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第435回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2016.10. 7


■拡張の群像 その18 哀しきプロ拡張員の末路


『プロ拡張員』と呼ばれる男たちがいる。

拡張員というのは、新聞を売り込む専門の営業員のことやからプロと呼ばれるのは当たり前やないかと言われるかも知れんが、ここで言う『プロ拡張員』は、それとは少し意味合いが違う。

『プロ拡張員』と呼ぶのは主に新聞拡張団などに所属する業界関係者で、『悪質な拡張員』のことを指して言う場合が多い。

前回の『第434回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞の実情 その13 新聞セールス・インフォメーションセンターの実態』(注1.巻末参考ページ参照)で、新聞社や新聞拡張団、新聞セールスインフォメーションセンター(SIC)などによる拡張員の扱いについて辛辣な苦言を呈したが、それらの組織が、そういった姿勢に終始するのは『プロ拡張員』と呼ばれる男たちの存在が大きい。

特に新聞拡張団にとって、『プロ拡張員』はシロアリと同じだという意識が強い。ほっとけば家がシロアリに食い倒されるのと同じで、団そのものが食い潰されると。

具体的には、『喝勧』や『後爆』、『てんぷら(架空契約)』などの不法な契約を連発して、それが発覚する前に他の団へ渡り歩いてカード料を騙し取るといった悪質な行為などが、そうや。

団にとってはカード料を騙し取られるだけでは済まず、その内容によっては多額の損害金を当該の新聞販売店などに支払わなければならない場合がある。

また、そういう『プロ拡張員』ほど移籍の際に団同士のトラブルに発展することも珍しくなく、解決のためには当然のように多額の金が必要になる。

経営基盤の小さい団の中には、たった一人の『プロ拡張員』によって倒産や廃団に追い込まれたケースも枚挙に暇がないほど多いと言われている。

そんな『プロ拡張員』に対抗するためには団も甘いことは言ってられないとなるわけや。

ただ、誰が、そんな悪質な『プロ拡張員』なのかが分かれば問題ないが、事前にそれと見極めるのは相当に難しい。

本当に悪質で悪辣な人間ほど、表面的には善人、生真面目さを装うケースが多いさかいな。

悪質な『プロ拡張員』の見極めが難しい以上、拡張員全体に対して厳しく管理するしかないと考えるのは、ある意味、自然な流れでもある。

それ故、新聞セールスインフォメーションセンター(SIC)が設立されたと言うても過言ではないと思う。

ただ、『プロ拡張員』の方にも、そうなるには、そうなるだけの理由と言い分がある。

根っからの悪人というのも、世の中にはおらんこともないやろうが、人がそうなるには、それそれの環境や状況、固有の事情に左右される場合の方が多い。

それについては同情を禁じ得ない場合も多々ある。

せやから仕方ない、理解してやってくれとは言わんが、そんな『プロ拡張員』が存在するのも事実やというくらいは知っておいて欲しいと思う。

ある団にコウジという『プロ拡張員』がいた。

凄腕の拡張員との評判が高かった。コンスタントに月200枚前後のカード(契約)をあげると。今の時代、この数字は驚異的とも言える。

コウジが所属する新聞社系の拡張団全体で数千人いると言われている拡張員の中でも常にトップクラスやったという。

それもあり、業界内では知らない者がいないと言われるほど有名な存在になっていた。

コウジの所属していたA団は大規模拡張団として有名やった。しかし、そこでの扱いに不満があるということで、他府県のS団に移籍話をコウジ自ら持ちかけた。

ただ、コウジはA団には内緒にしてくれと言った。A団とS団とは管轄と地場が相当離れているし、付き合いもないからから黙っていれば分からないはずだと。

拡張員になれば新聞セールスインフォメーションセンター(SIC)への登録が義務づけられている。

コウジの本名での登録名は使えない可能性が高いため偽名登録にして欲しいと、S団の団長ヤマダに頼んだ。

ヤマダも心得たもので「うちには幽霊団員がいるさかい、その名前で活動してくれたら良い」と言った。

幽霊団員というのは、その本人自体は辞めて存在しない拡張員のことで、SICへの登録を外していないために今尚、形の上では団に所属していることになっている者のことや。

なぜ、そんなことになっているのかについては前回、前々回の当メルマガで詳しく話したから、ここでの説明は省くが、要するに名前だけは残っているので、その人間になり済ましさえすれば誰にも分からんさかい問題ないということや。

コウジは、A団への借金の清算金や引っ越し費用、および諸々の支度金が必要だとして300万円程度の借入金を要求してきた。

ヤマダは、その条件を呑んだ。

しかし、ヤマダがコウジに、その支度金の300万円を支払った直後、「おい、ここにうちのコウジがいとるやろ。出せや」と、A団の団長、ナカジマ本人がS団の事務所に10人ほどの如何にもヤクザっぽい出で立ちをした連中を引き連れ怒鳴り込んで来た。

