メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー
第280回 ゲンさんの新聞業界裏話
発行日 2013.10.18
■桜塚やっくんの小説『美女♂menZ』……ハカセの後悔
「そんな……」
ハカセは、その事故のニュースを知って絶句した。
http://www.asahi.com/national/update/1005/SEB201310050054.html より引用
桜塚やっくん事故死 中国道で衝突、車外に出てはねられ
5日午後4時50分ごろ、山口県美祢市東厚保町の中国自動車道下り線で、男性5人乗りのワンボックスカーが中央分離帯に衝突し、東京都渋谷区千駄ケ谷2丁目の斎藤恭央さん(37)と、埼玉県所沢市御幸町の砂守孝多郎さん(55)が車外に出た後、後続の車にはねられ死亡した。斎藤さんは「桜塚やっくん」の芸名で活躍するお笑いタレント。ほかに男性2人が軽いけがをした。
県警によると、斎藤さんらは熊本県内であるコンサートに出演するため移動中だったという。2人は後続の乗用車など2台にはねられ、斎藤さんは心臓破裂、砂守さんは外傷性ショックで亡くなった。
斎藤さんは、セーラー服姿で竹刀を手にした「スケバン恐子」というキャラクターでテレビ番組に出演し、「がっかりだよ!」などの決めぜりふで人気を博した。
「後悔先に立たず」という諺(ことわざ)があるが、ハカセは、「桜塚やっくん」が事故死したというニュースを見て驚いたと同時に、その意味を嫌というほど痛感したという。
2010年12月のある日。ある出版社から一冊の本が送られてきた。
それが、「桜塚やっくん」の小説『美女♂menZ』(注1.巻末参考ページ参照)やった。
メルマガで紹介して欲しいということで複数の出版社から、そうした新刊の書籍がハカセのもとに送られてくるケースが多い。
過去に、そういった書籍をメルマガ誌上で紹介したことが何度かあったさかいな。
『第57回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■『ヤンキー、弁護士になる』から学ぶ、真の強さとは』(注2.巻末参考ページ参照)や『第76回 ゲンさんの新聞業界裏話 ハカセの特別手記』、および『第77回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■営業トークに使える消費者金融への借金返済法情報』(注3.巻末参考ページ参照)、
『第96回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■ボクは新聞配達員になるのが夢なんだ……ヘンリーくんの挑戦』(注4.巻末参考ページ参照)、
『第108回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■2010年からの新聞営業講座……その7 営業本の活用法について』(注5.巻末参考ページ参照)、
『第131回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■ハカセの決断……書籍『インターネットに就職しよう!』に触発されて』(注6.巻末参考ページ参照)、
『第193回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞販売店漫画「かなめも」とは?』(注5.巻末参考ページ参照)、
『第241回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■書籍『世界の子供たちに夢を~タツノコプロ創始者 天才・吉田竜夫の軌跡~』について』(注7.巻末参考ページ参照)などが、そうや。
その殆どが、新聞に関係した書籍か、ワシらが読者の役に立つ、あるいは喜んで貰えると考えたものばかりやった。
それらの書評が好評やったということもあり、一部の読者の方がそれらの書籍を購読されたと知らせて頂くこともあった。ワシらの言葉を信じて。
