができる。

そのポストは、たいてい門扉などの目立ちやすい場所に取り付けるから、新聞社のロゴ入り専用ビニールポストが多ければ多いほど、近所の人たちが日常的に通行する際、目につきやすいということで宣伝効果が期待できる。

さらに言えば、現在購読している販売店で、そうして貰っていないという人には、そのポストを見ることで、「親切な新聞販売店」と思って貰える可能性もある。

稀に、その新聞社のロゴ入り専用のビニールポストを取り付けるのを嫌がる客もおるが、そういう客には、ポスト以外の客の指定する場所に包装機で新聞をラッピングした上で置くよう指示していた。

玄関口の小屋根の下とか、縁側の日差し屋根の下、カーポートの中、エアコンの室外機のカバーの下など、その気になって探せば、そういう所はいくらでもある。

そういう場所に新聞を置くというのも新聞販売店では、ありがちなことである。また、その程度の心配りは客に示しておく必要がある。

特別な処置をした家は長期購読者になる確率が高いから、面倒くさがらずにそうしておくべきや。損にはならない。

どんな理由があれ、配達員は客に雨に濡れて読めないような新聞を配達したらあかん。

配達した者の責任だと。それがプロだと。

今まで口酸っぱく、ナカガワにはそう言い聞かせてきた。

一度目なら不可抗力ということもあるが、二度目以降は許されない。

次も同じ事があると予想される場合は、事前に手を打って、そういうことのないようにしとかなあかん。

その方法があり、そうしていないというのでは言い訳などできない。

しかし、ナカガワはその言い訳を正当なものとして言い張る。

客に向かって「ポストを買い替えろ」と。それをしないから悪いのだと。

話にならない。プロとしての自覚と誇りが足らなさすぎる。

アキバは怒鳴るしかなかった。

ナカガワは、アキバに怒られるとプイと横を向いて、ふて腐れて、どこかに消えた。

いつものことである。

しかし、この後の展開が、いつもとは違った。

それから一週間の間に、立て続けに5軒もの解約希望の話が店に舞い込んで来た。

そのすべてがナカガワの配達区域の客からやった。

その中に例の雨に濡れた新聞を配達されて怒っていた客も含まれていた。

それらの顧客にその理由を問い質すと、その雨に濡れたという客の他に、「折り込みチラシの量が少ない」、「あんたのところ店は柄が悪いから止める」などといった、およそ解約理由にはならないような理由を並べ立てた。

アキバ販売店は、その地域ではシェア・ナンバーワンやから他紙販売店よりチラシの量が少ないということはないし、店の勧誘員の柄が悪いと言われたことも、これまで一度もなかった。

とんでもない言いがかりである。

挙げ句に「もう他紙販売店と契約したから、何と言われようと解約する」と一方的に通告された。

他紙販売店と契約したというのも、すべて同じカスガ新聞販売店やった。

こういう場合は、そのカスガ新聞販売店の勧誘員が、客にそう吹聴して契約にしたということやろうと思うが、それだけではアキバは納得できなかった。

そのすべてがナカガワの配達区域の客で、その契約先がカスガ新聞販売店というのは、あまりにも出来過ぎている。

何かある。

ナカガワが何らかの形で絡んでいるのやないかと疑ったアキバは、ナカガワに配達区域の変更を命じた。

そして、タカシという入社してまだ1年ほどの若い専業に、その地域の配達を任せることにした。

ナカガワが風邪やその他の理由で休んだ時に、休日だったタカシに何度か無理を言って、その地域を配達させたことがあるし、何よりナカガワを嫌っているということが大きかった。

