メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー
第393回 ゲンさんの新聞業界裏話
発行日 2015.12.18
■クリスマスとサンタクロースの関係……その光と影と真実
今年は、ちょうど一週間後の木曜日の12月24日が、クリスマス・イブや。
このメルマガでは、クリスマスを迎える最も近い日のメルマガ発行日に、毎年クリスマスに因んだ話をしている。
早いもので今年で、もう12回目になる。
新聞業界とクリスマスは、あまり関係がない。関係ないのに、なんでその話をするようになったのか?
もちろん、そのきっかけはある。辛く悲しい話……というほどでもないが、始まりは夢とかファンタジーとは縁遠い理由からやった。
新聞拡張員にクリスマスはない。クリスマスの夜も当然やけど普通に仕事をしとるさかいな。
その当時、クリスマスのシーズンになると販売店や新聞社から提供され、持たされる拡材にクリスマス・グッズが多かった。
サンタクロースの人形とか小さなケースに入ったクリスマス・ツリーといった類のもんや。
新聞拡張員は普通の日でも嫌われることの多い仕事や。
その新聞拡張員が、クリスマス・イブの夜、一家団欒でクリスマス・ケーキを囲み楽しんでいる家庭や恋人と愛を語り合うてる最中にピンポーンとインター・ホンが鳴って、
「新聞取って貰えまへんか」と、クリスマス人形を片手にした拡張員が現れては、せっかくのムードがぶち壊しやし最悪な気分になるわな。
以前にも増して拡張員が嫌いになるやろう。「ちょっと、堪忍してぇーな」と誰でも思いたなる。
せやけど、ちょっと想像して欲しい。ええ歳をしたおっさんが、クリスマスイブの夜、小雪が舞う街角をクリスマス人形を片手に、人に嫌がれながらも、幸せそうな家を叩いて歩いている姿を。
その拡張員も以前は、その幸せの中にいた者も多い。幸せを失った人間が見る幸せな光景はある意味、残酷ですらある。
そんな悲哀を胸に抱いて、それでもめげずに仕事をしている者もいるということを理解して欲しいが、無理やわな。
「そんなん知ったこっちゃない、何でもええから、せめてクリスマスの夜くらい来るのは止めろよ」と言う声が聞こえてきそうや。
その年、2004年12月24日がメルマガ発行日の金曜日で、ちょうどクリスマス・イブということもあり、当初は、その話をしようと考えていたのやが止めた。
話をしていて、ワシ自身がブルーな気分になったからや。話してるワシがそうやのに、クリスマスの当日、わざわざこんな話を聞かされる読者は堪ったもんやないさかいな。
クリスマスの日は、やはりそれなりのファンタジーというか夢のある話の方がええやろうと思い、今日に至っている。
それについては「サンタクロースは実在する?」、「サンタクロースは何歳ですか?」、「真っ赤なお鼻のトナカイさんの話」、「天国からのクリスマスプレゼント」、「クリスマスソングが歌いたい」、「誰にでも訪れるクリスマス・イヴの小さな奇跡の話」、
「クリスマスに永遠の命の話を」、「サンタさん、お母さんにあわせて」、「恋人にクリスマス・プレゼントをする意味とは」、「クリスマスの夜、星に願いを」、「クリスマスの質問……サンタさんは本当に、いるの?」といった、それぞれのタイトルを見るだけで分かって頂けると思う。
ワシが言うのも何やが、それぞれ、それなりに感動があり、涙あり、笑いありで面白いと思うしな。
また業界に関係のない人たちからの評価も結構高いというのもある。
クリスマスに因んだ話を検索していると、いつの間にか、それらの話に辿り着くことがあるらしい。それらを読んでメールを送ってくる方も結構おられるさかいな。
それでワシらが、実は新聞勧誘業界専門のメルマガを発行していると知って驚かれる人も多い。しかもワシは未だに現役の勧誘員や。
前置きが少し長くなったが、今回は「クリスマスとサンタクロースの関係……その光と影と真実」と題したテーマで話をしようと思う。
聖書にサンタクロースは登場しない。キリスト教の教義や教会の教えにもサンタクロースの話はない。ただ、クリスマスが行事として定着しているだけや。
クリスマスとサンタクロースとの関係性が、あまりないにもかかわらず、なぜ一般では一体化しているものと思われるようになったのか?
