メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー
第272回 ゲンさんの新聞業界裏話
発行日 2013. 8.23
■みずほ出版営業1課金子の奮戦記……自費出版無料相談会の人間模様
「早いものね。あれから何年になるかしら……」と、金子は自ら手がけた一冊の本を手にしながら、感慨深げにそうつぶやいた。
その本には、特別な思い入れがあった。腐れ縁といってもいいくらい、その本の作者と未だに縁が切れないでいる。
それが良いのか悪いのかは今以て、金子にもよく分からない。
その本の作者が、その後も出版の依頼を続けているというのなら、それなりに得意客ということになるが、注文は後にも先にも、この一冊しかない。
本来なら終わった客やが、それが未だに終わらない。不思議な客やと言える。
金子は名古屋市内にある「みずほ出版」(注1.巻末参考ページ参照)の1階、「自費出版無料相談会」室のデスクに陣取り、暇を持て余し気味にしていた。
もうすぐ午後3時になろうとしているが、まだ誰も訪れては来ない。
もっとも、「自費出版無料相談会」は去年の2012年1月から2〜3ヶ月おきに開催しており、今回で8回目になるが、多くても2〜3人程度しか訪れないから、それがいつものことやったがな。
金子は「みずほ出版」の営業1課に所属するベテラン女性相談員である。
ベテラン女性相談員というと「おばさん」を想像する人もおられるかも知れんが、金子はまだ30歳にも満たない女性や。見た目は20代前半に見える。
清楚な雰囲気と容貌をしていて、控えめで優しげやが芯の強いところのある女性で、かなりのやり手であるというのが、ハカセの見立てやった。
「美人なのか」とワシが訊くと、「少なくとも私はそう思っていますが……」との微妙な返事が返ってきた。
仕事は、自費出版に興味があって訪れた人への説明と相談に乗ること、および広報活動ということになっている。
金子は営業1課に所属しているとはいっても、悪質な自費出版業者のような強引な売り込みは一切しない。
しろと言われても金子には、それができない。また、そのつもりもない。悪質な自費出版業者とは一線を画したいという気持ちが強い。
もちろん、「みずほ出版」自体も、そんな営業は強要しない。
金子は、いろいろなタイプの依頼主を見て来たが、書籍『新聞拡張員ゲンさんの新聞勧誘問題なんでもQ&A選集』の著者、白塚博士、つまりハカセのような人物には、まだ出会っていない。
これからも出会わないやろうという気がする。
そのあまりにも強すぎるインパクトのある風貌と性格、存在感は群を抜いていて、未だに脳裏から消えないでいる。
夢にまで見てうなされることもあったと。
まあ、毎日入念に剃り上げているというスキンヘッドのおっさんの顔が、いきなり夢の中に現れたら、そら、うなされるわな。
加えて、性格も悪いとなれば尚更や。ハカセは見た目と違い細かい点に拘る性癖があり、うるさい。一筋縄ではいかんという雰囲気が充満しとるような男や。客の性質としては最悪の部類に入る。
そんな男の担当を、当時、入社間もない金子が受け持つことになったわけやから気の毒という外はない。
もっとも、人は苦難があってこそ成長するものやさかい、それを試練と捉えれば、それなりに意義もあり、役に立っていると言えんでもないがな。
少なくともハカセを担当するようになったことで、少々どんな人間が現れても臆することがなく接することができるようになったはずやさかいな。
2007年5月。
そのハカセから、「みずほ出版」に1通の短いメールが送られてきた。
現在、HPを運営していますが、出版したいのは、それに関したものです。詳しい打ち合わせを希望します。
と。
すかさず、金子は、
白塚 博士 様
お問い合わせありがとうございます。
ぜひお話を伺わせていただきたいと思います。
ご希望の打ち合わせについてですが、どのような方法でお会いすればよろしいでしょうか?
