メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第228回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2012.10.19


■新聞拡張団の悪事を曝露するには?


「やってられない。もう我慢できない、限界だ」

拡張員のアキラは今まで何度もそう思ったが、そうかと言ってどうして良いのか、まるで分からない。

トンコ(逃げる)するのは、それほど難しくはない。

バンク(新聞販売店の営業エリア)に入れば、比較的自由に動けるから、車を使うなり、電車、バスを利用するなりして姿をくらますのは、やろうと思えば簡単にできる。

実際、過去に逃げたこともある。

しかし、そうしても問題は解決しなかった。解決しないどころか、よけいまずいことになってしまった。身動きが取れないことに。

アキラは所属している団に借金がある。ただ、実際に金を借りたという印象はまるでない。

毎月の赤字が膨らみ、結果として借金していることになっただけである。

アキラの所属している新聞拡張団では、一般の会社の貸付金と違って、決まった借金額を毎月の給料から一定額返済していくという方法やない。

借金は給料から全額差し引かれる。

例えば、その月、給料が30万円あったとする。それに借金が100万円ある場合、マイナス70万円と給料明細には表記される。

給料袋には、その明細書が一枚あるだけで現金は一切、入っていない。

もちろん、こんなことは労働基準法 第17条(前借金相殺の禁止)や労働基準法第24条(賃金支払5原則)に違反する行為や。

労働基準局に訴え出れば、それなりのお咎めや注意を受けるかも知れんが、実質的にはあまり効果は期待できんやろうと思う。

労働基準局に訴え出るというのは最後の手段で、そうする場合は辞める意志を固めてからでないとせん方がええと言うとく。

労働基準局は監督機関で、摘発を目的とした組織とは違うから、違法性を問う訴えがあって、それが事実だった場合でも、該当の拡張団には「是正してください」と言うくらいしか当面はしない。