敢えて言えば、時代と共に人々の間で様々な伝説や伝承、逸話が成長を繰り返し、その結果が両者を結びつけ今になっているということやろうと思う。
クリスマス(Christmas)とは、キリスト(Christ)とミサ(mass)と呼ばれている儀式が合体した英語表記で、イエス・キリストの生誕を祝う降誕祭のことや。
サンタクロースのモデルは、3世紀から4世紀にかけて生存したとされる現在のトルコ共和国にあった地中海沿いの町ミュラの司教セント(聖)・ニコラウスだと言われている。
単にセント・ニコラウスの発音が時代の経過と共に少しずつ変化し、サンタクロースになっただけやと。
司教というのは、カトリック教会の位階の一つで地方の聖職者のことやから、その点ではキリスト教と関係があると言えなくもない。
サンタクロースことセント・ニコラウスには、いくつかの逸話と伝説が残っている。
ニコラウスが司教になる前のまだ若い頃、近所の家に3人の姉妹が住んでいた。
一家はとても貧しかった。長女は好きな彼氏と結婚したかったが、金がないため諦めるしかなかった。
それどころか、彼女は娼婦になって一家の家計を助けなくてはいけない状況に追い込まれていたのである。
それを知ったニコラウスは気の毒に思い、その夜、姉妹の家の煙突から金貨を投げ入れた。その金貨は暖炉に干してあった靴下の中に入った。その金貨で長女は救われ、結婚することができた。
ニコラウスは次女の時も同じことを繰り返して助けた。三女の時になって、両親は、もしかしたら、今度もまた誰かが金貨を投げ入れてくれるかも知れないと考えた。
その人に会って、お礼を言わなければいけないと思い、ずっとその時を待っていた。
そして、ついに金貨を届けていたのが近所に住むニコラウスだと知り、驚くと同時に感謝した。しかし、ニコラウスはこのことを誰にも言わないようにと口止めしたという。
クリスマス・イブの夜に靴下を下げておくと、サンタクロースが煙突から入って贈り物を入れてくれるという言い伝えは、この事から生まれたと言われている。
ニコラウスは、飢饉から多くの人々を救ったという伝説がある。
アレキサンドリアからコンスタンチノープルへと穀物を運ぶ船がミュラに寄港した時、飢饉に苦しむ町の人々のためにニコラウスは穀物を分けてくれるように頼むが、船長は「アレキサンドリアを出発するとき、積み荷の重量が計られているからできません」と売ることを断った。
その時、ニコラウスは、「ミュラで穀物を分けても、その重さが減ることはない」と告げた。
聖人ニコラウスの言葉を信じた船長は、飢饉に苦しむ町の人々に穀物を分けた。
その後、船長たちが乗った船は目的地のコンスタンチノープルに到着して穀物を量ると不思議なことに重さが変わっていなかったのである。
その後、ミュラで売られた麦は飢饉に苦しんていたすべての人の胃袋を満たし、残りを畑に蒔くと十分な量の麦が収穫できたという。
また、ニクラウスは「子供の守護聖人」ともされていて、その伝説が残っている。
ある飢饉の年、穫り残した麦の落ち穂拾いに出かけた3人の子供が道に迷って日が暮れたので、明かりの点いていた肉屋の家に訪れ、一夜の宿を頼んだ。
肉屋の夫婦は快く泊めたが、実はとんでもない極悪人だった。肉屋の夫婦は3人の子供を殺し、樽の中に放り込んで塩漬けにしてしまったのである。
それから7年後、ニクラウスが通りがかり、肉屋に入って食べ物を求めた。
肉屋がハムと子牛の肉料理を出したところ、ニクラウスは『7年前のあの塩漬けの肉が欲しい』と言った。
すべてを見抜かれたと知って驚き恐れた肉屋はニクラウスを神の使いと信じ、罪を詫びて神に許しを乞うた。
ニクラウスが店の奥にあった塩漬けの樽に指を3本乗せると、中から3人の子供たちが、まるで今まで眠っていたかのように大きな欠伸(あくび)をしながら出てきたという。
これらの伝説が事実に基づく話なのか、どうかは知らないが、少なくともニクラウスが聖人として、あるいは神の使いとして古くから人々に崇められていたのは確かやと思う。
ニコラウスは、飢饉を救う救世主として、あるいは子供好きの聖人としてヨーロッパの多くの国々で信じられていた。
そのニコラウスを祝う日が12月6日で、豊かな穀物の実りの感謝すると共に、その実りを子供たちに分け与えていた風習がプレゼントという形になって行われ始めたと言われている。
ただ、それが、なぜ12月24日をクリスマスとして祝う日になり、子供たちにプレゼントを配るようになったのか?
