メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第281回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2013.10.25


■台風列島日本の宿命……ある新聞配達員の奮闘記


「うわーっ! ま、前が見えない!」

ナオトの目の前に、いきなり何かが覆い被さってきて視界が完全に塞がれた。

布のようなものがベットリとヘルメットのフェイスカバーに張り付いていた。

ナオトが慌てて急ブレーキをかけた瞬間、バランスを崩した。必死に立て直そうとしたが、コントロールが利かずバイクが深みに落ちて横倒しになってしまった。

バシャーン。池にでも飛び込んだかのような大きな水しぶきが上がった。

落ちたのが側溝だと、すぐに分かった。

場所は、普通の住宅街である。ただ、その道路の大半が冠水していて、側溝との境目が見えなくなっていた。

この場所に来るまでは、こんな酷い状況になっているとは思わなかった。

道路が小川のようになっていた。坂から転げ落ちてくる水の勢いは半端やない。慎重に走っていてもハンドルが取られる。

ヤバイと思ったが、今更引き返すわけにもいかない。帰れば、鬼の所長、ゴウダに怒鳴り散らされる。

「クビになりたいのか」と。

大型の台風26号の影響で、昨日の夜から雨が降り続いていた。風も相当強い。得たいの知れない怪物が啼いているかのようだった。

ナオトは、今年の4月から新聞配達を始めたばかりで、ここまで強烈な台風に遭遇した経験はない。

今年何度か台風はやって来たが、幸いにも配達時には強めの雨が降る程度で済んでいた。

もっとも、それでも大変な思いをして配達していたのには変わりがなかったわけやが。

数日前から、10年に1度の大型台風が来ると盛んにテレビで言っていたので、嫌な予感はしていた。事故を起こす確率が高いのやないのかと。

正直、「こんな日でも配達しないといけないのか」と思った。「仮病を使って休もうか」と。

ナオトがそう考えたのは一瞬で、すぐに頭(かぶり)を振った。そこまでの勇気と根性を持ち合わせてはいない。

所長のゴウダが、その先手を打って「台風が来た時、配達を休んだ者には辞めて貰うからな」と、全従業員の前で、そう宣告していた。

「今月の給料も迷惑代として支払わない」と。

理由は、配達員が休めば店は、配達の応援専門の臨配業者に配達を依頼するしかなく、タダでさえ費用が高くつくところに持ってきて台風によってさらにボッタくられる恐れが大きいからだという。