それ故、紹介するには、より慎重にならざるを得ないと考えている。最低限度、ワシら二人が読んで良かったものだけを紹介しようと。
ハカセは、「桜塚やっくん」の書いた小説『美女♂menZ』を面白いとは思うたようやが、ワシに知らせてくることはなかった。
それには以前、『新聞販売店漫画「かなめも」』をメルマガで紹介する際、
「それでは、これはどうです?」
ハカセがそう言うて一冊の漫画本を差し出した。
「うわっ!!」
ワシは、その表紙の絵柄を見て、受け取ろうと出していた手を思わず引っ込め、後ずさりした。
ナントそれは少女漫画、しかも俗に「萌え系」と言われている絵柄の漫画だったからや。セーラー服姿の少女が上目使いに微笑みかけている。
萌(も)えとは本来、草木の芽が出ている様子を指した文学的な表現やったんやが、それが転じて「萌え系」という言葉が生まれ、今ではオタク文化独特の俗語として使われている。
いくらワシが漫画好きやと言うても還暦間近のオッサンの読むようなものやない。
はっきり言うて、ワシには精神的に受け付けられない。当然、その手の漫画は読んだこともないし、読みたいとも思わない。
と、拒否反応を起こしたことがあったからやという。
小説『美女♂menZ』の表紙の漫画のイラストは、その「かなめも」の遙か上をいく過激なものやったから尚更やったと。
ピンク系統の色合いでバラの花が散りばめられた背景に、派手な衣装を纏った美少女5人がバンド演奏しているという絵やった。
それが、実は女装した男の姿やというから、救いがない。
ハカセの判断どおり、その小説を読めと言われたらワシは「ごめんなさい、無理」と即座に断っていたやろうと思う。
そう判断したのと、さすがのハカセも女装の音楽バンド話というのには少なからず抵抗があったからやとも言う。
現在は、「オネェー・キャラ」全盛の時代やから社会的には受け容れられているが、ワシらの年代の人間には、どうしてもその手のものが生理的に受け付けられんということがあるから、よけいや。
ワシらの若い頃に、そんな格好をしていたら間違いなく「化け物」扱いされていた。
実際、現在は「オネェー・キャラ」、「ニューハーフ」として社会的にも認知されている大物歌手ですら、当時はそんな扱いやったさかいな。
それに、その小説の内容が新聞に関したものではなく、メルマガの読者の役に立つようなものでもなさそうやと考えたということもある。
一部のマニアックな人にはウケるかも知れんが、日々寄せられてくるメールから判断して、とてもその手の人がおられるようには思えなかったと。
結局、ハカセは、届けられた小説『美女♂menZ』については、そのまま忘れてしまったという。
そのことを3年近くもなって「桜塚やっくん」が事故死したという報道を知り、鮮明に思い出し、後悔の念に苛まされているわけや。
あの時に話しておけば良かったと。
3年前にするべき話をここでしても今更という気がせんでもないが、ハカセの後悔の念を少しでも和らげるためにワシも協力することにした。
最初はそんな気持ちからやったが、ハカセから渡されたその本を読んでいるうちに、ワシの考えが変わってきた。
読者のためになる言葉が、随所にあることが分かったからや。
例えば、『人は相手の地位や肩書きを見て態度を変える生き物だ』というのがあるが、これなんかはワシが普段『人が初対面の人間を評価する場合、多くはその職業でする。何をしとるかによってその人間の評価が決まるんや』と言うてる事と重なる。
こういう言葉が出てくるということは相当な苦労をされていたのやなというのが、よく分かる。どん底に落ちて初めて言える言葉やと思うさかいな。
この言葉一つあっただけで読むに値するという気になった。
他にもいろいろあるが、女装のプロフェッショナルが化粧のコーチをする際に言うた言葉に「アイメイクに必要なのは技術だけでなく心。アイメイクのアイは愛、ラブよ。メイクを愛する気持ちでやるの。そうすればきっと応えてくれるわ」というのが、あるが、これなんかも結構深いと感じる人がおられるのやないか思う。
