メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー
第323回 ゲンさんの新聞業界裏話
発行日 2014. 8.15
■新聞の怪談 その6 空き家からのSOS
今年の台風11号により各地で記録的な豪雨に見舞われたのは記憶に新しいところやが、特に四国、東海方面は酷かった。
軒並み観測史上最大の降雨量を記録し、河川の氾濫や土砂崩れ、地滑りなどによる被害が多発したという。
河川の氾濫、およびその危険がありと気象庁が判断したため8月9日の朝、三重県の四日市、鈴鹿、津、亀山、松阪市、紀宝町の6市町で計23万7610世帯、56万7124人に避難指示、4市町の計1万2020世帯、2万9837人に避難勧告が出された。
今はどこの携帯電話会社でも災害速報というのをメールで送信しているが、その日1日は、避難指示、避難勧告などのメール配信が間断なく配信されていた。
前代未聞のことやった。
豪雨による河川の氾濫は、降水が河川に降り注ぐためといった単純な理由で起きるのではない。
多量の降水があった場合、地中に浸透しない水が地表で水流を作るホートン地表流という現象が起きることがある。
特に街中の舗装された道路周辺で、それが起きやすく、地中に浸透しない雨水は当然のように河川などに流れ込む。
多い地域では数百ミリの降雨量を記録したという今回の台風11号のような場合は、想像を絶する水量になる。
またホートン地表流が起きない地域では地中に浸透した水は地下水と合流するが、多量の降水があった場合、地層が地下水の保水限度を超えることがある。
地下水量が地層の保水能力を超えると、新たに浸透した水の圧力に押されて、それまでの地下水が地表へ逆に湧出するといった現象が起きる場合がある。
その湧き出た地下水が増水している河川に流れ込み、河川の流量容量が超過することで洪水が発生する。
さらに台風によって引き起こされる高潮が巨大な壁となって海に流れ込もうとする河川の水量をせき止めることがある。
高潮の勢い次第では、津波のように河川を遡上することもあるという。
加えて、海から河口へ向かって吹く強風により、海水が川の流れに逆らって逆流するケースもある。そうなると河川の水は行き場を失う。
それも洪水を引き起こす大きな要因の一つだと言われている。
つまり、純粋に降雨量だけで河川の水量が増え河川が氾濫して洪水が起きるわけやないということや。
河川の氾濫や洪水には天と地下からの水量、海の波および強風までもが大きく関係しているということになる。
しかも、それらを人が制御することは、ほぼ不可能や。
いつものことやが、こういった自然災害が起きる度に、大自然の力の前で人は、まったくの無力やということを痛感せずにはいられなくなる。
蟻の巣に水を注ぎ込まれて右往左往するアリたちと何ら違いはない。人は何でもできると自惚れてはいるが、所詮、か弱い生き物の一種族にすぎん。
人にできることは限られている。
人にできるのは他の生き物より少しばかり早く危険を察知して逃げることくらいやが、今回のようなケースは危険な地域から逃げたとしても逃げた先がさらに危険やったということも十分考えられる。
また、その逃げる道中にも大きな危険が待っている可能性が高い。
そのため、行政の避難指示も各地の避難場所を示すと同時に「屋外に避難することが危険な場合は無理に避難せず家の2階などで待機してください」と呼びかけるしかないわけや。
何とも心許ない指示やが、それが行政にできる限界でもある。最終的には自分の命は自分で守ってくれと言うことしかできないのやと。
本当は、その際、救命胴衣やライフジャケットなどを着て待機することがベターなんやが、行政もそこまでは指示できないという。
それを言えば、行政で備えとして救命胴衣やライフジャケットなどを準備して各家庭に配らなければいけなくなるからだ。莫大な費用を要する。
そんな余裕もないし、発想も行政にはない。また、日頃からそれらを用意して万が一に備えている人も少ないやろうと思う。
結局、人は運任せ、天任せでしか生きられないということになる。
「今回は助かったな」
イワイは、9日の朝刊を配り終えた直後、風雨が強くなりはじめた空を見上げながら、そうつぶやいた。
