メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第362回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2015. 5.15


■新聞販売店物語……その16 ある専業の疑問と憂鬱


「新聞販売店というのは、こういうところなのか?」

ダイキは誰に言うでもなく、そうつぶやいた。

ダイキが、カワウチ新聞販売店に専業として勤め出して3ヶ月になる。

数年前の学生時代、新聞配達のアルバイトをしていたことがあり、それなりに仕事については理解しているつもりやった。やっていく自信もあった。

しかし、実際に専業として勤め始めてみると配達のアルバイトをしていた頃とは大きく違うということを思い知らされた。

朝刊の配達については問題はない。アルバイト時代と大差ないからや。

専業は、新聞社の印刷工場から届けられる新聞を受け取る「紙受け」のために、毎日午前1時前後には店に出勤していなくてはならないというのは理解できる。

その後、アルバイトの配達員のために、前日パートの主婦が折込広告丁合機でセットした折り込みチラシを挟み込む作業もアルバイト時代やっていたことがあるから、それほど苦にはならない。

カワウチ新聞販売店は統合版だから夕刊の配達はないにもかかわらず、1日の仕事の拘束時間が長い。

ダイキの1日の勤務は、大体次のようになっている。

午前1時に「紙受け」のために出勤。その日、必要な部数の結束をほどき、残りは倉庫に直す。これは俗に「押し紙」と呼ばれている余剰紙だと思われる。

この作業は専業全員でするためもあり詳しいことは分からない。何も教えてくれないからや。

午前2時30分頃まで届けられた新聞の中へ折り込みチラシを挟み込む作業を行い、自身が受け持つ約400部の新聞を午前5時頃まで配達。

朝刊の配達が終わると午前11時まで休憩兼仮眠タイム。

午前11時に出社して店内外の掃除やバイクの修理点検、順路帳の変更や書き直し、住宅詳細地図のコピーと色分け作業などの雑務仕事が午後1時頃まで。

3日に一度の頻度で拡張員が入店するため、その案内を昼食後の午後2時頃から午後8時頃までする。

平均して3人の拡張員の案内を一人でして休憩らしき休憩はなし。

午後8時から午後9時までは監査の手伝い。主に契約者への電話とパソコンでの照会作業。

それが終わって夕食を摂り風呂に入って就寝する。

拡張員が入店しない日は、基本的にその時間帯は「止め押し(継続契約依頼)」や新規顧客確保のための営業をしなければならない。

毎月、25日から集金業務が始まる。受け持ち件数は800件ほどで10日ほどかかる。

その時に拡張員の案内も同時にしなくてはならないから、その間、夜の睡眠は殆ど取れない。

平均して1日の労働時間というか拘束時間は13時間ほどになる。

休みは月1度の新聞休刊日、および日曜、祝日になっているとは言うものの、それはその日朝刊を配った後、昼間の業務がないためや。

翌日の紙受けの午前1時までで丸1日の休みとは違う。これでは、翌朝の配達のことが気になって遠出など、とてもできない。

できる事と言えば、せいぜい映画を観ることくらいや。たいてい1日中寝ていることが多い。

それも、その日、拡張員の入店日や新築マンションの入居者を対象にした「内覧拡張」などの特拡があると消える。当然のように、それによる代休はない。

また、「止め押し(継続契約依頼)」や新規客の上がりが悪いと、その休みの日まで「営業しろ」と強制される。

それ以外の正月休暇、盆休み、ゴールデンウィーク連休といった世間一般にある長期休暇などは一切ない。

有給休暇も一応、形の上ではあるとのことやが先輩の専業に訊くと、誰も取ったことがないという。その分の買い取りも当然ないと。

給料は税込みで25万円。残業代は一切出ないので時給に換算すると最高でも約725円程度にしかならない。

特拡や営業のために休みが潰れると時給計算で700円を割り込む月もある。

税金と保険(雇用保険、社会保険)、寮費を差し引かれると手取りで月15万円ほどにしかならない。

ボーナスも殆どないとのことで、このままだと税込みの年収は300万円程度や。

専業を長く続けているという人に訊くと、これでも他の販売店と比べると良い方だと言う。これより悪い所はいくらでもあると。

ダイキは前職、自動車の部品製造工場で働いていたが、その時は週休2日で正月休暇、盆休み、ゴールデンウィーク連休なども1週間から10日ほどあり、有給休暇も含めると年間の休日も100日以上取れた。

