メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー
第391回 ゲンさんの新聞業界裏話
発行日 2015.12. 4
■新聞業界異聞物語 その2 ある特殊新聞集金請負人からの質問
ムカイは3日ほど前から足の痛みに悩まされていた。朝起きる時、異様な痛みが襲ってきて立ち上がるのに四苦八苦した。
最初は前日に、孫と久しぶりにサッカーボールで遊んだために筋肉痛にでもなったのやないかくらいに軽く考えていた。
ほっといても、そのうち治るだろうと。しかし、治るどころか日に日に悪化していき、ついには普通に歩く程度でも激しい痛みを感じるようになったのである。
このままでは拙いと考え、近所の外科医院に行って診て貰ったが、レントゲンを撮っても骨に異常はなく、筋肉の炎症も見られないということで、整形外科では原因は分からなかった。
念のため神経科でも診て貰ったが、そこでも特に異常は認められないという。もっとも、神経的なものは、そう簡単には分からないとのことやったが。
取りあえず、継続診療で様子を見ようということになり、今は痛み止めの薬を貰って飲んでいるとのことや。
ムカイは、若い頃からラグビーやサッカー、草野球などを続けていたから体力には自信があった。
5年前、ムカイは定年退職したのを機に、新聞の折り込みチラシで募集していた近所の新聞販売店で集金人のアルバイトを始めた。
任されたのは50棟、約2千戸が入居している公営の集合団地やった。1棟が5階建てでエレベータはなく、2戸1の階段で上るオーソドックスな古い団地である。
最初は、全国紙のA新聞の300軒分だけやった。しかし、その後、全国紙のY新聞やS新聞、地方紙のK新聞の販売店から依頼を受け、今では千軒を遙かに超している。
どの新聞販売店でも階段の昇り降りが、きついという理由で集金人が長続きしないため、A新聞で1年近く集金を続けているムカイに依頼が集まったのである。
1軒当たり180円の報酬を貰えるということもあり、月にして20万円近い収入になる。定年退職後のアルバイトとしては悪くはない。
しかも集金業務は、毎月25日から翌月10日までの約半月ほどするだけで良く、1日に70軒から多くて100軒ほど回れば済む。3棟〜5棟程度や。
時間帯は、家々に電気が灯って在宅が確認しやすい午後6時から午後10時にするくらいで終わる。
つまり、半月ほど日に4時間程度働くだけで還暦を超えた人間が20万円近く稼ぐことができるのである。その頃、ムカイはおいしい仕事だと思っていた。
ただ、ムカイは「新聞業界のことは詳しくは知りませんが、私のように複数の新聞販売店の集金をしていても問題はないのでしょうか?」という疑問が湧き、ワシらに質問してきた。
同じ棟内で「A新聞の集金に来ました」と言っておきながら、そのすぐ隣の部屋へは「Y新聞の集金です」と言って何食わぬ顔で集金しなくてはいけないのである。
今は慣れてしまい、どうということもなくなったが、初めのうちは節操がなさすぎるのではないかと悩んだという。
一つの企業、会社に忠誠を尽くすことが、当たり前だと考えて生きてきたから、よけいに、そんな気持ちになると。
他にも同じようなことをしている人はいるのかと。一般から変に思われはしないかと。また業界として、こんなことが許されるのかと。そして、これ以上、病状が悪化した場合、穏便に辞めることは可能なのかと。
ワシらは、それらの質問に対して回答を送った。
ムカイの場合は、1軒当たりの成功報酬が決められている完全な請負業務のようやから、形の上では独立した請負業者ということになる。
請負業者であれば複数の業者、この場合、新聞販売店からの依頼を遂行することについては特に問題ないと思う。
ムカイの話では、すべての新聞販売店が承知の上ということでもあるしな。
『他にも同じようなことをしている人はいるのか』ということやが、数年前にもムカイと似たような集金業務をされているという主婦の方からメールを貰ったことがある。
その一部を紹介する。
私は請負業に入るかと思いますが、ちょっと特殊で仕事の7割は団地を回ってます。
A新聞の販売店に雇われつつ、Y新聞の2店舗、他にも2社の新聞販売店から集金の仕事をさせてもらってます。
同じ階段を登るならと言う理由で、まとめて区域毎に集金人が回り、後で分けて納金する方法で、170円を各社からA新聞の販売店に払い、そこから私達には140円が給料として支払われます。
ボーナスも年2回あり、1回につき7万5千円ですからアルバイトとしては悪くはありません。傷害保険や厚生年金にも加入して貰っていますし。
バツイチで 子ども二人抱え、週に五回、昼間は9時から1時までレジのバイトをしてるので、集金時期は目のまわるような忙しさですが、げんさんに仰って頂いたことを胸に刻み、今日も又三件の集金を控えてますが、頑張って集めようと思っています。
