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第5回 ゲンさんの新聞業界裏話
発行日 2008.7.11
■懲りない勧誘の手口 その1 タダ売りの果てに
「ゲンさん、ちょっと聞いてくれる?」
そう言うてきたのは、ケイコという40前後に見える主婦やった。
以前、ワシはそのケイコから3ヶ月の契約を上げたことがある。
その契約が終了して、現在は他紙の購読をしている。
拡張員には原則として現読拡張禁止というのがある。
しかし、その客が一旦契約を終え、別の新聞を購読すると「過去読者」ということになり、勧誘OKとなる。
それもあり、ケイコ宅にワシが再度、その契約のために来たというわけや。
もっとも、今回はワシの意志というより、ケイコから是非、今日来てくれという依頼の電話が入ったからやけどな。
ケイコは、3ヶ月毎に新聞を代える、業界で俗に言うところの「交代読者」というやつや。
ワシの客には、こういう人が多い。
そして、この交代読者というのは拡張員にとっての固定客でもあるから、依頼を無下に断ることもできん。
「何でしょうか?」
「実は、私の姉の事なんですけど……」
ケイコが語り出した。
ケイコの姉のジュンコは、3年ほど前、旦那の転勤で家族一緒に東京に移住し
ていた。
そのジュンコから昨日、電話がかかってきた。
「私、もう二度とこっち(東京)で新聞なんか取らへん。ほんまにえらいめに遭ったんやから、もう……」
何でも一方的に喋るジュンコやったが、このときは、いつもよりさらに興奮気味にまくし立てた。
ケイコも慣れたもので「はい、はい」という感じで聞いていた。
その日、専業主婦のジュンコは、いつものように、のんびりと好きなテレビの連続番組を見ていた。
午後3時すぎ。
ピンポーン。
「はーい、どちら?」と、カメラ付きのインターフォンに出た。
「近所のY新聞のカノウという者ですけど」と、言いながらその勧誘員は首からぶら下げた名札をそのカメラに近づけて見せた。
ジュンコは、またかと思ったが、仕方なくドアを開けた。
大阪で長年読んでいたY新聞を東京に来てからも引き続き購読していたのを、先月止めたばかりやった。
「ごめんなさいね。何度来られても、もう新聞を取るつもりはないから」
ドアを開けると、すぐ、ジュンコはそう断った。
「うちから、そんなに良く勧誘に来ますか?」
「ええ、お宅さんで3人めですよ」
「失礼ですけど、うちの新聞をお止めになられたのは、何かお気に障ることでもあったからなのでしょうか?」
「そんなことはありません。これも何度も言ってますけど、うちには新聞代をお支払いする余裕がありませんので」
それに、新聞を取っていても見るのは、せいぜいテレビ欄くらいなもので、それやったら320円も出せば月刊のテレビ番組専用雑誌がある。
もっとも、そんなことまではわざわざ言わんかったがな。
「なんだ、そんなことですか。それでしたら大丈夫ですよ」
「……」
「新聞代は一切、頂きませんから」
「えっ? どういうこと?」
「これは内緒にして頂かなければならないんですけど、今まで長年、契約して頂いた方には、今回、特別に3ヶ月だけ無料にさせて貰ってますんで」
「タダ?」
ジュンコにとって、このタダという言葉は魅惑的な響きとして聞こえた。
「ええ、その上、いつものように、このカタログの中からお好きな物を選んで貰って結構ですので」
そう言いながら、カノウと名乗った勧誘員は、「カタログギフト」と書かれたパンフレットを差し出した。
そこには、鍋やプライパン、米やら調味料、ハムの詰め合わせ、果物、洋菓子、果ては梅干しなど、あらゆる生活必需品がある。
その中から好きなものを選んで備え付けのハガキに書いて出せば、後日、送られてくる。
東京では本来、サービスはこれだけやと聞かされていて、1年毎の更新時にはいつもそれを渡されていた。
「但し、これはご近所の方には内緒にして頂かなければ困ります。それと、形の上では、そちらが新聞代を払って貰うということになります。その3ヶ月分の代金として、11775円先にお渡ししておきますから」
カノウはそう言いながら、その現金の入った封筒を差し出した。その中には、確かにその金額が入っていた。
カノウの説明やと、こういうサービスは新聞社の手前、大ぴらにはできないため、この方法を採らざるを得んということらしい。
「念のため、販売店も表面的には知らないことになっていますので、本日、一応確認の電話が入りますが、そのときは、お渡しした現金のことは伏せて『3ヶ月契約』をしたということで話を合わせてください」
「分かったわ」