それでいて、ボーナス込みで年収350万円ほどあった。

自動車の部品製造工場ほどきつい仕事はないと、その当時思っていたが、新聞販売店の仕事の過酷さは、それ以上だった。

今は過去に配達の経験があるというだけで飛び込んでしまったことを後悔している。

それについて、どう思うのかという質問がダイキからワシらに寄せられた。

その時にした回答がある。


回答者 ゲン


最近は店舗が大型化してきて各新聞販売店の従業員が増えたことにより、労働条件が改善されつつあるとは聞くが、全体として見た場合、まだまだ労働基準法をクリアしている業界とは言えない。

その中にあって、あんたが勤めておられる販売店は、あまりええ方の部類とは言えんと思う。

まず休日についてやが、一般的な新聞販売店の休みには、交代による週1度の『丸一日の休み』が多い。朝刊だけの統合版の場合なら朝刊も休みということやな。

具体的には、通常、8人以上の専業員のいる店なら、一人ないし二人は決まった区域を持たない専業がいて、残りの専業の配達区域を朝夕刊ともに配達する。

7人以下の専業しかいない場合は、店長がその交代要員になって、専業たちに1週間に1日の休日を取らすといった具合やな。

休日とは「労働の義務が一切ない日」のことを言う。

労働の義務が一切ないというのは、「使用者側が労働者に対して業務をさせてはいけない日」、言い換えれば、「労働者が労働から完全に解放されている日」ということになる。

休日には「法定休日」と「所定休日」の2つがある。

「法定休日」とは、労働基準法第35条で、


1.使用者は、労働者に対して、毎週少くとも1回の休日を与えなければならない。

2..前項の規定は、4週間を通じ4日以上の休日を与える使用者については適用しない。


と決められている。

また、労働基準法第32条には、


「1日8時間」「1週40時間(特定措置対象事業場は44時間)」を超えて労働させてはならない。


という規定がある。

ちなみに、ここで言う『特定措置対象事業場』とは、常時使用する労働者(パート・アルバイトを含む)が10名未満の事業所のことや。

あんたの場合は、これに該当する。

この労働基準法第32条では週に1回の法定休日を取得するため『1日8時間労働×6日=48時間』ということになるが、労働基準法第35条やと、『週40時間ということになり、矛盾が生じる。

そこで、法定休日に加えて、もう1回の休日を増やす使用者(会社)が多い。これを「所定休日」と言う。

これだけを聞くと労働者のためにしていることのように思われがちやが、こうしないと『週40時間をオーバーする時間分について「割り増し残業手当て」が発生して使用者(会社)側の負担が大きくなるさかい、それを回避するために考え出されたものなわけや。

週休2日制の多くが、そうなっている。公務員なんかは国の方針やが、一般企業の多くは、それに乗っかっているケースが多い。

これは、その事業所単位で決めたら良いとなっている。休日を与えるのか、その分の割り増し賃金を与えるのか、いずれかの選択をすればええと。

この休日の単位は「日」で、午前0時から午後12時(深夜0時)となり、その間にわずかでも仕事をさせると休日を与えたことにはならない。

あんたは『日曜、祝日は日中の業務がないので、朝刊が終われば休み』と言われているが、厳密には、それは休日には当たらんということや。

『拡張員の入店日や新築マンションの入居者を対象にした「内覧拡張」などの特拡があると消える。当然のように、それによる代休はない』というのは論外な話や。

そんな理屈は通用しない。

従業員に、ちゃんとした休日を与えないというのは違法行為ということになるが、その店の経営者には、おそらく、そんな意識は微塵もないものと思われる。

むしろ、これが、この業界の常識やというくらいにしか考えとらんと。

従業員の休みには『年次有給休暇』というのもある。新聞販売店には、『年次有給休暇』など関係がないと思われがちやが、そんなことはない。

『年次有給休暇』については、前職で『自動車の部品製造工場』として勤務されておられたということのようやから、よくご存知やないかと思うが、念のため言うとく。

労働基準法第39条で、雇用者は労働者が6ヶ月以上働き、その就業日の8割以上出勤した場合には、6ヶ月経過後には、その後の1年間に10日間の有給休暇を与えなければならないと決められている。

これを年次有給休暇という。一般で有給休暇と言うてるものや。                      
その10日は連続で取っても分けて取っても構わんとされとる。基本的には労働者はいつでも自由に有給休暇をとることができる。       