と。
こういう例があり、上記の主婦の方も複数でされておられるということやから、特別珍しくはないのかも知れんが、正直、ワシは、その主婦とムカイの話以外の実例は知らん。
『他にも同じようなことをしている人はいるのか』という質問の答えはイエスやが、希な事例やと言うとく。
集金人は、たいてい店舗毎に雇われるのが普通やさかいな。もしくは、そこの従業員がしているかや。
『一般から変に思われはしないか』というのは、そう思う人もいるかも知れん。ただ、ちゃんとした正規の領収証を渡していれば問題ないのと違うかな。
まあ、不審がる人には「この辺りの新聞の集金は私に一任されていますので」とでも言うといたらええやろうと思う。嘘やないんやから。
『業界として、こんなことが許されるのか』というのも、それで問題なく何年も続けているのやから『許されている』と解してええのやないかと思う。
ただ、客と揉めてトラブルになった場合は厄介なことになりそうやがな。
一般購読者は集金人と揉めると、ほぼ確実に当該の新聞販売店か新聞社に苦情を言い立てる。
普通は、事の善し悪しに関わらず「お客が怒っているから、取りあえず謝ってくれ」、あるいは、その販売店が「どうも済みませんでした。担当の者にきつく言っておきます」と謝って終わりにするケースが多い。
そして、その客への集金担当者を変更するのが常道とされとる。
しかし、ムカイの場合は、代わりの者がおらんのでそれができん。それもあり客からの苦情を、そのままストレートには伝えにくいのやないかと考える。
「それなら、その家の集金は、そちらでしてください。私としては、そんな客からの集金は引き受けかねます」とムカイに言われかねんさかいな。
人手が足りない、やり手がいないということで任せているわけやから、代わりの集金人を見つけることが難しいということもあり、立場は圧倒的にムカイの方が強いものと思われる。
これは新聞社と合配店との関係に似ている。新聞社と新聞販売店とでは圧倒的に立場は新聞社の方が上や。しかし、合配店となると立場が逆転する。
新聞社は専属の販売店には、「仕事をさせてやっている」と強気やが、合配店に関しては「新聞を配達してください」といった感じで低姿勢にならざるを得ない。
その新聞社に、その地域で新聞販売店を作れ、その希望者がいるのなら、あるいは強気になれるかも知れないが、その地域で、それができんから合配店のように、すべての新聞の配達と営業をしている販売店に任せるしかないわけや。
その状態で合配店に配達を断られれば、新聞社として最もやってはいけない購読者への「不配」という不名誉な事態に陥ることになる。それも1軒や2軒ではなく相当な数に上ると予想される。
新聞社は、それだけは絶対に避けなあかんから合配店の言いなりになるしかないわけや。少々の苦情程度では合配店に対して強くは言えないと。
ムカイの場合も似たようなことが言える。
普通、客は集金に来た人間が気に入らず、謝罪もなければ「お前のところの新聞を辞める」と言えば終わるが、ムカイの場合は、そうはいかない。
例え、地域で、その新聞の購読を止めたとしても他の新聞を購読することになれば、やはり集金人はムカイしかいないからや。それでは何の解決にもならない。
今のところムカイから客とトラブルになったという話は聞かんが、万が一、そういう事態にでもなれば双方が、かなり辛いことになると思う。
まあ、揉めなければ関係のない話やけどな。
『これ以上、病状が悪化した場合、穏便に辞めることは可能なのか』というのは、ムカイの今後の症状次第やと思う。
病気や怪我で仕事ができんようになったら、物理的に続けることなどできんやろうから、辞めるしかないわな。
また、それぞれの販売店も動けない者に鞭打って、やらせるわけにもいかんやろうから受け入れるしかないと思う。
いついつまでに治るという目処がついているのなら、その間だけ、それぞれの新聞販売店で集金人を仕立てて継ぐという手もあるが、ムカイが続けられんとなったら、新たに集金人を確保するしかない。
どんな仕事もそうやが、一人の人間に任せていたら、そういうことも起きると承知してなあかん。
本来なら、そうなった時のバックアップは、それぞれの販売店が考えてなあかんことや。まあ、それができんから、ムカイ一人に今まで任せてきたのやろうがな。
ムカイには「仕事云々のことを考えるより、まずは自分の症状を改善することを優先した方がええ」と伝えた。
現時点では、「薬を飲みながら頑張れるだけ頑張るつもりです」とのことやった。本人が、そう決めているのなら、ワシからは、これ以上何も言うことはない。
ただ、ワシの提案として、ムカイが続行不能になった場合は、「銀行引き落とし」や「コンビニ払い」に変更したらどうかと思う。
今日び、「銀行引き落とし」や「コンビニ払い」やなく手集金に拘っているのは新聞購読料の集金くらいのものやさかいな。時代遅れも、はなはだしい。