その小説『美女♂menZ』を読み終えた感想は……、一言で言えば面白かった。
何でもそうやが、先入観で決めつけたらあかんということを今更ながら再認識させて貰った。
「先入観で見る目は曇る」とワシ自身が普段から言うてるはずやのに、そのワシが先入観を持っていたわけや。
そのため、ハカセに気を遣わせ、結果として後悔させることになってしまった。情けないし、恥ずかしい。
遅きに失した感は否めんが、今から小説『美女♂menZ』の感想を、その主なストーリーを追いながら話したいと思う。
大手音楽プロダクションに所属していたロックバンドのグループ5人が、その所属事務所の倉木というマネージャーから罵詈雑言を浴びせられた挙げ句、解雇を宣告された。
その夜、リーダーの薬丸は、やけ酒を煽って飲み屋街の路地で酔いつぶれた。
翌日、薬丸は「マリリン」という名の怪しい女装サロンのソファーで気がついた。そこの経営者のばあさんに酔いつぶれているところを拾われ、連れてこられたのだと知った。
しかし、それは親切心からではなかった。
薬丸は、そのばあさんに寝ている間に女の化粧と女装姿にされていた。理由は「いい素材だったからね、あんた」ということらしい。
とんでもないと、その場から、自宅のアパートに逃げ帰った薬丸は、ばあさんに、いたずら書きされたと思ったメイクを落とそうと鏡の中の自分を見て、何かが弾けた。
3日後、薬丸はメーバーを連れて「マリリン」のばあさんに会いに行き、メンバー全員に女の化粧をしてくれと頼む。
まず30歳を過ぎた薬丸が超美人に変身すると、それに触発された19歳のナツキがそのメイクを希望し、トップアイドル顔負けのかわいい女の子になった。
ルイとトオルがそれに続き、これまた美形に変身した。
最後まで抵抗していた伊織をメンバー全員で押さえつけ無理矢理メイクさせた。結果、伊織は銀座の一流ホステスのナンバーワンといってもおかしくないくらいの妖艶な大人の女に変貌した。
メンバーの女装姿の完成度は薬丸の想像以上だった。これなら男と見破られる心配はないと思えるほどに。
薬丸は「俺達は、ガールズバンドとして、音楽業界に殴り込みをかける!」とメンバーに号令をかける。起死回生の策になるからと。
薬丸は、早速『飛び出せガールズバンド』というテレビの公開オーディション番組に出場することにした。
番組は、まず7組のアマチュアガールズバンドが登場し、その中で一番の高得点を獲得したバンドに『プリンセス』という称号が与えられる。
そして、その次の週からは予選を勝ち抜いた1組が登場し、プリンセスと勝負する。
そのまま出場し続け3週連続で勝ち抜くと『スーパープリンセス』となり、スーパープリンセス8組だけを集めた『スーパープリンセス大会』に出られる。
そこで、それぞれがパフォーマンスを披露することで、客席にいる芸能プロダクションやレコード会社の人間からスカウトされる権利を得る、というものやった。
しかし、8組のスーパープリンセスのうち、パフォーマンスが許されるのは、大会前の1週間の間に行われるネット投票で上位3組に入ったバンドだけという厳しいルールがある。
書類審査の予選を合格した薬丸たちは、「マリリン」で女に変身してからテレビ局に行った。バンド名を「ザ・チェリー」として。
これは、「桜塚やっくん」の桜から取ったものだと思われる。ちなみに薬丸のバンドでの呼び名は「サクラ」である。
初戦の相手である『プリンセス』の名前が「ローリングもえ〜んず」というのを聞いて薬丸が激怒する。
「くそぉ、ふざけた奴らだ。俺の敬愛するローリング・ストーンズをパロりやがって」と。
大手音楽プロダクションを解雇されたとはいってもプロだった薬丸たちはそれなりのパフォーマンスを披露して演奏を終えた。
「ローリングもえ〜んず」は今日薬丸たちに勝てば『スーパープリンセス』になるという。薬丸は強敵だと覚悟していた。
「ローリングもえ〜んず」の4人は全員がメイド風の格好で、ネコやウサギの耳や尻尾をつけていた。見る者によると可愛く見える。