それに対して拡張団が「分かりました」と言えば、事はそこで止まる。

その時、訴え出た拡張員が辞めていない場合にどうなるかくらいは、容易に想像できるやろうと思う。

何らかの仕返しをされるのは明白だと。

そう考えて、労働基準局への訴えを躊躇する人は多い。

アキラも労働基準局に訴えることを考えた時もあるが、団長のアカギの顔を思い浮かべるだけで怖くてそれはできなかった。

その眼光、顔つき、雰囲気、どれをとっても極悪非道を絵に描いたような男である。内面の悪辣さが、そのまま容姿に表れている。

ヘタをすると殺されかねない。その恐怖で、とてもやないが労働基準局などに駆け込むことはできなかったと言う。

団長のアカギに逆らった拡張員が消え、どこかの山の中で人知れず眠っているという噂話が、まことしやかに流れているということもあり、よけいやったと。

団長のアカギは元は本物のヤクザやったという話で、その上半身には日本古来からある神獣をあしらった立派な刺青が彫られている。

アカギは、それを隠そうともしない。夏にはワザとらしく薄めのシャツを着ているため、その刺青が透けて見える。

これ見よがしにしていると言っても良い。

アキラは月平均40本前後の契約を上げている。団内では中の上といったところや。

貰えるカード料の平均は1本5千円ほど。まとめや即入、ボーナスなどのプレミアを含めれば月平均25万円ほどが給料明細に書かれている収入ということになっている。

その内の約半分が「定期」という名の前渡し金になる。「定期」というのは、拡張員が前日に上げた契約の報酬額の半分のことを言う。

それを翌日の朝礼時に団から貰う。それがアキラの生活費のすべてになる。それでは食っていくだけで精一杯である。

それでも借金が少しずつでも減るのなら、まだ将来に望みも持てるのやが、その程度の成績では借金はなくならない。なくならないどころか増える一方や。

アキラは寮に入っているので寮費、光熱費、上下水道代などで月10万円。税金、保健、団費、諸経費などに月6万円前後が、給料から天引きされる。

契約崩れによる不良カードが出れば、その分とそれに伴うぺナルティ分が、同じく給料から差し引かれる。

団が新聞社から買う拡材の景品分も団員の負担として給料から引かれる。もっとも、それについては団員が注文した分だけやが。

アキラの成績では、あれやこれやで月8万円〜9万円くらいの赤字になる。年間にして100万円ほどになる計算や。

一生懸命仕事をして、しかもそれが平均より上というのでは救いがない。

アキラは、貰った定期をコツコツと貯めて電車賃を作り、新幹線に飛び乗って郷里の実家に逃げ帰ったことがある。

拡張団への履歴書には住民票の上がる実家の住所を書いていたのは承知していたが、新幹線で4時間、そこからさらに電車、バスを乗り継いで2時間もかかるような田舎にまで、まさか追いかけては来ないだろうとタカをくくって安心していた。

それが甘かった。

アキラが逃げてすぐに部長のカゲウラと班長のイイダの二人が、実家にやって来た。

両親が、その二人に責められると知って雲隠れするわけにはいかなかった。

観念したアキラは部長のカゲウラと班長のイイダの二人と一緒に団に帰るしかなかった。

両親は息子のアキラから事情を聞いていたので、その借金を肩代わりするつもりだったが、その額が今回の不始末も含めて300万円超えていると言われ、すぐには用意できず断念せざるを得なかった。

また、部長のカゲウラは、「アキラ君は優秀な営業員ですから、借金を返したからといって辞められては我が社としても困ります。貸金は据え置いても良いので、もう一度、社で頑張って働いて頂きたいのです」と、両親とアキラを口説いた。

