メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー
第257回 ゲンさんの新聞業界裏話
発行日 2013. 5.10
■有料メルマガ『白塚博士の長編小説選集』創刊のその後 part 1
去年、2012年12月1日から発行を開始した有料メルマガについては、『第231回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■有料メルマガ『白塚博士の長編小説選集』創刊について』(注1.巻末参考ページ参照)で触れさせて頂いた。
そして、先月の4月27日を以て、『第1話 新聞販売店残酷物語 恩讐の彼方から』が無事終わったことを、ここに報告させて貰う。
その『第1話 新聞販売店残酷物語 恩讐の彼方から』完結後、有料メルマガの読者から、
件名 面白かったです!!!
投稿者 ちゃんさん 投稿日時 2013. 4.27 PM 0:25
ハカセさん、もうおしまいですか?
なごりおしくて、最初からもう一度読み返しました。
いままでのゲンさんの拡張員のメルマガにも似たお話はありましたが、ここまでまとまるとは思ってみませんでした。
次のお話も気になります。
という感想を寄せて頂いた。
また、別の読者からは、
件名 テレビドラマ化したものを見てみたいです
投稿者 招き猫さん 投稿日時 2013. 4.27
ハカセさん。お久しぶりです。
有料メルマガの第1話、とてもおもしろかったです。
毎回、何かの事件や出来事があって、まるで連続ドラマを見ているようでした。
一つ一つの話はまるで関係なさそうなのに、最後には見事なくらい関係しているというのには驚きました。
しかも、ドンデン返しがいくつも用意されているといった手の込みようは圧巻でした。
ハカセさんが頭の良い人だというのは知っていましたが、まさかこれほどまでとは思っていませんでした。失礼。
普通のサスペンスドラマのように犯人を捕まえて終わりというのではなく、主人公の鏑木源信(ゲンさんがモデル?)は犯人と犯行がわかっても、なかなか暴こうとしないというのも今までのどの小説にもなかった設定だと思います。
どこかのテレビ局でドラマ化したものを見てみたいと思います。
これからも、おもしろい作品を期待しています。
と言って頂いた。
ハカセも「本当に有り難いことです」と言うてた。
その感謝の印として、ハカセは将来書籍化することを想定して同時進行で同作のPDFデータを作成していたものを、感想を寄せて頂いた、お二人に送付したという。
PDFデータの仕様は、一般書籍と同じく1ページ縦書き35字×15字で410ページ。容量は1.66MBとなっている。
PDFデータを受け取れる端末であれば、スクロールすることで一般の書籍と同じように読むことができる。残念ながら電子書籍のような利便性はないが。
ワシはパソコンで読んでいるが、また違った趣がある。
有料メルマガ小説の購読者に対しては特典として1話完結する毎に、これからもPDFデータをプレゼントするつもりにしとると、ハカセは言う。
ただ、有料メルマガ小説の購読者は、今回のように感想を送って頂かない限りワシらには分からないので、これを見ておられる方でPDFデータを希望される有料メルマガ小説の購読者の方がおられたら、ぜひご連絡して頂きたいと思う。
ハカセは、この有料メルマガ小説を始めて良かったという。
もっとも、それは売れて儲かるからというのとは違うがな。もちろん、そうなるに越したことはないのやが、それにはまだ周知されていないということもあり、相当時間がかかるのやないかと見ている。
正直、有料メルマガ小説は、本メルマガほど多くの読者を有してはいない。
ただ、どんなに読者が少なくても金銭を支払って読んで貰っている限りは、楽しんで頂けるよう最大限の力を投入したいとハカセは言う。