しかし、その演奏が始まると薬丸は唖然としてしまった。
一応ギター、ベース、ドラムとそれぞれ楽器を持っているのだが、誰一人としてまともに演奏していなかった。歌ってもいなかった。
答は一つ。予め用意されていた曲を流していたからや。つまり演奏と歌はエアバンドということになる。
「音楽を舐めきっているとしか思えない、こんな連中が何でここまで勝ち上がれたのか分からない」と薬丸が訝る。
理由は簡単や。最初から出来レースで、その「ローリングもえ〜んず」を『スーパープリンセス』にしようという意図が働いていたからやと。
当たり前やが、こんな仕掛けはテレビ曲の協力なしには絶対にできんさかいな。
余談やが、ハカセも若い頃、これと似た経験を実際にしたことがあるという。
ハカセが20歳頃、ニューミュージックやロックが流行っていたということもあって高校時代の仲間と一時期バンドを作ってテレビやラジオのオーディション番組に幾度となく出たことがあった。
ちなみにハカセはボーカルを担当していたという。現在でも、ハカセはその外見とは裏腹に声が若々しく、声量も豊かで、歌も素人にしておくのは勿体ないくらい上手い。
まあ、それをこのメルマガで言うても説得力はないがな。
当時、大阪北区に毎日文化ホールというのがあった。
そこでオーディションをしていたあるグループが、それをやっていた。音楽自体は大音量で流していたから、それらしい真似をしていたら、それと発覚することは、まずない。
しかし、その日、突然の停電があり、音が一気に消えた。その時、その連中は夢中になりすぎてエアーバンドを続けてしまった。
停電になればエレキギターの音は消えるが、歌声とドラムの音くらいはするもんや。それがまるで無音やったという。ドラムは空叩きで、ボーカルも口パクやったと。
後で、ハカセたちが知ったところによると主催者側が、その連中を優勝させるために事前に最高の状態で録音したものを会場で流していたとのことや。
当時、この程度のことは、ありがちやったという。出来レースも多かったと。テレビの音楽放送番組でさえ、堂々とそういうのが横行してたくらいやさかいな。
ちなみに、つい最近のことやが、あるアイドルグループの握手会の会場で彼女らが歌っていた時、電気が止まって口パクやったのが発覚したと読者の方から教えて貰ったことがあった。
薬丸のように真剣に音楽をやっている者にとっては「舐めた真似をした」と考えるかも知れんが、ワシはその連中が本当に演奏したものを流していたのなら、まったくのイカサマやないから、まだ許せるという気になるがな。
しかも、そうしたのは、その連中の意思でもなさそうやしな。やれと言われてやったにすぎんことやと思う。
特に、件(くだん)のアイドルグループは連日の過酷なスケジュールでぶっ倒れる者が続出しとるとのことやから、すべてを本気で歌えというのも酷な気がする。
もっとも、その場に居合わせたファンはがっかりしたやろうがな。まあ、それでも大目に見てやって欲しいという気にはなる。甘いやろか。
そのままでは、薬丸たちが負けるのは決定事項、規定路線やったはずやが、奇跡が起きた。
といっても電気が止まったわけやない。口パクの歌声とエアー演奏の音楽は大音量で流されているから素人目には、それと分かり辛いということもあり、バレていない。
それよりも、もっと分かりやすいアクシデントがあった。
突然、「ローリングもえ〜んず」の4人が、審査員席に歩み寄り、審査員の男たちを誘惑するように身体をくねらせセクシーサービスを始めた。
男たちは一様に、顔をだらしなく弛緩させ、頬を赤らめながらニヤついている。
「こういうからくりだったのか」と、薬丸は納得した。
歌や演奏をしながら、こういう真似をするのは、熟練のプロでも難しいさかいな。
薬丸は骨抜きになっている審査員たちを見て、勝ち目はないなとあきらめかけた。
その時、審査員長の大御所作曲家の髪の毛が、「ローリングもえ〜んず」のボーカルの手に絡みついた拍子に、ずり落ちてしまった。
「きゃー!」
ボーカルの女が悲鳴を上げた。慌てたスタッフが収録を中断した。
