メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー
第373回 ゲンさんの新聞業界裏話
発行日 2015. 7.31
■新聞復活への試み……その4 新聞の海外進出の可能性について
ワシは、日本の新聞は日本国内でしか読まれないから、海外進出などできんと考えていたが、あながち、そうとも言えんのやないかということを最近になって知った。
やり方次第では、新聞の海外進出には大きな可能性が秘められているのやないかと。
そう思わせる報道があった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150723-00050119-yom-bus_all より引用
日経新聞、英紙フィナンシャル・タイムズ買収
日本経済新聞社は23日、英教育・出版大手ピアソンから、英経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)を発行するフィナンシャル・タイムズ・グループを買収すると発表した。
8億4400万ポンド(約1600億円)で全株式を買収する。日経新聞はFTグループの買収により、世界的な事業展開を目指すとしている。
ピアソンが同日開いた取締役会で了承した。FTグループが保有する英誌エコノミストの株式(50%)や、ロンドンのFT本社ビルは売却の対象外。ピアソンは主力の教育事業に注力する。
FTは1888年創刊で、1957年にピアソンの傘下に入った。FTによると、有料読者数は73万7000人で、このうち電子版が約7割を占めるという。経済報道で定評があり、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙と並び称される。
ピアソンのジョン・ファロン最高経営責任者(CEO)は23日、「携帯電話とソーシャルメディアにより、メディア業界は転換点を迎えた」との声明を発表した。
日経新聞は、新聞発行を中核とする事業持ち株会社で、2014年12月期の連結売上高は3006億円。日本ABC協会によると、日経新聞の今年6月末の朝刊発行部数は約273万部。電子版の対応を強化しており、同社によると有料読者数は43万人という。
というものや。
正直言うて、ワシは、この報道には驚いた。予想すらしてへんかったからや。もっとも、それはワシだけやなかったとは思うがな。
日経新聞がフィナンシャル・タイムズ紙を買収したというのは多くの報道関係者の予想に反した電撃的なことのようで、世界中に大きな衝撃を与えたニュースとして伝えられ報道されている。
フィナンシャル・タイムズ紙は、2014年度の決算で、3億3千4百万ポンドを売り上げ、2千4百万ポンドの営業収益を生み出している。
下降気味な世界のメディア業界の中にあって優良な部類の経済紙だと言える。
その点から言っても赤字で困っているという状況とは考えにくいから、売却する理由と必然性に乏しいものと思われる。
事実、2013年までピアソンのCEOだったマジョリ・スカルディノ氏は、過去、幾度となく持ち上がったフィナンシャル・タイムズ紙の売却話に対し「私がいる限り、絶対に売らない」と事ある毎に否定してきたという経緯もある。
その根拠になっていたのが経営の健全性や。
ところが、スカルディノ氏から現CEOファロン氏に交代したことにより、情勢が一変した。
また日経新聞の方でも今年の3月から、新会長と新社長が誕生して新体制になったということもある。
物事に劇的な変化が起きるのは得てしてそういった状況の時に多い。新しいトップが、自身をアピールする狙いも加わるのやろうな。
もちろん、それだけで買収劇が行われたのやないとは思うがな。
どちらも経済紙で、電子版で成功している数少ない新聞である。読者層も企業経営者やそこで働く社員が多いといった共通点がある。
但し、双方には異なる文化の違いもある。
「権力に挑戦するジャーナリズム」がイギリスの新聞の基本姿勢とされとるが、日本の新聞の場合は、その時々で違う。
権力と戦うこともあれば権力に阿って与することもある。さらには世論に流されるということも起きる。
日本では、それを「是々非々」と考え、必ずしも悪い意味として捉える人は少ない。
日本の新聞の中には権力に対して一定の理解を示したり、世論に阿った報道をしたりするケースが時々散見するが、欧米では何物にも敬意を表さないことが美徳とされ信条としている新聞社が多い。
『日本の新聞の中には権力に対して一定の理解』を示すものというのは要するに政府寄りの見方をする右翼系の新聞のことで、『世論に阿った報道』をしがちなのは政府に批判的な左翼系と呼ばれる新聞のことや。
具体的には政府寄りの見方をする右翼系の新聞とは全国紙のY新聞とS新聞で、政府に批判的な左翼系の新聞というのはA新聞とM新聞を指す。
最近、その違いを端的に表すケースがあったので、それを紹介する。