もっとも、店内でナカガワを嫌っていない専業など殆どおらんがな。

その中でもタカシからは、何度もナカガワについての苦情があったと、店長のモトキ経由で聞いて知ったいたから、よけいタカシを選んだ。

本当は店長のモトキに任せれば良さそうなものやが、それやとモトキとナカガワが正面きって揉めるおそれがある。

ナカガワは、後輩で自分より若いモトキが店長になっているということもあり、業務命令であっても指示に従おうとはしない。

モトキはモトキでナカガワを口だけ達者な「仕事のできない、使えない男」と見ていた。

二人の仲は、おそろしく悪い。犬猿の仲と言って良い。事ある毎に揉めていた。

そのため、ナカガワに何か言うことがある時には、必ずアキバから伝えていたというわけや。

「ナカガワさんのことで何か分かったことがあったら、教えてくれ」と、モトキはタカシに言い含めた。

それで、タカシは、すべてを呑み込んだ。

「分かりました」と。

その翌日、早速、そのタカシから情報が入った。

配達区域の中に、ある大手の製造工場がある。そこの食堂に10部程度新聞を配ることになっていた。

他紙の配達員も同じように、そこに新聞を配る。

各販売店の配達時間帯が酷似している、またその工場の開門時間が決まっていたという関係で、いつの間にか、その地域の各新聞販売店の配達員たちが、同じような時間に集まって休憩を取ることが日課のようになっていた。

タカシは、何度かナカガワの代配をしていた際、他の配達員がそこでくつろいでいたのは知っていたが、その時は、休みの日に駆り出されたということもあり、一刻も早く終わらせたいという思いから、その連中とは付き合うことはなかった。

しかし、その日は店長に言い含められていたということもあり、何かの情報を得られるのではないかと考え、付き合うことにした。

午前5時過ぎ頃やった。大方3分の2ほどは配り終えているから、少しくらいなら時間を取って、ゆっくりしてもいい。

そこの食堂に据えつけてある自動販売機で買った1杯70円のカップコーヒーを飲みながら、食堂の長椅子に腰かけて、駄弁って小休止するのを殆どの配達員が楽しみにしているのやという。

そこには、彼らなりのルールのようなものがあって、その中で、一番早く来た者が、新聞スタンドに差し込んである、昨日の本紙やスポーツ紙、業界紙なんかを集めて、工場が用意しているダンボール箱に入れるのやという。

それも、各紙5部から10部程度あるから、全紙やと結構な量になる。これは、お互いのためもあるが、工場へのサービスという意味合いも強い。

「今日はナカガワさん休みか?」

そう聞いてきたのはカスガ新聞販売店のハヤシという中年の専業やった。

「いえ、この地域は今日から僕が配達することになりまして、ナカガワさんは他の地域を配達されています」

「何でだ、急に?」

「さあ、僕はそうしろと言われただけなので……」

「そうか、社長の嫌がらせか」

「……」

本来なら即座に「違いますよ」と言うところやが、それやと何も聞き出せないと思って黙った。

「おたくのナカガワさん、いつも社長のパワハラに泣かされていると言ってたけど、これも、そのうちの一つなんだろうな」

「……」

その後、ハヤシはナカガワが普段ボヤいていることを話し出した。

それにタカシは適当に合わせた。その方が話を聞き出しやすいと考えたからや。

ハヤシから聞いた話は、どれもタカシの知らないことばかりやった。というか、どう考えてもナカガワの作り話のようにしか思えんようなものが多かった。

曰く、ナカガワの配達地域だけ業者からの折り込みチラシの量が少ない。

曰く、柄の悪い拡張員の出入りが多く、客とトラブルばかり続いている。

曰く、その柄の悪い拡張員の中に、社長の息子がいて、これが仕事もせずタチが悪い。日程で入店することが多く、来ると必ず店の中で、ふんぞり返ってテレビやマンガばかり見ている。