未だに、この疑問に対する明確な答えはない。
イエス・キリストが12月24日に生まれたから、その日が生誕を祝う降誕祭としてクリスマスが行われるようになったと多くの人々に信じられている。
もちろん、それもあるだろうが、イエス・キリストが誕生した日には諸説あり、12月24日とは限定されていない。
ある説では、12月24日にクリスマスの行事が行われるようになったのには豚が大きく関係していると言われている。
フランス北東部のロレーヌ地方では、豚は伝統的な食材だった。家族で豚を育て自分たちの手で屠殺して食べるのである。
一見残酷なことのように思えるが、家族の絆を強める良い機会とされているため、その風習が根付いたという。
豚はすべての部位を利用できる。食料としての肉や内臓、脂身は当然として、血を固めるとベーコンが作れるし、ソーセージやハム、パテなどの食品に加工できる。皮は衣服や鞄、靴になり、骨はスープの出汁を取るのに使える。
余談だが、今人気のラグビーに使われるボールは豚の膀胱が、その起源だと言われている。ちなみに、サッカーボールには牛の膀胱が使われていたという。
豚の膀胱をボールに使っていると、すぐ破れる。そのため試合には必ず豚を連れて行っていた。破れると、連れて行った豚から膀胱を取り出して使ったと。
膀胱を取り出された豚は、その場にいる者たちによって食され、活用されていたと。
これも残酷な話ではあるが、豚は穀物と並び、人々にはなくてはならない貴重な食料、恵みでもあったさかい、感謝して食し、利用したと言われている。
フランス北東部のロレーヌ地方では、豚の屠殺はクリスマスの2週間ほど前の12月6日、セント・ニコラウス祭近くに行われていた。
豚の肉は屠殺直後と2週間ほど経ってからよく食べられていた。
屠殺直後の肉は新鮮とされ、2週間ほど経った肉は、ほどよく熟成されていて旨いということがあるためやった。
両方とも、それなりに価値があり重宝されていた。
つまり、12月6日頃に豚を屠殺すれば、セント・ニコラウス祭とクリスマスの両方で食べることができるわけや。
それ故、12月24日にイエス・キリスト降誕祭としてクリスマスが行われるようになったという説が有力視されているのやという。
その風習がフランスから全ヨーロッパに広まり、18世紀頃、オランダ系移民によってアメリカに伝えられた。
それが、やがて「生まれたばかりのキリストに三賢者が贈り物をした」というまったく別の話と結びつき、アメリカ全土で「クリスマスにサンタがプレゼントを贈る」という習慣が生まれたとされている。
これは、イギリスの民間習俗のファーザー・クリスマスというクリスマスに飲食を無心して回る老人のキャラクターと混合して、現在のサンタ像が形成していったと言われている。
そして、現在の赤いコスチュームのイメージが定着したのは、実はコカコーラ社が1934年に使用した宣伝用のポスターによる影響が大きいという。
それまでは、緑や青といった多様な色のサンタクロースがいて、必ずしも服の色は固定されてなかった。
1892年に設立されたザ・コカ・コーラ・カンパニーは、会社設立初年度にして、すでに広告費が原材料費の半分以上を占めていた。
しかし、それだけの広告費を投入しても、なかなか開拓できない市場があった。それは女性と子供たちやった。
当時、コカ・コーラには麻薬(コカイン)や多量のカフェイン、アルコールが含まれているという危険な飲料としての悪いイメージが強くまとわりついていた。
この、イメージを払拭するために起用したキャラクターが、サンタクロースやった。
それまでにも詩や小説、木版印刷物などでもサンタクロースの存在自体は知られていた。
それに加えて、1918年に、雑誌としては初めて発売部数が200万部を超えた「ザ・サタデー・イヴニング・ポスト」の表紙で紹介された事で、徐々にサンタクロースのイメージが出来上がりつつあり、知名度も上がってきていた。