8月11日は休刊日である。ということは、これから本格的に酷くなる台風の中で新聞を配達をしなくても良いということだ。
ちなみに、イワイの所属している販売店はA新聞でも統合版と呼ばれている朝刊しかない地域で夕刊の配達はない。
「今回は助かったな」と、イワイがつぶやいたのは、たまたま台風と新聞休刊日が上手く重なったおかげで危険な配達が回避できた安堵感からやった。
しかし、あの時は違った……。
今から14年前、イワイがまだ二十歳の頃やった。
2000年9月11日(月曜日)の未明から12日(火曜日)の朝にかけて東海豪雨という甚大な被害をもたらした大洪水があった。
その豪雨も今回と同じくらいの規模の台風14号による記録的な大雨が引き起こしたものやった。
台風や災害時での新聞配達の危険性については『第71回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■悪天候時の新聞配達の見直しについて』や『第281回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■台風列島日本の宿命……ある新聞配達員の奮闘記』(注1.巻末参考ページ参照)で繰り返し訴えているが、一向に改善される気配がない。
大型の台風が来る度に新聞配達人の不幸な事故が繰り返し報道されることが多いにもかかわらずにである。
日本の新聞販売店には、どんな災害や悪天候に見舞われようと配達を中止するという発想がない。
いかなる状況下であっても新聞を配達して当たり前という考えが支配する。一切のエクスキューズは存在しない。
そこには仕事への義務感、使命感、プライドなどがある。
また、それぞれの新聞販売店の空気感というのもある。天候不良を理由に新聞を配達しないという選択は許されない、失職につながるといった危機感が、それや。
そのため、「さっさと配り終えてしまおう」と考える者が大半を占めるという。その時のイワイがそうやった。
イワイは、防水スプレーをたっぷり振りかけたバイク用のレインコートを着込み、撥水剤を塗ったゴーグルをかけ、ヘルメットを被って豪雨の中を走っていた。
それでも完璧に風雨から身を守れるとは言えないが、いくらかマシである。
イワイは、すぐ真下まで増水して急流に押し流されそうな橋の上を走りながら、「この調子やと本当に川が氾濫するかも知れんな」と思った。
もし、この川が氾濫したら、確実に浸水すると思われる住宅街をこれから配達しなければならない。
住宅街に入ると、まだ川が氾濫していないにもかかわらず、すでに道路には雨水が10センチほどの層で冠水していた。
残された時間は、あまりなさそうに思えた。時間との勝負になる。
その住宅街を配り出して3軒目やった。
突然、「助けて……ください」という若い女性の声が聞こえた。
最初、イワイは風か何かの音と聞き違ったのだと思った。こんな風雨の激しい状態で人の声が聞こえるはずなどないからだ。
例え、すぐ後ろで叫ばれていても人の声など聞こえはしないだろう。しかも、聞こえた女性の声は、か細い感じだったから、よけいだ。
台風などの暴風の音を、風が啼くという表現をすることがあるが、それくらい甲高く聞こえる場合がある。
おそらく、その音を女性の声と勘違いしたのだと、イワイは考えた。
しかし、「助けて……ください」という声が、またしても聞こえてきた。
今度は、はっきりとしていた。同じ声も持ち主や。聞き間違いなどではない。
どこかで、若い女性が助けを呼んでいるとイワイは確信した。
声の主は、その3軒目に配達した隣の民家の中から聞こえた。間違いはない。
「せやけど、確か、この家は空き家のはずやが……」
少なくともイワイが2日前に行った空き家チェックでは無人やった。誰も住んでいなかった。
空き家チェックとは、新聞販売店の専業と呼ばれる従業員が配達区域内や営業範囲内の空き家を調べることを言う。
これを専業に義務づけている新聞販売店は多い。
この業界は引っ越し客が最も勧誘で成約になる確率が高いとされているから、それを他者に先駆けて知るということは営業成績を上げる上では重要な要素になる。
そのための空き家チェックである。
2日前に無人やったということは、イワイが空き家チェックを終わった後の夕方か、翌日の昨日、引っ越ししてきたということになる。