ご都合の良い日にちと時間をお知らせいただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
と返した。
その後、何度かメールを交わした後、金子は、補佐役で上司の担当部長と一緒に、ハカセと「みずほ出版」の応接室で話し合いを持つことになった。
ハカセが本にしたい内容は、運営するHP『新聞拡張員ゲンさんの嘆き』の『新聞勧誘・拡張問題なんでもQ&A』の部分から抜粋したものやという。
希望は本文データ入稿コース。これは主に文章作成に自信のある依頼者が選択するもので、編集・レイアウト・校正、および作品の内容的なアドバイスは基本的には行わない。
専門設備が必要な印刷・製本だけ、つまり、本という形にする部分だけを請け負うというものや。
一般的な原稿作成・編集支援コースに比べて、かなり格安になるという。
ちなみに、原稿作成・編集支援コースでは、「本をつくりたいけど、どうしたらいいのかわからない」という人向けのもので、レイアウトや装丁・編集、文章表現に至るすべてで専門のプロがアドバイスをすることになっている。
費用と時間はそれなりにかかるが、文章を書くことが苦手な人には有り難いコースということになる。
「ワープロソフト一太郎2007で縦40字×15行、256ページ程度をすでに、この中に書き上げています」と言いながら、当時主流やった記録メディアのMOディスクを差し出した。
これは事前にメールのやり取りの段階で、「一太郎でも、ワード・エクセルでも、どちらでも結構です」と返事していたからやった。
金子は、見本の作成本を幾つか見せながら型どおりの説明をした。
それが一通り終わったと見計らったハカセが「著作権や販売権などの権利関係はどうなっています?」と訊いてきた。
「基本的に著作権も販売権も著者様に帰属します。自費出版ですので、当社が著作権や販売権を主張することはございません。ただカバーのデザインなどを当社デザイナーに依頼した場合、そのデザインの著作権のみデザイナーに帰属します」
「当面、私は自分のHP上での販売を主体にするつもりですので、書店流通は今のところ考えていませんが、書店販売をする場合、そうするのは可能でしょうか?」
「ISBN(国際標準図書番号)を取得して頂ければ可能です。ご希望であれば当社で取得致します。また国立図書館への寄贈の手配もこちらでします」
「是非、そうしてください。それと本文データ入稿コースには校正もなしということですが、校正はお願いできませんか」
今回本にしようとしているサイトのQ&Aの文章には、誤字や脱字、表記上のミスが、改めて読み返すとあちこちにあった。
原稿に起こす際、極力訂正したつもりやが自信が持てない。
普段は、一二度推敲をして掲載するだけで、それ以上は読み返すことすら、ほとんどないと、ハカセは言う。
読み返してしまうと、その度毎に直さなあかんようになるさかい、そこで立ち止まったまま前に進むことができんようになるからやと。
それには多少の誤字や脱字、表現のまずさは、新聞や週刊誌、文芸誌などのどんな書物にも必ずあるという逃げ道もあるからやけどな。
それにサイトの文章は、いつでも気がついたときに訂正できるという気軽さもある。言えば、このくらいは許されるやろうという甘えの構図、状態にあるわけや。
またサイトには、その誤字や脱字、表現のまずさを指摘してくれる熱心な読者もおられるので、その指摘があったときに直しているということもある。
手書きであれば、そんな間違いをするようなことは、あまり考えられないが、ワープロ・ソフトでの文字の打ち込みによる誤変換などの操作ミスも加わり、誤字や脱字などのポカが出やすい。
しかし、一旦本になると手直しすことができんから、如何なる誤字、脱字、表現のまずさも許されない。
その校正を自分ですると、どうしても甘くなる。自分の頭の中には正しい表記をしているという思い込みがあるから、間違いを間違いと認識できず、見逃してしまいやすくなる。
そのため校正部分を出版社に頼むことで、その間違いやミスを解消できる可能性があるとハカセは考えたわけや。
「よろしいですよ」と言う金子の返事を聞いて、ハカセは続けた。