曰く、社長がケチだから、雨の日でも包装機を使わせないため濡れた新聞を客に届けるしかない。それで客と社長の両方から叱られる。

曰く、社長は無理難題ばかり専業に押しつけて、それができないとキレてすぐ怒り出す。

タカシは、デタラメな話ばかりやと思うたが、その場は「そうなんですか。僕はまだ入社して日が浅いので良く分かりません」と言うに止めたという。

「そうか。まあ、これから困ったことがあれば何でも俺に相談しろ。力になってやるから」と、ハヤシ。

タカシのその報告を店長のモトキが社長のアキバに伝えた。

「それにしても、あきれてしまいますね」と、モトキ。

『ナカガワの配達地域だけ業者からの折り込みチラシの量が少ない』というのは、そういうこともある。

考えられることは二つ。

一つは折り込みチラシ納入業者が販売店の指定する部数より少なく納入している場合。

その場合は、「ないものは入れられない」わけやさかい、どこかの地域で、その特定のチラシが不足するのは避けられんことやと思う。

その不足分が、ナカガワの地域であったというのは考えられる。

普通なら、折り込みチラシの枚数が足りないというケースの方が少ないのやが、最近はそうとばかりは言えんようになっとるようや。

一般的な販売店では予備紙、押し紙、積み紙といった余剰紙と呼ばれる配達されない新聞があり、販売店はその分を含めた折り込みチラシの納入を依頼業者に納入するように伝えとるはずや。

せやないと、「すべての家に配ることができない」と言うてな。

たいていは、その要求をするから、折り込みチラシが余るのが普通や。

しかし、中にはチラシ納入業者が少なめにしかチラシを届けて来ないというケースがある。

昨今では、販売店から通達されとる納入依頼部数の1割から2割減のチラシ枚数しか配達しない業者も珍しくないという。

多くはチラシ制作費用のコストカットのためやが、中には勝手に押し紙を含む配達されない余剰紙が、どの新聞販売店にもあるものと考え、それを見越して納入依頼部数を1割から2割減にするケースがあるということや。

これはネットなどで、すべての新聞販売店には「押し紙」が存在するといった間違った情報が流され、それを信じとるからやと思われる。

確かに、業界には「押し紙」は存在するが、それはすべての新聞販売店に言えることではない。

まったく押し紙のない販売店もあれば、かなりの割合で押し紙が存在する販売店もある。

その販売店によりそれぞれというのが正しい認識なのやが、それが理解できん折り込みチラシ納入業者がいて、少なめにチラシを持ってくるわけや。

当然やが、押し紙のない、少ない販売店では、その1割から2割減の折り込みチラシ分では、どうしても配達できない顧客が生じてしまう。

それとは別に、チラシの制作費が高いため、チラシの枚数そのものを最初から少なく作っているというケースもある。

例えばそのチラシ納入業者が、そのチラシを1万枚制作していたとする。

それを配布することで効果が上がると見込まれる地域に該当する新聞販売店が5軒あったとする。

その場合、その5軒の新聞販売店の納入依頼部数の合計が1万1千部があれば、1千部は納入できないということになる。

足りない1千部の振り分けは、その納入業者の判断次第ということになる。

それが数百部になるか、数十部になるかは、それぞれの販売店毎に違うてくる。

「その量では、おたくの折り込みチラシが入らない家がありますよ」と販売店から通告されていれば、チラシ納入業者も納得している場合が多く、その折り込みチラシの内容次第では地域を指定する場合もある。

ナカガワの配達地域には工場関係、商店関係の顧客というのが比較的多い。

そのため、それらの折り込みチラシ業者から「その地域は除外してくれ」と言うて指定されるケースがある。

その折り込みチラシの内容次第では、それらに届けてもあまり効果がない、配達しても仕方のない客層ということでな。

この問題は、折り込みチラシが余分にあれば起きない。しかし、現実には、折り込みチラシが少ないために起きることがある。

その場合、アキバ販売店としては最善の方法を採るしかないということや。

その最善の方法を選択した結果、ナカガワの配達区域に折り込みチラシの不足が集中するということはあった。

しかし、そうなる理由についてはナカガワも十分承知しているはずや。

それを、わざわざ他店の人間に言いふらすというのは頂けない。言うべきことではない。

思慮が足らないのか、腹いせのつもりなのか。おそらくは、その両方なのやろうと思う。

二つ目の理由は、単にミスで折り込みチラシが入っていないというケースや。

これも意外に思う人がおられるかも知れんが、販売店次第では結構多いミスの一つでもある。

客の中には「折り込みチラシは不要だから入れないでくれ」と言う場合がある。

特に、ナカガワの配達区域に工場の食堂などがあった場合、折り込みチラシが入っているのは歓迎されない。

そういう所は当然、その折り込みチラシを除外して配る。その部数が多ければ多いほど、折り込みチラシを入れ損なうミスも起きやすい。

また、チラシ折り込み機でセットする場合にも、そのミスが起きることがある。

ただ、前述のような理由でミスが皆無ではないから、ナカガワの言うようなケースがないとは断言できんがな。

『柄の悪い拡張員の出入りが多く、トラブルばかり続いている』というのも皆無とは言わんが、アキバ新聞販売店に出入りする拡張員が特別悪いというほどでもない。

アキバ新聞販売店に出入りする拡張団の団長、つまり新聞営業専門会社の社長と店主のアキバは昔から懇意にしているということもあり、拡張員もそれなりに一目置いていて、却って気を遣うことの方が多い。