審査員長の大御所作曲家は、殆ど毛のない頭を両手で抱え逃げるように楽屋へ引っ込んだ。一時間後、怒った審査員長がどちらを勝ちにしたのかは言うまでもない。
薬丸たちは棚ぼた式に勝ちを拾った。といっても実力では圧勝していたという思いが強かったから、冷静に判定してくれたら順当な勝ちだと思っていた。
薬丸は、これから勝ち続けるためにも自分たちだけでメイクができるようにしなければならないと考え「マリリン」のばあさんに指導を仰ぐことにした。
それならと、「マリリン」のばあさんは合宿で特訓をすると言い出した。
そこでは「シャドーファンデーション」、「シャドーアイライン」などといって道具を持たず素振りのような練習を繰り返すよう命じられた。
「マリリン」のばあさん曰く、「ボクシングにもシャドーボクシングってのがあるだろ、あれだよ。きちんとした形を覚えてスピードを上げんだよ」と。
薬丸は「ファンデーションやアイラインにスピードが必要なのか」と疑いつつ従う。
その後、ばあさんは、どこからか「アイラインの神様」と称する大林ミルキー先生という、ごっついおっさんを連れてきた。
今度は、「マスカラをつけるシャドー」も加わった。
「メイクは筋肉よ」というわけの分からない理屈で、延々とそれらのシャドウを繰り返し、おまけに体力とスタミナをつけるために早朝から10キロのランニングをしながらメイクの素振りをするということまでやらされた。
メンバーは逃げ出したい気持ちを抑えて何とか無事に合宿をクリアし、メイク術を会得する。
薬丸たちが最初に『プリンセス』として戦った相手は、『バックドロップス』という名前の女子プロレスラーたちのバンドやった。
間奏の間に逆エビ固めを極めたり、スタンドマイクにラリアットをかましたり、ドロップキックを放ったりと、やりたい放題のパフォーマンスはとても音楽と呼べるものやなかった。
まさに、マイクパフォーマンスをしているプロレスラーそのものやった。一昔前なら、流行っていたかも知れんが、今となっては時代遅れとしか言いようがない。
結果は、文句なく薬丸たちの勝ちやった。
その後、リコーダーと木琴、タンバリンだけの演奏の小学生ガールズバンドに勝ち、最後の相手はパンクかぶれのいかれた、おばちゃんバンドやった。
パンクの若者が来ているを衣装をそっくりそのまま、腹の出っ張ったおばちゃんに着せた姿と言えば分かって貰えるやろうと思う。
とても見られたもんやない。
「ダイコン、ダイコン、まけろよダイコン。亭主は元気で留守がいい。カモン。バカな息子は部屋に閉じこもったきり出てきやしねえ。役立たずは亭主だけで十分だぁぁぁ」と、こんな歌詞が延々と続く。
お笑い番組のウケ狙いならアリかも知れんが、音楽番組でこれは酷すぎる。
薬丸は、この番組は一体何なんだと思ったが、意外にこれが斬新だと評価されるかも知れないと考え、侮ることはできないと自分たちのパフォーマンスを出し切ることに専念した。
結果は文句なしの勝利。当たり前という気持ちと、こんな連中と戦うために、地獄のような合宿での特訓をしたのかと考えると虚しくなってきた。
いよいよ『スーパープリンセス大会』である。
そこでそれぞれのパフォーマンスを披露し、客席にいる芸能プロダクションやレコード会社の人間からスカウトされる権利を得ることができるのである。
ここにエントリーされるスーパープリンセスは8組。パフォーマンスするためには、大会前の1週間の間に行われるネット投票で上位3組に入らなければならない。
番組の収録に来ていたファンからの反応が良かったということもあり、薬丸たちには自信があった。
しかし、蓋を開ければ第1回目のネット投票の結果、薬丸たちの『ザ・チェリー』は第6位やった。
『飛び出せガールズバンド』は深夜放送ということもあり視聴率は、それほど高くない。ましてや投票行動を起こすファンとなれば数が限られる。
そこでものを言うのが、出場者自身の組織力、顔の広さということになる。
高校生グループや大学生グループのバンドなら、同級生、先輩、後輩に頼み込むことができる。バイト先の人脈も使える。子供をスターにしたい親たちも動く。