アキラは老いた両親に迷惑をかけるのが嫌だったということもあり、カゲウラに従うことにした。

拡張団にとってアキラのように、そこそこ仕事のできる団員は貴重な存在になる。

拡張団は、拡張員の上げた契約だけが収入のすべてではない。拡張員そのものがお客になる。

拡張団は寮となる物件を会社として賃貸業者から借り受けている。

そこに住む拡張員から、賃貸業者と同額の賃貸料を徴収するようなことはしない。

寮費や光熱費はそれより多めに請求して天引きで強制的に回収するのが普通である。

分かりやすく言えば物件を持たない大家として所属の拡張員に、部屋を貸し、余分に光熱費を徴収するということや。

また、アキラの所属している拡張団はピンハネ率も異常に高いということもあり、その意味でも辞めさせたくはなかった。

もともと、こういった借金は拡張員を縛ることが目的の大半で、拡張団としても返して貰ってもあまり意味がないと考える。

その手の借金は、どうしても働かさせることができんようになった場合の保険程度にしか考えていないということやな。

できれば生かさず殺さずの状態で使い続けたいというのが本音やさかいな。

結局、その時は借金の連帯保証人に両親がなることで話がついた。

そうすることで、アキラを身動きできないようにできる。

逃げるのは簡単やが、簡単には逃げられんわけが、そこにあるということや。

アキラにとって、それは生き地獄やった。このまま気が変になりそうやという。

ワシらは、多くの読者から、さまざまな悩みや相談事を打ち明けられることが多い。

その際、それについてのアドバイスは当然のようにしているが、悩みについては「人間、ええ事も悪い事も、それほど長続きしない」と言うてきた。

悩まれる人の大半は、現在の状況がこれからもずっと続くと考えて絶望する。

実際には、現在の状況が長く続くことの方が少ないのやが、それがなかなか理解できんわけや。

いずれは好転する時が訪れるということが。

ただ、アキラの場合、そんな状況下では、とてもやないが好転しそうには思えないというのはよく分かる。

「やってられない」という気持ちになるのも無理はないと思う。

それでも、敢えて言う。人間、悪い状況はそう長くは続かないものやと。

ただ、何事も当事者である本人があきらめてしまっては、それまでや。変わるものも変わらん。

アキラには、あきらめずに頑張れば何とかなる時が必ずくるとアドバイスした。

結果的に、ワシの予想が的中することになるわけやが。

団に引き戻されて1ヶ月後。

アキラからメールが送られてきた。

『団長がいろいろと悪事を重ねています。それを僕と分からない方法で新聞社に訴えることはできませんか』と。

実は、こういったメールを送ってこられる方が結構多い。

ここで、それらの悪事を列挙して、その対処法について模索してみたいと思う。


新聞拡張団の悪事とその対処法について


事例1

所属の団が、拡張員から所得税、住民税などの税金を徴収していながら税務署にその分の税金を払っていないと思われる。


これについては、拡張員本人の納税証明書を管轄の税務署に行って申請すれば比較的簡単に分かる。

拡張団が納税していなければ、その拡張員本人の納税証明書は発行されない。

例え発行されても実際の納税額が大きく違う事もある。

その場合、今までの給料明細書を税務署の担当官に見せて相談すれば、その拡張団に査察が入る可能性が生じる。

それで脱税行為が発覚して廃団に追い込まれたケースが実際にある。

税務署に相談もしくは通報した場合、相談者の匿名性は原則として守られることにはなっているが絶対とまでは言えない。

税務署の人間にもいろいろいて、つい口を滑らす者も稀にいとるというさかいな。まあ、そういうのはどこの世界にもありがちなことではあるが。

ただ、脱税行為が摘発されるのは匿名の通報によるケースが多いから、安全を期したいのならそうするのも手や。

但し、その場合、その拡張団に査察が入るかどうかは何とも言えんがな。

そういった密告に近い通報は税務署には日々数多く寄せられとるさかい、その信憑性次第、脱税額の大きさ次第で、その優先順位が決まる。

信憑性なし、脱税額が少ないと判断すれば動かないケースも考えられる。

確実なのは直接、給料明細書などの証拠を持って通報することや。証拠があれば査察にも入りやすくなるから優先順位も上がるやろうしな。

しかし、そうすると身元がバレるかも知れんというのを考えに入れておく必要がある。

税務署に訴え出るのなら団とは関係を絶ってからにした方が無難やと言うとく。

脱税行為が発覚して査察に入られたからと言うて、すべての新聞拡張団が廃団に追い込まれるわけやなく、修正申告をして追徴金を支払えば特にお咎めなしというケースもある。

そうなると、その拡張団は犯人捜しに狂奔するやろうから身の危険が、それだけ高まることになるさかいな。


事例2

辞めた拡張員、架空の拡張員の名前を使って、新聞社から不正に補助金を貰っている拡張団がある。


新聞拡張団は拡張員を採用するとセールス(拡張員)登録が義務づけられている。

ある新聞社では、その登録した拡張員が月22日以上稼動し、20本超の契約を上げると月7万5千円の補助金が、その拡張員に支払われることになっているという。

直接的には系列の新聞販売店で組織されている団体から5万円、所属の拡張団から2万5千円が払われることになっているが、原資は新聞社からで、それぞれの組織に支払われるということのようや。

その制度を利用して、辞めた者の名前を使い、それらの補助金を不正に受け取っている拡張団があるという報告がワシらのもとに複数届いている。

その裏付けになるのやないかと思われる事例が、サイトのQ&A『NO.875 どうすれば拡張員登録が外ずせますか?』、および『NO.1133 セールス(拡張員)登録が末梢されるまで動かない方がいいもんですか?』(注1.巻末参考ページ参照)にある。

それらの事例では、所属していた拡張団が辞めた人間の「セールス(拡張員)登録」をなかなか外して貰えないので困っているというものやったが、補助金絡みの不正を働いているとすれば、そうしているのも納得できる話ではある。