有料メルマガ小説を始めて良かったというのは、そういった読者数や利益云々の問題ではなく、1回ずつに区切って配信しているため、その回毎に山場と見所を持ってきて、今後の展開を期待させるものにせなあかんというのが、その理由や。
普通、長編小説の場合は説明的な箇所が多くても流れの中で読んで貰える可能性が高いが、1回分が短いと、その部分が続くと飽きられてしまいかねん。
飽きられると、そこで読むのを投げ出されるおそれがある。そうならないためには、それなりの工夫が必要になるということやな。
言えば、連載マンガや新聞の連続小説のようなものやな。ハカセは今まで小説を書いたことはあっても連載した経験はない。
つまり、常にはしていなかったことに取り組むしかなく、それにより、ハカセ自身の筆力を向上させることができるのではないかと密かに期待しとるということや。
ここで言う筆力の向上とは、文章の完成度やなく、如何に面白く読んで頂けるものが書けるのかといったエンターティーメントの要素のことを指す。
ハカセは、その点を目指していると。
幸い、お二人の読者から寄せて頂いた感想で、その目標が果たせそうやということで、有料メルマガ小説を始めて良かったと言うてるわけや。
今回は、その有料メルマガ小説の宣伝になるが、次回作、白塚博士の長編小説選集 新聞業界編『第2集 我ら、やもめ団ここにあり』の予告編と配信済みの第1回めを特別に、掲載しようと思う。
尚、予告編は有料メルマガ小説の配信から引用させて貰った。
■次作の予告
『第1話 新聞販売店残酷物語 恩讐の彼方から』は、これで完結致しました。長い間、ご購読いただき、まことにありがとうございました。
読後のご感想などがありましたら、どのようなご意見も有り難く拝聴し、今後の創作の参考にさせていただきたいと考えますので、是非ご忌憚のない批評をお聞かせ願えればと思います。
次回からは、『第2話 我ら、やもめ団、ここにあり』の掲載を予定しています。
これは、一癖も二癖もある登場人物たちが集った通称「やもめ団」と呼ばれる新聞拡張団に、一人の若者が入社することにより繰り広げられる涙と笑いのアクション活劇です。
もちろん謎解きやドンデン返しといったサスペンスの要素もふんだんに盛り込んでいます。
作者からの売りとしては、誰を主役においてもいいほど登場人物に魅力的なキャラクターが揃っているという点です。
謎の武術の達人で営業のエキスパート。拡張の生き字引で初老の科学技術者。詐欺師で天才的な軍師。気は優しくて力自慢の強面の大男。喧嘩の達人の元騎手。とんでもない発想をする変人。世界が終末を迎えても生き残るであろう不死身の男。古武術の達人にして美人の女性拡張員。そして、拡張の素人でイケメン新入社員など、多士済々です。
その他にも敵対組織の凄腕の男たちや過去の伝説の人物たちが絡み合う様は必見です。乞うご期待ください。
白塚 博士
■第1回 我ら、やもめ団ここにあり
第1章 新聞拡張団、やもめ団に誘われて その1 初日
夢丹進(ゆめに すすむ)は、呆然とその場に立ち尽くした。まさか、こんな所だとは想像もしなかった。
夢丹は愛車を空き地に停め、古びた板木の案内を頼りに徒歩で杉林に囲まれた薄暗い小径に分け入った。2、3分ほどでその小径を通り抜けた。その先には、朽ちかけた大きめの古い屋敷が一軒、所在なげに佇んでいた。
この辺りは有名な温泉地だから、その古さ加減から見て、おそらく昭和の頃に隆盛を誇った温泉旅館だったのだろうが、本来あるべきはずの情緒は何も感じられない。
家屋はかろうじて原型を保っているだけで、触れると簡単に崩れ落ちそうに思える。
屋根は大きく波打ち、和瓦があちこちでずれて、葺き土が至るところから顔を覗かせている。漆喰の土壁もあらゆる箇所でめくれて剥がれ落ち、下地の竹下舞が露わになり無惨さを際立たせている。木造部分の柱や壁板は白っぽく乾
涸らびて精気がまるで感じられない。
昔は手入れされていたであろう庭木の松たちも周りの杉林や雑草に埋もれ同化していた。