ソーシャルネットワークをやっている若い連中もバカにできない。ブログやツイッターで呼びかければ、そこそこのアクセスが期待できる。
自分と少しでも関わり合いのある者がスターになるとなれば、応援する人間も多いさかいな。
その点、薬丸たちは女装して「女の子」として出場しているため正体を明かしての応援要請ができない。
せいぜい「俺の応援している女の子のバンドがいるから、よろしく頼む」と言える程度である。
それが、どれだけアテにならないことか。そう頼まれる逆の立場に身を置けば、よく分かる。
自分がその立場なら、まずそんな面倒なことに絶対荷担しないと薬丸は自信を持って言える。
第2回目のネット開票では第7位に落ちていた。絶体絶命である。
ここで、またしても奇跡が起こった。
失意の薬丸が入ったコンビニで雑誌を立ち読みしていた時、包丁を持った強盗が入ってきた。
強盗は包丁で女店員を威嚇しているが、迫力がまるでない。
ヘルメットを被って顔を覆ってはいるが、明らかにおどおどしている様子が見て取れる。
「金が欲しいからと安易に強盗なんかしやがって」
薬丸は、ネット開票で絶望的になっていたいたということもあり、よけい怒りが湧いた。
気がつけば、その強盗の後頭部を思い切り蹴飛ばしていた。強盗はレジのカウンターの奥まで吹っ飛んで行ってダウンしていた。
薬丸は「早く警察に電話しな」とだけ言って、その場を立ち去った。
その様子が防犯カメラに捉えられていて、テレビニュースで放映された。
そして、そのニュースを見た『飛び出せガールズバンド』のファンから、その「跳び蹴り女」が、その番組にスーパープリンセスとしてエントリーしている『ザ・チェリー』のメンバーの一人だとテレビ局に通報した。
そのため、その事件が大きく報じられた。今度は『ザ・チェリー』の演奏しているシーンまで挿入されていた。
その結果、ネット投票で最終的にダントツの1位になった。
そして、芸能プロダクションやレコード会社のスカウトたちの前でパフォーマンスをすることができ、結果、15社もの芸能プロダクションの札が上がった。
その15社の中から、好きな芸能プロダクションを選ぶことができるのである。
しかし、薬丸は最初から芸能プロダクションは決めていた。GME(グローバル・ミュージック・エンターティンメント)、つまり薬丸たちを解雇した大手音楽事務所である。
他のメンバーから異論が出たが、「バカにした奴らを見返すためには、バカにした奴らのいる事務所に入ってのし上がるのが一番じゃないか。そんな連中を欺いてスターにのし上がることが出来たとしたら、これほど気持ちのいいことはない。それが一番の復讐だ」と説いて納得させた。
それに、恨みがあるとはいえ、GME(グローバル・ミュージック・エンターティンメント)は音楽系プロダクションとしては業界最大手で、そのブランド力を利用しない手はないというのも決め手やった。
バンド名は「Vlossom」。この小説の中では、この名前の由来は語られていないが、Vlossomという英語の単語はない。
blossom(ブロッサム)というのがあるので、これを捩ったものと考える。ちなみに、blossomとは果樹に咲く花のことで、桜の花(cherry blossom)をイメージしたものと思われる。
「桜塚やっくん」という芸名もそうやが、どうも桜という言葉に思い入れが強いようや。やたらと、桜に因んだ名前が出てくるさかいな。
「Vlossom」は順調に売れ、やがてオリコン1位を獲得する人気バンドになっていった。
薬丸は、新人マネージャーとしてバンドの付き人になった浅丘涼子を一目見て気に入り、恋心を持つようになる。
しかし、自分たちが男ということを明かせないため、女のサクラとしてしか接することができない。
そこで薬丸は一計を案じ、自宅に誘った時、同居人でいとこの「山田」として涼子の前に現れ、友人として話せる間柄になった。
ちなみに山田は、売れないロック歌手という設定である。不遇時代の薬丸そのものだった。
