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第227回 ゲンさんの新聞業界裏話
発行日 2012.10.12
■新聞拡張員の真の強さとは何か?
「ケンジ、明日入るM団の案内をしてくれ」と、店長のハヤマに言われた。
案内というのは、販売店の専業と呼ばれる従業員が、その日入店した拡張員を任意の地域に連れて行って勧誘させるやり方のことを言う。
別名、ひも付き拡張。普通は1人の専業で1人の拡張員の案内をする。多くても1人で2〜3人くらいまでや。それ以上は物理的に難しい。
店が従業員に拡張員の案内をさせるのには理由がある。
最大の理由は、現読もしくは約入り客(先付けでの購読契約済み)への訪問を避けるためである。
一般的には自由に拡張させるケースの方が多い。
その場合、「白叩き」といって、現読、約入り客に印、多くは色分けをした住宅詳細地図のコピーを持たせる。
色分けをした残りの白い部分の家を叩く(訪問)ことで、そう呼ばれている。
普通は、それを持たせておけば、それらの現読、約入り客を叩くようなことはないのやが、中には間違って叩く(訪問)者がおる。
現読の場合は「お前ところの勧誘員は新聞を配達している客のことも知らんのか」とクレームが入り、約入り客の場合は拡張員の訪問が続くと「何回、契約済みやと言えば分かるんや」と客が怒って、せっかく貰っている契約をキャンセルされかねんことにもなる。
案内をする販売店はそれを嫌う。そのため現読、約入りの家を避け、新規客、もしくは過去読を拡張するよう案内人に指示するわけや。
この案内はその店のベテランか信用のおける者にやらせる場合が多い。
つまり、案内を頼まれたということは、その専業は店から信用されているということを意味するわけや。
案内の場合、監査というて、その日、拡張員が取ってきた契約の真偽を調べることがないというのは、そのためである。
信用のおける店の者がついているから、その必要はないということでな。
二つめの理由は、拡張員の仕事を見せることで、その専業に拡張の仕事を勉強させようという狙いがある。
案内拡張の場合、殆どの拡張員がまじめに仕事するから、ええ参考になるという考え方や。
入店して来るのはM団の3人。そのうちの一人を案内しろという。
M団というはY新聞では子会社のジョウカイを除けば最も大きな広域新聞拡張団である。
北海道札幌から九州福岡まで営業所があり、全国で約250名もの拡張員を抱えているという。
最盛期にはもっと多くの人員を擁し、月に1万枚近くの契約を上げていたそうやが、今はその半分程度に激減していると言われている。
もっとも、それにしても月5千本もの契約数を獲得しとることになるから大したものやがな。
ワシも6、7年前までの一時期、東海のY新聞の拡張団にいたことがあるさかい、M団のことは聞いてある程度は知っている。
ちなみに、その頃のワシのいた団は月に1千本程度の契約しか上げていなかったが、それでもその地域ではそこそこできる団として認められていたさかい、それから考えても、M団の組織力、実力のほどが良う分かる。
但し、その頃のM団の評判はお世辞にもええもんやなかったがな。
喝勧、ヒッカケ、置き勧、泣き勧、てんぷら(架空契約)、何でもござれやと聞いていた。
もっとも、それはその当時、どこの新聞拡張団でも多かれ少なかれやっていたことではあるがな。
まじめな者な拡張員の方が多いとは思うが、あこぎな連中がおるのも事実やった。
そして、数は少なくてもあこぎなやり方の方が目立つから、印象としては、どうしても悪く映る。
ワシの所属していた団も程度の差こそあれ、似たようなもんやった。
ここ5、6年の間に拡張業界も劇的に変わって、今ではそんな事をしている拡張団の方が圧倒的に少ない。皆無ではないがな。
「M団の拡張員か、どんな奴が来るのか楽しみだ」
ケンジは内心、そう思った。
ジョウカイの人間なら、時折入店して来るから、ある程度は知っている。
『第191回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞販売店物語 その7 駅伝大作戦、その舞台裏とは』(注1.巻末参考ページ参照)でも話したが、総体的に拡張のできる人間が多い。