そうなると、給料に回す金がなくなると。

もちろん、そんなことは労働基準法上、許されることではないが、鬼のゴウダなら、やりかねん。

普段から「俺が法律だ」と言って憚らんような人間やさかいな。それに異を唱え法律云々をかざして争ってもラチがあかん。

理屈や常識で何とかなるような男やないさかいな。

ゴウダは身体も大きく、見た目もヤクザ映画に出てくる大幹部のような迫力がある。喧嘩も強そうに見える。とにかく怖い。

実際、ナオトもゴウダの怒りを買って給料が減額されたり、支払われなかったりしたケースを何度も見てきていた。

その多くが泣き寝入りしたと聞いている。ヤクザ顔負けの迫力で脅しをかけてくると。ゴウダのタチの悪さは折り紙つきだと。

クビにするというのが、脅しであったとしても、ナオトにはゴウダに逆らう気にはなれなかった。

ナオトは、ヘルメットのフェイスカバーに張り付いていた布らしき物を取った。

「何やこれは? パンツやないか」

それも明らかに趣味の悪そうな男物の柄パンである。洗濯物として干してあったものが、どこからか風で飛ばされてきたものと思われる。

こんな台風の日に洗濯物を干しているのも、どうかと思うが、それにも増して、金糸で竜の刺繍模様の入ったまっ赤な柄パンを履いている人間がいることに驚いた。

趣味の悪さは尋常ではない。

刹那、ナオトはゴウダの顔とその小汚い尻を想像し、「汚な!」と叫んで思わず、その趣味の悪い柄パンを投げ捨てた。

水をたっぷり吸っているはず柄パンが、まるでその重さがないかのように風に舞ってどこかに飛び去った。

正しくは、午前4時過ぎの薄暗い時間帯に加え、風雨の強い台風の悪天候によってナオトの視界から見えなくなっただけやったが。

もちろん、その柄パンはゴウダの持ち物ではないやろうが、似たような人種の所有物なのは間違いないとナオトは確信した。

まともな人間の履く代物やない。

その手の人間は、その意図があるなしに関わらず、何かにつけ人に迷惑をかけるものと相場が決まっている。洗濯物のパンツですら、そうなのやさかいな。

ナオトは、側溝に嵌って横倒しになったバイクを何とか道路まで引き上げた。

前方の坂の上は水は溜まってなさそうやった。バイクも身体も水に捕まって重いが、そこまでは何とか押し切るしかない。

とにかく、まずはこの小川のような道路から抜け出さなくては、どうにもならない。

何とか水のない所に辿り着いた。後は、雨風の影響されない場所を探してバイクと新聞の状態をチェックしなければならない。

ナオトは、近くに車の停めていないルーフ付きのカーポート・ガレージを見つけ、そこにバイクを入れた。

若干、雨風は凌げそうや。それでも横殴りの雨が吹き込んでくるさかい完璧に防げるとは言えんが、贅沢は言ってられなかった。

新聞は1紙ずつ、ラッピング包装機でビニール袋に包まれている。横転した際にビニール袋が破れていなければ、このまま配達は可能やが、それを調べるのは、この場所では無理や。