それに味をしめた拡張団が、さらに架空の拡張員を雇ったことにして補助金を受け取っているケースまであるという。

その事実が新聞社に発覚すれば、その拡張団は、ただでは済まんやろうとは思うが、それをどう告発するかが問題になる。

相談者の多くは匿名のメールで新聞社に知らせてはどうかと言われていたが、新聞社は基本的に匿名での通報を相手にしないという体質がある。

信憑性の確認が取りにくいということもあるが、新聞社自体、報道の裏には確かな情報源というものを重視するからやと考える。

万が一、その匿名の通報が間違っていて報道、または行動した場合、新聞社の面目が丸潰れになるさかいな。

情報源が確かなら、そうした愚を犯す前に十分な調査ができる。

匿名の通報の場合は、その情報に信憑性が高いと判断して相手にしたとしても、その真偽を調査するのは難しい。

その手の不正が発覚するのは内部告発くらいのもんやからな。

新聞社としては疑惑の拡張団に「こういう事実があるのか」と直接問い合わせるくらいが関の山やないかと思う。

しかし、その程度では、その拡張団がそんなことを認めるはずもなく否定するのは、ほぼ間違いない。

その後、告発された拡張団が取る方法は一つ。犯人捜しや。その犯人捜しは執拗を極めることが予想される。

通報者は辞めた拡張員に限定される。しかも比較的辞めて日数の経っていない場合が考えられる。それである程度、絞られる。

したがって、いくら匿名で通報しても遅かれ早かれ、通報者が特定されることになるのは時間の問題やないかという気がする。

それくらいやったら、その証拠を持って一か八か実名で告発した方が賢いのやないかと思う。

もちろん、そんな危険を伴うような告発なら最初から止めておこうという選択肢もあるがな。


事例3

ある新聞拡張団がホームレスを雇い、生活保護を受給させて、団長の家族ぐるみでその上前をハネて搾取している。


その手口は巧妙を極めていた。

その拡張団に中高年、高齢者ばかりの新人で構成された別班ができた。

別班というのは、団は同じでも勧誘する地域や入店する店が別グループのことで実際には正規の団員と一緒に仕事をすることは殆どない。

ある日、ひとりのホームレスが駅の構内に作った自前のダンボールハウスの中で寒さを凌いでいた。

そのホームレスに、ある拡張団の男が声をかけた。

「うちに来ないか。仕事もあるし、寝る場所も食う物にも困らないから」と。

そのホームレスは喜んで従った。

連れて行かれた場所はボロアパートやったが、そのホームレスにとっては天国だったという。

そこには寝具やテレビ、電気コタツなどが揃っていて、その日から食い物(弁当)も届けられるようになったからやと。

そのホームレスは長い間、住所不定やったが、住民票もそこに移すことができた。というより、半強制的に移させられた。

その理由は、住所不定やと拡張員登録ができず雇うことができんからというものやった。

通常、新聞拡張団がホームレスを拡張員にスカウトするようなことは殆どない。

この誘いには当然のように裏があった。

その別班に連れて来られた者すべてが、元ホームレスで今は生活保護受給者やということが分かった。

その生活保護受給の手配をしたのが、団長であり、その身内やった。

住民票がないと、その生活保護申請を役所が受け付けんということで住民票を移させたわけや。

住民票がなかったら拡張員登録ができんという理由は表向きのカモフラージュで、本当の狙いはそれやった。

生活保護を申請して受給させる手口までは分かっていないが、それに長けた者が団長の身内にいたということのようや。

彼らの中には、過去に営業の仕事をしていた者もいて、そこそこのカードを上げる者もおるというが、大半はド素人ばかりで、しかも半分隔離されとるような連中やから、その勧誘の要領というか技術やテクニックが向上することはまずない。