しかし、M団の拡張員については正直、よく分からない。滅多に入店しないし、入店してもケンジが案内することは今までなかったからや。
ただ、良い噂がないのは確かやった。特に店の同僚からの評判はすこぶる悪い。
契約が上がらないのは案内人のせいやと平気で言うし、専業をバカにしている者も多いという話もよく聞く。
当日。ケンジと組むことになったのはスグルと呼ばれているリーダー格の男だった。歳はケンジよりも若い。
ただ、リーダーらしく、それなりの風格は漂っている。
ケンジは過去読リスト見せて、その中から「君の望む所に連れて行くので好きに選んでくれ」と言った。
ケンジは案内していて、スグルのある行動に驚いたという。
Aという過去読に連れて行って勧誘するのは案内だから当然として、終わると、「この隣は(Y新聞)入ってますか?」と聞いてくる。
「入ってないよ」
「それじゃあ、叩いても良いですか」と。
叩かせない理由はないから、「良いよ」と答えた。
営業が強い、弱いというのは人によってそれぞれ違うが、案内が付いたら当人の力量はそれほど関係ないとスグルは思っていた。
それは案内の場合、案内人が指定する客しか勧誘できないからである。
案内人が甘ければ上がりやすいが、案内人が意地の悪い人間ならカスみたいな客の所にしか連れて行かない。
それで、その日、契約が上がるか、上がらないかが左右されてしまうと。
しかも、今日のように過去読という限定された相手では誰がやっても大差ないはずだと。
しかし、スグルは、ついでに気になったからと言って隣まで叩きたいと言う。
いつものジョウカイには、そんな人間はいなかった。
もっとも、ジョウカイはハガキ作戦主体で営業の質が違うということもあるがな。
ジョウカイのハガキ作戦について簡単に説明しとく。
まず、その地域の人間になら誰でも分かるようなクイズ形式になっているDM(ダイレクト・メール)が入った封筒を地域の各家のポストに投函するところから始める。
ちなみに、その封筒を投函するのはケンジたち専業の役目である。ジョウカイの人間は、その作戦を立てるだけや。
その封筒の中には切り取りのできるハガキが付いている。切手など貼らんでもええ無料のものや。
差し出す先はジョウカイなんやが、一見すると新聞社に返信するものと客に錯覚させるような体裁になっている。
「正解した方にはA賞もしくはB賞が〇〇名様に当たります」てなことが書かれている。
空くじナシ。ハガキさえ出せば何かが必ず当たる仕組みになっている。
その甘い言葉に釣られるのと、相手が新聞社だからという安心感で応募してくる人が結構多い。もちろん、景品に釣られるケースもあるやろうと思う。
その客の家まで案内するのが、ジョウカイでは主やった。
「こんにちは、○○さん。今日は以前応募して頂いたハガキの件でお伺いしました」と言いながら、
「今回、○○さんには残念ながら賞品は当たらなかったのですが、残念賞としてこちらをお持ちしました」と言うて、百均で売っているようなクリアファイルなどの粗品を渡す。
そして、さらに、「実はA賞でキャンセルされた方がいまして、当社の新聞を取って頂けたら、こちらのA賞をお渡しできるのですが……」と勧誘するわけや。
そのため、そのジョウカイの者たちは、スグルのように隣を勧誘するという発想にはならんのやろうと思う。
ただ、拡張員の立場から言わせて貰えば、案内された家の隣近所を叩くというのはありがちなことである。それほど珍しくはない。
その地域の雰囲気というのは案内された一軒めで勧誘すれば、たいていはすぐに、それと分かる。
勧誘の多い地域か、そうでもない場所か。勧誘員についての評判など分かることが多い。
勧誘の激戦地と言われている地域の中にも、拡張員があまり寄りつかない場所が必ずある。
それには拡張員は、なぜか、似たような地域に集中することが多いからや。
その地域で誰かがカード(契約)を多く上げたという噂が立てば、そこに。
あるいは、業界でガサと呼ばれる安アパートなどを好んで勧誘する拡張員が多ければ、そこにといった具合や。
1箇所に集中すれば、反対にあまり寄りつかない場所ができるのは自然なことや。
1日に5、6人の拡張員が勧誘に訪れる家もあれば、数ヶ月間、誰も来ないという家も実際、いくらでもあるさかいな。