側溝に落ちた時、前かごに入れていた新聞が数紙なくなっているようやが、その数もはっきりとはしない。

ナオトは、バイクのエンジンをかけてみた。何とか、かかった。これなら走れそうや。

しかし、この辺りの地域を配達するのは、とても無理に思えた。この後、どんどん水かさも増えていくやろうから、どこかでエンストする可能性が高い。

そうなるとお手上げである。バイクは水の中を走れるようには作られていないさかいな。

ナオトは、携帯を取り出して店に電話した。話し中やった。気乗りはしなかったが所長のゴウダの携帯にかけた。

「何や、ナオト」

機嫌の悪そうな声やった。

「ナオトです。道路に水が溜まっていて、この先、走れそうにありません。どうしましょうか」

「そうか。しゃあないな、配達できそうな家だけ配って、一旦、店に帰って来い」

意外にも物分かりの良い返事が返ってきた。

ナオトは、てっきり「死ぬ気で配って来い」と言われるものだとばかり考えていた。それが、鬼のゴウダだと。

「分かりました」

ナオトは、この時、側溝に落ちたことは伝えなかった。どのみち、店に帰ることになるやろうから、その時に言えばええと考えた。

まさか、パンツが目の前に降ってきて驚いた拍子に転けて側溝に落ちたとは言いにくい。そんなことを言えば、ゴウダのことやから「ふざけとんのか」と怒鳴られるのがオチや。

実際に、それが起きたナオト自身にも信じられんのに、ゴウダ相手にそれで押し切る自信もなかった。

どうせなら、もっと上手い口実を考えた方が賢い。看板か何かが飛んできて驚いた拍子に倒れたと。その方が、よほど信憑性が高い。

それに、こんな状況で、ゴウダの怒りを買って小言を聞く気にはとてもなれないというのもあった。

できる限りのことをやった後なら、仕方ないと理解を示すかも知れない。鬼と言われてはいるが、本当の鬼ではあるまい。それに賭けた。

少なくとも、「これ以上、どうしろと言うんです」と、開き直れる。

ナオトは、ゴウダの指示どおり、道路が冠水していない地域の配達を先に済ませ、店に帰った。

午前5時過ぎ。

この時間、いつもは閑散としている店内が、やけに賑やかだった。

どうやら、ナオト以外の配達区域でも道路が冠水して配達できんかった所が何ヶ所かあったようや。

現在、各地域の未配達の家を順路帳で洗い出して、店の配達用の軽ワゴン車で順次配達している最中やという。

店にはその他の配達用の軽ワゴン車が2台と、車で通勤している従業員の乗用車が5台待機していた。

ナオトも、その作業に取りかかった。それと平行して他の者がバイクに積んである新聞の点検を始めた。

結果、半数以上が水に濡れていて使い物にならなくなっていたことが分かった。折り込みチラシも含めて。

普通なら、そういう状況になれば配る新聞がなくなってお手上げやが、この店では問題はない。

大きな声では言えんが、「押し紙」の関係で予備紙と折り込みチラシが豊富に残っているからや。

いつもは「紙入れ」といって工場から配送して来る新聞の2割程度を、結束されたまま倉庫に入れる。余った折り込みチラシも同じように倉庫に積み上げられていた。

それを急遽、引っ張り出した。

店内では、新聞広告丁合機がフル回転していた。店内が賑やかなのは人の多さとその音によるものやった。

新聞広告丁合機とは、折り込みチラシを新聞に「中入れ」するためにセットする機械である。

折り込みチラシだけでも20種類以上あるから、それらを一枚ずつ手作業で集めていたのでは時間がかかりすぎて、今すぐの配達に間に合わない。

今回の台風は、10年に1度の大型台風ということもあるが、すべてが新聞販売店でも経験したことのないような想定外のものやった。

道路が小川のようになったりとか、市内の街路樹の多くが根こそぎ倒れたりしている現場を見ることなど、今まで一度もなかったさかいな。

後に分かったことやが、ナオトの他にも転倒した者も多く、全部で数百部もの新聞が雨に濡れて「おシャカ」になっていた。

それを「押し紙」が救ったことになる。

押し紙とは、新聞社が営業ノルマの達成できない新聞販売店に強制的に買い取らせる新聞のことを言う。

もっとも、新聞社はその事実を一切認めていないがな。

また、その押しつける際にも、その証拠となる書類はなく、そのすべてが口頭で伝えられているという。

あくまでも販売店の自主的な発注に任せているというのが新聞社の主張になっている。

そのためもあり、新聞社が「押し紙裁判」で負けるケースは殆どない。

普段は、それにより多くの販売店が経済的に苦しめられているのやが、それが結果的にこの窮地を救ったことになるわけやから、世の中、何が幸いするかホンマに分からん。

結局、ナオトの未配達区域の新聞を配り終えたのは午前7時を過ぎていた。

いつもやったら、不配の苦情電話が殺到する頃やが、さすがにそれは少なかった。

あっても「今日の新聞は配達されるのですか」といった程度のものやった。

配達し終えたといっても人の記憶を頼りにしているわけやから、どうしても洩れは出る。

また、いくら車で配達したとはいっても、その車ですら走れないような場所も実際にあった。

そういう所は、水の引くのを待って配ると言って、電話で事情を説明すれば、たいていの人は理解を示してくれる。

テレビのニュースで、あらゆる地域で同じような事が起きていると報じられいたから尚更やと思う。

ネットで衝撃的な映像(注1.巻末参考ページ参照)を見つけた。

何と、それは駅のホームとホームとの間に雨水が溜まり川のようになっていて、水を蹴散らしながら走っている電車の画像やった。

信じられないとしか言いようのない絵が、そこにあった。当たり前やが、電車は水陸両用には作られてないさかいな。

今回の台風26号の被害は甚大なものやった。10月24日現在、死者34名、行方不明者14名。重軽傷者106名。家屋の全壊45戸。半壊18戸。一部損壊620戸。

死者、行方不明者の大半が東京都の伊豆大島で発生した土石流に呑み込まれた人たちやという。

痛ましいと言う外に言葉が出てこない。

それを思えば、このくらいの事はまだマシな方やとナオトは言う。

しかし、台風は、これだけでは終わらない。

現在、その台風26号に負けず劣らずの大型台風27号が日本列島を襲いつつある。

しかも、その近くに、これも超大型の台風28号が併走するような形になっている。

「藤原の効果」というのがある。

二つの台風の距離が約1000キロ・メートル以内に近づくと、互いに影響して台風が複雑な動きをするという。

中間点を中心に、二つの台風が反時計回りに互いを追いかけるように回転したり、小さい台風が大きな台風に吸収されたりすると。

どのような動きになるのか、正確な予測が難しいということらしい。

戦前に中央気象台(現・気象庁)台長の藤原咲平氏が提唱したことから、そう呼ばれるようになったという。
.
台風27号は台風26号、もしくはそれ以上の大雨を降らす懸念が強い。

直接の影響はないらしいが、台風28号は台風27号に荷担するように日本列島に迫りつつあるという。

早ければ今日、10月25日金曜日の夜には紀伊半島の南海上に達し、26日土曜日の日中に関東の南海上を通る予想やと。

つまり、あのドタバタした配達を今週もやらされることになるかも知れんわけや。

そう考えるだけでナオトは気分が滅入ってくる。

4年前の2009年10月16日。当メルマガ『第71回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■悪天候時の新聞配達の見直しについて』(注2.巻末参考ページ参照)で、新聞配達員の安全確保について提言したことがあった。

その部分を抜粋する。


東海版朝日新聞の「声」の欄に、それに関した投稿記事があったと教えて頂いたので、それを紹介しとく。

この記事を投稿された方は、三重県に住まわれる40歳の女性で、その台風による新聞配達中に配達員の方が死亡したという記事を見て投稿されたという。


悪天候時の配達を見直しては
(2009年10月15日。朝日新聞東海版14面「声」より引用)