引っ越ししてきているのなら、このチャンスを逃す手はない。
助けを呼んでいるというのは相当に困っている状況にあるのか、あるいはこの台風の猛威で心細くなっているかのいずれかの可能性が考えられる。
このタイミングで駆けつければ確実に喜ばれ、成約になる確率も高くなる。
門扉の部分に表札はなかった。まだ取り付けていないのだろう。
イワイは迷わず門扉を開けて敷地内に入り込んだ。家に灯りは点いていない。
普段なら寝ている時間帯やから家に灯りが点いていないのが普通で、おかしくはない。
しかし、助けを呼んでいる人間がいるのに灯りを点けていないというのは通常は考えにくい。
それに周りをよく見ると近くの街灯が消えていた。
停電しているようだ。こんな台風の日にはありがちなことである。
イワイは、バイクのヘッドライトの光をその家に向けた。すると、かろうじて庭と、その家の外郭が分かる程度には見えるようになった。
イワイは、バイクが倒れないように塀に沿って停めて降りた。万が一の時の用心にと用意していた防水の小型懐中電灯を点灯させた。
イワイは暴風雨の中、何とかその家の門扉から玄関口まで辿り着き、インターフォンを押した。
しばらく待ったが誰も出て来ない。
二度目のインターフォンを押して、ドアをノックして同じように待ったが誰も出て来ない。
停電なら、インターフォンの音が聞こえないというのは十分考えられるが、助けを呼んでいながらノックの音に反応しないというのは、おかしい。
「誰か、おられませんか?」
大声でそう声をかけたが、この暴風雨では人の声など掻き消されてしまう。叫んでも、あまり意味がない。
イワイは念のためにと、玄関ドアを引いた。すると簡単に開いた。
「ごめんください。新聞を配達中の者ですが、誰かおられませんか?」
イワイは、恐る恐る玄関内を覗き込んで、そう声をかけた。
突風と横殴りの雨がイワイの背中を叩く。当然、突風が室内を襲う。イワイは素早く中に滑り込んで玄関を閉めた。
家の中は意外なまでの静寂さに包まれた。
イワイはヘルメットとゴーグルを取った。このまま、この家の住人と出会せば怪しまれるからだ。怪しまれないためには素顔を先に晒しておくしかない。
室内は、やけにかび臭い。それに湿気も異常に高い。もっとも外が台風やから、そう感じているだけなのかも知れんが。
小型懐中電灯に映し出される玄関の土間にはゴムの部分がひび割れた古い女性用のサンダルが見えた。何年も前に、そこに放置されたままといった感じだ。
下駄箱の上や廊下には埃が積もっている。
そうかといってゴミが散乱しているわけでもない。どちらかというと整然としている。ただ、生活感というものが、まるで感じられない。人の気配もしない。
「誰か、おられませんか?」
イワイは、もう一度、そう声をかけた。何の返答もない。
「やはり空き家やったんやな。あれは俺の聞き違いか……」
イワイが、そう思いその家を出ようとした時だった。
「助けてください……」
また、若い女性の怯えたような声が、奥の方から聞こえてきた。聞き違いなどではない。
「僕は新聞配達員で怪しい者ではありません。隣のお宅に新聞を配達していて、そちらの助けを呼ばれている声が聞こえたので様子を伺いに来たのです。申し訳ありませんが、何があったのか教えて頂けませんか」
イワイは、こう言えば玄関まで出て来てくれるだろうと思った。あるいは動けない状況なら、その説明をしてくれるかも知れないと期待した。
その状況次第では、このまま駆けつけることができる。
しかし、そうでなければ、家人の許可なく全身濡れ鼠のような格好で室内に上がり込むわけにはいかない。
それにバイク用のレインコートと長靴を脱ぐのも面倒だった。それを再度着込むのが大変だという思いもあった。
またバイク用のレインコートを脱いだところで染み込んだ雨水と自身の汗で、Tシャツやズボンも、びっしょり濡れているのが分かっているから意味がないというのもある。
できれば話をするだけで済ませたかった。
本当に助けが必要なら、この格好の方が、すぐに外に飛び出して助けを呼びに行ける分、都合が良いということもある。
それほど逼迫していないようなら、一応安心させて、台風が収まってから再度、勧誘のために訪問するつもりだった。
「私、ここから動けないんです……」
