メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第340回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2014.12. 12


■美人拡張員アイちゃんのセールス奮闘記 その2 レディース結成編


「アイちゃん、これからは女性の時代やから、うちの団でレディースを作ってくれへんか」

皆から「金パチ先生」と呼ばれている団長のK(以下、キンパチ)が、アイにそう打診してきた。

キンパチとはテレビドラマの「金パチ先生」に由来する呼び名やった。

見た目の雰囲気だけではなく、実際にも本家の「金パチ先生」と同じく熱い男である。また怒ったり泣いたりと喜怒哀楽も激しい。

九州出身というのも同じである。熱血教師ならぬ熱血団長といった感じだった。

キンパチは大手銀行に就職していたが、競馬好きが嵩じて仕事で不始末をしでかし解雇され、この業界に流れて来たのだという。

それに関してはシークレットということなので、ここでは触れないでおく。

とにかく話好きで仕事や人生論を語らせると2時間でも3時間でも延々と熱っぽく喋り続ける男である。

「拡張の拡という字は『手を広げる』と書くんだ。決まり切ったやり方ばかりしていてはダメだ。もっと柔軟に考えていろいろな方法を編み出さなければいけない」と語る姿は、まさに「金パチ先生」そのものだったという。

アイは好きだったが、キンパチを誉める者は誰もいなかった。あまりの暑苦しさに辟易していたからだろうとアイは考えていた。

もっとも、陰口を叩く者に言わせれば、言う事とする事がまるで違う、ええ加減な男だということらしい。

それを裏付けるかのような噂がキンパチには数多くあった。それについては、もう少し後で話す。

確かに、そんな一面を垣間見ることはあったが、それを差し引いてもキンパチはアイにとっては愛すべき魅力的な男だった。

もちろん、異性として魅力的という意味やなく、人としてである。

「レディース?」

「そうや」

当時、アイは、なぜ拡張員に女性が少ないのだろうと考えていたこともあり、面白いと思い、引き受けることにした。

団で求人募集をかけると、すぐに若い女の子が6人集まった。

アイは、その頃すでに超売れっ子芸人並に知れ渡っていたということもあり、客からの評判も良かった。

専業や他の拡張員が何度通っても門前払いされるような客ですら、アイが行けば簡単に契約してくれることが多かった。

そのアイの作ったレディースは当然のように評判が良かった。

ただ、他の男の拡張員たちに染まるとロクなことがないので、それだけは気を遣った。

拡張員の中には「てんぷら(架空契約)」やヒッカケ、「置き勧」といった業界で禁止されている行為を、さもこれが拡張のやり方だと言わんばかりに吹聴して実行する輩がいる。

男の場合は、これに脅して契約を取る「喝勧」というのもあるが、アイの作ったレディースには関係のないものやから、ここでは省いている。

何も知らない無垢な人間は、拡張の仕事とはそんなものかと、つい信用してしまう。それに染まると救いがなくなるからだ。

最初から「てんぷら(架空契約)」やヒッカケ、「置き勧」といった不正行為を禁止していれば誰でも、それが普通で当たり前だと思うようになる。

アイのように、そんな連中の中にいて染まらなかったのは奇跡と言っても良い。

もっとも、アイは最初から苦もなく契約があげられていたから、不正をする必要がなかったということもあるが。

アイはメンバーの女の子たちと他の拡張員たちが被らないように入店の手配をした。

万が一、現場で一緒になる他団の拡張員がいても適当に相槌だけして、あまり相手にしないようにと指導していた。

それが功を奏したのか、アイが作ったレディースには「てんぷら(架空契約)」やヒッカケ、「置き勧」を働く者は皆無やった。

それにはアイを筆頭に若くて美人揃いだったということもあり、アイが駆け出しの頃そうだったように、入店先の販売店が優遇してくれたことも大きな要素だった。

具体的には、その当時、拡張員に「留め押し(継続依頼契約)」をさせる新聞販売店は殆どなかったが、アイのレディース・チームだけは特別に「留め押し(継続依頼契約)」客を回すケースが多かったのである。

しかも、その大半が行きさえすれば誰でも契約できる客ばかりやった。

また「お越し(過去読者復活勧誘)契約」でも便宜を図って貰えたことも大きい。

「ここの客は他紙のサービスに釣られて契約したんや。その当時、うちは他紙とサービス合戦するつもりはなかったから、そのままになったけど、あんたら(レディース・チーム)は特別やから、少々サービスを奮発してもええさかい頑張ってや。ただし、このことは他の拡張員には黙っててや。言うたらあかんで」といった具合やった。