 台風18号が接近した早朝はひどい風雨だった。ものすごい音で外の様子を感じるだけで、目で確かめる余裕はない。

 私は「今朝はまだ新聞が配達されていませんように」と胸のうちで念じていた。しばらくして、夫がポストから新聞を取り出してきたので目を丸くし、「こんな恐ろしい日に命がけで配達してもらったけど、無事に帰宅できたかかどうか、余計な心配せなかんわ」と夫婦でつぶやき合った。

 和歌山県では、バイクで新聞配達中、倒木に衝突して死亡する事故が起きていた。時間通りに個別配達するのが日本の新聞の使命とはいえ、身の危険をおかしてまで遂行しなければならないとは……。

 今回の事故は本当にお気の毒だ。

 悪天候時、読者を維持するため遅配を避けるより、もっともっと守らなければならないものがはずだ。再発防止を切に望む。


過去のメルマガで折に触れ、台風や洪水、大雨などの災害の影響で新聞配達中に亡くなられたというケースを幾つか知らせてきた。

今回の方だけやなく、過去にも同じような事例があると。

そのときには単に、新聞配達人には、どんなに悪天候、悪条件であろうと、新聞の配達を中止する発想がないと言うに止めていた。

見方によれば、これは崇高な使命感と捉えられんこともないが、良う考えたら、やはりおかしな事で、世間の感覚からしたら異常と映るのやないやろうかと思う。

その新聞に投稿されていた方の「こんな恐ろしい日に命がけで配達してもらったけど、無事に帰宅できたかかどうか、余計な心配せなかんわ」というのが、真っ当な反応やないのかと。

ワシは、この業界にどっぷり浸かっとるから、配達を全うすることに対して違和感もなく、むしろ、心のどこかで、それが配達人の誇りやろうと考えていたような気さえする。

しかし、その危険極まりない日に不配や遅配することで、一体、どれほどの迷惑なり汚点なりがあると言えるのやろうかと改めて考えたとき、その思いが揺らぐ。

果たして、その1日分の新聞を遅滞なく届けることが命をかけるほどのものなのかと。

確かに新聞購読契約の原則として、新聞販売店は遅滞なく配達する義務があるとされとるが、命の危険を冒してまで全うする義務とも思えんしな。

危険があると察知すれば、販売店独自の判断で配達を中止、もしくは大幅な遅配をしてもええのやないかと考える。

そうすれば、大きな災害の度毎に発生している新聞配達の不幸な事故は確実になくなるわけやさかいな。

大半の企業では「安全第一」をキャッチフレーズにしとるのが当たり前とされとるが、残念ながら新聞配達にその考えはあまりない。

それどころか「事故とケガは自分持ち」という感覚の販売店もあって保険にすら満足に加入してない所もあるくらいやという。

ただ、何でもそうやが、今まで当たり前とされていたことを急に変えるというのは難しい。

特に、末端の販売店毎にその判断を任せるというのであれば、おそらくそれが変わることはないやろうと思う。

やはり、そうするには電車や飛行機などのように、ある一定の決まり、例えば気象庁からの警報の有無などで、そうするように強制的に義務付けをする以外に方法はないやろうという気がする。

それには、新聞社、および新聞協会が率先してそういう姿勢を打ち出して販売店に伝え指導するしかない。

その不幸な出来事の記事を毎回書くだけではあかん。新聞社も、その末端の痛みを自分の痛みとして考えてほしいと思う。

日本の新聞は、それを作って購読者に届けることで成り立っている。どちらが上か下かというものではないはずや。

その不幸な事故をなくすために新聞社なり、新聞協会なりがその姿勢を打ち出せば、新聞の評価も今よりは高まるはずやしな。

今までは、そんなことを言うても、そんな声が果たして新聞社にまで届くのかと懐疑的やったが、その投稿記事が新聞紙面に掲載されたことで、あながちあり得ん話やないという気がしてきた。

その投稿を取り上げたのは、少なくともある種の共感とそれを望む読者の存在を、その新聞社、もしくはその編集担当者が感じ取ったからやさかいな。

その気持ちが新聞社にあれば望みはある。

今のままやと、もし、配達人が途中でその危険を感じて配達を中止しても、すぐさま誰かがその代わりをし、配達を中止した者は疎外され、結局、クビか辞職に追い込まれて終わることになるだけやと思う。