そう言って玄関に出て来そうにないので、失礼だとは思いつつ、その声のする奥の方を小型懐中電灯で照らした。
すると、白い影がボーッ浮かんでいるのが見えた。
「うわっ!!」
イワイはいきなりだったので驚いた。一瞬、幽霊が出たのかと思ったからだ。
よく見ると13、4歳くらいの痩せた少女が白っぽい服を着て立っていた。可愛らしい顔立ちをしているが精気が感じられない。
よほど怯えているのだろうと、イワイは思った。
「ご両親は?」
「私、一人なの。逃げたいのだけれど、どこにも出られず困っているの」
少女は、その場に突っ立ったまま、か細い声でそう答えた。
一人でいるところに、見知らぬ男がいきなり目の前に現れれば用心して近寄ろうとしないのも無理はない。
「そう、それは怖かったね。でも大丈夫だよ。すぐに誰か助けを呼んで来るから、それまで待っててね」
「ありがとう……」
少女が、そう言った。
おそらく、この少女の両親は何かの用事で出かけたまま帰って来ないのだろう。それで心細くなって助けを呼んでいた。
イワイは、そう理解した。
イワイはヘルメットを被り、ゴーグルをつけると再び暴風雨の中に飛び出して行った。
見たところ、少女の様子はそれほど逼迫しているようには感じなかった。
この辺りは後5軒ほど配達が残っている。イワイは、新聞の配達を先に優先させることにした。
この住宅街を抜け切って国道沿いに出たところに派出所がある。配達後、そこに行って少女の救助を要請すれば良い。そう考えた。
ただ、先ほどまでは道路に冠水していた水は10センチほどだったのだが、今はバイクのタイヤ3分の1、約20センチほどの高さまで増水していた。
「これは本当にヤバそうやな。急いで配り終えて助けを呼ぼう」
イワイは、そう考えバイクを走らせた。
イワイが、その地域の新聞を配達し終えて、国道沿いに出ようとした時、タイミングよく市の広報車が住宅街の中に入って来た。
マイクで何かを叫んでいるようだが、少し離れているためか暴風雨のせいで何を言っているのかよく聞き取れない。
間近に来て、やっと「○○川の水位が上昇して危険な状況にあります。至急、安全な避難所に避難してください」というアナウンスをしていたことが分かったくらいやった。
イワイは、その広報車を止め、「この先の家の中に中学生くらいの少女が取り残されているので、助けてあげてください」と伝えた。
その詳しい場所を伝えると、「分かりました。これから急行します」と言って、「配達員さんも、ここから早めに逃げてください。○○川が氾濫する危険がありますので」と、イワイの身を案じてくれた。
「分かりました。そうします」
安心したイワイは、そう答えその場から急いで離れた。
イワイは、すべての配達が終わると疲れ切って何もする気力が湧かず、寮に帰えって雨水と汗をたっぷり吸った衣服を脱いで、そのまま眠りこけた。
目覚めたのは午前10時頃やった。テレビのニュースでは、盛んに○○川が氾濫して、あの住宅街が浸水している映像が流れていた。
幸いなことにその地域での人命は損なわれてはいないが、床下、床上浸水などにより家屋に甚大な被害が発生していると繰り返し報道していた。
その東海豪雨をもたらした台風14号の被害状況は、消防庁の発表によると、静岡県、岐阜県、愛知県、三重県の各県で10人が死亡し、全国で115人が重軽傷を負ったとされている。
経済的被害は2700億円を超え、1959年の伊勢湾台風以来の水害となったという。
イワイが、翌朝配達した時には水は殆ど引いていた。
その日の午前中、新聞販売店の指示により床上浸水した顧客の家に土嚢袋をサービスで配布した。
床上浸水すると大量の土砂が家の中に入り込み、その処理に困る。また使えなくなった家財道具もゴミ同然になる。
大きな物は、そのまま。細かなものは袋に詰めて玄関先の道路に出しておけば市の回収車が集めにくる。
土嚢袋だと、泥も小さなゴミも入れられるから重宝され喜ばれる。その販売店では、こういうことがある度に昔から行っているという。
イワイは例の家の少女が心配になって様子を見るために訪れるつもりだった。
その家に着いた時、庭で後片付けをしていた隣の顧客である顔見知りの主婦がいたので、土嚢袋を渡したついでに、それとなく訊いてみた。
「お隣の女の子は助かったのでしょうか?」と。
「隣? 隣は長い間、誰も住んでなんかいませんよ」と、その主婦。