しかも、その店の店長や主任クラスの専業が車に乗せて、その客の家に横付けまでしていた。

一般的な拡張員の場合、過去読を勧誘する際、専用の地図、または住所などを印刷したデータを渡され、それを見ながら目的の家を探すわけやが、これが結構大変なことなんや。

いくら地図を渡されても不慣れな土地では勝手も悪く、都市部ならまだしも田舎の辺鄙な地域になると探しにくいこと夥(おびただ)しい限りで、目的の客宅を探すまでが一苦労するのである。

特に新人の場合は、普通に叩いていてもバンク内で迷子になるケースが多いから、よけいや。

また、陽が落ちて暗くなると懐中電灯片手に地図と客宅の表札を見比べながら目的の家を探さなあかんということにもなる。

これは想像より厄介なことで、実際にやった者しか分からん苦労やと思う。

それをしなくて済み、多くの客宅を廻れるというだけでも大違いである。

ただ、そうして連れていって貰ってもタイミングが悪いと、その目的の客が留守をしていて会えないということが、ままある。

そういうケースが重なると、店側が慌てる。アイのレディース・チームを坊主(契約ゼロ)にするわけにはいかない。そうなれば次に入店して貰えなくなるのやないかと勝手に思い込むからや。

これが男の拡張員なら「そういうこともあるわな」で済まされるやろうがな。

そんな場合、その販売店の人間ですら滅多に行かないという低所得者の多いガサと呼ばれる安アパートに連れて行き、いきなり何の勧誘もせず「商品券持ってきたから新聞3ヶ月入れんで」と言って契約書に判子を押させて帰るということをしていた。

これだけを聞くと強引な勧誘をしているように思うかも知れんが、その時の客たちはなぜか皆一様に喜んでいたという。

その販売店の人間は何も言わなかったが、どうやらその客にはタダで新聞を入れて商品券まで渡していると後に聞いた。あるいは、最初から集金ができないと承知していると。喜ぶはずである。

ちなみに、そういった地域は普段から拡禁(拡張禁止)に指定されていて一般の拡張員は勧誘できないようになっていた。

大きな声では言えんが、多かれ少なかれ販売店の人間は困った時のカード(契約)の作り方を知っているということや。

最悪の場合、販売店自体が「てんぷら(架空契約)」を作るというのも、そう珍しいことやないしな。

そんなこんなで、アイのレディース・チームが坊主(契約ゼロ)になることは殆どなかった。

アイの時が、そうやったように、どんな形であれ契約をあげることができれば自信がつく。その自信が、さらなる好結果を呼び込む。何もない平場の勧誘でもカード(契約)をあげられるようになるのである。

実際、アイのレディース・チームは成績が優秀で、新聞社内でもその実力が認められていた。

団の朝礼時には、そのレディース・チームを一目見ようと新聞本社の関係者や他の地域の新聞販売店の経営者たちが見学に来ることも多かったという。

そういった周りの環境が良いせいもあり、新人の女の子を育てやすかった。

また、アイも今までいかつい「おっさん」たちに囲まれていたのが、若い女の子の仲間ができたのが嬉しくて楽しかったという。

アイのような女性拡張員の話なら他に『第212回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■拡張の群像 その9 危険な美人新聞拡張員ハルカに恋して』や『第302回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■拡張の群像 その13 主婦拡張員、キョウコの憂鬱』(注1.巻末ページ参照)などがある。

またQ&Aにも『NO.14 女でも拡張員になれますか』(注2.巻末ページ参照)などもあるし、その他にも女性拡張員の方からの相談や質問も多い。

少なくともワシらが、このサイトやメルマガを始めた頃は女性拡張員というのは、それほど珍しい存在ではなかった。

しかし、その頃でもレディース・チームというのは、あまり耳にすることはなかった。その意味ではアイは先駆者と言えるのやないかと思う。

ただ「好事、魔多し」とは、よく言ったもので、アイのレディース・チームが長続きすることはなかった。

最初のレディース・チームは3年ほどで潰れた。正確には新聞本社に潰された格好になった。

アイの所属する拡張団そのものが廃団になったのである。原因は団長のキンパチにあった。

先にも言うたように、キンパチには様々な噂があった。それもかなり信憑性の高い噂が。

キンパチは「悪い奴や人を裏切る者は許せない」が口癖だった。人生論も熱く語る。新人のうちは、それに魅力を感じる者が多く、それなりにカリスマ性もあった。

身銭を切ってでも金に困っている団員に金を工面して貸していたという。当然、それに感謝する者も多い。

しかし、その一方で、「ピンハネ率が他の団と比べて高いから、そんなことができるんや」とか「その金の出所は新聞社で、キンパチは新聞社から金を引っ張るのが上手い」という批判も多かった。

ワシの知る限り、どこの新聞拡張団の団長にも多かれ少なかれ、そういった面があるのが普通や。

恩を着せて金を貸すのは、その拡張員をつなぎ止めるためのテクニックの一つやし、新聞社から何かと口実をつけ金を引っ張ることができるのも、その団長の力量があればこそやと思うとる。

