メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第250回 ゲンさんの新聞業界裏話

発行日 2013. 3.22


■拡張の群像 その12 二代目団長の苦悩


「今度、こんなことがあったら辞めて貰いますからね」

団長のマサオは、所属拡張員のオオミヤに対して、今度こそ本気でそう宣告した。マサオなりの最期通告である。

オオミヤは先代の時分から30年近くも勤めている古参拡張員やった。60歳すぎのやつれた雰囲気が漂う痩せた男や。性格も暗く外見も胡散臭そうに見える。

少なくともマサオたち団の人間、および入店先の新聞販売店からの評価は、そうや。

しかし、仕事はできる。日に4、5本のカードをコンスタントに上げてくる力がある。

但し、それは仕事をすればの話である。稼いだ翌日に休むことが多い。最近のオオミヤは月に10日ほどしか団に出て来ない。休んでいる日は朝から自宅で酒を飲んでいるという。

アルコール依存症。俗に言うアル中だとマサオは思っている。もっとも、医師にそう診断されたのを確認したわけやないから確定的なことは言えんがな。

ただ、そうとしか思えない証言なら、いくらでもある。

団の拡張員たちは口々に、「オオミヤのおっさん、酒が切れてくると手が震えている」、「いつもウイスキーの小瓶を持って仕事中に飲んでいる」、「酔っぱらって意味不明なことを言っている」などというのが、そうや。

唯一の救いは、オオミヤは運転免許証を持っていないため車の運転をせんことや。

余談やが、飲酒運転が後を断たん理由の一つに、このアルコール依存症があると言われている。

悪いと頭で分かっていても身体がどうしても酒を求めて、結果的に飲酒運転をしてしまうわけや。

それがオオミヤにない分、まだ救われているということや。

一般的にアルコール依存症になるのは本人の意志が弱いためと考えられれがちやが、最近の医学では精神疾患の一つとして認識されている。

飲酒が自分の意志でコントロールできなくなる症状を精神的依存。妄想を抱く、あるいは幻覚を見るなどの症状を身体的依存といって、他の薬物依存症と同じような特徴を持っているという。

現在、日本の飲酒人口は6,000万人ほどいると見られているが、このうちアルコール依存症の患者は約4%に当たる230万人程度と推定されている。

精神疾患の中でも罹患率が高く、性格や意志にかかわらず酒の飲める者なら誰でもかかる可能性のある病気やという。

ただ、精神科で「アルコール使用による精神及び行動の障害」と診断され精神科病院で治療を施されている入院患者は3,000人弱しかいないという。

大半の人が深刻な病気とまでは捉えていない。自分の意思でいつでも止められると思っている。

初期の段階なら、それも可能かも知れないが、オオミヤのように禁断症状が表れている者は救いがない。

一度飲み始めたら自分の意志ではどうにもならず酩酊するまで飲んでしまうからや。

例え少量であってもアルコールの摂取によって脳が麻痺してしまい、その後の制御ができなくなる。

その状態から自らの意志で抜け出すことは不可能やと言われている。どうにもならないと。

そうなると常に酔っていないと気が済まなくなり、飲酒を続けてしまう「連続飲酒発作」状態に陥るのやと。

それが本人だけの問題ならどうということはないが、オオミヤのように拡張などの対面営業を生業とする者の場合、トラブルを引き起こすケースが多くなる。

今回もそうやった。

オオミヤが入店したある新聞販売店で、オオミヤと揉めて怒った客から「態度の悪い酒臭い勧誘員を寄越すな」という苦情を受けたという。

その新聞販売店から「オオミヤさんを二度とうちの店には入れないでください」と、入店禁止を言い渡されてしまった。

拡張員を煙たく、胡散臭い人間として嫌っている人は多い。そんな人の所に酒臭い拡張員が突然現れたら、文句の一つも言いたくなるわな。

オオミヤはタチが悪く、団への出社時や販売店への入店時に酒を飲んで行くことはあまりない。拡張を始めると隠し持ったウイスキー、またはバンク内のコンビニやスーパーで酒やビールを買って飲でしまう。