その後も、巧みにサクラと山田を入れ替え、涼子と接するが、それ以上の進展は望めなかった。
そんなある日、涼子が学生時代憧れていた先輩にプロポーズされたとサクラに打ち明けた。
ショックを受けた薬丸は、「サクラ」として懸命になって、その結婚に反対する。そのことで涼子と喧嘩になり、気まずくなってしまった。
その頃と前後して、薬丸たちはメンバー同士でこれからの方向性について揉めることが多くなった。
いくら売れても、それは「女」としての自分たちで、本当に目指している音楽とは違うのではないかと。
加えて、それぞれが女として周りをごまかしながら生活することに行き詰まってきたというのもあった。
ただ、薬丸たちの念願でもあった武道館ライブが決まっていた。憧れのローリング・ストーンズが演奏した舞台に立てるという思いとの間で葛藤が続いた。
そして、涼子は結婚のため会社を辞めることになった。
失意の薬丸は、「マリリン」のばあさんに会いに行く。
そこで、ばあさんに「境遇を嘆くというのは人として一番みっともないことさ。人間が幸せになるためには、自分の置かれた環境の中でどうにかするしかないんだよ。今いる場所で幸せを見つけるんだよ。あんたみたいに、それだけお金も地位もありながら、うじうじしてるなんざ、贅沢の極みってもんだよ」と、諭される。
そのばあさんの言葉で薬丸は吹っ切れた気がした。
薬丸は「山田」として涼子に会った。
その時、武道館ライブの日に結婚式を挙げると告げられる。コンサートには行きたいのやが、行けないと。テレビの生中継も式の真っ最中で見ることができないと。
薬丸は、すべてを打ち明け、涼子に気持ちを伝えたかったが、ついにそれができなかった。
薬丸は涼子と別れ際、まだ歌詞のできていない曲を「ラララ」と歌って聞かせた。
「いい曲ですね」
「まだ詩はないんだけどね」
「完成した曲、聞きたいなあ」
「え、ほんとに? じゃあ完成したら電話で聞かせよっか」
「国際電話は高いですよ」
涼子は結婚相手が海外に赴任するので、それについて行くことになっていた。
「じゃあ、短めの曲に仕上げよっかな」
「そうしてください」
武道館ライブの日。
薬丸は涼子が聞いていないことを知りながら舞台の上で、サクラとして「涼子ちゃん。結婚おめでとう。今日、涼子ちゃんは幸せを掴んでこの場所にはいませんが、私は今日という日のために、涼子ちゃんのために歌を作ってきました。それを今から歌いたいと思います」
場内が大きな拍手で包まれる。
曲は、あの「ラララ」である。
突然 雨が止んだ それは何の前ぶれもなく
振り返ると そっと傘をさしだしてくれた君がいた
いつも君は 曇りない笑顔で 僕の心を晴らしてくれた
この手の中に つかめたはずなのに
この雨は 僕の涙 君を失ってから やっと気付いた
大切な物ほど 手のひらから すり抜けていく
この雨は僕の弱さ 嫌われてもいいから 君を
強く抱きしめて こわしてしまえばいいのに
薬丸は、この歌を歌い終えるとすぐさま次の曲に移った。そうしないと泣きだしそうだったからや。
その曲の最中、薬丸は金髪のウイッグ(女性用カツラ)を取って宙に放り上げた。続けてペットボトルの水を顔面にかけ、メイクを落とした。
あんぐりと口を開けて固まった倉木が目に入った。ざまあみろと心の中で薬丸は毒づいた。
観客が驚愕の表情になった。
その直後、4つのウイッグが宙を泳いでいた。
それで、薬丸たちはすべてを失った。
世間は大騒ぎとなり、メディアからは散々叩かれた。薬丸たちは、またもや事務所を解雇された。
1ヶ月後。薬丸は一人、路上ライブを行っていた。
客は滅多に来ない。本来、落ちぶれた姿であるはずなのに、薬丸はなぜかすがすがしい気持ちになっていた。本来の自分を取り戻せたと。
「リクエストしてもいいですか?」と、ふいに若い女性の声がした。
「ええ、いいですよ」と、その時、風に煽られた楽譜を押さえようとしていて、下を向いていた薬丸がそう応えた。
「タイトルが分からないんですけど、好きな人のために作った歌で、雨がどうのこうのというやつ」