また、それを覚えようという意欲のある者も少ない。

すべてのホームレスがそうやとは言わんが、仕事に縛られるのを嫌うな者もおって、並の拡張員以上に仕事をサボる者が多いというのもあった。

そんな彼らも寝る場所と食事代はしっかり給料日に差し引かれる。その引かれる額が大きければ赤字、つまり借金になる。

それで身動きできんように縛る。それは一般の拡張員と同じやった。

ただ違うのは、いくら成績が悪くても一般の拡張員に対するほど厳しく責めないということやった。

ホームレスをするくらいの連中は嫌となれば、すぐに逃げ出すクセが身に染みついている者が多い。

少なくとも、その団長はそう考えているという。逃げられたら元も子もないから、ある程度は好きなようにさせているのやと。

単身者の保護費は、その地域で月7万円から8万円ほど貰える。それに住宅扶助費が月5万円ほど出るというから、一人頭、毎月、計12、3万円になる。

彼らが入居しているアパートの所有者は団長の親戚縁者やった。

そのアパート代も住宅扶助費として役所に多めに吹っかけて搾取しているという。

生活保護費の搾取は犯罪である。発覚すれば、その拡張団の団長と身内はただでは済まない。

逮捕され、今やったら確実に新聞ネタになるのは間違いない。そうなれば、その拡張団が廃団になる確率も高くなる。

それらの証拠を掴んだと言う拡張員がいた。

「この証拠をマスコミに売りつけようと思うのですが、どこか適当なところを知りませんか」というメールが届いた。

テレビ局の製作会社や週刊誌では、その情報に対してそれなりの金銭を支払うケースも過去にはあったらしい。

しかし、今は時代が悪い。

過去において湯水の如く金を使うことで有名やったテレビ局も、今ではその制作費を極端に削られて金のかかる番組を作ることができんようになっている。

週刊誌も、それは一緒というか、もっと厳しいと聞く。

それにもかかわらず、その読者は「このネタでしたら最低でも100万円くらいにはなるはずでしょう」と言う。

こういった感じで、何らかの情報を握っているから金にしたいと言われる人がおられる。

ハカセは、「そういうお話でしたら、申し訳ありませんが、お力にはなれそうもありません」とメールで断ったという。

不正に憤っているとか、困っている人を助けるためにということなら、テレビ局の製作会社や週刊誌に顔の利く人物を知っているから、人知れず紹介することはできる。

しかし、金を要求した時点で、その正義は消える。少なくともワシらは、そう考えている。悪いが、そういう人に荷担することはできん。

それと酷似した話を2年前のメルマガ『第95回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■告発の行方……闇に消えた、ある新聞拡張団の不正疑惑』(注2.巻末参考ページ参照)でしたことがある。

その話は、先に話したテレビ局の製作会社や週刊誌に顔の利く、シゲルという人物からのメールで分かったことやった。

あまりにも酷似した内容やったから、同じ拡張団の話かと思うたが、よく聞いてみると違っていた。

ちなみに、2年の前のケースでは、見事に失敗に終わっている。

その時の経緯をメルマガの記述の中から抜粋する。


その情報に食いついてきたマスコミはあった。

民法のBテレビ局とS週刊誌である。

新聞社には拡張団の絡んだ事案ということもあり、報道はしないだろうと考え、話は持ち込んでいない。

そのうちで、一番熱心やったBテレビ局にその情報をリークしようということで当事者の意見が一致した。

Bテレビ局では、ある人気の報道番組で特集を組んで追跡調査をしていくつもりがあるというほどの意気込みがあった。

そのBテレビ局の担当者とシゲルら三名が話し合った。

その場で、オオタニという情報を持ってきた拡張員が「この情報でいくら貰えるのか?」と切り出した。

すると、そのBテレビ局の番組担当者は「私どもは情報をお金で買うことは一切していません。それでいいのでしたら、とことん追跡調査を行って、真相を白日の下に晒(さら)しますが」と言う。