「文章表記の統一性というのは、ご存知ですか」と。
文章表記の統一性というのは文章を書く上での基本中の基本で、それを知っているかと専門家に訊くのは失礼極まる話である。
例えば「分かる」という言葉を「わかる」と表記しても何の問題もない。単に漢字で書くか、ひらがなにするかだけの違いで作者の自由とされている。
しかし、一度「分かる」と書いた場合、以後はすべて「分かる」と表記する必要がある。それが文章表記の統一性というものや。
ハカセの場合、横書きは「分かる」と書き、縦書きは「わかる」という表記に統一している。
一般的には、文章作成においてひらがなと漢字の比率は7対3くらいが良いとされている。そのためもあり「分かる」を「わかる」にする人が多い。ひらがなの比率を多くするために。
ただ、ハカセは横書きの場合、ひらがなが連続すると読みにくいと考えているため、敢えて「分かる」にし、縦書きの場合は、ひらがなの連続があっても、それほど読みにくくはないということで「わかる」にしているという。
ついでに漢字の表記にも、その統一性があるというのも言うとく。
例えば、耳で「きく」という表記には、ひらがなの他に「聞く」、「訊く」、「聴く」と書くことができる。
このうち「聴く」というのは音を「きく」場合やから、使い所にそれほど問題はないが、「聞く」と「訊く」の場合は、その使い方を混同しやすい。
ハカセは受動的に「きく」場合を「聞く」と表記し、尋ねる、質問するという意味を持たせる場合は「訊く」としている。
それについても、一度、そう決めると統一した方がええ。それは、すべての言葉、語句に共通して言えることや。一度決めた表記は、その書籍内すべてで適用する必要がある。
このように文章を書く場合の表記一つ取っても気をつけなあかんことが山ほどあるわけや。
一般の人は、そこまで考えて書かんでもええやないかと思われるかも知れんが、文章のプロとしては、そうすることが当然という意識を持ってなあかん。
ましてや校正を担当する限りは、その程度のことは常識として心得ておく必要がある。
もっとも、必要があっても、なかなかそれができんのが人やけどな。そのために書籍にする場合、校正作業というのが不可欠になるわけや。
「ええ……」
金子は一瞬やったが、「失礼な……」という反応を見せた。
ハカセは、その後も基本的な文章表記についてワザと低レベルな質問を繰り返した。
加えて、ハカセの文章は関西弁で書かれている。それを誤字、脱字、表現の他に語句の統一性を校正で直せと言うのやから、無茶な注文である。
ハカセ自身、関西弁での表記と文法的な表記との違いで散々悩まされていたにもかかわらず、である。
しかし、金子は嫌な顔一つ見せず、「かしこまりました」とだけ答えた。まあ、その場は、そう答えるしかなかったのかも知れんがな。
ハカセの低レベルな質問にも金子は、嫌がる素振りを見せることもなく、ほぼ完璧に近い回答をした。若いが、かなりしっかりした文章知識がある。
ハカセは、このとき、金子が気づいていたか、どうかは分からんが、値踏みするためにワザとそんな質問を繰り返したわけや。
その返答次第では止めようと考えていたという。
ハカセが自費出版に踏み切ろうと考えたのは、その少し前の出来事が原因やった。
ある悪質な自費出版業者が、ハカセに接触してきた。
それについては『第149回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■出版本について Part1 長かった道程(みちのり)』(注2.巻末参考ページ参照)で詳しく話しているので、ここではその内容をかいつまんで説明する。
その出版社のヤガミと名乗った担当者は「白塚様のホームページを本にして出版しませんか」と持ちかけてきた。
「それは、いいですけど、私に原稿依頼をするということですか?」
「いえ、当社と白塚様とで協力して出版しようということです」
「協力?」
「ええ、当社と白塚様とで費用を分担して出版するというシステムがあるんです」
どうやら制作・販売・宣伝に要する費用を双方で分担して、本を出版しようということらしい。
「要するに自費出版しろということですか?」