ヘタに客に向かって悪態でもついて揉めるような事があれば団長から、きつめに叱責されるからだ。

まあ、これは現在、どこの拡張団の団長でも、そうするのが当たり前になっとることやから、特別にアキバ新聞販売店がそうやということでもないがな。

昔ながらの柄の悪い拡張員を抱えている拡張団の方が圧倒的に少ない。

もっとも、その拡張員たちの何人かはナカガワと揉めたことがあるから、それも腹いせで、そう吹聴しとるのやろうとは考えられるがな。

『その柄の悪い拡張員の中に、社長の息子がいて、これが仕事もせずタチが悪い』というのは、アキバの息子のユウジが、昔から懇意にしている拡張団に入社しているのは事実やが、『仕事もせずタチが悪い』というのとは違う。

アキバは、将来的に店を継ぎたいというユウジと良く話し合った末、営業力をつけさせるために懇意にしている拡張団に入社させたという。

こういうケースは業界では昔から多い。ありがちなことや。

その場合、日程で父親の販売店に入店した息子が、その気の緩みから店内で、『ふんぞり返ってテレビやマンガばかり見ている』といった姿を見せることが多いのは確かなようや。

たいていは幼い頃から店の勝手を良く知っているということもあるし、自分の家のように考えとる場合もあるから、ついそうしたくなるのも無理がないと言えなくもない。

しかし、きついようやが将来、その販売店の店主になろうと考えとるのなら、現在の従業員たちに、そんな姿を見せるのはマイナス以外の何ものでもないと思う。

カード(契約)を上げて、やることさえやっていれば、それでええやないかという声も聞こえてきそうやが、人の上に立とうと考えとる者が、それではあかん。

人というのは欠点を見つけることは上手いが、長所を探すという点においては、もう一つという者が多い。

特に下の立場から上を見る目に、それが言える。下の者に寛容の精神を期待するのは無理やと知っておいた方がええ。

ナカガワのように、どんなことでもひねくれた見方しかせん者がいれば尚更やと。

「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という有名なことわざがある。

憎い坊主の着ている袈裟まで嫌いになるという意味や。それが転じて、その人を憎むあまり、その人に関る全てのものが憎くなるということの例えに良く使われる。

それと同じ心理で、ナカガワはアキバに怒られた腹いせで、アキバの息子をそう詰ることで、その鬱憤晴らしをしとるつもりなのやろうと思う。

もちろん、ナカガワのような人間が一番つまらんわけやが、アキバの息子も考えなあかん。

世の中には、そういう見方をする者もおると。

ワシは何も『テレビやマンガばかり見ている』ことが悪いと言うてるわけやない。

休憩中はワシもテレビやマンガを見ることが多い。

「仕事時間中は仕事しろ」というのは当たり前の話やが、それが営業の仕事となると、少し事情が違うてくる。

営業の場合、遊びが遊びにならん場合が往々にしてある。

どういうことかと言うと、ワシの場合、客との雑談から親しくなって契約に結びつけるケースが多いさかい、そのネタ探しのためにそうしていることがあるからや。

雑談の多くは世間話が主やさかいテレビを観て情報を得ることも必要やし、若い人相手にはマンガ本の内容が、そのとっかかりになりやすい。

営業では生活、行動のすべてをネタに使うことがある。もちろん、それはその人間の意識の持ち方次第で違うがな。

『社長がケチだから、雨の日でも包装機を使わせないため濡れた新聞を客に届けるしかない。それで客と社長の両方から叱られる』というのは、明らかにナカガワのウソで、実態はその逆や。