しかも、今やベンツに取って代わって、ヤクザ御用達の高級車として認知されている黒塗りのレクサス3台で乗りつけて。

「コウジさんと仰る方は、うちにはいませんが……」

応対に出た女性事務員が、怯えた声で、そう答えた。実際、コウジという名前の人間はいないから、そう答えるしかなかったんやが。

「そんなはずはあるかい。確かにここにおると聞いて来たんや。さっさと呼んで来い! それか団長のヤマダでもええから、ここへ呼べ」

「今、うちの社長のヤマダは朝礼中でして……」

「朝礼中? そら、ちょうどええがな。この奧の部屋か? 邪魔するで」

女性事務員は、怖くてとても制止できなかったと後に語っていた。

ナカジマたちは、そのまま朝礼中の会議室に雪崩れ込んで来た。

S団は業界としては小さな部類の新聞拡張団やったが、それでもナカジマたちが乗り込んで来た朝礼時には30名近い団員がいた。

「誰や?」

団長のヤマダが先頭の男に、険悪な顔つきで、そう訊いた。

新聞拡張団の朝礼を邪魔する行為は業界では絶対にやってはならない御法度である。事と次第によれば血を見な収まらんことになる。殺されても文句が言えない。その覚悟があってやっているのかと言わんばかりやった。

「ワシや。A団のナカジマや」

そう名乗ったのは、先頭のすぐ後ろにいた50絡みの割腹の良い男だった。

「ナカジマさん……、何で、あんたが……」

ナカジマの顔を知っているヤマダが驚いたように、そう訊いた。

数の上ではS団の人間の方が勝っていたとはいえ、相手がバックにヤクザの大組織がついていることで悪名高いA団の団長、ナカジマと知って抗おうとする人間は皆無やった。

当のS団の団長、ヤマダですら、ナカジマの剣幕と迫力に気圧されて、腰が引け気味やったさかい尚更や。そんな団長に与する団員は誰もいない。

「おう、やっぱり、そこにおったかコウジ。方々(ほうぼう)探したんやで」

ナカジマは、部屋の隅で下を向いていたコウジを目ざとく見つけ近寄って来た。

「お前、何で飛んだ(逃げた)んや?」

「すみません、社長」

コウジは慌てて、その場に両膝をついて土下座した。

「そんな真似されてもしゃあないがな。ワシは、何で、ここにおるんやと訊いとんのや。ちゃんと答えんかい!」

ナカジマ自身、昔はヤクザの組長をしていたとのことで、その恫喝には本物だけが醸し出す強烈な迫力があった。

「ここのヤマダ社長に、うちに来いと誘われまして。A団よりカード料をはずむからと言われて、ついその気になって……。ほんまに、すみませんでした」

コウジは、すっかり観念したという体でナカジマに、そう詫びた。

「そんな、それは違う。その男の方から売り込んで来たんや」

ヤマダが、コウジの申し開きに対して異論を挟んだ。

「名前を変えれば分からないと言われたもんで、つい口車に乗ってしもうたんですわ」

名前を変えれば分からないとヤマダに言われたのは本当の話だ。それに対してヤマダは何も言えなかった。

「分かった。もう、ええ。おい、コウジを連れ出せ!」

「そんな、社長、助けてください……」

その後、コウジは、屠殺場に引き出される牛のような悲しい呻き声を上げながら二人の屈強な男たちに両脇を抱えられ、部屋の外に連れ出された。

「おい、ヤマダ。お前、えらいことをしてくれたな。この落とし前、どうつけるつもりなんや?」

「どうすれば、よろしいんで?」

ここまでくれば観念するしかない。どんなに取り繕ってみても、どうにもならない。警察と違い、無実を主張すればするほど深みに嵌っていくだけだからだ。

拡張団同士の揉め事に法律は殆ど役に立たない。結果が、どうだったかで決まる。このケースで言えば、コウジがこの場にいたという動かぬ事実で「断りもなく団員を引き抜いた」となるわけや。

もちろん、業界として、やったらあかんことや。

ここは、できるだけナカジマを怒らせることなく示談に持っていくしか手はない。そうヤマダは考えた。

結局、その後、落とし前としてヤマダはナカジマに1千万円支払うことで話がついたという。

「ええか、このことは絶対、他で誰にも言うなよ」

最後にナカジマはヤマダに、そう念を押し、約束させた。

「どうでした?」

男たちに連れ出され怯えて意気消沈しているはずのコウジが、レクサスの後部座席に、ふん反り返って座っていて、帰って来たナカジマに、そう訊いた。

「上手いこといった」

実は、このことはナカジマとコウジが仕組んだ大芝居だったのである。

「そうですか」

「それにしても、これでええのか? 一応、ヤマダには口止めはしといたが、こんなことが他に知れたら、せっかく今まで築き上げてきたお前の名前が地に落ちるかも知れへんのやで」

「俺の名前なんか廃れようが、そんなことは構いません。どのみち、もうすぐ死ぬ身でっさかい。それより、今まで何もしてやれなかった嫁や子供たちに某かの金を残してやれることの方が俺にとっては意味がありますよってに」