「いえ、それとは少し違います。自費出版は、著者の方がすべてを負担して、販売までする必要がありますが、私どもは、原稿の作成から販売までを一環して、ご協力をしようというものです」
「具体的には、どうするわけです?」
「まず、出版する本の体裁と出版部数を決めて頂き、それに比例した委託金を収めてもらいます」
いよいよ、怪しさを増してきたとハカセは思うたが、ワザとそれに乗る素振りを見せた。
ヤガミは、その見本となる本を示して、それぞれ説明を加えた。
基本は、初版で最低500部からということらしい。
「このタイプですと、私はどの程度、その委託金とやらを払う必要があるんですか」
ハカセがそう言うて手にした見本は、ソフトカバーで書店に一般的良く並べられているものやった。200ページほどの厚みの本や。
「これですと、500部の場合で、企画費、管理費、印刷・製本費、編集・校正・デザイン費で、計210万円ほどになります。税別ですが」
ヤガミは素早く電卓を叩いてそう告げた。
「210万円? 500部でそんなにかかるんですか?」
そうだとすると、単純に計算して1冊作るのに4200円かかることになる。
しかも、それが出版社と折半してということなら、1冊に対して8400円もの費用がかかる計算や。いくら何でも、それは考えにくい。
「この見本の定価は1700円ですよね。これだと、全部売れても赤字になりますよ。それでは、そちらも損でしょう?」
「ええ、そうですが……」
ハカセの突っ込み口調の質問に、ヤガミの声が急にトーンダウンした。
「しかし、それは、再版することによって利益を出せればいいと当社は考えてますので」
「では、再版のときは、どうなるのですか?」
「それは、そのケースでいろいろあります」
「ということは、こちらの負担金がまだ必要になることもあるということですか?」
「いえ、刊行時から1年以内に増刷が決定すれば制作費は当社の全額負担で行います。但し、1年以降に増刷が決まった場合は相談させて頂くことになりますが」
「それで、どの程度、売れたら利益が出るようになるのですか?」
「最低、3000部ほどからだと思います」
「それで、私の方へはいくら入るのです?」
「それについては、増刷時に本の定価の7%の印税をお支払いします」
「私の本の定価は?」
「白塚様の本は、専門書になりますので、2000円くらいかと」
「それは高い!!」と、思わず叫びそうになった。
そんな値段では売れるもんも売れん。その言葉を、ハカセは必死に呑み込んだ。
この頃になると、ハカセは、すでに本を出すという目的やなく、この出版社の実態が知りたくなっていた。あまりにも胡散臭いからや。
そのための質問を慎重に選んだ。
「私も本を出したいとは思っているんですが……」と未練たっぷりに言うてみせた。
すると、予想どおりヤガミは食いついてきた。
「白塚様の出版されることについてのメリットですが、当然ながら出版とは多数の人に著者の主張、思想を届けることが大前提です」
急に雄弁になった。おそらく、これはセールス・トークの一環やろうと思う。
「著者の方に入る収入は、プロ・アマ問わずに印税となります」
ヤガミは、ハカセのことを何も知らん素人と思うとるようや。
印税というのは、その本が出版された場合に支払われるものや。
当然やが、著者は一銭も負担することはない。そのために貰える印税は本の販売価格の5%から多くても15%程度以内までに抑えられている。
双方が半々の出資比率で出版しようというからには、リスクをお互いが負う必要がある反面、それで売り上げたものは制作費を差し引いた利益分が折半にならなおかしい。
それにもかかわらず、印税で支払われるのが当然というバカげた論理を押しつけている。素人相手に「印税」という言葉を持ち出せば簡単にごまかせると思うとるのやろうな。
もっとも、そんなことを指摘しても無駄やし、意味はないがな。こういう人間は、都合が悪くなると貝になるだけやさかいな。
「分かりました。最後に聞きたいのですが、本の販売方法はどうなっています?」
「当社では、主要な書店と契約していまして、当社で出版して頂くと必ず、それらの書店に並ぶことになっています」
「そうですか」
これ以上の話は、ハカセも必要ないということで、「考えておきます」とだけ言うて別れた。