拡張員があまり寄りつかない地域やと踏むと、ワシは例え案内であっても、その隣近所を叩くというのは普通にやっていた。ワシに限らず、積極性のある拡張員には、そういう者が多い。
拡張員が寄りつかない場所というのは契約を上げにくいと考えがちやが、そうでもない。
そういう場所では勧誘に対して、それほど悪い印象を持っていないから、話くらい聞いてくれる場合が多い。
勧誘の仕事では、この話くらい聞いてくれるというのは大きな要素になる。
特に自信のある拡張員ほど、話さえ聞いてくれたら、こっちのものと考えるさかい、むしろそういう地域の方を好む。
その状況を見極めた上で、案内された近所を勧誘するわけや。
それには、販売店から示された過去読データ客ばかりを攻めても難しいということもある。
過去読でありながら、拡張員に任せるのは簡単な客やないということを意味する。簡単な客なら拡張員に勧誘させる前に専業がものにしている。
それでも残った過去読客はたいていの場合、過去にその販売店と揉めたケースが多い。
そんな客でも、持って行き方次第ではどうにかなる場合もあるが、揉めた程度によれば、いくらやり手の拡張員でも箸にも棒にもかからんというケースはザラにある。
そういう場所から場所へ移動するのは時間のロスにつながり、効率も悪い。
それよりも、案内された地域の感触が良ければ、その周辺を勧誘する方が数段マシな場合があるということや。
もちろん、そんな拡張員事情など知る由もないケンジは、その積極性に感心して素直に「こいつは強いな」と思ったというがな。
そこでケンジは、スグルに「お宅なら50(万円)くらい貰っているでしょう?」と聞いてみた。
「月に7、80万くらいですね」と平然と言う。見栄や去勢を張っている風には見えない。
拡張員でも稀にいる年収1000万円の人間というのは、こういう人間なんだなと、漠然とケンジはそう思ったという。
結局、スグルは2時間弱で3ヶ月契約1本上げたが、本人は納得していない様子やった。
その時、一緒に来た仲間のマナブが同じく2時間ほどで3本上げたという報告が入った。
そのマナブはもうそれで仕事終わりらしい。後は遊んで時間をつぶすと。
それもあり、スグルはマナブの区域に入ることになり、ケンジの案内は、そこで終了した。
どうもスグルはケンジの区域は甘くないと悟ったようや。
ケンジは後に、「拡張員の案内なんて普段なかなかないけど、ホントに強い人間を間近で見ることができて良かった」と、メールしてきた。
その2日後。S団という拡張団から、3名の拡張員が入店してきた。
スグルは案内にはつかなかったが、そのS団のリーダーが6本の契約を上げたというのは聞いて知っていた。
そいつもやるなと思いきや、まったくの当て外れで、とんだ食わせ者やった。
そのリーダーの上げてきたカードは全部ワンルーム。しかも当月即入で6本の契約がすべて3ヶ月。
おかしい。店長のハヤマがそう考えて、普通はしない監査をしたところ、そのうちの1本は、ケンジの販売店では扱ってない地方紙と契約したと言っていたことが分かった。
しかし、そのリーダーが提出してきた契約書はY新聞本紙になっていた。どうやら、その客をペテンにかけて契約書を書かせたようや。
もう1本は今月の末に引っ越すことが決まっている客やった。俗に言う「てんぷら(架空契約)」である。
所長のタナカは、こういったインチキや不正を極端に嫌う。この2本の契約がそれと発覚した途端、「二度と来るな!!」と物凄い剣幕で怒った。
「出入り禁止だ!!」と。
それから、一週間後。またM団の拡張員が入ることになり、再び案内を頼まれた。
この時は、オサムという前回のスグルとは同年代くらいの男についた。
オサムは過去読リストを見ることもなく、開口一番、「とにかくガサ(低所得者の住むアパートなどの蔑称)に連れてってください」と言ってきた。
それも、高齢者の多い団地やアパートが良いと。
それじゃあ、ということで連れて行った。
目的地に着くなり目が輝いて「2分も話すことができれば必ず上げてきますよ」と言って飛び出して行った。
その言葉どおり1軒目で、いきなり契約を上げてきた。
普通は、案内といっても二人一緒に客宅に行くことはないのやが、この時はたまたま近くにいて、その勧誘トークを聞くことができた。
とにかく口が上手い。流れるように言葉が出てくる。