まあ、そう言うてないと自身を正当化できにくいということで、そういう作り話をしとるわけやがな。

『社長は無理難題ばかり専業に押しつけて、それができないとキレてすぐ怒る』
というのも、アキバ新聞販売店の人間なら誰でも違うということは、すぐ分かる。

これも他では作り話とは誰も考えんやろうということで、そう吹聴しとることやと思う。

外で自分の勤め先について愚痴る人間というのは、それほど珍しい存在やないし、止めることも難しいから、単なる愚痴程度なら仕方ないという気にはなる。

しかし、それにより実質的な損害が販売店に降りかかるというのは看過できんとアキバは言う。

タカシの話から、この一週間に解約された5軒は、状況から考えてナカガワが関係しとるのは、まず間違いがなさそうや。

そのすべてがナカガワの配達区域内の顧客ということもあるし、タカシからの報告と符号することも多い。

『折り込みチラシの量が少ない』という理由で断ってきた客は、単に他紙と比べて少ないと言うてるのやと思うたが、どうもそうではなそうやという気がしてきた。

実際、アキバ新聞販売店は、その地域ではシェア・ナンバーワンということもあり、その事実もなく、そんな不満を聞いたことも今までなかったさかいな。

アキバは、もう一度、その客宅に行って事情を聞いた。

「当店は、他の販売店より折り込みチラシが少ないはずはありませんが」と。

すると、「他の店ではなく、そちらのお店のことです。そちらのお店では他の地域より私の家に配る折り込みチラシが少ないそうじゃないですか」と、その主婦が言った。

「誰から、そんなことを?」

「カスガ新聞販売店の人が、おたくの店の人が、わざとそうしていると言ってましたよ。何で同じ新聞代を払っていて、うちだけ、そんな仕打ちをされるのですか?」と、その主婦は半ば剥きになって言った。

「その件につきましては、当方でも調べますが、何かの誤解があったのではないかと思います。具体的にどこのチラシが入ってなかったか、覚えておられますか」と、アキバ。

「確か、K電気のチラシが入ってなかったと思うけど……、前にも同じようなことがあったので、てっきりそうだとばかり思ってその話を信用したんだけど、違うんですか?」と、その主婦は少し弱気になって、そう聞き返してきた。

K電気というのは、この辺りでは大きな家電量販店である。

そして、折り込みチラシはK電気の方針とかで、常に指定した部数の1割減でしか納入しない業者の一つでもあった。

アキバ新聞販売店は公称部数と実売部数との差が数10部程度しかないから、「1割減では、どうしてもチラシが入らない家庭がある」と、K電気側に通告したが、「本社の方針なので仕方ありません」と言うだけやった。

これに良く似たケースでサイトのQ&Aに『NO.394 折り込みチラシに関する質問です』(注1.巻末参考ページ参照)というのがあり、その時の回答で、


『1.私は多額のサービスをうけたため要求しませんでしたが、正価で新聞を読んでるような契約者の場合、全ての折込チラシを入れるように要求することは可能でしょうか?』

その要求をするのは別に構わん。「他にチラシが入っとるのに、何でうちにはないねん」というのは、正当な言い分やと思う。

ただ、そのチラシの絶対数が少なければ、そうしようにも無理やわな。

その場合は、今回、その販売店が言うたように「チラシ業者が少なく持ち込みをしたからや」という言い訳をして謝るしかないやろうと思う。

その販売店が「4400部ないと購読者すべてにチラシの配布を無理や」と言うにも関わらず、今回のように3900部しか納入せん業者も珍しいことでもない。

『詳しく聞いてみると他の大手も公称部数より1割程度減らしたチラシしかいつも届かないとのことです』ということなら、その販売店には、それが慣習化されとることになる。

理由は『発注もとで押紙が一割以上あると見込んで意図的に発注を減らしているのかと聞いてみると、景気の悪い時はもっと少なかったので、その可能性もあるが単なるコストカットではないかとのことです』と、その販売店の言うとおりのことが現実にあるのかも知れん。