何のことはない。ヤガミは、ホームページに惹かれてメールを寄越してきたわけやない。
単に客を探す目的で、ハカセのコメントが掲載された雑誌に目が止まっただけのことやった。
そのヤガミの言うてることは、おそらく大半が嘘か、ええ加減な話やとワシも思う。
特に『当社と白塚様とで費用を分担して出版する』というくだりはな。
費用は、すべてハカセ持ちや。
それだけやなく、その出版社の利益もすべてハカセから徴収する金の中に含まれとるはずや。
本が売れようとどうしようと関係ない。ほとんどは、売れるわけはないと考えとるはずやから、増刷なんかよほどのケース以外ないに等しいと思う。
ハカセに出版を決意させることが、ヤガミの営業のすべてやさかいな。
これが、悪質と呼ばれる自費出版業者の典型的な勧誘例や。
ちなみに、この業者はその翌年、2008年1月に倒産して、ちょっとした騒ぎになった。
別にハカセに先見の明があったということやなく、なるべくしてなった結果やと思う。
一応、前年、2007年6月のメルマガで警告はしておいたのやが、相当な被害者を出したらしい。
この事例から言えるのは、共同出版、協力出版を名目に著者に金を負担してくれと勧誘する業者は要注意ということや。
事例の業者は倒産したが、未だに似たような業者はいくらでも存在しとるさかい気をつけた方がええ。
しかし、本を出すことだけが目的で、その手段を知らない人なら、そんな業者でもええかも知れん。金はかかっても、そこそこ体裁のええ本はできるやろうからな。
しかも、そんな勧誘でも良心的で親切な業者やと感じることがある。
異様なくらい低姿勢な営業員が多いさかいな。彼らは客である著者を褒めて持ち上げるのが上手い。箸にも棒にもかからんような原稿でも褒めちぎる。
「これは素晴らしい。本にしたら間違いなく売れると思いますよ」というようなことを平気で言うわけや。
出版社の人間に、そう褒められたら素人は舞い上がり錯覚する。
それで、相手に好意を持つことも多く、良心的やと思い込むわけや。
しかし、共同出版、協力出版を持ちかける営業員の狙いは、本を作ってその本を売ることで利益を得るのやなく、著者に出版させること自体が目的のすべてなわけや。
著者が負担する金で出版社の利益を出す仕組みになっとるのやからな。
「ぜんぜん、本が売れんやないですか」というクレームがあっても「おかしいですね。私は売れると思ったんですがね」で済まされる。
つまり、どんな本も読者に見る目がなかったから売れないという理屈の前に屈するしかないということや。
しかし、その悪徳業者と接触したお陰で、結果的にハカセは自費出版できたと言う。
ハカセは、サイトの内容を商業出版するのは難しいやろうなとは気づいていた。
待っても、おそらく、どこの出版社からも商業出版の声がかかることはないと。もちろん、企画として持ち込んでもハネられる確率が高いと。
それなら、本当に自分で本を作って売るのはどうやろうかと考えた。
その本の印刷と出版だけを頼める出版社を探す。それやったら、何とかなる気がする。
ハカセはHPを中心に慎重に探し始めた。
以前、文章には書いた者の人間性が表れるという話をしたことがあるが、HPやブログの文章についても、それが言える。
ハカセは書くこともやが、それ以上に書かれた文章の奥を読み解くことにも長けている。おかしな業者のHPなら一読しただけで、すぐにそれと読み取れる自信があるという。
邪な心で書かれた文章は、どんなに良心的な業者を装うと、どこかで必ずその顔を覗かせているものやと。
その結果、住んでいる所から電車で1時間余りの距離にある「みずほ出版」を探し当てたわけや。
HPに書かれている言葉にウソはなさそうに思えたという。
ただ、悪質な業者と接触した直後やったから、打ち合わせの際、必要以上に突っ込んでしまったとハカセは後に語っている。
確認するにしては執拗すぎたと。
もちろん、金子はそんなことがあったとは知らんから、面倒くさい、うるさい客やなと感じたやろうと思う。
もっとも、金子は賢いから、おくびにもそんなことは口に出さんやろうがな。
ハカセの見立てどおり、いや予想以上に「みずほ出版」は良心的な業者やった。