本来なら、こういう話は胡散臭いと思わなあかんのやけど、実際に『現金』を置いていったことで、すべてを信じた。
「ちょっと、待って」
契約が終わって帰ろうとしたカノウを呼び止めた。
「この『アメちゃん』でも持っていって」
ジュンコはそう言いながら、アメの入った袋をカノウに手渡した。
カノウは、少し戸惑った表情を浮かべながら「ありがとうございます」と一礼し、それを受け取ってドアの向こうに消えた。
ジュンコは、気に入った人に『アメちゃん』を渡すことが多い。
そして、それは大阪の気のええオバちゃんの多くが持ち歩いている必須アイテムでもある。
自分で舐めるためというのもあるやろうが、それ以上にコミュニケーションの一つとして、それを使うのやという。
その渡す相手には、特に決まりのようなものはないようや。心やすいとか顔馴染みということもあまり関係ない。
見ず知らずの相手にでも平気で当たり前のように渡しとるさかいな。
「何をそんなことで悩んでんの。アメちゃんでも食べて元気だしや」
「兄ちゃん、親切にしてくれてアリガトな。このアメちゃんでも持っていきなはれ」
という感じで使うとるのを、そこらで良う見かける。
例に洩れず、ワシ自身も、その『アメちゃん』を貰うことが多い。
ただ、その『アメちゃん』を貰うた客からは100%成約になるから、別の意味で嬉しいがな。
しかし、ワシも生まれながらの大阪人やけど、何で大阪のオバちゃんに、それほど『アメちゃん』が人気あるのか未だに良う分からん。
また、それを渡すことで相手が喜ぶと考えるという感覚も不可解や。
アメなんか好きな者もおれば、あまりそうでもない人間かておると思うんやがな。
誰か、その理由を知っている人がおったら教えてほしい。ちょっとした、ミステリーやで、ホンマ。
「姉ちゃん、それやったら儲かったんやから、ええやないの」と、すかさずケイコが突っ込みを入れる。
「その後なんよ、問題は……」
その契約が3ヶ月めに入った頃、またその販売店から別の勧誘員が来た。
ドアを開けると、そこには50年輩で目つきが悪く柄の悪そうな男が立っていたという。
もちろん、そんな外観程度で筋金入りの大阪のオバちゃん、ジュンコが怯むことはないがな。
そのとき、ジュンコは買い物に出かけるための厚化粧の真っ最中やったこともあり、あまり相手にするつもりもなかった。
「今から、買い物に行くから、今度にしてくださる?」
そう断った。
「せっかく来たんだから話くらい聞けよ」
その勧誘員の横柄な物言いを聞いて、ジュンコは瞬間、カチンときた。
「あんた、何言うてんの? 今、忙しい言うてるやろ!!」
普通の主婦やと思うてた相手から、関西弁丸出しで、いきなり大声でそう反撃されて少なからず、その勧誘員は狼狽(うろた)えたようや。
「あ、いや、その……」
「何やの? はっきりしぃや。忙しいねんから」
おそらく、この勧誘員は、こういう感じのオバちゃんに遭遇したのは初めてなんやろうと思う。
ワシらは慣れとるさかい、適当にご機嫌を損ねん程度に応対できるが、何も知らん関東者にとってはきついやろうと思う。
何せ、関西では極道(ヤクザ)でも敬遠するほどやさかいな。
「いや、今の契約が切れるので、後、3ヶ月続けて貰えないかと思って。もちろん、条件は一緒で……」
その勧誘員もこのままでは拙いと思うたのか、その態度から横柄さが消えていた。
「この前、来たお兄ちゃんは?」
「担当が変わったので今はオレが……」
「そうなん? そしたら、前のようにお金を……」と言いかけたとき、電話がかかってきた。
「ちょっと、ごめんなさいね」
ジュンコはそう言うて奥の部屋に向かった。
その電話の相手はケイコからやった。
夏休みに両方の家族で東京ディズニーランドに行くことになっていた。その打ち合わせのための電話や。
ただでさえ長電話の二人やのに、盛り上がる話があれば、当然のように、その話は長引く。
たいていの場合、勧誘員は訪問客として扱われることは少ない。つまり、こういう状況では無視されやすいということや。
30分ほど後、その電話は終わったが、すでにその勧誘員の姿はなかった。
下駄箱の上に、小さな紙切れとカタログギフトが置いてあった。
小さな紙切れには「Y新聞購読契約書」とある。それには、契約者欄にジュンコの旦那名が書かれ来月から3ヶ月契約となっていた。
「あら、帰ってしまったのね」
前回のように封筒に入った現金が置いてないから、後でもう一度来るつもりなんやろうと思うて、ジュンコはそのまま買い物に出かけた。
「契約書」とは書かれていても、一般の多くの人は新聞購読契約というのは、それほど重大なものと考えてない。