シゲルは、渋るオオタニをなだめながら、「それで結構ですので、よろしくお願いします」と言って、その証拠の情報コピーを番組担当者に渡してBテレビ局を後にした。

シゲルもマスコミとの付き合いは古いから、あんな言い方をテレビ局側はしたが、状況次第ではどう変わるか分からんということを良く知っていた。

テレビ局の言う「とことん追跡調査」をするためには、被害を受けている生活保護受給者たちとつなぎの取れるシゲルたちに頼らなあかんことに必ずなる。

その時になって、経費と称して金を引き出ささせ、せびることもできる。

その帰り、シゲルはオオタニにそう口説(くど)いた。

シゲル自身は無報酬でも良かった。その場の中にいれば記事を書くことができるからや。

それがBテレビ局の人気報道番組での特集に関わったとなれば、上手くすると、また週刊誌業界、マスコミ業界でジャーナリストとして浮かび上がれるチャンスにもなる。

それを思った。

しかし、いかんせん組んだ相手が悪かった。悪すぎた。

「一銭にもならんのなら、団長に掛け合うてみる」とオオタニが言い出した。

「団長にこの事実を突きつければ、必ず金を出すはずや」と。

「それでしたら、恐喝ではないですか。ボクはそんな犯罪の片棒を担ぐのは嫌ですよ」

そう言ってシゲルは猛反対した。

しかし、「嫌なら止めとけ」と、オオタニは吐き捨てた。

『事は密なるを以て成り、語は洩るるを以て散る』という中国の戦国時代、今から約2400年前の有名な兵法家、韓非子(かんぴし)の教えがある。

何かの企てをするのなら誰にもその事を知らさず知られるな。

誰にも喋らず、知られんかったら、その企(たくら)みが成功する可能性は高いが、話したら失敗するという戒めや。

失敗するだけならまだしも、オオタニの行動はどう考えても危険を伴う。

一番内緒にせなあかん相手にわざわざバラしにいくと言うとるわけやからな。

そこまでのことをする団の上層部が、その事実を知られ証拠も握られた上、口止め料として大人しく金を払ってまでオオタニたちを黙らせようとするやろうかと思う。

黙らせるのなら、永久にと考えるのやないやろうか。あるいは逆に脅し上げて喋らせんようにするか。

いずれにしても、ええ結果は望みにくい。それがオオタニには分かっていない。

シゲルも、それなりに危険な潜入取材をした経験も多いから、その危険を嗅ぐ力は人よりもあるつもりや。

その嗅覚が、このままではロクなことにはならんと告げていた。

急いで逃げろと。

そう感じたシゲルは、簡単な身の回りの物と全財産を持って、その団からその日のうちに逃げ出した。

早い話が夜逃げや。業界ではこういうのを「飛ぶ」と言う。

オオタニたちが上手くいっていれば、携帯に電話の一本くらいは入るはずやと思うてたが、一週間が過ぎても何の音沙汰もなかった。

シゲルは思い切って二人の携帯に電話をかけた。

すると、「お客様の都合で現在……」という無機質なアナウンスが流れるだけで、その後、その携帯たちが生き返ることは二度となかった。

「やはり、思ったとおり何かあった」

逃げ出して正解やったとシゲルは、今更ながらに思い、同時にロクでもない人間と組む愚かさを再認識した。

それもこれも、自身に這(は)い上がりたいという下心があったためにそうなったのやと。

その悔いが強い。

その後、Bテレビ局からは何の連絡も入っていない。

シゲルはある新聞販売店で働くようになって、そのことは忘れようとした。

そうは言うても、やはりBテレビ局のその報道番組は気にかかるさかい、毎回見逃さんようにはしていたが、それらしき報道は何もないままに時だけが過ぎた。

それから数ヶ月が経ったある日。

シゲルの携帯に、見知らぬ番号の着信があり、出てみるとオオタニと行動を共にしていたコウモトという男やった。

「あれから大変でしたよ。オオタニさんからは何か連絡がありましたか?」

「別に何もないけど、あの後、何かあったんか?」

「それがね、社長がヤクザ出してきて逆に金払えって恐喝してきたんですよ。それも一人100万で二人で200万。そんな金、俺らに払えるわけないでしょ」

やはり、そういうことになっていたのか。

「オオタニさんと一緒じゃ俺もヤバイから、一人で逃げたんだけど、オオタニさん、あの後どうなったのかなぁ?」

「連絡がないから俺も分からん。携帯も今はつながらないみたいやしな。ところで、お前、今どこにいとるんや? 生活は大丈夫なんか?」

「ええ、なんとか大丈夫です。住み込みで働ける会社も見つけたし。それとこれ新しい携帯番号だから、オオタニさんからもし連絡があったら僕に教えてください。でもオオタニさんには僕の電話番号は教えないでくださいね。もうあの人と付き合うのはこりごりだから……」