一言で表現すれば、「幽霊屋敷」という形容が、ぴたりと当て嵌る。そのせいか、平地では残暑が厳しいにもかかわらず、ここには気持ち悪いほどの不気味な冷気が漂っていて薄ら寒いくらいである。人は、それを悪寒と呼ぶのだが。
こんな所に人が住んでいるとは、夢丹にはとても思えなかった。
助かりたい一心で、とんでもない藁(わら)に縋ってしまったのではないのか。あの男に担がれたのではないのか。
夢丹はそう考え、誘われるままに、こんな所まで来てしまったことを悔やん
だ。
三重県名張市内を北東から南西にかけて、初瀬街道と呼ばれている国道165号線が走っている。
初瀬街道の奈良県寄りに赤目口と表示されている交差点があり、それを南に折れると、道の両側には収穫間近の稲穂が首を差し出すかのように垂れていた。広大な田園風景が道の両側に広がっている。
そのまま道なりに進むと左手に山道の入り口が見えてくる。むやみに育ちすぎた杉林に囲まれた暗い山道をしばらく走ると、赤目温泉に出る。
その昔、伊賀忍者が修業の場にしていたと言われている赤目四十八滝がある所として、関西では有名な観光地に数えられている一帯である。
赤目四十八滝には小さいながらも数多くの滝がある。滝の周りでは、春は桜の花が映え、夏は新緑に包まれ、秋は紅葉が美しく、冬はうっすらと雪景色が施され、見ている者は心身ともに癒やされるのだという。
夢丹の目的地は、赤目温泉に行くまでの山道の脇道を少し入った所だった。山道の麓にあった小さな土産物屋で、男から渡された名刺の住所を示し、教えられたとおりの道順を進み辿り着いたのが、この場所だった。
夢丹は道を間違えたのかと思ったが、あの男の言うとおり、「鈴木情報サービス株式会社」という古びた看板が屋敷の玄関に掲げているから、場所は合っている。
間違いではなさそうだが、夢丹には一歩を踏み出す勇気と踏ん切りがつかなかった。
午前11時までに来いと言うので大阪大正区の自宅マンションから車で1時間半もかけてやって来たが、誰も現れる気配がない。
腕時計は後5分ほどで約束の午前11時になろうとしている。無駄足に終わるのではないか。夢丹はそんな気がしてきた。
「兄さん、うちに何か用か?」
ふいに夢丹の背後で声がした。
「うわっ!」
夢丹は振り向き様、悲鳴に近い叫び声をあげた。そこには恐ろしげな顔をした大男が立っていたからだ。
夢丹は身長が178センチだから、けっして小柄な方ではない。
その夢丹が見上げるくらい、その大男は背が高い。2メートル近くは悠にありそうだ。
ただ大きいだけの人間なら、それほど驚くこともないが、その大男はプロレスラー顔負けの体格と、恐ろしげな面相をしている。
その姿を見た途端、夢丹は恐怖せずにはいられなかった。
特にその顔の怖さは尋常ではない。宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)に描かれている鬼の面から、角と牙を取り去った顔。奈良東大寺南大門の仁王像の顔。京都の引接寺(いんじょうじ)にある通称、千本閻魔堂(せんぼんえんまどう)に鎮座する閻魔大王の顔などと比べても遜色ないほど恐ろしげである。
そんな凄まじい顔の持ち主が、夢丹を見下ろしているのだから、恐怖するなと言う方が無理だ。
「銀山(かなやま)さん、駄目じゃない。いきなり脅かしちゃ」と言いながら、その大男の陰から若い女性が姿を現した。
年の頃は20歳前後。ショートヘアでジーンズにTシャツ姿のボーイッシュなスタイルをしている。
背は160センチ前後で細身だが、何かのスポーツでもしていたのか強靱そうで引き締まった体型をしている。
Tシャツに張り付いたバストの盛り上がりは、かなりの存在感を示している。小顔で幼い顔立ちの割に眼光が鋭い。口調からも気性の強さが垣間見えたが、夢丹にはそれすらも魅力的に映った。好みのタイプの女性である。
「すんまへん、お嬢。せやけどワイは別に脅かしたわけやないんで」と、その大男、銀山の言うとおり背後から声をかけたにすぎない。
それに夢丹が勝手に驚いただけのことだ。別に謝る必要はない。それでも銀山は、なぜか自分より10歳以上は若いと思われる、その女性に恐縮しきっていた。