トイレットペーパー1個持って、「地域の古紙回収来ました」と言ってドアを開けさせるやり方で、いえばヒッカケ営業に近い。
「ゲンさんは嫌がるだろうけど、それについて俺は悪いとは思わない」と、ケンジ。
確かに、ワシは明らかなヒッカケには批判的やが、それは程度とケース次第で違うてくる。
『地域の古紙回収来ました』と言って古紙回収員でもない拡張員が、それを騙るのは確かに感心したことやないかも知れんが、実際に契約して貰って、古紙の回収をすればウソではなくなるから、問題はないと思う。
実は、このガサ狙いで「地域の古紙回収に来ました」というトークはM団では常套手段として長く受け継がれてきたやり方の一つでもある。
特に高齢者などは重い廃品や古紙を片付けてくれるので助かったと思い、回収を依頼するケースが多い。
問題は廃品や古紙を回収した後や。
M団の拡張員は決まって「ボランティアで廃品や古紙を回収をしているので、アルバイトの方の新聞を取って貰えないか」と泣きついて契約を取るというやり方をする。
M団も最近は業界の流れに沿って拡張経験のない素人しか雇わない。そのためもあるのか、もっぱら教えるのは、このやり方が多いと聞く。手っ取り早いからと。
そのため仕事を始めてまだ日の浅いM団の素人同然の拡張員の中には、この方法しか知らない者も多いという。
つまり、オサムのやった方法は、M団では最もオーソドックスなやり方ということになるわけや。
結果は3本の契約が上がった。全部新勧。それでも、そんな現場を初めて見たケンジは「見事なものだ」と感心したという。
ただ、このやり方には問題も多い。
団地の片隅に集めた廃品や古紙をそのまま置き去りにしたり、新聞を取らないと客が断った場合、回収しなかったりと、かなりいろいろな問題、苦情があちこちで起きているというのが、それや。
サイトのQ&Aに寄せられる古紙回収絡みの相談は、たいていはそんなケースで、しかもM団が関係しているという報告が多い。
当然、Y新聞社の苦情係にも、その手の苦情が数多く届いているものと思う。
そのため、現在、M団では廃品回収のトークを使って勧誘するのは禁止されているという。
もっとも、古紙回収についてはOKとのことやから、どこまでその禁止通達に効果があるのかは疑問やがな。やり方が中途半端すぎる。
まあ、そこまですると契約を上げることのできん者が増えて困るるというのは分かるがな。そのやり方しか教えてないわけやから。
それに、団としても獲得契約数が落ち込み具合が悪いさかい、対外的に「禁止にした」というポーズを作っただけやろうと思う。
このオサムもスグル同様かなり稼いでいるらしい。平均で月50万円くらいの収入があるとのことやった。
ケンジのように販売店で働く専業は、どんな悪天候であろうと配達は休めず、集金も期間内は半端やないくらい忙しい。
口で説明するとそうやが、その過酷さはやった者にしか分からない。
加えて、勧誘のノルマも課せられる。その報酬は彼らとは比べものにならないくらい安い。
毎日必至に働いても月30万円になるかならないかの給料しか貰らっていないのである。
それに比べ、他人の車に乗せて客の所まで連れて行って貰っていながら、ホンの数時間くらいの実働で月に50万円稼げるという話を聞かされるのやから、たまったものやない。
拡張といっても、どうということもないトークを使っているだけである。
ケンジにも十分できそうやった。その点でいえば勉強になったと言えなくもない。
ただ、拡張員になるかと問われたら、その気はないと答えるがな。
案内をして分かったことがある。
ケンジがついたスグルにしろオサムにしろ、彼らが実力者やというのは分かる。その点は、素直に認める。
しかし、一般常識というものが殆どない。
遅刻してやって来ても悪びれるところがなく、案内して貰っていても礼の一つ言うでもない。
ケンジら専業は、拡張員の案内をしたからといって某かの手当がつくことはない。
拡張員が契約を上げたからといって、そのおこぼれが期待できるわけでも、よくやったと店から褒められるわけでもない。
その間、それで時間が取られているために他の仕事ができないとも言えない。
会社命令とはいえ、やっていることは完全なボランティアである。
上がらなければ案内人のせいにして、上がれば自分の実力のようにしか思わないような連中ばかりである。