「そんなはずはありませんよ。隣のお宅で台風の夜、僕は中学生くらいの女の子を見かけて話をしたんですから」
「そう……、また出たのね」
「また出た?」
「ええ、隣の家で女の子の幽霊が出るっていう噂を聞いたことがあるわ。この辺りでは有名な話よ。でも他で、このことは話さないでね。町内会で、この話をするのは禁じられているから」
人は誰にも喋るなと言われると、よけい話したくなる。この主婦のように。
もっとも、噂話とは、そうしたもんやがな。禁断であればあるほど広まりやすい。たいていは、ここだけの話から始まる。
「でも、あなただけに言うわ。何でも私たちが越してくる遙か前、この辺りでは台風の被害でたくさんの死者が出たらしいの。その中に白い洋服を着た女の子がいたそうよ」
「……」
「もとの家は流されてしまったようだけど、その跡地に建てた家で女の子の幽霊が出るという噂が立つようになったというのよ。私はまだ見たことはないけど」
「……」
「でも、そんな話は、どこにでもある、ただの噂話だと思っていたんだけど、やはり出るのね」
その主婦は怖がるどころか、面白がっているように見える。
「そういうのを地縛霊と言うんですって。取り憑く場所が限定しているから、その場所以外は安全なんですって」
そう言えば、あの時、少女は「私、ここから動けないんです……」と言っていた。主婦の言うように地縛霊だとしたら納得できる。
イワイは、その時のことを思い出す度に背筋に悪寒が奔るという。それ以降、幽霊を信じるようになったと。
イワイが、そのことを当時の店長に話すと、「それは、多分いたずらや」とさらりと言われた。
「いたずら?」
「その空き家を根城にしている若い連中が、いたずらで幽霊を演じているんやないか。そうすれば、誰も近づかんようになるからな」と。
一見、説得力のありそうな説やが、イワイは違うと思った。
あの時の状況を思い出すと、そう確信せずにはいられない。
あの家の下駄箱の上と廊下には埃が積もっていた。間違いない。あそこまでになるためには少なくとも数ヶ月から数年単位の年月が必要になるはずや。
若い連中だったら足跡くらいはついていなければならない。その足跡を残さないようにするためには、その足跡を拭き取った後から、大量の埃を、かなりの広範囲に渡って振りかけなければ、ああはならない。
空き家を根城にするような連中が、そこまで神経を使った面倒な演出をするとは考えにくい。
それも、そのいたずらをするためだけに、あの台風の豪雨の中、来るか来ないか分からない人間を、息を潜めて我慢強く待たなければいけないのである。
普通は、そんなバカなことはしない。
それだけやない。隣の家にいた時、聞こえてきた少女の「助けて」という声もよくよく考えれば不自然である。
イワイが隣の郵便受けにいた時やから、少女がいた場所までは少なくとも50メートル以上は離れていたはずや。
あの暴風雨の最中、マイクで呼びかけていた広報車ですら近くまで行かないと何を言っているのかすら聞き取れないような状態やった。
それなのになぜか、あのか細い女の子の声が耳元ではっきり聞こえたのである。
そんなことが物理的にあり得るのか。
その説明ができない以上、イワイには、あれが幽霊以外の誰かの仕業、あるいは何かの原因で起きたことだとは、とても思えない。
ただ、その話を他人にすると10人中9人までが、少女の声は何かの聞き間違いだと言い、残り者からは「もっと上手い嘘をつけよ」と笑われた。
誰にも信じて貰えない。それは構わない。イワイも逆の立場なら信じないだろうからだ。荒唐無稽な話として相手にしなかった可能性が高い。
それを信じてくれとは言えない。
ただ、そういったことがあったということだけは誰かに言っておきたかったとイワイは言う。
参考ページ
注1.第71回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■悪天候時の新聞配達の見直しについて
第281回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■台風列島日本の宿命……ある新聞配達員の奮闘記
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