校正もハカセの希望どおり入念に行われ、1コマ、4コマ漫画の挿入まで提案してくれたという。まさに至れり尽くせりやったと。
プロの書き手としては、読み手を納得させるのは当然で、「なるほど」、「へえー」という付加価値も加えるべきやとハカセは言う。
それ以上のプラスアルファの面白さが出せれば、それに越したことはない。
その意味でも1コマ、4コマ漫画挿入の提案は本当に有り難かったという。書籍にしかない付加価値が、それで生まれたわけやさかいな。
それからは、とんとん拍子に話は進み、めでたく自費出版本『新聞拡張員ゲンさんの新聞勧誘問題なんでもQ&A選集』が完成した。
金子が忘れられない出版本になったのは、実はその後からやった。
そこまでやったら、多少癖のあるうるさい依頼者やったなという程度で終わっていた。
その後の幾多の依頼者と接触した中には、同じような人も多かったから、あのままやったら、その他大勢の中に埋没していたやろうと思う。
ハカセが、自らのHPで告知して販売するということは聞いていた。
そこそこ人気のあるHPやというのは見て分かったが、言うても所詮、個人サイトの域を出るものやないから、そこでいくら告知しようが大売れするというところまでは行かんやろうと、金子は思うてた。
そもそも自費出版本は営利目的には向かない。なぜなら、著者自ら本を売らなあかんからや。
大手出版社のような「出版取次」と呼ばれる流通仲介業者が介在する販売網に乗せることは個人では不可能やし、新聞、テレビ、雑誌といった公告媒体で宣伝するのも難しいからや。
頼りは口コミということになるが、よほどの話題性でもない限り、それも期待はできんやろうと思う。
また、大半の自費出版希望者も、そこまでのことは考えない。ハカセも、それは同じやった。
自費出版本には、人生や家族の歴史を綴った「自分史」、自研究や活動をまとめた「研究専門書」、趣味で作った絵本や詩、小説といった個人、もしくは仲間内での「創作作品」といったものが多い。
中には、自らの仕事ぶりについて書いたものもある。それを名刺代わりに渡し、営業の小道具として使うのやと。
一般の人にとって一冊の本を書いたという事実は大きい。それがあればその人の信用度、値打ちも格段に上がるさかいな。
しかし、たいていの人は、家族や友人知人、特定のコミュニティの人たちに知らしめる目的で本という形にして残したいと考える。
商業出版なら出版社の編集者の意向を無視したものは書きにくい。というより書かせて貰えない。
その点、自費出版であれば自由に作りたい本を、何の縛りもなく好きなように書いて作ることができる。
世間にそれほど流通しなくてもハカセのケースのように、国立図書館へ寄贈することで後世に永く、その書籍が残る可能性もある。
後世の歴史家が、その本を読んで歴史の参考にせんとも限らんわけや。今は陽の目を見なくても後世で知られ有名になることもあると。
そう考えるだけで夢も膨らむわな。それが、自費出版本の最大の魅力かも知れんという気がする。
その売れるはずのない自費出版本に異変が起きた。少なくとも「みずほ出版」内、および金子はそう感じた。
ハカセの書籍は、自費出版本としてはかなり反響が大きく、注文や問い合わせなどが数多く「みずほ出版」に寄せられるようになった。
それには一般読者からの引き合いだけやなく、新聞業界関係者はむろんのこと、大手の書店や大学の学生協書籍部などといった名の通った所からの問い合わせや注文が相次いだからや。
一時に比べれば下火になったとはいえ、発刊から6年以上が経った現在でも、それは続いている。
金子の担当した本で、他にそういうのはなかった。忘れられない一冊というのは、そのためもある。
さらに、2年前の2011年になって「みずほ出版」として自費出版本を電子書籍化しようという企画が持ち上がったことが決定的やった。
金子からメールがあった。
白塚様は、電子書籍にご興味はおありでしょうか?
近年印刷物のデジタル化が進み、書籍も例外ではなくなってきました。
弊社としても、その流れに乗り遅れないよう、電子書籍の制作を考えております。
そこで「新聞勧誘問題なんでもQ&A選集」を、テストケースとして電子書籍化させていただけないでしょうか?