しかし、業者が折り込みチラシを入れる地域の指定をするというケースもある。この場合も、少ない部数の折り込みチラシしか、その販売店には持ち込まれん。


と言うた。

そのページを見ていたアキバは、ほぼそのとおりやから、その客にも『チラシ業者が少なく持ち込みをしたので入りませんでした』と言い訳をしようとして止めたという。

例え、それが事実でも、その客にとっては「他の配達地域で入っている折り込みチラシが入ってない」という事実には変わりがない。

それにヘタにそう言うことで、『何で同じ新聞代を払っていて、うちだけ、そんな仕打ちをされるのですか?』と怒っている主婦の場合、「私は、おたくのお店では、どうでもいい客なんですね」と反論されかねないと考えたということもある。

そう言われると返す言葉がない。言い訳が言い訳でなくなる。

それよりも、「そういうことがあったとは知らず、まことに申し訳ありませんでした。当方のミスだったと思います」と、素直に謝った方が得策だと考えた。

実際、それが功を奏したのか、その主婦から、

「そう、ただの間違いだったの? 私は、そちらのお店の方が、わざと折り込みチラシを入れてないと言っていたというので、てっきりそうだとばかり信じて、カスガ新聞販売店と契約してしまったのよ。本当は主人も、そちらの新聞が読みたいと言ってたのに」

という言葉が返ってきた。

「仕方ありません。でもその契約が終わった後、またうちの新聞を取って頂けますか? 次回からは、けっしてそういうことのないようにしますので」と、アキバは言った。

「それで良ければ、そうします」と、その主婦。

アキバは、今までナカガワの配達区域には工場やホテル、銀行、役所、コンビニ、商店などといった比較的折り込みチラシを必要としていない所が多いということで、K電気のように折り込みチラシが不足しているようなケースがある場合は、その地域だけにそれが集中するようにしていたが、それは間違いだと知った。

その主婦のように、『何で同じ新聞代を払っていて、うちだけ、そんな仕打ちをされるのですか?』と言われれば、そのとおりやからや。

販売店にとってすべての顧客は大切や。どこの客が必要で、どの地域の客が不必要ということは絶対にない。

そう気づいた。

アキバは他の配達地域にも、工場やホテル、銀行、役所、コンビニ、商店などといった比較的折り込みチラシが必要でない所があるから、それを洗い出せば、相当数、入れないで済むかも知れないと思った。

その分を、ナカガワが配達していた地域の一般家庭に回すようにしようと考えた。

それで数10部程度は何とかなるはずやと。

それでも不足分が生じるような折り込みチラシなら、これからは、はっきりと「その枚数では、すべてのお客に配れませんので、うちではお断りします」と言うことにしたと。

それで例え、その折り込みチラシが減って減収になったとしても、それはそれで仕方ないと。

客の信用をなくすよりはマシやと考えることにしたと。

ワシは、その話をアキバからのメールで知らされ、今更ながらに『その場合は、今回、その販売店が言うたように「チラシ業者が少なく持ち込みをしたからや」という言い訳をして謝るしかないやろうと思う』と回答で言うてたのを後悔した。

思慮が足らなんだ回答やったと。

ワシも人間やから、常に完璧な回答などできんと言いたいが、まがりなりにもQ&Aと銘打っとる限りは、そんな言い訳は許されない。

また、するべきやない。常にベストの回答を心がける必要がある。

次回から、同じような相談があった場合は、必ず、アキバの意見を取り入れたものにしたいと思う。

その意味では、有り難いメールやった。

それにしても、ナカガワのやり方は看過できんとアキバは言う。

「お前、何で他の店の者に、K電気の折り込みチラシが少ないというようなことを言うんだ?」

「それは本当のことじゃないですか」

「本当なら何を言うてもええのか?」

「またパワハラですか」

「何や、それ?」

「社長のしていることは、パワー・ハラスメントだと言っているんですよ。急に配置換えをするのも、そうだし、俺の言うことは何も聞こうとせず、いつも一方的に俺が悪いと決めつけている」