今の業界では、それは責任放棄、職場放棄ということにしかならんさかいな。誰も仕方ないとは考えん。

その投稿者が「読者を維持するため」と言うておられるような理由もあるが、それよりも、配達人がその配達を全うする理由の大半は、仕事を失うことへの恐れやないかと思う。

しかし、そのために命をかけなあかんというのも哀しい話やけどな。

しかも、その命をかけても無事配達できて当たり前で、不配や遅配が出たら評価を下げるだけというのでは、哀しさを通り越して悲劇になる。

その辺のところを新聞社の上層部に分かってほしいと思う。

新聞社にはその安全を考え適切な対処をする責任と義務があると考えるがな。

具体的には、どうすればええか。

新聞協会全体として、今回のような大型で明らかに危険を伴う台風というものは事前に察知できるわけやから、その進路に当たる地域には、その日の配達休止、もしくは大幅な遅配の容認を新聞紙面やテレビ報道などのメディアを通じて広報することが必要になる。

少なくとも、一般にそれが浸透するまではな。

これは、総選挙の翌日の新聞配達が2時間の程度の遅れになると報道していたように徹底すれば、そう大きな混乱もなくできるはずやさかいな。

休止にするか遅配にするかの線引きをどこで引くかについてやが、決まりとして制度化するのなら、やはり気象庁の警報、もしくは現在、JRや私鉄が採用している「見合わせる風速の規制値25メートル」にするくらいやないかと思う。

電車が止まれば新聞も止まる、あるいは遅れるという事なら、分かりやすくてええやろうしな。

今回のケースは、それがあれば、その不幸な事故も起きてなかったわけやさかいな。今後の類似の事故も防げる。

ただ、それには新聞社任せにするだけやなく、現場の配達員が、そう願うのならその声を上げる必要もある。

職場の改善は、働く者が勝ち取るというのが基本やさかいな。

そうして多くの労働者が長い年月をかけ、その権利を勝ち取ってきたわけや。

もっとも、そうするにしても、新聞販売店によれば、朝の時間しか配達できんというアルバイトの配達人ばかりしかおらんという所もあって、遅配になっても残りの従業員ではとても手が回らんという事態も考えられるさかい、簡単な話やないとは思う。

休止にする場合でも、災害が影響を及ぼすのは限定された地域になるから、その範囲をどう区切るか、その適用の程度で揉めるということも十分考えられる。

さらに言えば、その地域は休止であっても、その他の地域では配達しとるわけやから、同じ購読料を払うとるのに不公平やと苦情を言う者も出てくるやろうしな。

何でもそうやが、すべての人に賛同を得るというのは難しいとは思う。

ただ、いろいろ問題はあったとしても安全を重視するという立場で考えれば、必ず道は見つかる。

購読者の多くも、そうすることに理解を示すはずや。

そう信じる。信じたい。

何と言うても、現実にそういう災害の度毎に不幸な事故が起きとるわけやさかいな。何とかそれをなくさなあかん。

命に勝る必要なものなど絶対にないのやからな。


そう訴えたが、未だに何の変化も見られない。

相変わらず、どんなに強い台風が来ようと、どれほどの危険が予想されようと、新聞配達を中止、延期するという発想が業界にはないようや。

それを期待ワシらがバカやったのか、アピール不足やったのか、あるいはその両方やったのかと思わずにはいられない。

今回の台風26号による新聞配達中の事故は、自転車を押して歩いていた新聞配達員の女性が強風にあおられて転倒し、左腕を骨折したというのがあったと報道されただけで済んだ。

今までの台風のような新聞配達中の犠牲者はおられなかったようや。

しかし、次にやってくる台風27号で犠牲者が出ないという保証はどこにもない。

結局のところ、自分の身は自分で守るしかないということなのやろうな。

「ナオト、お前が転けておシャカにした新聞の分、次の給料から引くからな」

ゴウダは怒るでもなく、ごく自然にそう言い放った。当たり前のように。

「……」

ナオトは一瞬でも、ゴウダが物分かりの良い人間だと考えたことを後悔した。

所詮、鬼は鬼でしかなかった。

最後に、このメルマガを見ておられる配達員の方々には、くれぐれもご自身の安全を第一に考えて行動して頂きたいと思う。

ミスは後で謝れば済むが、無理して失った命は取り返しようがないさかいな。

そして、一般読者の方々も台風の日の配達に少々の不備があったとしても理解をして頂きたいと、節に願う。



参考ページ

注1.台風26号による大雨で『Twitter』に多くの衝撃画像がアップされる テレビ局も「画像使わせて」と懇願

注2.第71回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■悪天候時の新聞配達の見直しについて


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