「うちに何か用か?」と言うくらいだから、銀山も「鈴木情報サービス株式会社」の従業員で新聞拡張員だろうと思われる。
その銀山が「お嬢」と呼ぶところからすると、社長の娘なのかも知れない。
夢丹は、その「鈴木情報サービス株式会社」の社長、山女魚原作(やまめ げんさく)に誘われて、ここまでやって来たから面識はある。
娘にしては山女魚原作に、似た部分がまったくない。もっとも奥さんが美人で、そちらに似ているということも考えられるが。
しかし、それはすぐに違うとわかった。
「ごめんなさいね。あなたが源さんの言っていた人ね」
「はい。夢丹進と言います」
「夢丹進、さん?」とその若い女性は聞き返して、思わず吹き出しそうになる口元を手で必死になって押さえていた。
「ごめん……」
さすがに、その若い女性は名前を聞いて吹き出したのは、まずいと思ったよ
うだ。
「いえ、いいんです。慣れてますから」
夢丹は昔から、友人、知人に名前で茶化されることが多かった。
「夢に向かって進む君」と。
夢丹という名前は、そうなのだから仕方ない。進というのも、ありふれている。しかし、苗字と名前をくっつけると、どうなるかくらいは親も考えなければいけない。
親が勝手に付けた名前で笑い物にされる子供は堪ったものではないからだ。とはいえ、子供の頃から、そう言い続けられていると慣れてくるから不思議である。何ともなくなる。
それには親が弁明がましく「進、名前というものは覚えてもらってこそ意味がある。その名前なら多くの人が一度聞けば必ず忘れることはないだろう」と言っていたのも、なるほどと頷けるからだった。一理あると。
もっとも、親が本当にそこまで考えて名付けたどうか怪しいとは思っていた。それほど思慮深い親でもないからだ。夢丹には、その遺伝子が色濃く受け継がれているから、よくわかる。単に「進」と名付けてしまって、後でしまったと思い言い訳しているだけではないのかと子供の頃から疑っていた。
それでも今回のように良い意味かどうかは別にして、夢丹好みの女性にインパクトを与えられたというのは、それだけで嬉しいと素直に思えた。確実に覚えてもらえたと。
「そっか。私は、鈴木春花、22歳。よろしくね」
「こちらこそ、よろしく。ところで失礼ですが、あなたも新聞拡張員さん?」
「そうよ」
春花は、当然とばかりにそう答えた。そして、夢丹をまじまじと見つめた。
「ふーん、なかなかのイケメン君ね。それにまじめそうだし、源さんの期待を裏切らないで頑張ってね」
「はい、頑張ります!」
夢丹に迷いは消えた。
春花は、夢丹の返事を聞くと、にこりと可愛く笑って小走りで幽霊屋敷の中に入って行った。
「素敵な人ですね」と、夢丹は隣の大男、銀山に言った。
「お前、気は確かか?」
「えっ? どういうことです?」
「いや、別に……」
銀山は意味ありげに、そう言うと大股で春花の後に続いた。
夢丹も続こうとした時、後ろから、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「よっ、夢に向かって進む君、よく来たな」と。
山女魚源作だった。
夢丹は、久しぶりにそのフレーズを聞いた。そして、もしやと思った。もし
かして、山女魚という社長は、夢丹の名前だけで仕事に誘ったのではない
かと。単に面白いからと。
──まさかな。
夢丹は否定したが、源作には駄洒落好きな一面があるから、あながち的外れな推測でもなかった。もちろん、それだけではなく他に大きな狙いもあったわけだが。
「お世話になりに来ました」
夢丹は春花と仕事ができると考えるだけで自然に、その言葉が口をついて出てきた。それまでの後悔の念は、すべて吹き飛んでいた。
「源さん、その兄さんか?」
そう訊いたのは、源作と並んで一緒に歩いていた痩せ気味の男だった。
新聞拡張員という雰囲気がまるでしない。知的で大学教授のような風貌をしている。夢丹が通っていた大学にも似たような教授がいたから、よけいにそう感じられた。