もし制作させていただけた場合は、弊社の最初の電子書籍となりますので、当所の制作事例としていろいろなところで紹介することをご了承いただけますようお願いいたします。
「新聞勧誘問題なんでもQ&A選集」なら、文章も読みやすくて楽しいし、ほかのお客様に参考として見ていただくのに効果的ではないかと考えております。
弊社の都合でのお願いになりますので、制作費は全額弊社負担とさせていただきます。
また、電子書籍として販売した場合は、売上の収益は白塚様に帰属いたします。
恐れ入りますが、一度ご検討いただけますよう、お願いいたします。
ハカセも前年の、2010年11月5日発行の当メルマガ『第126回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■電子書籍化時代の本格的な到来について』(注3.巻末参考ページ参照)の中で「私も、その電子書籍での出版を考えてみようかと思うのですが」と言うてた。
実際にも、その方法についていろいろと模索していたから、ハカセにとっては渡りに船やったということもあり、その申し出を受けることにした。
当初、金子は出版社側からの依頼ということで、ハカセの自宅まで出向くと言うてたが、さすがにハカセとしては、それは気が引けたという。
『制作費は全額弊社負担とさせていただきます』ということもあるが、それ以上に、当初予定していた書籍の増刷と新規の自費出版本が頓挫しとるということがあったからや。
金子にはまだ伝えてなかったが、ハカセは書籍の増刷と新規の自費出版本については、ほぼあきらめかけていた。
ワシらの自費出版本はネット販売が主力やが、それでは、売れれば売れるほど赤字になるというジレンマがあったからや。
当初から、儲けが出るとまでは考えてなかったが、まさか赤字になるとは予想してなかった。
第1作目は初期投資ということで、ある程度の損失は仕方ないとしても、その売り上げで次の本くらいは出せると踏んでいたのやが、どう計算しても難しいということが分かった。
それも、間違って大売れでもしたら大変な赤字になるという怖さがあったため、不用意には手が出し辛い。
まず、本の原価、製本代に価格の6割程度、ネット販売の委託費用(アマゾン)に価格の4割が必要になり、この時点でほぼトントンになる。
代金引換郵便の場合は、代金引換手数料などで3割強かかる。これに加えて、送料やクッション封筒代などの諸経費が必要になる。
そんなことぐらい最初から計算に入れてなかったのかと言われると何も反論することはできんが、それらの経費は、当初の予想をそれぞれ少しずつオーバーする結果になった。
どんなに抑えても1冊につき100円以上の赤字は確実に出る。
完全に読み間違えた、甘い見通しやったということになる。
どこかの出版社から依頼された商業出版本が1万部売れたとすると、普通は印税などで著者は100万円程度手にすることができる。
しかし、自費出版で委託販売を続ける場合、1万部売れたとすると、単純計算で逆に最低でも100万円以上の大赤字になる。
それを考えたら、売り込みをするにしても力が入らんわな。外に向かって宣伝するのを極力控えていたというのは、それがあったからや。
多額の宣伝費をかけて、それやと目も当てられんさかいな。個人で、どうにかなるレベルの問題やないわけや。
売れる可能性があるために、あきらめなあかんという哀しい現実が、そこにあった。
そのことをハカセは金子に正直に伝えた。次はないと。
それでも構わないからということで、『新聞拡張員ゲンさんの新聞勧誘問題なんでもQ&A選集』の続編的な意味合いの強い『ゲンさんの新聞勧誘問題なんでもQ&A選集 電子書籍版パート1』を発刊させて貰った。
以前まではhonto電子書籍ストアでの販売やったが、つい最近ではアマゾンの
Kindleストアでの販売が加わった。
それらの販売準備、電子書籍ストアの設定もすべて「みずほ出版」がやってくれた。
それについては下記の『書籍販売のお知らせ』にあるので見て頂けたらと思う。
こういったケースは、ハカセに限ったことやとは思うが、「みずほ出版」および金子との交流がなければ実現していなかったのも確かや。
それだけ「みずほ出版」は、どんな顧客でも大切にしているという証しやないかと思う。
もうすでに利益とは無縁になったハカセに白羽の矢を立てるくらいやさかいな。
時折、読者から、「私も、自分の本を出版したいのですが、ハカセさんはどのようにして良心的な業者を見つけられたのですか?」という内容のメールが送られてくることがある。
ハカセが自費出版で書籍を発刊していることを知って、そう質問されて来られるわけや。難しい質問である。