「分かった。まあ、今まで連絡がないから今後もないとは思うけどな。お前も気をつけろよ」

それで電話が切れた。

とにかく、コウモトだけでも無事なことが確認できて良かった。

もともと、コウモトは、オオタニに引っ張られていただけで、それほど悪い男ではない。

おそらく、あの件はコウモトも忘れたかったはずや。

今は拡張員をしてないということからすると、徹底して逃げることにしたのやろうと思う。

よほど恐ろしい思いをしたのやろうというのは容易に想像がつく。

コウモトにしても、できれば、シゲルにも連絡をしたくなかった。

その気があれば、もっと早くに連絡していたはずやさかいな。

しかし、その後、どうなったか気になって仕方なかった。自分が安全なのか、まだ危険なのか、それが知りたかった。

迷った末、その誘惑に負けシゲルに電話してきた。そういうことやろうと思う。

ワシらも、シゲルからこの話を聞かされても、はっきり言うてどうしようもない。

もっとも、シゲルも何かを期待して、ワシらにこの話をしたわけやないとは思うがな。

「聞いて貰えて少しは肩の荷が下りました」と言うてたことでも、それが分かる。

サイトにこういった種類のメールが時折舞い込んでくるのは、それにより特別にアドバイスが欲しいというより、単にその話を聞いて取り上げて貰えるだけでええという人が多い。

それにしても……。

まだ、その拡張団は、今でもそんなことをやっとるのやろうか。

もし、やっていて、その拡張団の上層部の人が、このメルマガを見ることがあったら、悪いことは言わんから、もう止めといた方がええと言うとく。

そんなことは、いつかは必ずバレると。

事実、ワシらには、もうそれと分かっとるわけやし、鳴りを潜めているとはいえ、いつ何時、そのBテレビ局が動き出さんとも限らんさかいな。

もちろん、ワシらには、その事を暴露する気はさらさらないが、それでも、シゲルやコウモトの身に何かあったら、その禁を破ることもある。

ここで一応、その警告はしとく。

もっとも、オオタニに関しては冷たいようやが、ワシらの関知するところやないがな。

どう聞いても自業自得という風にしか思えんし、見えんさかいな。


この事例を見ても分かるように、弱みを握ったからといって、それを金に換えようと考えるとロクでもないことになる可能性が高いということや。

あのままオオタニが欲を出さずBテレビ局に任せていれば、そうはならんかったはずやと思う。

その拡張団も我が身のケツに火がついて、バラした拡張員を追うどころやなかったやろうしな。

今回のケースも、そうした方がええとは思うが、ハカセからその連絡を絶った格好やから、その人間に、そう言うてアドバイスすることもできん。

こういう場合は、マスコミにリークするのもええが、やはり警察に相談する方が賢明やという気がする。

もっとも金にしたいという思いがある以上、それはせんやろうがな。そして、同じ轍を踏む可能性が高い。


事例4

団が拡張員に不正に健康保険証を使わせている。


拡張員の中には、国民健康保険にすら入ってない者も結構いる。保険料が払えずに保険証が失効したというケースが、そうや。

そういう人間は病気になっても、当然のことながら病院には行きにくい。行けば医療費を全額負担せなあかんさかいな。

国民健康保険証を失効するような者は仕事もできず食うや食わずのその日暮らしというのが普通やから、その医療費を踏み倒す根性の持ち主以外は医者にかかることができんわけや。