「せや。どや、ワシの目に狂いはなかったやろ」
夢丹には、その会話の意味がよくわからなかったが、歓迎されているというのだけは確かなようだと思った。
「おはよう源さん」
「おはようございます」
気がつけば、周りには数人の男たちがいた。夢丹が空き地だと思って車を停めた場所は、どうやら専用の駐車場のようだった。整地されていなかったから、それとわからなかっただけで。
そこから、夢丹と同じように男たちが杉林に囲まれた薄暗い小径を抜けて、こちらに向かって来ていた。
源作は、声がかかる度に、「よ、おはよう」と返している。
午前11時を過ぎて、「おはよう」もないとは思うが、これが業界の一般的な挨拶だった。新聞拡張団に限らず、新聞販売店でも、それは同じである。正午前後までは、すべて「おはよう」になる。
夢丹は、男たちの後に続いて幽霊屋敷の中に足を踏み入れた。
夢丹は中に入って驚いた。外から受ける印象とまるで違う。家の中に、もう一つ家がある。そんな感じだった。外見からは、およびもつかないほど綺麗な内装が施されていた。
玄関を一歩中に入ると広めの土間になっている。ここだけは、わざと昔の雰囲気を残しているようだ。外は残暑の暑さがまだ厳しいが、中はひんやりとした冷気が流れていて寒いくらいだ。土間が自然の冷却装置になっているのだろ
う。
その土間の突き当たりに事務所のドアらしきものが見える。手前に棚になった下駄箱があり、靴が脱いで並べられているから、そこから先は土足厳禁のようだ。
夢丹は来客用とおぼしきスリッパに履き替え、皆の後に続いた。
ドアを開けると、そこは紛れもない事務室だった。壁は白いクロス貼りで清潔感があり、床の木目のフローリングも真新しい。清掃も行き届いている。
広さは30帖ほど。真ん中に会議用の大きなテーブルが一つあり、その周りを取り囲むように会議用のイスが10席ほどある。正面の壁には大きめのホワイトボードがかけられている。その横には予定表のボードもあり、予定らしきものが書き込まれている。
一方の壁際には事務机が向かい合わせに2組、計4つあり、それぞれの机の上にパソコンが設置されている。それ以外は、大型のコピー機と事務用のロッカー、および書類棚が壁一面を占めていた。
反対側は一般の事務所にありがちなパーテーションの仕切り壁になっていて、ドアが見えるから奥に部屋がまだあるようだった。
この旧旅館の大きさからいっても、奥に幾つもの部屋があると考えるのが自然である。
中央の会議用の大きなテーブルの周りに男たちが集まった。そこに眼鏡をかけた事務員らしき女性と、先ほど出会った春花の二人が、男たちに奥の部屋からインスタント・コーヒーを運んでいた。どうやら奥の部屋にはキッチン設備があるようだ。
「夢丹君、お砂糖はいくつ?」と、春花が幾つかのコーヒーカップとシュガーポットをトレイに乗せて夢丹に近づき、優しくそう訊いてきた。
「二つお願いします」と、夢丹が答える。
「姫、新人君が気に入ったのかな。いつもはそんなことなんか、しないのに」と、夢丹の隣にいた小太りの若いのか年を食っているのかよくわからない男が、冷やかし気味にそう茶化した。
「あら、何を仰っているのかしら、押見さん?」と、そう言う春花の目には僅かながら怒気が含まれていた。
平静を装っているつもりなのだろうが、彼女にとって怒りの感情を抑えるのは相当難しいようだった。押見と呼んだ男に持ってきたコーヒーカップが机の上で踊っていたことでも、それがわかる。
対象的に夢丹のために持ってきたコーヒーカップは、優しくそっと置かれた。そして、シュガーポットからシュガートングで角砂糖を二つ掴み、夢丹のコーヒーカップへ静かに落とした。
「どうやら、君は姫に気に入られたようやな」と、押見がその場を立ち去る春花の後ろ姿を目で追いながら、夢丹の耳元でそう囁いた。
「そんな、まだ会ったばかりですよ。それに僕なんかが気にいられるなんて」と、夢丹は照れた。
「猛獣が獲物を認識するのに時間は必要ない。出会った瞬間に狙われて終いや」