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS26H28_W5A720C1PP8000/ より引用
首相補佐官「法的安定性は関係ない」 安保法案巡り反論
礒崎陽輔首相補佐官は26日、大分市で講演し、安全保障関連法案について法的安定性を損なうとの批判があることに反論した。
「法的安定性は関係ない。わが国を守るために(集団的自衛権行使が)必要かどうかが基準だ」と述べた。
発言は安保環境の変化に立脚した議論が必要との考えを示したものとみられるが、法的安定性を軽視したとも受け取れる言い方で、野党の反発を呼びそうだ。
というものや。
これに対してはA新聞とM新聞は当然として、大半の地方紙が礒崎陽輔首相補佐官の「法的安定性は関係ない」という発言を一面で大きく批判的な論調で報じている。
しかし、Y新聞では、『医薬品保護 米が譲歩』、『「TPP7〜8年で調整」』という見出しの記事が一面トップやった。
TPPの問題が小さいとは言わんが、医薬品問題で日本政府がアメリカの僅かな譲歩を勝ち取ったという程度の話をトップ記事に持ってきたことで、Y新聞が如何に現政権寄りなのかが、良う分かるやろうと思う。
これでは御用新聞と言われても仕方ないのやないやろうか。
他紙の大半が大々的に報じている礒崎首相補佐官の発言に関しては4面で体裁程度に小さな記事が載っているだけやった。
これは日本の新聞がよくやる手口で、新聞社として報じたくないような記事でも「報道しましたよ」と言えるアリバイ作りのためだけに、そうしているわけや。
しかも、その記事には、礒崎陽輔首相補佐官の発言を批判するどころか『一方、自民党内では「礒崎氏の発言は法案の必要性を訴えたに過ぎない。批判は、野党による言葉狩りだ」(ベテラン議員)と反発する声も出ている』という記事まで掲載して擁護する愚まで冒している。
この記述でY新聞は墓穴を掘ったとも言えるさかいな。それは、こう報じたことで、礒崎発言は間違っていないという政権与党の本音、内閣の姿勢を暴露した形になったからや。
今や政府与党の中には「新聞はY新聞さえあれば十分」と公然と言い放つ議員たちも多い。
それもあり、現政権内部の本音を知ることのできる数少ない新聞社がY新聞なわけや。
言葉や文章というのは正直なもので、擁護しようとすればするほど、その真意や本音を知っていると、ついそれが顔を覗かせて書いてしまうもんなんや。
Y新聞の記者や編集者が、そのことに気づいているのかどうかは分からんが、今回の記事は、それが如実に表れた、ええ例やと思う。
同じ御用新聞と目されているS新聞は、Y新聞とは違い、『続く礒崎発言の余波、自民が公明に陳謝』と礒崎発言に対して批判的な記事を載せることで自民党のイメージを低下させないようにとの配慮が見て取れる。
もっとも、肝心の安倍首相は発言に関してはお咎めなしの姿勢を貫いているさかい、その援護が擁護になっていないがな。
却って、その記事があることで安倍首相の対応の悪さを際立たせる格好にしかなっていない。
いずれにしても安全保障関連法案に関しては、Y新聞とS新聞が権力に対して一定の理解を示した新聞ということになり、その他の大半の新聞が世論に与した批判的な論調になっていると言える。
すべての事柄が、そうやとは断言できんが、少なくとも海外から見た日本の新聞は、フィナンシャル・タイムズ紙に代表される「権力に挑戦するジャーナリズム」とはほど遠いという印象が強いのは確かやと思う。
日本のジャーナリズムは権力にも世論にも弱いと。主体性に乏しいと。
その違いから、フィナンシャル・タイムズ紙の独立性が失われるのではないかという懸念が取り沙汰されたという。
しかし、フィナンシャル・タイムズグループのジョン・リディング会長は「編集の独立権問題は交渉の中で重要な位置を占めた」と話している。
つまり、買収はされても、編集の現場には一切口出ししないと約束させたというわけやな。
その約束が守られる確率は高い。
日経新聞がフィナンシャル・タイムズ紙を買収した目的は違うところにあるさかいな。
日経新聞を知らない者は日本には殆どおらんやろうが、世界的な認知度となると、それほど高くはない。
日本国内では経済に特化した新聞という特異性はあっても所詮、海外進出などできない日本の新聞の一つという認識でしかなかったかと思う。
それが、今回の買収劇で日経新聞の名前が一気に高まった。世界的に認知されたと言っても良い。
これにより、日本国内に与えるインパクトも相当に大きいものがあると考えられる。
下世話な話になるが、この買収劇の後、日経新聞は紙、デジタル共に相当数の部数増が見込めるはずや。
現在、日本では新聞の部数減に歯止めがかからん状態になっている。
それには、若い世代の新聞離れが顕著で、最大の理解者であり購読者が高齢者やという現実があるためや。
残念ながら、高齢者の方々は年を追う毎に亡くなられ、数が減少する。それに依存している日本の新聞も同じように部数が減少しているのが実状や。
しかし、事、日経新聞に関しては、それが当て嵌らんようになる可能性の方が高くなった。