感謝の気持ちがまったくない。少なくともケンジにはそうとしか感じられなかった。
おまけに、稼いだ金でキャパクラに行って1日に10万円使ったと自慢する者すらいた。
そこには、「お前ら専業には、そんなことはできないだろう」という優越感のようなものが見え隠れしていたと。
普通の人間との感覚が、どこか違う。
「俺は、ああはなりたくない」とケンジは思う。
世の中には、金を稼ぐより大事なことは、いくらでもあるはずだという思いが強い。それだけは失いたくないと。
「突然の雨で新幹線の高架下で雨宿りのついでにメールしていましたが、もう止みましたので、これくらいにして仕事に戻りますね」とケンジ。
そのケンジからのメールで、拡張員の強さということについて少し考えてみようという気になった。
一般的に拡張員は上げた契約数で評価されることが多い。人間性は二の次というのが、業界の体質でもある。
分かりやすく言えば、上げた者勝ちということや。
一般的にどういう契約を上げれば良しとされるのやろうか。
販売店の立場からすれば、長期優良読者を作るきっかけ作りになるような契約を上げて欲しいと考える。
拡張員のやり方次第で、店が縛りやすい客になるか、一度こっきりの客になるかに別れる。
転換率というのがある。
拡張員の取ってきた契約が、どのくらいその店に定着するのかという割合を示した数字である。
普通は10%程度で、20%を超えれば優秀な方やと判断される。
そういう契約を数多く上げられる者が本当に強い拡張員だと、販売店から評価される場合が多い。
逆に取ってきて欲しくない契約とは、どんなものか。
バクと呼ばれる「新聞代」と同額、もしくはその一部の金を渡して契約を取ってくるような者は最悪で、喝勧やヒッカケなどで客とトラブルになる契約を持ってくる者が、その後に続く。
店の規定以上の拡材で獲得した客も歓迎されない。
ただ、そうは言うても、そんな契約でも背に腹はかえられないということで、目を瞑る場合もある。
販売店には、定数日と呼ばれる成績報告日に数字を作らなあかんということがあるからや。
新聞社への報告に減紙というのは絶対にしたらあかん御法度になっている。
その程度によれば改廃といって、新聞社との業務委託契約が解除され、実質的な廃業に追い込まれることすらある。
そのため歓迎しない契約でも認めてしまうケースが往々にして起きるわけや。
それが拡張員に、最終的には契約を上げた者の勝ちやと思わせる要因にもなっている。契約さえ上げれば文句はないやろうと。
拡張員個人の立場で言えば、そうなる。
どんなに良いと言われる契約を上げようが、悪いと蔑まれる契約を上げようが、引き継ぎ(契約の買い取り)さえ通れば、1本の契約には1本の価値しかなく、報酬もその分しか得られないからや。
その考えの下に、バク行為や喝勧、ヒッカケ、てんぷら(架空契約)などが生まれたと言うてもええ。
それをする者は、どんなにええ格好を言うてても、まずは契約を上げな話にならんと考える。
そして、その人間にとって最も上げやすい方法でやることがベストやとなる。
M団の拡張員が喜ぶガサは簡単やからこそ行くわけや。そのガサと呼ばれる所に住む住民が何でもアリやと釣られやすいということもあるがな。
短期的には、それであっても契約を数多く上げさえすれば評価される。
しかし、長い目で見れば、それだけではあかん。
人には信用というものが必ずついてくる。それは拡張員といえども一緒や。
世の中、信用されん人間は何をやっても成功しない。
バク行為や喝勧、ヒッカケ、てんぷら(架空契約)などで作った契約は、いずれボロが出て、それと見破られる時が必ずくる。
当然の事ながら、それで上げた者の信用も落ちる。一度落ちた信用が、元に戻ることは殆どない。
バクで上げた者は「バク男」と呼ばれ、ヒッカケ専門の人間は「ヒッカケ専科」と揶揄され、てんぷら(架空契約)をした者は、「てんぶら野郎」と蔑まれることになる。
一度、そのレッテルを貼られてしまうと、この業界では致命的やと言うてもええ。ずっと、それらの呼称がその人間について回る。
それで、業界を離れざるを得なくなった者は、それこそ星の数ほどいとる。
現在、10年ほど前と比べて拡張員が半減しているのは、そのためもあると思う。単に営業が難しくなったというだけやない。