ジュンコも同じで、それに勝手にこちらの名前が書かれてても、特に慌てることはなかった。
嫌ならいつでも断ったら終いやという思いがある。その選択権は客にあると。
何事においても客の方が立場は強く、優先されると信じて疑わんわけや。
実際にトラブルに遭遇するまでは。
結局、その勧誘員は来ずじまいやった。
そして、そんなことは、すっかり忘れていた翌月の1日。
先月の月末で契約が終了したはずの新聞が入っていた。
ジュンコは何かの間違いやと思って、その販売店に「間違えて新聞を入れてますよ」と言うて電話した。
その1時間後、区域責任者のヤマグチと名乗った、あの柄の悪そうな勧誘員がやって来た。
「奥さん、後、3ヶ月の契約をされていますので、本日配達させて頂いたので間違いではありませんよ」と、言いながら、例の紙切れを見せた。
これが、その契約書やという。
玄関の下駄箱に置かれていたものと同じやった。
「知らないわよ、そんなもの。あなたが勝手に書いて置いて行ったんでしょ」
「あのとき、奥さんは電話がかかっていて忙しそうだったけど、オレが『後3ヶ月の契約をお願いします』と言ったら、『そこに置いといて』と言ったじゃないか」
それが、契約の承諾になるから、何も勝手に置いていったわけやないという。
ジュンコには、そのときの記憶がなかった。
もっとも、電話に夢中になっていたから、あるいはそう声をかけられていたら、そんなことを言うた可能性はあるかも知れん。
「それに、もし、奥さんが違うと言うのだったら、すぐに連絡して来るのが常識だろう? いずれにしてもクーリング・オフの期間がすぎているので解約はできないから、これから3ヶ月は購読して貰わないと困るな」
「何を勝手なこと言うてんの!! 私は、前回の勧誘の人が、3ヶ月分のお金を置いて行ったから、それを『置いといて』と言ったのよ。たぶん……」
ジュンコは、前回の経緯をヤマグチに詳しく話した。
そのときと同じやと思ったのやと。
「それは、うちの店とは関係ない。それに、その契約のときには、うちから電話で確認したはずだ」
ジュンコは思い出した。
そう言えば、カノウから、販売店には内緒にしてくれと言われ、そう口裏を合わせた。
ジュンコは、旗色が悪そうやと思うたが、このまま認めるわけにはいかないと考え反撃に出た。
「この前来た、勧誘員の人を連れてきて。それではっきりさせるから」
「ああ、あのセールスなら、もう入店禁止にしているから、無理だ。その人間とどんな約束をしてたとしても、うちの店とは関係ない。それに、それは今回の話とは関係ないだろ。前の分は終わったんだから」
どうでも、非を認めさせようという姿勢が見え見えや。ジュンコの言い分を聞こうともしない。
そう考えると、無性に腹が立ってきた。
「あんた、ええ加減にしぃや!! 何でうち(私)がそんな騙しみたいなもん認めなあかんの!!」
「……」
「そんな契約、絶対認めへんからな。とっとと帰りぃ!! 新聞も、もう入れんといて!!」
その気迫に気圧されたのか、「今日のところは一旦帰るけど、新聞は入れ続けるし、代金もちゃんと払って貰うからな」と、ヤマグチはそう捨て台詞を吐いて帰って行った。
それが昨日のことやった。
「それで、ゲンさんの意見を聞こうと思って今日、無理に来て貰ったのよ」とケイコが言う。
こんなときには頼りになる人だと思っていたと言われると、ワシも弱い。
「そうですか。でも、お姉さんのお話を聞く限り、心配しなくてもその契約は無効になると思いますよ」
「そうなの?」
「お姉さんが、ケイコさんと電話で話をされていたとき、その勧誘員が契約書とカタログギフトを置いて帰ったということですよね」
「ええ」
契約書の大原則は、その契約者自ら署名、捺印することになっとる。
普通の販売店では、そんな契約書を認めることはないから、この手のトラブルは少ないが、まれにそういう所もある。
今回のケースは、明らかにその勧誘員が勝手に契約書に契約者の氏名で署名したということになる。
これは場合によれば、刑法第159条の私文書偽造等というのに抵触する。
この罪は、やってる拡張員が考える以上に重く、3カ月以上5年以下の懲役に処するという規定がある。
「つまり、その勧誘員が勝手にその契約者の氏名を書き込んだ契約書は、法的にも認められないということになります」
「さすがは、ゲンさん。聞いて良かったわ。その話、姉にして頂ける?」
「いいですよ」
初めからそのつもりやったのか、ケイコはすぐジュンコに電話した。
「姉さん、今、昨日話した人に来て貰って話を聞いてるんやけど、その契約無効やて、……、うんそう……で、その詳しいことは直接聞いて……」