そのため病気になっても、そのままというケースもある。

そうはいっても病気になった者を放置するわけにもいかず、仕事にもならんから団としても困る。

そこで、ある団では国民健康保険証を持っている拡張員になりすまさせて、その病気の拡張員を病院に行かせるということがままある。

また、ある拡張団では、生活保護を受けている団員を利用するケースもあるという。

その団員に「調子が悪いので病院に行きたいのですが」と、役所の保護課に電話をかけさせる。

実際に病院に行かせる団員の症状を偽装させて話させる。

その電話を入れたことで役所の保護課の人間は、その病院を手配する。

その病院へ、実際に病気になった団員が、生活保護を受けている団員の名を騙って診察に行くわけや。

病院は、役所から電話が入っているから、それで来た人間の身元を確かめることもなく信用して診(み)る。

診療が終われば、薬を貰って帰る。

生活保護を受けている者は、基本的に医療費はタダである。それを利用したわけや。

もちろん、そうすることは立派な犯罪や。発覚したら大変なことになる。逮捕され新聞ネタになるかも知れん。そうなれば、その拡張団の廃団も考えられる。

それを暴きたいと言われる方もおられるが、ワシらはそれに荷担する気にはなれんと言うとく。

法律に触れるさかい、保険証や生活保護者の不正利用はせん方がええとは思う。

しかし、それをせんかったら、病気になった拡張員が助からんかも知れんというケースも考えられる。

正直、そういう現場なら、いくらでも見てきた。そして、そのすべてでワシは見逃してきた。

今のように福利厚生の整った拡張団が大半を占めていれば、そういうことはないやろうが、昔はそういう者が多かった。

必要悪とまでは言わんが、そういう種類の曝露に手を貸す気にはなれんということや。悪いが。

人の命と法律を秤にかけることになれば、ワシらは人の命の方を優先したいさかいな。

その拡張団も悪意を持って、そうしとるわけやないと思う。単にその拡張員を助けたいだけやと。


これ以外にも、まだ相談されている事例はあるが、それについてはまだメルマガで公表できる段階やないので、いずれということにさせて頂く。

アキラから急転直下、所属の拡張団の脱税が発覚して廃団になったというメールが送られてきた。

アキラが通報して、そうなったわけやない。同じようなことを考えて行動に移した者が別にいたということになる。

それが誰かはアキラにも分からないという。

そのアキラから、「僕の借金は一体、どうなるのでしょうか」と、そのメールにあった。

その団が負債による倒産をした場合やったら、管財人が入るから正規の借用書に記載されている借財は、その会社の財産と見なされ、管財人から取り立てを受ける可能性が高い。

但し、アキラの場合は、その抗弁ができるものと考える。不正な借金ということが立証できれば助かるかも知れん。

それには、その返済を管財人から求められた場合、弁護士を雇って対抗することや。

その際、この業界にあまり詳しくない弁護士さんの場合、要望があれば助言させて貰うのは構わないと伝えた。

実際、それで有利に進んだ裁判事例もあることやしな。

但し、負債による倒産でない場合、その拡張団が存続していなければ、どこからもその返済請求を受けんということも考えられる。

今のところ、そのいずれになるかは分からんということやが、少なくとも生き地獄のような生活から解放されたことだけは確かだとアキラは思ったという。

ワシの言うたとおり『人間、悪い状況はそう長くは続かない』ということになったわけや。

もちろん、まだ好転したとまでは言い切れんが、それでも最悪の状態は脱したと考えてええやろうと思う。



参考ページ

注1.NO.875 どうすれば拡張員登録が外ずせますか?

NO.1133 セールス(拡張員)登録が末梢されるまで動かない方がいいもんですか?

注2.第95回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■告発の行方……闇に消えた、ある新聞拡張団の不正疑惑


ゲンさんの新聞勧誘問題なんでもQ&A選集 電子書籍版パート 
2011.4.28
販売開始 販売価格350円
 

書籍販売コーナー 『新聞拡張員ゲンさんの新聞勧誘問題なんでも選集』好評販売


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