もっとも、結果として、そういった連中が難しい営業にしてしまったということもあるのやがな。
どうすれば強い拡張員と呼ばれ、尚かつ信用が得られるのか。
最も認められるのは、一軒家の他紙固定読者を販売店が許容する範囲内での拡材で上げることや。
もちろん、それが口で言うほど簡単なことやないというのは百も承知している。
しかし、出入りの販売店、および所属の団から信用を得ようとするのなら、それを避けていたんではあかん。
一軒家の他紙固定読者というのは、拡材の多寡でなびくケースは少ない。そんなものでなびくくらいなら、とっくに他の拡張員に落とされとるさかいな。
一般的に固定読者というのは読み慣れた新聞を変えたがらない。それを変えなあかんのやが、そう簡単にはいかない。
最も効果があるのは、その客に気に入られることやと思う。
「あんたには負けた」、「あんたやから契約するんや」と言わせられるくらいにな。
そのためのやり方ならいくらでもある。その例を幾つか示す。
1.お世辞やヨイショを駆使して客の気分を良くさせる。
見え透いたお世辞やヨイショでも、他人から持ち上げられたり褒められたりすると、どんな人も悪い気はしない。
営業の世界ではこれを抜きには語れないほど重要なものやと思う。お世辞の一つも言えんというのでは営業すること自体難しい。
お世辞やヨイショを言う裏には、相手を喜ばせたいという思い、気に入られたいという気持ちが必ずある。
悪い気がしないというのは言われた方も、それを敏感に感じ取るからやと思う。
営業でこの心理を利用せん手はない。というより営業的な考えから、お世辞が生まれたとも言える。
営業は物を売り込むより、自分を売り込むことが肝心やというのが、ワシの持論や。
自分を売り込むことが営業。そう思えば誰でも自然にその売り込む相手にお世辞の一つも言えるはずや。
ただ、お世辞やヨイショがなかなか言えないという人が多いのも確かやけどな。
特に日本人は、お世辞やヨイショすることに対して、良くは思われないのやないかと考えるから、よけいや。それで迷って躊躇する。
そういう風に難しく考えると何でもそうなる。特に実直な人にそういう傾向が強い。
それはそれで悪くはない。実直な人間を好む客も多いからな。そのキャラクターは大事にした方がええと思う。
実直な人は「奥さんみたいな美しい人には会ったことがない」とか「ご主人はただ者じゃありませんね、何をなさっている方ですか」と言うような、取ってつけたようなお世辞は言いにくい。
そんな人は、さりげなく褒めるということを考えたらええ。
お世辞というのは、何もその相手を直接褒めておだてる必要はない。
玄関一つとっても、下駄箱の上の花瓶や花、置物、壁に掛けられた絵など、その対象はいくらでもあるはずや。
玄関は、その家の顔でたいていの人は気を使う場所や。そこにあるものを、さりげなく褒めるという癖をつけといて損はない。
ワシの経験でも、何気なく褒めた花瓶の花が、実はその家の人にとっては思い出深いもんやというケースがあった。
そんな場合、その人はその話をしたがってる場合が多いから、こちらは黙ってその客の話を聞くようにするだけでええ。
話すばかりが営業やない。客の話を聞くのも立派な営業やさかいな。
その他にも、壁の絵がその家の家人の作であったり、有名人から貰ったものやったり、そこそこ高価な物やという場合も結構ある。
置物のような飾り物にしても同じことが言える。
そういう場合、それをさりげなく褒められたら誰でも悪い気はせんはずや。それだけで話もしやすくなると思う。
お世辞を言うためには何事も注意深く観察する必要があるということや。
それに、そういったお世辞を繰り返すことで、自然といろいろな物に対しての造詣も深まる。
ちょっとした物知りやな。そうなれば、お世辞を言うにも磨きがかかってくる。
慣れれば、自分でも不思議やなと思えるくらい、お世辞が言えてるもんや。
お世辞の具体的な事例については、当メルマガ『第107回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■2010年からの新聞営業講座……その6 お世辞トーク集』(注2.巻末参考ページ参照)の中の「新聞営業における、お世辞トーク集」でいろいろと話しているので見て頂けたらと思う。