オオミヤ自身もそうやが、他の団員にもそれを止めることができんわけや。

入店禁止措置を執ると販売店は新聞社の販売部に、その理由を伝える。販売部の担当員からは当然のように団長であるマサオが叱責される。

それが一度や二度ではないため、今回は特にきつかった。直接的な命令や言葉はなかったが、暗にオオミヤを辞めさせろとマサオに迫ったという。

マサオもオオミヤには、ずっと辞めて欲しいと思っていた。

しかし、今まで「辞めろ」とは言えなかった。

マサオの経営する新聞拡張団M企画は業界では古い。50年以上続いている老舗の拡張団やった。

昭和40年に興し、平成2年に父親のユウジが跡を継ぎ、そのユウジが他界した平成23年に長男のマサオが後継者として団長になった。

オオミヤは、その頃からいる最古参の拡張員である。当時から成績が優秀やったというのはマサオも知っていた。団の功労者であった。

マサオが団長になってから急激に酒に溺れるようになった。ここ1、2年のことである。

それまでも酒好きやったが、仕事に影響するような飲み方はしていなかった。それと言うのは、先代のユウジがそういうを許さない厳しい性格の人間で、怖かったためやと思われる。

息子のマサオが団長になった時は、ユウジの急逝ということもあり、まだ28歳だった。

拡張員としての経験は高校卒業してから10年ほどあるが、親子ほども歳の違うベテラン拡張員のオオミヤにしてみれば、まだまだ駆け出しの青二才という思いが強い。

マサオは、オオミヤ以外にも古参の拡張員たちから、そういう目で見られているというのを知っていた。

当然のことながら面白くない。

マサオは新たな求人募集では若い未経験者を数多く採用した。他団や古参の拡張員たちが紹介する人材はことごとく断って。

一昔前なら、そうはできんかったかも知れんが、今は業界全体が未経験者を採用する方向にあるさかい、それほど難しくはなかった。

公式ではないが新聞社から、なるべくなら経験者は雇うなと言われていたからや。経験者には悪質な行為、不法行為を行う者が多いからと。

「上(新聞社)からのお達しだから仕方ない」と言えば、それで済む。

ネットの急速な普及により、今まで隠されていた悪質な勧誘実態が明るみになり、それが若者を中心とした新聞離れの一因になっていると新聞社は考えた。

そのため新聞社は「拡張員」を「セールス・スタッフ」と呼び変えさせたり、身分証の常時携帯やスーツの着用を義務づけたりして業界の一新を図ろうとしていたが、古くからの拡張員たちの考えを変えるまでには至らんかった。