もともと、日経新聞の読者層は、他の新聞のように高齢者主体やないというのもあって他紙と比べれば部数減に関してはマシな方やったが、それでも「新聞離れ」の影響は受けていた。
ところが、今回の買収劇で新聞を読まないと言われている無読者層ですら「日経新聞なら読んでみようか」という人たちが表れ増えると期待できる。
その昔、今もそうかも知れんが、ビジネスマンが通勤電車の中で、日経新聞を手にしていることが一つのステータスと考えられていた時代があった。
本当に内容を理解して読んでいるのか、どうかは怪しい限りやが、少なくとも読んでいる、もしくは読む格好をしている当人にはかなりの優越感があったようや。
自分を実際以上に賢く見せるアイテムとして持ち歩いている人間もいてたという話は良う聞いたさかいな。
それが、今回の買収劇でさらに、そういった人たちが増えることが予想されるということや。それが流行になりブームになる可能性が高いと。
もちろん、それが悪いと言うてるわけやない。
新聞を売り込む側の建前としては、新聞は読むために購読して欲しいとは思うが、買った新聞をどう役立てようが、それは購入者の自由や。
もともと新聞購読者で新聞を隅から隅まで読んでいるという人は、ほんの一握り、良くて1割程度くらいなもんやさかい、今更買った限りは読めと言うつもりもないしな。
よほどの事件や出来事でもない限り、大半の人が、その日の『ラ・テ欄(ラジオ・テレビの番組欄)』見て終いというケースが圧倒的に多い。
有り難いことに、それでも新聞は「押し紙」や「積み紙」といった余剰発行部数を除外したとしても7割以上の家庭で購読して頂いているのは間違いのない事実や。
それには新聞が他国に比べて生活に根付いているという点が大きいように思う。
特に高齢者の方にとっては、子供の頃から新聞がそこにあって当たり前という生活を長く続けてきたから、よけいや。
読まない新聞など必要ないと考える合理的な高齢者の方でさえ、ある日、突然新聞が配達されなくなると途端に不安になって再び新聞を購読されるケースが実際に多いさかいな。
日経新聞が海外進出して成功するか、どうかは、今のところ何とも言えんが、少なくとも国内外に与える影響を考えれば成功する可能性があることだけは確かやと思う。
現在、新聞業界は世界的に見ても斜陽産業になりつつある。これは紛れもない事実や。
2007年には、世界最大の経済紙ウオール・ストリート・ジャーナル紙がニューズ・コーポレーションに買収され、2013年にはアマゾンが米ワシントン・ポスト紙を買収している。
世界有数の名紙と言われた新聞社ですら単独経営は難しい時代に突入していると言える。身売りは必然的な流れになっている。
ただ、それぞれの新聞社は買収により息を吹き返している。それには買収した側のメリットが予想以上に大きかったからや。
日本には「腐っても鯛」という格言があるが、名声と信用度というのは、いつの時代でもビジネスにとっては大きな要素になる。
それを買収で得たと考えられるということや。
名声と信用を得るチャンスがあるのなら金を惜しむべきやない。名声と信用への投資は絶対に損にはならない。ワシは、そう信じている。
他の世界的な新聞に目を向ければ、まだまだ同様の買収を行える余地があるのやないかと思う。
さすがに、地方紙で海外の新聞社を買収するのは厳しいやろうが、他の全国紙なら資産、経済的な面から言うても、まだその余力が十分残っているはずや。
このままでは、はっきり言うて日本の新聞は下降の一途を辿るしかない。いずれは消滅の憂き目を見ることになる。座して死を待つだけやと。
そうなる前に、一か八かの勝負に出るのも一つの手やと思う。日経新聞のようにな。
日本人は、良くも悪くも流行やムードに流されるケースが多い。
ネット中心の人たちが新聞を不要と考えたり嫌ったりするのも、突き詰めれば、流行やムードに流される影響が大きかったからやと考えられる。
そうであるなら、その彼らの思考を流行やムードで変えれば、ええという理屈が成り立つ。
今回、日経新聞がフィナンシャル・タイムズ紙を買収したことで、一気にその名を世界に轟かせた。
それを誇らしく思う日本人もいとるはずや。それがブランドとなり得る可能性がある。
つまり、日経新聞がブランドと化し、それを購読することが流行になるかも知れんということや。
一般的に海外進出というと、現地で活動して利益を得んと意味がないと考えがちやが、新聞の場合は、それに拘る必要はない。
今回の日経新聞のように、海外の有名な新聞社を買収することでブランド化に成功すれば、現在進行している部数減に歯止めをかけることが可能になる。
引いては、それが利益増大に直結する。
もちろん、それは可能性の話で、今後日経新聞のケースが上手くいくか、どうかも未定やさかい何とも言えんが、新聞の復活を本気で願うのなら、検討してみる価値くらいはあるのやないかと思う。
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