2.ユーモアやジョークを駆使する。
客を楽しい気分にさせ、笑いを誘うためにユーモアやジョークを使う。客をそういう雰囲気に持って行けば有利になるというのは誰でも分かるわな。
ただ、自分が面白いと思う事が他人も面白いとは限らない。逆に自分ではつまらないと思う事が受けて笑いを誘う場合もある。
無理に、何か面白いことを言おうと構えるとそういう空回り状態に陥りやすい。
俗に「すべる」というやつや。
ユーモアやジョークは、ある程度、資質というかその人間のキャラクターによっても左右される。性格も含めてな。
その雰囲気を簡単に出せる者は、客と自然に会話も弾み笑いも取れる。
簡単やと考える者にとってはどうということはないが、難しいと捉える人には容易なことではない。
それが難しいと思う者でも、客の笑いを誘うことはできる。
誰にでも通じるウイットに富んだユーモアというのはそうはないが、簡単な挨拶に軽いユーモアを含ませることはそれほど難しいことやない。
例えば「今日は特別、寒いですね。私の頭は特に冷え性気味ですから、たまりませんわ」と自分の薄い頭髪をさりげなく話題にする。
自虐的な話はユーモアになりやすい。
初期段階では、話易い話題を自分で探した方がやりやすいやろうと思う。
流行や事件、事故などの話題もすべてそのための材料になる。何でも使い方次第でユーモアやジョークになるということや。
過去のメルマガに『第68回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞の勧誘ユーモア&ジョーク集 Part 1』(注3.巻末参考ページ参照)というのがあるから参考にしてくれたらええ。
これは結構、評判も良かったしな。
そのうちの幾つか紹介する。
【独自の営業法】
ある拡張員同士の会話。
「オレは独自の営業法を編み出して、それで拡張しとるんや」
「そうか、それはなかなかええ心がけや。自分の失敗を他人のせいにしたらあかんさかいな」
【どっちの仕事の知り合い?】
二人の拡張員が、あるスナックにやって来た。
すると、カウンター席に座っていた派手な格好をした美人が、その内の一人を見て軽く会釈をした。
「おい、お前、あんな美人と知り合いなんか?」
「ああ、お客さんや」
「お前の? それともあっちの?」
【断れない一言】
勧誘していて、中年の女性が出てきた場合の一言。
「えっ、ここは黒木瞳さんのお宅だったんですか?」と、大袈裟に驚く。
自分に自信のある中年女性は、そう言われると契約する確率が高い。
反対に自信のない中年女性は、ただのお世辞と見抜き契約しない。
その話をする。
すると、見栄っ張りな中年女性は断ることができない。
【上手いお世辞】
ある主婦が訪れた勧誘員に向かって言った。
「あら、あなた、前にも来たことがなかったかしら?」
「いえ、今回が初めてですが」
「そんなことはないわ。確かに前に会ってるわよ。そのときに上手いこと言われて騙された記憶があるもの」
「そんなはずはありません。奥さんのような美人の方なら一目見れば絶対に忘れることなどありませんから」
それを聞いた主婦は、にっこり笑って言った。
「そうね。私の記憶違いだったわ」
他にもまだまだあるが、ワシの経験上、こんな感じのジョークを披露すれば笑って貰えやすい。
3.雑談で客の懐に飛び込む。
ワシは客とは仕事だけの話はしない。ワシが営業の仕事が好きなのは、この雑談を誰とでも交わすことができるからや。
雑談というのは、営業において、特にワシの推奨する人間関係構築ということに関してはなくてはならんものやと思う。
上手く雑談が交わせる相手とは成約率はそれだけ高くなるからな。
加えて、知識も増える。当然やけど、客もそれぞれの固有の人生があるから、ワシの知らん事を知っているケースも多い。
本来なら知り得ん事も、雑談を交わして知ることができるわけや。何となく得した気分になれる。
昔は、この雑談というのを、営業のためだけに考えていた時期があった。
今日の客には、どんな話のネタがええかというようなことを、毎日、必死で考えとったもんや。
そのためには、いろんな情報を仕入れておく必要がある。
新聞を読むのは当然として、テレビ、ラジオ、本、今やったらネットも調べておかなあかん。
あらゆる情報がその雑談のネタになるさかいな。