今日のナカガワの態度はいつもとは違っていた。

「それが事実だから仕方ないだろ」とアキバが言ってもナカガワに怯む素振りはない。

それどころか、「俺を元の配達区域に戻してくれ。戻してくれないんだったらパワハラで訴える」と、ナカガワがいつになく強気の姿勢を見せた。

「ということなんですが、一体、どうしたらいいのでしょうか」というのが、今回のアキバの相談やった。

以下が、ワシの回答や。


どうされるかは、あんたの気持ち次第や。

そのナカガワという専業を使い続けるか、解雇するかで悩んでおられるのやろうと思う。

あんたの話を聞く限り、解雇理由はあると考えられる。

ナカガワの行為は刑法第233条および第234条に規定されている「信用毀損罪、業務妨害罪」に問われる可能性性がある。

3年以下の懲役又は50万円以下の罰金という規定がある。

ナカガワが、そう言いふらした結果、客を失ったという事実は、店主のあんたがその気になれば、告訴して損害賠償を請求することもできる事案やと思う。

ナカガワが、それを阻止できそうなケースは、曝露した事実に違法性があった場合くらいやが、新聞に折り込みチラシが入ってないということ自体には違法性はない。

新聞の購読契約には、その新聞を契約期間中、遅滞なく配達するという義務が新聞販売店に課せられているだけで、折り込みチラシを公平に配布する事とは決められてない。

もちろん、そうすることがベストではあるが、それができない状況なら、その販売店の裁量でどうするかを決めることができる。

折り込みチラシの配布は二次的なもので、同じ新聞系列であっても販売店により多い場合もあれば少ないケースもある。

例え、それが同じ販売店内であっても、そのチラシの絶対数が少なければ、当然ながら、そのチラシが入らん地域があるのも、やむ得ない事情やと裁判所で判断される確率が高い。

やむを得ない事情を他者に洩らす行為は、業務で知り得た秘密の曝露に当たり、守秘義務違反に問われる可能性がある。

よって、ナカガワの行為は解雇事由として認められる公算が大きいやろうと思われるということや。

実際、そういう判例も多い。

また、あんたの行為は、そのナカガワが言う「パワー・ハラスメント」には当たらんと考える。

数年前から、パワー・ハラスメントという言葉を使う者が増えとるようやが、その意味を正しく理解している人間は少ない。

パワー・ハラスメントの定義には『職場の上司が本来の仕事の範囲を超えた権力を行使し、部下の人権を侵害する言動を取り続けて就業環境を悪化させること』とある。

この問題で労使間の労働争議が増えつつあるようやが、今のところ『パワーハラスメント』を認定して労働者側に有利に裁定した判例は少ないと聞く。

あんたの場合は、『不配や誤配などのミス』、『新聞の雨濡れに対しての注意』に対して叱責したというのを、ナカガワはそう誤解したようなフシを見受けられるが、それはパワー・ハラスメントの定義にある『職場の上司が本来の仕事の範囲を超えた権力』ではなく業務の範囲内での注意やと考えられる。

そのナカガワの出方次第で、どうされるか決められたらええと思う。

ただ、一方ではナカガワは長年、販売店に勤務された功労者には間違いないさかい、できることなら、穏便に対処された方がええと思う。

その際、折り込みチラシのことを他でバラすのは『刑法第233条および第234条に規定されている「信用毀損罪、業務妨害罪」に問われる可能性性がある』ということをやんわりと伝える。

そして、あんたのしている行為はパワー・ハラスメントには当たらないことなどを丁寧に説明して、説得されたらどうやろうか。

それで、ナカガワが謝罪し、「今後はそういうことはしない」と約束すれば、それで良しとすればええし、そうではなく、意地でも認めない、争うというのであれば、受けて立つのも致し方ないと考えるがな。

ただ、何度も言うが、あんたの考え次第ということが大きいから、どうされるかは、あんた自身が良う考えて決められたらええと思う。


と。

その後、アキバから「ナカガワと良く話合ったところ、分かって貰えたので、しばらく様子を見ることにしました」というメールがきた。

それで一件落着となってくれればええのやけどな。

最近、非公開希望で、類似した相談が増えとるが、その方々には今回の話を参考にして貰うて、より良い解決策を見つけて頂きたいと思う。



参考ページ

注1.NO.394 折り込みチラシに関する質問です


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