まあ、批判する者にとっては、どんなことであってもケチをつけたくなるもんやけどな。それぞれの立場の違いで、そうなる。

団長は仕事が他の誰よりもできて当たり前やと、ずっと言い続けてきたがキンパチも、それに洩れず団での成績は常にトップやった。

特に特拡といって、特別なチームを作ってある地域で勧誘する時が際立っていて、その時の1位は決まってキンパチが取っていた。新聞社から出る賞金は、いつも独り占めだったという。

それ自体は悪くはない。問題はそのやり方にあった。

「奥さん、何か欲しい物がありますか? 何でも持ってきますよってに3ヶ月で良いから契約してよ」

「何でも良いの?」

「ええ、何でも」

「それじゃ、おばあちゃんの、オシメが欲しいんだけど、それを頂戴」

「分かりました。お安い御用です」

キンパチは、そう言うと近くのドラッグ・ストアに大人用のオムツを買いに走った。大人用のオムツは総じて高い。

3ヶ月契約の報酬程度では足が出る。それをキンパチは躊躇なく、やってのけるのやという。

新聞代を上回るサービスはいつものことで、拡張代と同じ金額の商品券を置いていく「置き勧」ばかりしていたらしい。
 
当然やが、団長と平の拡張員とでは報酬額に雲泥の差がある。その拡張団毎で違うが、1.5倍から2倍近くまであると言われている。

そのため、少々過度なサービスをしてもマイナスになるケースは少ない。

また、拡張報酬でプラスにならなくても、全体として契約数があがれば、それだけ新聞本社からの報償金や援助金が多く貰えるからキンパチとしては悪くはない。

ただ、それでは他の団員は納得しない。団員の一部がキンパチに何を言っても無駄と考え、新聞社の担当、および傘下拡張団で構成する協力会に直訴した。

結果、「置き勧禁止」の合意が為され、キンパチは、これ以降、特拡には参加できなくなった。

特拡には団員たちだけを送り出さなければならなくなり、それから歯車が狂い出した。

それまでは一部の団員だけしか知らなかったキンパチの置き勧やピンハネ率の多さが皆に知れ渡るようになった。

さらに、他の団員たちと話すことで、それまでのキンパチの行状も明るみに出るようになった。

それによると、キンパチは昔、水商売関係の店で働いていて、そこの金を持ち逃げしたことがあった。当然、被害届が出ていて窃盗の疑いで手配されていた。

ある日、キンパチは拡張中に泥棒を追いかけて捕まえ警察に引き渡したまでは良かったが、その時、身分照会で窃盗犯ということが発覚し、そのまま逮捕され留置場に入れられたことがあったという。

結局、当時キンパチが所属していた団の団長が、相当な額の保釈金を出し、相手と和解したことで事なきを得た。

その当時、その事は有名だった。

そう言えば、いつだったかキンパチが「泥棒を捕まえたことがある」と自慢げに言っていたことをアイは思い出した。

そんなわけで団員たちから不信感を持たれ、キンパチに反抗する派閥ができた。

そこへ持ってきて、新聞本社から新人をどんどん育てるからという名目で大金を引っ張り、その金を競馬につぎ込んで、バレて団が潰されたのである。

アイは、それを機に一旦、この家業から足を洗う決意をする。

アイの残したレディースのチームは、「留め押し」などの楽な仕事ばかりに走り、そのうち叩くことも止め、電話で「留め押し」するようになり、評判がた落ちになって、あっと言う間に潰れたと風の便りで聞いた。

結局、ちゃんとしたリーダーがいなければ男女を問わず、組織を維持することはできんということや。

キンパチはと言えば、新聞本社に潰されながらも食い下がり、また団を復活させるが、今度は販売店と金銭トラブルを引き起こし2年で、また廃団になる。

最後は、平の拡張員になったところまではアイも知っていたが、その後の消息は分からないと言う。

キンパチは、この仕事を辞める時がくれば田舎で市会議員にでもなって政治家になると言っていたが、今頃どうしていることやら……。

アイが拡張員時代のことを思い出す時、いつもそこにはキンパチがいた。

誰もキンパチのことをよく言う者はいないが、アイにとっては忘れがたい人間の一人に変わりはなかった。

アイを含めてレディースのチームは若い女の子ばかりやったから、世間並みの恋の騒動というのもあったという。

アイから寄せられた話で他にも面白い話がいくつかあるので、話せる時がくれば、また話したいと思う。



参考ページ

注1.第212回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■拡張の群像 その9 危険な美人新聞拡張員ハルカに恋して
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage19-212.html

第302回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■拡張の群像 その13 主婦拡張員、キョウコの憂鬱
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage19-302.html

注2.NO.14 女でも拡張員になれますか
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage10-14.html


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