新聞販売店が、手集金に拘る理由としては、それでないと顧客との縁が薄れ、契約の継続が難しいと考えとるからやが、ムカイに関しては、それは関係がない。
ムカイの話では集金のついでに勧誘など一切してへんということやった。
それも無理もない話で、新聞を勧誘する目的の大半は現在購読している新聞の変更を依頼することやが、すべての新聞の集金を請け負っている身で、そんなことをすれば収拾がつかんことになるのは目に見えている。
例え「継続依頼」に限定したとしても、客から「他紙に変更したい」と言われれば、それに応じるしかないやろうし、そうなれば変更された販売店は、快く思わんから揉めることが考えられる。
今の状態なら、「新聞の継続や変更については、販売店に相談してください」と言うて逃げられるし、実際そうしとるとのことや。
そうであるなら、その公営の集合団地に限っての話でもええから、「銀行引き落とし」や「コンビニ払い」に移行すべきやと思う。手集金にする意味が、まったくない状態やさかいな。
ムカイのケースは、今後次第で違うてくるので、続編として話せるようになれば話したいと思う。その時には、苦労話も一緒に教えてくれるとのことやさかい。
こういったケースでの苦労話と言えば、数年前にメールをくれた主婦集金人さんから聞いた話があるので、この際やから差し障りのない範囲で話したいと思う。
ほぼ原文のままや。
苦労話は、いろいろありますゎ。
いろいろなお客さんがいて、やりにくい事もありました。
そのお客さんを担当してた区域の集金人がどうして集金するのが無理とのことで、私が担当することになったことがありました。
娘さんが私の区域に居て、遅れながらもなんとか、その母親の代わりに新聞代金を払っていました。
その娘さんが毎月二軒分の支払いをすることになって、ちょっとずつ遅れだし、ついには溜まるようになりました。
私にしたらちょっと気の毒にも思いましたが、店には集金できないと伝えるしかありませんでした。
店の担当が行ってもやっぱり集金出来なくて、私の名前で残証がどんどん増えていったんです。
そうこうしている内、その母親と娘さんは黙って引っ越ししてしまいました。
月々4千円の事ではありますが、倍々の数ヶ月にもなるとやっぱり凄い金額になります。
払えなくなった事情も分からなくはありませんが、それでも毎日朝晩に配達している配達員さんのご苦労を考えると、なんとも言えない気持ちになりました。
その人それぞれに生活があり、考え方も違う。でもボランティアで新聞を売ってるわけでもないので。
あと本当に苦労した話ですが、団地にお住まいのお客さんが新しい団地に引っ越しされる時、もの凄いプレッシャーを感じました。
それを過去に四回ほど経験しました。
お客さんたちは、それぞれ引っ越しの日にちが違うんです。エレベーターが込み合うのも理由の一つみたいです。
新しい団地の次の住所を言わないお客さんも中には居られますし、これを機に黙って辞めて集金もまだのまま引っ越しされた人もいました。
目と鼻の先ほどの距離に転居した方もいれば、転居を機に更なるサービスをねだる人など色々いました。
何が大変って、いついつに引っ越しをすると聞いたら、それまでに絶対に集金を終えないと貰えない可能性が高いということです。
それがものすごいプレッシャーでもありました。
土日くらいしか家に居ない独り暮らしのお客さんを朝から張り込み、集金することもありました。私は取り立て屋かと自問自答しましたね。
あとは他の集金人が辞めて私がその人の分の仕事を受け、今まで 25日にここを回ろうと考えてたのが、辞めた集金人が同じように25日に回ってた客から、「前の人は必ず 25日には来てたのに」と言われるのが辛かったですね。
同じ日に何百軒も集金に行くことなんか所詮無理なんでね。
それに加えて日にちを指定したお客さんは絶対に回らなければいけません。
500軒の場合には500軒の回り方を、700軒に増える700軒の回り方をしないとこなせないし、増えるのはお客さんには関係ない事ですから。
要は初めの月末迄に1日100軒のノルマをこなしながら尚且つ、日にち指定のお客さんをこなす。そしていつでも貰える商店なんかは月が変わってからでもいいと割りきり、とにかく数をこなすを一心に考え回ってます。
こんなとこが今まで苦労した話で、毎月の事ですがプレッシャーに感じる部分の話です。
ということやった。
ワシらはサイトと、このメルマガを初めて11年以上になり、それなりに新聞業界のことについては詳しくなったつもりやが、それでも知らんことが多いというのを今更ながらに痛感した話やった。
もっとも、せやからこそ、飽きもせず続けられているわけやけどな。
今後も、こうした変わった事、話があり次第、また知らせるつもりや。
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