「えっ、それはどういう意味ですか?」
「お前、姫を見て何も感じへんのか?」
「ちょっと、気の強そうな女性だというのは何となくわかりますが、それでも素敵な方だと思いますけど」
「救いようのないやっちゃな、お前。今までどんな人生を送ってきたんや?」
「どんな人生と言われても……」
夢丹には押見が何を言っているのか、よくわからなかった。
後に、ここにいる男たちは、それぞれが壮絶な過去を背負っていると知ることになる。そして、一瞬で人を見抜くことに長けた者たちだということも。そうでなければ生きていけない世界にいるのだと。
つまり、押見は、夢丹に春花の外見に惑わされて本性を見抜けないのかと言いたかったわけだが、過酷な人生とは無縁に過ごしてきた夢丹に、それを理解しろというのは無理な話だった。
美しい花に猛毒があるなどということを知る術はなかったのだから。知っているのは、せいぜい美しいバラには棘があるというくらいである。そして、それは夢丹にとっては許容の範囲内のものだった。
「それでは、そろそろ朝礼を始めます」
部長だという大田原安二郎(おおたわら やすじろう)が立ち上がって、場を仕切り始めた。先ほど、夢丹が大学教授かと思った人物である。
「その前に、今日は我が社、創設以来、初めての新人を紹介します。それでは夢丹君、自己紹介をしてください」
「はい」
そう指名されて夢丹は勢いよく立ち上がった。
「夢丹進と言います。25歳です。先日、社長さんに助けられたご縁で、この仕事に誘っていただきました。何もわからない若輩者ですが、よろしくご指導のほどお願い致します」
夢丹が言い終わると、一斉に拍手が起きた。夢丹は、軽くおじぎをして席に座った。我ながら、短いがしっかりしたスピーチができたと思った。
「それでは、夢丹君にみんなを知ってもらうためにも、各自順番に自己紹介してもらおうか。まずは伴内さんから」
伴内と呼ばれたのは、白髪交じりで夏用スーツを着こなした、如何にも紳士然とした初老の男だった。この男からも知的な印象を受ける。
「えー、私は伴内賢吉。68歳。この業界で50年、飯を食っています。わからないことがあれば遠慮なく訊いてください」
伴内が座ると、すぐ隣の男が立ち上がった。
「大守大助(おおもり だいすけ)や。今年で50になる。伴内さんの次に古い。拡張歴は30年近くになる。滅多に病気をしたことがないのが自慢や」
次が、隣に座っている押見だった。
「押見武志(おしみ たけし)です。28歳。今まで男性陣の中では一番若かったのに、夢丹君が加入したおかげで、その地位を奪われて非常に残念ですが、若い者同士頑張りましょう」
──28歳? 嘘だろう。
夢丹は驚いた。どうひいき目に見ても40過ぎにしか見えない。押見の場合は、落ち着きと貫禄があって、そう見えるというのではなく、28歳にしては、あまりにも爺臭(じじくさ)く老けているという印象しか受けないからだ。
若さの欠片も見受けられない。夢丹とは僅か三つ違いだと言われても俄には信じられなかった。
「銀山竜二(かなやま りゅうじ)。35歳」
最初に出会った大男だ。口数の少ない男だというのは何となくわかっていたが、あまりにも、そっけない自己紹介である。
「私は、鈴木春花。22歳。夢丹君とは、もうお互いに自己紹介したわよね」
そう言って春花は、にこりと笑った。
「事務員の前田さんもどうぞ」
大田原に促されて、事務机に座っていた女性が立ち上がった。
「前田祐子です。歳は内緒です。独身です。この近所の百合ヶ丘に住んでいます」
「今日はこの場にはいないが、九門政夫君というのがいるので、後ほど紹介します。私は大田原安二郎。45歳。一応、団での肩書きは部長ということになっていますが、それは対外的なものなので気にしないでください。みんなからは安と呼ばれています。それでは最後に、源さん、お願いします」
「ワシは、山女魚源作。安さんと同じく45歳や。我が、やもめ団が発足して早や一年になるので……」
──やもめ団?