薬丸は言われた意味が分からなかったが、その女性の顔を見て、すべて理解した。
涼子だった。
「分かりました」と、薬丸はあの武道館ライブで歌った唄をギター片手に歌い出した。
涼子の左手の薬指を見ると、あるはずの指輪がなかった。
その瞬間、何の変哲もない路上の片隅が、武道館以上の夢の舞台へと変わった。
小説は、ここで終わっている。
すべてのエピソードは、306ページの長編小説なのでとても語り尽くせていないさかい、興味のある方は本屋で買って読んで欲しい。
本屋で買う勇気のない人にはネットで注文するという手もある。
『美女♂menZ Vlossom』というのは実在のバンドで、作中に登場するメンバーの名前も同じである。
桜塚やっくんが小説家になりたかったのか、この小説を書くことでバンドの知名度を上げたかったのかは、今となっては定かやないが、メンバーを大事に思っていたことだけはしっかり伝わってきた。
例の事故やが、運転していたのは桜塚やっくんやった。雨に濡れた路面にスリップして中央分離帯に激突したことで、マネージャーの砂守孝多郎さんがその確認のため車外に出た直後、後続の車にはねられ死亡した。
その際、砂守さん遺体が車内に飛び込んだためにメンバーの一人がパニックを起こして車外に出た。
それを助けようと、桜塚やっくんが、そのメンバーの盾になって後続の乗用車に撥ねられたのだという。
その乗用車は桜塚やっくんを撥ねたことで、メンバーの乗っていたワゴン車に追突しなかったと。
メンバーは異口同音に桜塚やっくんに命を助けられたと言う。
この小説の「あとがき」で、桜塚やっくんが、
この4人には本当に感謝しています。
彼らがいなければこの小説はなかったし、バンドも存在しませんでした。
僕が一度はあきらめかけたバンドの夢を再び見させてくれいている最高の仲間です。
これからも、このメンバーと一緒にてっぺんまで上り詰めていくつもりなので、みなさんもぜひ応援してください。
この小説を読んで、実際に興味を持ってくれた方、ぜひとも我らが『美女♂menZ Vlossom』を生で見に来てくださいませ。
最高で最強のステージをプレゼントいたします。
と書いているのを読んで胸の詰まる思いがした。
この事故は、まさにそのためのコンサート会場に赴く途中で起こったものやさかいな。
今となっては、その桜塚やっくんの勇姿を見ることができなくなった。
せめて、この場で心より哀悼の意を表し、お悔やみを申し上げたいと思う。合掌。
参考ページ
注1.「桜塚やっくん」の小説『美女♂menZ』アマゾン
注2.第57回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■『ヤンキー、弁護士になる』から学ぶ、真の強さとは
注3.第76回 ゲンさんの新聞業界裏話 ハカセの特別手記
第77回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■営業トークに使える消費者金融への借金返済法情報
注4.第108回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■2010年からの新聞営業講座……その7 営業本の活用法について
注5.第131回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■ハカセの決断……書籍『インターネットに就職しよう!』に触発されて
注6.第193回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞販売店漫画「かなめも」とは?
注7.第241回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■書籍『世界の子供たちに夢を~タツノコプロ創始者 天才・吉田竜夫の軌跡~』について
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