中には、「良心的な業者」というのを誤解されておられる人がおられる。料金の安い業者が良心的なように思われる人が多いが、そうとばかりも言えん。
出版会社とは名ばかりで、本そのものを作る技術はあっても、文章の中身については素人同然という業者も多いからや。書いた物を単に安く印刷することに長けているだけでな。
自主出版本の「良心的な業者」というのは、文章作法を含めた出版本に関する確かな技術と知識を有し、依頼者を満足させられる内容の提案が数多くでき、適正な価格で請け負う業者のことやと思う。
「みずほ出版」のように。
ハカセは、そういう問い合わせがあれば、今までは東海限定やったが、自信を持って勧められるのは「みずほ出版」やと言うてきた。
現在では全国からの要望に応えられるようになったということやから、その東海限定というのは外すことにしいる。
また、ハカセの『ゲンさんの新聞勧誘問題なんでもQ&A選集 電子書籍版パート1』を発刊させたように電子書籍化もでき、オンデマンドでの入稿もできるようになっているという。
ちなみに、オンデマンド入稿とは、完成させた状態の原稿(プリントされたものをそのままスキャンするだけのものか、PDF等校正が必要ないデータ)で入稿されたもののことで、小部数での印刷・製本の依頼するのに向いているという。
身内や友人知人に配れるだけの部数で良いというケースも多く、場合によっては依頼者自身の1冊だけという依頼もある。
そういった場合には、オンデマンド印刷という、小部数向けの簡易印刷機が「みずほ出版」にはあるので、それを利用すればコストを抑え、必要な部数だけ制作できるという。
また電話やメールでの問い合わせも当然できる。その打ち合わせで遠隔地に住んでいて直接会えなくても本の制作ができる。
実際に「みずほ出版」では北九州に住んでいる人が、電話と郵送のみで自分史の出版をしたケースがあったということや。同じ人から、その後何度か増刷の依頼があったと。
「いらっしゃいませ」
そう言いながら、金子は素早く立ち上がった。
落ち着いた雰囲気の初老の男性がドアを恐る恐る開けて入ってきた。本日、初めての客である。
「少し、話を聞きたいのですが……」
「どうぞ、こちらへ……」
金子は、いつもの優しげな笑顔で、その初老の紳士をもてなした。
ハカセの本を含め、様々な見本を見せながら、ゆっくりと説明を加えていく。
説明会で本の制作が決まることもあれば、話だけ聞かれて帰られる人もいる。それは構わない。
地道やが、こういう取り組みが少しでも広まってくれれば、「みずほ出版」としては、それで良いと考えている。
しばらくの間、その初老の紳士は金子の話に耳を傾け、納得した表情をして「分かりました。よく考えてみますので」と言って帰って行った。
「どうも、ありがとうございました」
金子は、その初老の紳士の背中が見えなくなるまで見送った。
次の『自費出版無料相談会』は、来月の9月21日13時〜17時、東海共同印刷(みずほ出版)1階のプリントショップ(注4.巻末参考ページ参照)で開催する予定やという。
問い合わせ先
みずほ出版
〒467-0851名古屋市瑞穂区塩入町17-6
電話052-822-7281(代表)
ファックス052-822-3359
交通案内
地下鉄の場合
地下鉄名城線「堀田駅」下車、4番出口を出て徒歩2分。
名鉄の場合
名鉄名古屋本線「堀田駅」下車、徒歩5分。
その日、その時間にご都合の良い方で一度話を聞いてみたいと思われた方は、ぜひ、立ち寄って頂けたらと思う。
素敵な金子の笑顔が迎えてくれると思うので。懇切丁寧な説明と一緒に。
ハカセからの推薦で来たと言えば特別に優遇してくれる……かも知れんしな。
今回は長くなりすぎたので、ここまでにしとく。
この『自費出版無料相談会』というのは、いろいろな人間模様があり面白そうなので、これからも機会があれば金子氏に登場を願い、ここで話したいと思う。
参考ページ
注1.みずほ出版
注2.第149回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■出版本について Part1 長かった道程(みちのり)
注3.第126回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■電子書籍化時代の本格的な到来について
注4.東海共同印刷1階の「みずほ出版」プリントショップの地図
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月額 210円 登録当月無料 毎週土曜日発行 初回発行日 2012.12. 1
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