但し、業務に重大な支障が生じる場合に限り、他の日に振り替えさせることのできる時季変更権というのがある。

時季変更権というのは、その日を他に振り替えてくれと言えるだけで、その年次有給休暇自体を与えないということは認められていない。それをすれば違法行為になる。
 
つまり、これを理由に、労働者がこの年次有給休暇を請求しても、まったくその要望に応えない、無視、あるいは拒否するということは許されんということや。

この年次有給休暇を得る権利を形成権と言い、労働者側の一方的な意思表示で当然に成立するとされているもので、使用者が許可や承認をして成立するような性質のものではない。

法律上も堂々と取れる権利なのやが、実際にはそれを認める新聞販売店は殆どないようや。

『有給休暇も一応、形の上ではあるとのことやが先輩の専業に訊くと、誰も取ったことがないという』ということになると、違法性という点では微妙なところやと思う。

基本的に有給休暇の申請は労働者がせなあかんことになっているからや。

『有給休暇も一応、形の上ではある』にもかかわらず、それを放棄したということになれば、労働者の落ち度と判断される。

まあ、そういった雰囲気を作り出すことで、実質的に有給休暇を取らせないように仕向けとるのやとは思うがな。

残念ながら、それがこの業界に多い実態やろうと思う。

昔からの慣習で、販売店の従業員には、この業界には休みはないという考えが定着しとるのと、有給休暇がないのは当たり前みたいな雰囲気が蔓延しとることで、多くの専業の人たちがあきらめとるのやろうな。

これを正常な状態に戻すのは、その販売店の従業員全員がその意志を示す必要があるのやが、それには相当な覚悟が必要になる。

正当な権利は、本来、正当に請求できなあかんものや。

しかし、この業界でそれをすると間違いなく、その販売店はあんたを排除しにかかるやろうと思う。

実際、そうされて退職に追い込まれたというケースもある。ただ、それでもあきらめずに裁判で争って勝訴したという人もおられるがな。

この業界は、契約者と新聞販売店との裁判での争いは殆どないが、従業員と販売店との労働争議というのは結構ある。

残念やが、この業界で慣習となっていることに異論を挟み、正論を唱えて正当な権利を得ようとするのなら、そこまでの覚悟を決めなあかんケースが多いということや。

そのあたりのところがもっと改善されなければ、新聞業界全体の地位向上はないやろうと思う。

結論として、あんたの場合は、労働者に与えられた休日に関するすべての権利を行使していないと言わざるを得ないということや。

あんたのその仕事ぶりから、推察するに相当多額の「超過残業代」を請求できる可能性が高いように思う。

実際、あんたと似たケースで、その手の労働争議を起こして多額の「超過残業代」を得た人もおられると聞くしな。

もっとも、それについてはワシがどうこう言えるもので、そうしろと煽るつもりもないから、どうするかは、あんたの方で考えて貰うしかないがな。

収入面については、それぞれの販売店で違うさかい一概に、どうこうはワシの方からは言えんということや。

今の待遇に不満があり、現状を打破したい、もっと待遇を良くしたいと考えられるのなら、その経営者と交渉されるしかない。

その交渉の結果次第で、今後どうされるのかを判断されたらええのやないかと思う。

現状に納得して続けられるのも良し。法律に違反しているから改善を要求するのでも構わないということや。

但し、その場合は揉めて最悪の場合、労働争議、あるいは退職ということまで考えなあかんことになるかも知れんがな。

それらすべてを含めて、どうされるか、もう一度よく考えられることや。ワシからのアドバイス、意見ということなら、それしか言えん。


その後、ダイキからの返答がないので、どうしたのかは分からないが、同じような不満や悩みを持たれている専業の方は他にも多いと思う。

また、新聞販売店の経営者として言いたいという方もおられるはずや。

物事は、どちらか一方が愚痴っているだけでは、どうにもならない。

お互い言いたいことを言い合って、少しでも良い方向に持っていくことがベストなんやが、残念ながら、この業界にそうしたシステムや機会はない。

たいていは、どちらか一方の思惑で押し切る、あるいは決裂してしまう。それではいつまで経っても業界の地位向上はないと思う。

その場がなければ、ここに意見を届けて欲しい。届けられた意見は、こうして読者の方々に問いかけてみるさかい。

このメルマガの読者は業界関係者ばかりではなく一般読者の方の方が多いくらいなので、その意見や反応を拝聴することで得られることも多いのやないかと思う。


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