もしかしたら、コカ・コーラ社が宣伝に利用せんでも、現在多くの人たちが抱いているサンタクロースと、それほど大きく違わないイメージになっていたかも知れない。
しかし、世界中で爆発的に広まったのは、やはりコカ・コーラ社の功績が大きかったと見て間違いないと思う。コカコーラ社の販売網の大きさによるものと、その宣伝姿勢の賜やったと。
その思い入れが今尚強いためか、コカ・コーラ社では、この時期になると必ずと言って良いほどサンタクロースを登場させるテレビCMを毎年流しているというわけや。
サンタクロースの存在は、どこまでいっても伝説、伝承の域を出ることはないはずなんやが、毎年、この時期になると大まじめにサンタクロースが存在するものとして追跡している機関というか組織がある。
北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)というのがそれや。今年の追跡開始時間は、日本時間で12月24日午後6時頃からやという。
NORAD(ノーラッド)というのは、24時間体制で人工衛星やスペースデブリ(宇宙ゴミ)、ミサイルの監視などを行っているアメリカとカナダが共同で運営する軍事防衛組織のことや。
その軍事防衛組織である宇宙化学の最先端機関が、大まじめにサンタクロースの追跡を行っている。しかも、その歴史は古く、1955年からやから、今年で60年にもなるという。
そのきっかけは、ある大手スーパーが設置した子供向けのサンタクロース・ホットラインに間違った電話番号を載せてしまったことからやった。
その電話番号がたまたまNORAD(ノーラッド)と同じやった。
その電話番号に子供がかけて「サンタさんは、今どこにいるの?」と質問したところ、偶然、当時のノーラッドの司令長官に、その電話がつながった。
電話を受けた長官は、とっさに機転を利かして「レーダーで調べた結果、サンタが北極から南に向かった形跡がある」と答えた。
電話してきた子供の夢を壊さないために言った長官の一言が、現在まで続くクリスマスの恒例行事の始まりになったという。
その成果は……てな野暮なことを訊くような大人にはならんときや。
成果は、それをやっていること自体が、そうやと思う。子供の夢を壊さないという以上の成果は世界中のどの機関、組織にも上げられるもんやないしな。
現実論から言うと、いかにサンタクロースが神に近い聖人で、例え乗っているトナカイが光速に迫るスピードで移動できたとしても、世界中に18億人以上もいる子供たちに、それぞれが希望するプレゼントを、たった一人、しかも一晩で配り切ることなんか不可能や。できるはずがない。
そのできるはずのないことが、できる方法が一つだけある。
それはサンタクロースと子供を愛するすべての親の心が同化することや。そして、それは現実に起きている。
親が寝た子の枕元にプレゼントを置く瞬間は間違いなく、心はサンタクロースに変身している。親の子を思う心がサンタクロースを生んだと言うても過言やない。
少なくともワシは、そう信じている。故に、サンタクロースは実在するとも信じている。
つまり、子を思う親の数だけサンタクロースが存在していると考えれば不可能なことも可能に思えてくるということや。
それであれば、たった一晩で子供それぞれが希望するプレゼントを配ることくらい容易いもんやさかいな。実際にも、そうなっている。
その日、数十億ものサンタクロースになった魂が地球上を覆うわけや。クリスマスとは、そういう日でなかったら、あかん。
それでは、今年もサンタクロースの魂が地球上に溢れることを願って、少し早いが、メリー・クリスマス。
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