雑談の基本は面白いということや。この面白いと言うのは、相手にとってやで。
いくら自分だけがこの話は面白いと思うても、相手が興味を示せへんかったら、ただの迷惑な話にしかならんさかいな。
せやから、話す雑談のネタは相手と状況を見て使い分けな効果がないということや。
相手が興味を惹きそうな話題で、その相手よりちょっとだけ有意義な情報を知っていれば、たいていの人は話に食いついてくる。
そのちょっとの差を埋めるためには常にアンテナを張り巡らし、情報を入手するようにしとかなあかんということや。
もっとも、あまり難しく考えてもあかんがな。所詮、雑談は雑談なんやから。
秘訣というほどでもないが、最初のうちは、自分の得意分野の話を中心にするようにしたらええ。話しやすいネタだけに絞るんや。
そのうち経験と場数を踏めば自然にネタも増えて話すことにも慣れてくる。
「好きこそものの上手なれ」という「ことわざ」もあるように、雑談が好きになれば自然に上達するもんや。
営業の仕事は、話すことが第一やから、少なくとも自分を話好きにせなあかん。そのためには、雑談が最も有効な手段やと思う。
この雑談についても、メルマガ『第13回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■ゲンさんの勧誘実践Part 1 雑談から』、『第188回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■ゲンさんの話し方教室 その3 雑談の切り出し方について』、
『第127回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■2010年からの新聞営業講座……その8 雑談ネタの集め方』(注4.巻末参考ページ参照)などで話しているので参考にして欲しい。
最後に、真に営業が強い拡張員とは、単に契約数だけが多いというのではなく、新聞販売店や団に認められる契約を上げられ、尚かつ、拡材に頼らない営業で実績を残せる者のことを指すのやと言うとく。
サイトにいつも協力して頂いている、ある業界関係者の方から、
もう一枚もう一枚と、店に戻る上がり時間まで一分一秒も無駄にしないで一心不乱に最後まで叩き続ける必死の姿勢で挑んだ者にしか、真の強さは与えられないのがこの仕事です。
したがってセールスを見る目も、本物を身に付けた者にしか本物を見ることが出来ないのです。
大変残念なのですが、こんな事を言っても結局はそれを理解してくれる人が極めて少ないのがこの世界です。
ゲンさんを通じて「本物のセールスとは何か」を、もっともっと問いかけて頂ければと思います。
というメールを頂いた。
この方は、業界でもひとかどの実績を残された方やから、その言葉には、それなりの重みがある。
ワシの話が、その方の期待に応えられているか、どうかは分からんが、今回『新聞拡張員の真の強さとは何か?』といった今更な題目について、考えみようという要因の一つになったのは確かや。
そして、ケンジをはじめとする業界関係者の方々にも考えて頂ければという思いもある。
参考ページ
注1.第191回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞販売店物語 その7 駅伝大作戦、その舞台裏とは
注2.第107回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■2010年からの新聞営業講座……その6 お世辞トーク集
注3.第68回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞の勧誘ユーモア&ジョーク集 Part 1
注4.第13回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■ゲンさんの勧誘実践Part 1 雑談から
第188回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■ゲンさんの話し方教室 その3 雑談の切り出し方について
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