古参の拡張員たちは、相も変わらず新聞社から禁止されている「喝勧」、「置き勧」、「てんぷら(架空契約)」、「ヒッカケ」行為にいそしんでいる。

古参の拡張員たちが蔓延(はびこ)っている限り、新聞社は、そういった悪質な行為はなくならんと考えた。

そのため既存の団に悪質な拡張員を解雇しろと迫った。新人を一から教育して悪質な行為はなくせと。それに従わないと廃団すると脅して。

その本気度を示すためなのか、新聞各社は自前の新聞拡張団を立ち上げ拡張員の養成に踏み切った。

その自前の新聞拡張団の中には、大学の新卒者を中心に募集する子会社的な拡張団まで表れた。そこでは過去、業界にはなかった入社試験まである。

折からの就職難ということもあり、また新聞社の営業員と錯覚した学生たちの応募が殺到していると聞く。

その募集で、どういう説明をしているのかは不明やが、新聞社が個人への新聞勧誘をすることなどないと言うとく。

新聞社の資本が100%投入されている子会社、孫会社であろうと、新聞勧誘を生業とする営業会社はすべて新聞拡張団や。

新聞社との直接的な関係は表面上ないものとされとる。あくまでも傘下企業、協賛企業という形態の別会社である。

他業種の優秀と目される営業経験者をヘッドハンティングして起業させるという形にしているケースが多い。

もっとも、すべての新聞拡張団の拡張員は新聞社の名前を使うことを許可されとるさかい、その意味では「新聞社の人間」と言うても間違いではないがな。

そういった新聞各社は自前の新聞拡張団では昔から面々と受け継がれてきた拡張の手口といったものを一切、否定して法律に触れさせないような教育を施している。

途中採用もないことはないが、それでも拡張経験者と知れると採用されないケースが多いという。もっとも、公にそれと明言はしとらんがな。

あくまでも業界内だけの暗黙の了解、確認事項で止まっている。

その流れに沿って既存の新聞拡張団でも経験者を雇わないという方向性が業界では主流になっているわけや。

新聞社が自前の拡張団に力を入れる分、既存の拡張団の立場が危うくなるから、嫌でもしうするしかないわけや。

そのためマサオのしていることに堂々と異論を挟む古参拡張員は少なかった。快くは思っていないやろうがな。

ただ、当然の流れとして、マサオが新規に採用した若い拡張員と古参拡張員との間で確執が生まれ、反目し合うようになった。

そうした背景がある中でオオミヤの問題が起きた。

法律的には無断欠勤の多いオオミヤを解雇することに問題はない。そうすれば新聞社や新聞販売店への顔も立つ。

しかし、そうするとオオミヤを慕う古参の拡張員たちからの反目が気になる。

現在は過渡期で、まだまだ古参拡張員たちが上げてくる契約に頼らざるを得ない状況にあるさかい、表立って反目されるのは、まずい。

また、父の代からの功労者を解雇するというのも気が引ける。いくら若いと言ってもマサオに、そこまでのドライさはない。

特にマサオは数年前から、ワシらのサイトやメルマガを見るようになって学ぶべきことが多いと感じていたからよけいやと言う。

そのマサオが、オオミヤの処置に困ってワシらに意見を求めてきた。

その折りのワシの回答や。


回答者 ゲン


これは、かなり難しい問題やと思う。

ワシは小さな住宅リフォームの会社を経営していたということもあるさかい、経営者としてのあんたの立場は良う分かるつもりや。

使えない、足枷となる人間を切りたい考えるのは経営者としては無理もないと思う。

しかし、長年貢献してきた拡張員と知って、簡単に解雇することには賛同できん。

ワシは、団の一方的な都合で切り捨てられてきた拡張員を数多く目の当たりにしてきたから、よけいにその思いが強い。

そうされた拡張員の末路や行く末には悲惨な現実が待っている。

病気になっても病院にも行けず孤独死した者、ホームレスになって食うや食わずの生活を強いられとる者など挙げれば枚挙に暇がないほど多い。

実際、そういう話は嫌というほど見聞きしてきたさかいな。

せやさかい、いくら本人に責任があるとはいえ、簡単に解雇したらええやないかとはワシには言えんのや。

もっとも、あんたの判断でそうする分には反対するつもりはないがな。

ワシは契約とか苦情に関してのトラブルなら、長年、他業種(建築会社)で苦情処理に携わってきた経験もあり、そこそこ解決に役立つアドバイスができるという自信はあるが、今回のようなものは、はっきり言うて苦手や。