確か会社の名前は、「鈴木情報サービス株式会社」と看板にあったはずだがと夢丹は訝った。山女魚源作からもらった名刺にも、そう書かれている。
後に団長の名前、山女魚と団員全員が独身者ということから、語呂合わせで、
「やもめ団」と呼んでいるのだとわかった。それが業界での通り名になっていることも。誰も正規の「鈴木情報サービス株式会社」とは呼ばないのだと。
ちなみに業界広しといえども通り名が定着している新聞拡張団は少ない。あっても、悪名高いという意味で、そう呼ばれているケースが多い。もっとも夢丹に、そんなことなどわかってはいないが。
「そろそろ新しい血を入れた方がええやろうと思うたから、夢丹君を団に誘ったんや。みんな、仲良うしたって欲しい」
それで一通り自己紹介が終わった。
「昨日、上山新聞販売店の岳下店長から、回読(かいどく)新聞の拡張員が大挙して押し寄せバンクを荒らしているという連絡を受けた。よって、今日は各自の入店日程を少し変更するから、そのつもりでいて欲しい」と、部長の大田原が続けた。
「先発要員として政を行かせてある」と、源作。
政というのは、紹介時にいなかった、九門政夫のことである。
「源さん、政で大丈夫か?」と、大田原。
「政には、こちらから先に手を出すなと言うとるから大丈夫やと思う……、多分な」
「危ないな」と、押見が夢丹に顔を寄せながら、小さく呟いた。
「危ないとは?」
夢丹が押見にそう訊き返した。
「政さんはおそろしく喧嘩早い人なんや。身体は小さいけど喧嘩の達人で無茶苦茶強い。暴れ出したら手がつけられへん。そんなバンク荒しみたいな連中とぶつかったら血を見るのと違うかな。安さんはそれを心配しとんのや」
「まだ、そんな人が……」
「ああ、でも俺らには優しいで。怒らせへんかったらな」
「それでは上山新聞販売店には、ワシと安さん、竜二の三人で入る。ただし、いつ集まってもらうか、わからんから各自、携帯に連絡が入ったらすぐ出ること。以上や」
源作のその言葉を合図に、それぞれが立ち上がった。
「春花ちゃんには夢丹君の指導をしてもらうつもりやったが、今日はこんな状態やから明日からにしてくれ」と、源作。
「わかりました。そういうことだから、今日は、おとなしくお留守番していてね。明日から一緒しましょ、夢丹君」と、春花が軽くウインクをして出て行った。
夢丹は複雑だった。春花と一緒に仕事ができるのは嬉しい。しかし、自分よりも年下の女の子に指導されるというのは、何か釈然としないものがあった。
そもそも、あんな可愛い女の子に拡張員の仕事などできるのかという思いがあったから、よけいである。もっとも、それは後に間違いだったと思い知ることになるのだが。
「それで、伴内さんには申し訳ないですが、ここにいて夢丹に仕事の事をいろいろと教えてやってもらえませんか。それと、連絡係もやっていただきたいので」
「承知しました。どうせ、後ろで糸を引いているのは沖元の小僧だろうから、気をつけなさいや」
「はい、わかってま。ワシもそう見てますよってに」
夢丹は伴内と一緒に、慌ただしく出て行くメンバーたちを玄関先で見送った。
その後、振り返って再び中に入ろうとした時、今まで幽霊屋敷以外の何ものでもないと思っていた建物が、なぜか違って見えた。
そして、これは面白くなりそうだという予感がしてきた。もっとも、面白いという概念は、夢丹が思い描いているものとは大きく違っていたが……。
第1章 新聞拡張団、やもめ団に誘われて その2 縋った藁 へ続く
以上や。
続きが読まれたいという方は登録して頂ければと思う。
最近、ワシらの身辺が妙に慌ただしくなっている。今まで注目されていなかったところから目を向けられるようになったというのが、その理由や。
それには、直接、間接を問わず、有料のメルマガ小説を始めたという影響も少なからずあるのやないかと考えている。
それが吉と出るか凶となるかは現時点では何とも言えんが、いずれにしても前に進むしかないとワシらは決めた。
何のこっちゃと思われるかも知れんが、近いうちに、ワシがこんなことを言うてるワケを話せる時がくると思うので、それまで待って欲しい。
それを話すことで、読者の方々に面白いネタが提供できるものと信じているさかい。
参考ページ
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