「そうか。えらい男やな、お前は」

ナカジマが、そう言うと二人は黙った。

コウジは2ヶ月前、団がやっている1年に1度の定期検診の際、膵臓に癌があることが確認された。

コウジは、40代後半と歳が若いということもあり癌の進行が早く、見つかった時点で、すでにステージ4の前期(4a期)だった。現在は、ステージ4の後期(4b期)に差しかかりつつあるという。

こうなると手遅れで、リンパ節や他の臓器に転移して、最早、完治する見込みは殆どないと言われている。俗に言う末期癌である。

現時点での5年生存率は1.4%。癌の中では最も生存率が低く、100人中、1人くらいしか生き残れないと言われている。

手術をした場合、多少生存率は延びるとのことやが、それでも3.7%ほどしかない。いずれにしても助かる確率は恐ろしく低い。

手術をしたり、癌治療に専念したりするために入院すると、その場から何もできなくなる可能性が高い。それでは意味がない。

このまま何も治療しなければ余命6ヶ月ほどやと医師に宣告された。

幸い、まだ身体は動く。動けるうちに、今まで散々迷惑をかけて泣かしてきた妻や子に幾ばくかの金を残してやりたい。

死が避けられないのなら受け容れるしかない。人は、誰でもいつか必ず死ぬ。その死ぬ時期が分かっているのだから無駄にできない。

それなら、できることをしよう。コウジは、そう考えた。そう考えた結果が、今回の大芝居だったのである。

ヤマダから、せしめた1千万円はナカジマとコウジが、それぞれ500万円ずつ折半した。移籍交渉の際、ヤマダが支払った300万円は、そのままコウジのものになった。

都合、800万円がコウジの懐に入る計算になる。

しかし、それだけでは済まなかった。この後もコウジとナカジマは同様の手口を短期間のうちに繰り返し、他の団からも「落とし前」として大金をせしめたと噂されている。

その都度、ヤマダと同様に他団の団長も脅していたので、その詳しいことは分かっていないが、一説には数千万円単位の金を両者が得たはずだとの話が業界内で、まことしやかに流れている。

厳密に言えば、これは立派な詐欺事案である。ただ、被害者の大半が怖がる、あるいは対面を慮(おもんばか)って表沙汰にしないため事件化することは、まずないやろうがな。

もっとも、今の時代、どれだけ上が箝口令を敷いて関係者の口を封じ込めようとしても、こうした話は、どこからともなく洩れ伝わってくるもんやけどな。

昔から、人の口に戸は立てられないと言われているが、それに加えて現在は、ネットで情報が簡単に拡散する時代になっているさかいよけいや。止めようがない。

噂は風に乗って、さらにデジタルの波に流され、ワシらのもとにまで届くといった具合いにな。

そんなのは、ただの噂話やないかと一蹴する向きがあるかも知れんが、この事を信じるかどうかは各自の判断に委ねる。

ワシらは、ワシらで様々な情報源や伝を使い、一応の裏取りをした上で話していることではあるがな。その詳しい経緯と共に。

いずれにしても、これだけを見ると、何とえげつない連中のように映るかも知れんが、事情をよく知る関係者の中には、コウジやナカジマの方にも同情の余地があると言う人もおられる。

コウジは、文字どおり命を賭けているし、ナカジマは、そのコウジの思いを汲んで、敢えて「非道な団長」の汚名を被ろうとしていると。そこには侠気(おとこぎ)が感じられると。

もっとも、いくら話を美化しようが、ドラマチックに持っていこうが、やっていることは所詮は詐欺以外の何ものでもない。狙いは金やさかいな。

ただ、被害者とはいえ、騙される拡張団の方にも問題、落ち度があるのも確かや。

拡張団にとって、できる拡張員は喉から手が出るほど欲しいという事情がある。

特にコウジほどの実力者を手に入れることができれば飛躍的に団の実績を伸ばすことができる。そう信じている団長が大半を占める。

そのため、こんな単純なトリックに容易く引っ掛かってしまう。

騙す方も騙される方も、どっちもどっちと言うてしまえば、それまでやけど、この業界には、これに類似したような話は掃いて捨てるほどある。

ただ、こういうケースがあればあるほど、業界は『プロ拡張員』に対して用心するようになる。その煽りで、一般の善良な拡張員たちを厳しく管理する方向に流れていくわけや。

コウジ自身は、命を賭して家族のために金を残したつもりで悔いはないやろうが、その裏でどれだけの善良な拡張員仲間が泣いていることか。

そんな方法で得た金で、本当に家族が救われ幸せになれると考えているのやろうか。

もう一度、そのあたりのところを自身に問いかけてみて欲しいという気持ちはあるが、これ以上、ワシからは何も言うつもりはない。

その後、コウジが、どうなったてか?

それは、それぞれのご想像にお任せする。ただ、いずれにしてもハッピー・エンドは考え辛いわな。



参考ページ

注1.第434回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞の実情 その13 新聞セールス・インフォメーションセンターの実態』
http://melma.com/backnumber_174785_6427085/


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