多分に個人的な考えに基づいているという前提で良ければ回答させて貰う。それを参考にされるるかどうかは、あんた次第ということでな。

まずは、その拡張員の方と良く話し合うことやと思う。

そのアルコール依存症の程度にもよるが、このまま仕事を続ける意志があるのか、また、できるのかを本人に確かめることや。

続ける意志があるのなら、仕事中は酒を飲まないと約束して貰うことが条件になるが、団は現在、非常事態やから休まず出勤して助けて欲しいと頼んでみる。

仕事に出てくれば『日に4、5本のカードならコンスタントに上げる力がある』というのやから、力はあるはずや。それを約束して貰えれば本当に助けになると思う。

あんたのその人に対する思いはどうなんやろうか。

ありがちなことやが、親の代からの古参従業員というのはどうしても敬遠したくなるもんや。

その拡張員は60歳と言うておられるから、あんたとは親子ほど年の差がある。

その拡張員は、あんたを小さな子供頃から知っていて、遊んで貰った、可愛がって貰ったこともあったのやないかと思う。

人は、そういう関係があると、いつまで経ってもその相手を子供という見方をしがちになる。

そう見られるあんたとしては面白くないやろうが、そういう人もいると理解することで、また違った見方ができるようになるはずや。

例えば、あんたの友人に幼稚園児くらいの子供がいたとする。良くなついてくれて可愛がっていた子や。

その彼が、20数年後、成長して社会的にも認められた存在になったとする。

それでも、あんたには彼が幼稚園児だった頃の印象が強く残っている。

勢い、会えば、その頃の話をする、あるいは、その頃の彼の面影が残ったまま接してしまう。

もちろん、あんたに悪気はない。むしろ親愛の情を込めてそうするわけや。

しかし、そう思われていると知った彼は、あんたを敬遠したくなる。その気持ちは、あんたには良う分かるはずや。

それが、現在のあんたとその古参拡張員の関係なのやないかと思う。

どんな問題でもそうやが、相手の立場や考えが理解できん限り上手く解決することなど無理や。裏を返せば、相手を理解できれば解決するのは早いということを意味する。

自分のことを幼い頃から良く知っている高齢者で尚かつ経験豊富な人間を使う場合、一歩下がって接することが肝心や。

分かりやすく言えば敬意を払うということやな。人生の先輩として、またその古参拡張員たちの頑張りがあったからこそ、今のあんたがあるのやと自覚することや。

そう考えることができれば「助けてください」式の説得が効果的になるのは分かると思う。

一歩下がるというのは、何も卑屈になれと言うてるのとは違う。人使いのテクニックの一つやと考えることや。

持ち上げて上手く人を使えるのなら、迷わずそうすべきや。この先、有能な経営者を目指すのならな。

『稼いだ翌日に休むことが多い』というのは、その人の昔からの性分なのやろうか。

そうやとしたら、少し厄介やな。ワシの知る限り、そういう性質が直ることはまずないさかいな。

ただ、このままの状態が続くようやと辞めて貰うことになると穏やかな調子で言えば、考え直す可能性があるかも知れんがな。

それが最近だけの傾向なら、その人にはその人なりの理由が何かあるのかもしれん。

そのあたりも含めて良く話し合うことやと思う。

本人が、心を入れ代えて、また頑張るというのなら、そうして貰えばええ。

しかし、アルコール依存症の度合いによっては、治療が必要になる場合も考えられる。その症状次第では入院治療まで考えなあかんやろうと思う。

アルコール依存症を治すために真剣に取り組むというのなら、あんたが力を貸すのも意味があると思う。

あんたが積極的に、そうすることで他の古参拡張員たちを見直させられる可能性がある。さすがは先代の息子やと。そうなれば彼らの心を掴めるはずや。

しかし、話し合いが決裂してあかんかった場合、ある程度、ビジネスライクにならんと仕方ないかも知れんがな。

あんたの団と、その拡張員との間に社員契約が結ばれとるのなら、無断欠勤の多発を理由に解雇できる。これは、正当な解雇事由として法的にも認められている。

業務委託契約書による業務委託なら、その契約を解除すれば済む。

しかし、あんたには、おそらくそんなことはできんやろうと思う。そのつもりなら、ワシらに相談するまでもなく、さっさとそうしてたはずや。

次に、その拡張員のために、あんたが取れる方法を言う。

勤続30年というのは長い。一般の会社なら、その労に報いるために退職金というものを支払うのが普通や。

あんたの所にそういうシステムがあるのなら、それを払えばええが、なければ特別にどうするかを考えたらどうかと思う。

具体的にどうしろとは言えんが、今のあんたにできる限りのことをしてあげるというのが一番ええのやないかな。

もちろん、あんたにはあんたなりの考え方、団の事情もあるやろうから、強制するつもりはないがな。

他に、その拡張員を助けられる手段としては、その人の身内に現状を連絡してその助けを要請することや。それができれば、あんたもある程度、安心もできるやろうしな。

しかし、そういう身内もおらんということなら、管轄の役所に生活保護の申請をしてみられたらどうやろうか。

但し、これについては、現在、生活保護を取り巻く環境が厳しいと聞くから確実に受けられるという保証はないがな。また、本人が、それを望まんかったら、どうしようもない。

結論として、その人と良く話し合い、仕事の継続が無理なら、その人のためにできる限りの手段を講じてみることを勧める。

ただ、これは、一つ間違うたら、その人の人生そのものを狂わせることにもなるし、あんた自身、悔いが残ることにもなりかねんから、その選択にはくれぐれも慎重を期して欲しいとしか、ワシには言えん。


その後、オオミヤは分かってくれたらしく、毎日とはいかんまでも仕事に出た日は真面目にしているとのことや。

もっとも、それが続くかどうかは、まだ何とも言えんがな。

本当にアルコール依存症になっていれば、そう簡単に酒を止められるもんでもないさかいな。



参考ページ

注1.第27回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■ヘッドハンティング


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