ケイコは、そう言いながら、そのコードレスの受話器をワシに手渡した。
「お電話代わりました。ゲンと言います」
「今、妹から聞いたけど、その新聞は断れるのね?」
「はい、まず大丈夫です」
それが、無承諾の架空契約になる可能性が高く、刑法第159条の私文書偽造等に抵触するという説明をした。
「一つ確認したいのですが、以前の3ヶ月契約時には、奥さんが契約書に署名しましたか?」
「ええ」
「その契約書はありますか?」
「ええ、あります」
「なら大丈夫です。今回の契約書は勝手に書いて玄関に置かれていたということですから、間違いなくその販売店の人間が書いたものだと思われます。その証拠として、以前の契約書と比べれば、筆跡が違うというのが一目瞭然で分かりますからね」
その上で、その行為は法に触れると言えば、よほどの販売店以外はそれで大人しく引き下がるはずや。
もっとも、いくら販売店が異を唱え頑張っても、最後には解約に応じな仕方ない事案ではあるがな。
「なるほど、そう言われればそうね。早速、そう言ってやります」
ジュンコはそれだけを言うと電話を切った。
この手の相談事は、サイトのQ&Aにも多い。特に、そのトラブルの始まりがタダやったというケースがな。
今回のジュンコのように、一度でもその新聞代と同額の現金プラス景品をその場で貰えたら誰でも得をしたという気になる。
そして、その次も同じやと考えやすい。しかし、それは結局、何らかのトラブルで終わるケースが多いようや。
もっとも、トラブルは表面化されるから分かることで、発覚せん場合は上手くいっているケースもあるのやろうけどな。
せやからこそ、こういうことが延々と続いとるとも考えられる。
「でも、実際に新聞代まで貰えるということがあるのね」
ケイコが半ば羨ましげに言う。
「関東の一部では、そういうことがあるようですね。こちらでは考えられないことですけど」
業界ではこういうのを『爆カード』という。もちろん、御法度の禁止行為や。
新聞社も表向きは、その撲滅にやっきになっている。
しかし、なかなか撲滅とまでには至っていない。現実に、こういう事例が後を絶たんさかいな。
新聞社の姿勢がいくらそうやと言うても、実際に販売店と接触をする販売部の担当と呼ばれる者の中には、容認というか見逃すということも、ままあると聞く。
販売部の担当が評価されるのは、その管理下にある販売店がいかに部数を伸ばすかというあことにある。または、いかに部数減を押さえられるかということや。
その不良拡張員を摘発することで成績が上がるのなら別やが、そこまでのシステムにはなっていないし、それが発覚すれば、その拡張員個人の問題だけやなく、販売店や拡張団の責任も問われることになる。
引いては、それを管理していた担当員の責任も問われる。
加えて、その担当員は、常にそういう販売店や拡張団と接しとるわけやから、どうしても手心を加えやすいということもあるのやと思う。
関東地区というのは、拡張する者にとって、おそらく日本最大の激戦区やと思う。
関東のある拡張員から、サイトにこういう意見が寄せられた。
ゲンさんのHPいつもおもしろく見ていますが、営業講座(注1.巻末参考ページ参照)にあるようなやり方が本当に実戦で役に立つのでしょうか。
ボクはセールスを始めて半年になりますが、こちらの東京ではゲンさんの言うような正統派の拡張をしていても契約は揚がらないと思います。
客は「タダなら取ってやる」という連中ばかりです。話になりません。腐っています。
ボクも仕方なく「タダでも」と言って客に金をつかませて拡張することがあります。
ゲンさん、ぜひ一度、こちらに来て正統派の拡張というのを見せてください。
こういったメールがたまに舞い込むことがある。
この人の言うような一面もあるのは確かやろうと思う。
いくらワシでも「タダなら取ってやる」という客に対して、普通に「当店では、このサービスが限度ですので、これで契約してください」と言うてたんでは難しいというのは分かる。
しかし、根本的なことやが何でそんな客を相手にせなあかんねんという疑問もある。
ワシなら、間違いなくそんな客は無視する。
当たり前やけど「タダなら取ってやる」という人間は、すでに客ですらないわけや。
ワシら拡張員は営業員や。新聞を売り込むことを生業として生計を立てとる。
仕事やから儲けて収入を得なあかん。収入のない仕事は仕事とは言わんさかいな。
そして、営業員である以上、依頼主である販売店や所属の拡張団に利益をもたらす必要がある。
それからしても、タダで新聞を売るというのは、明らかにそれと反するわな。
ワシも拡張員の端くれやから、契約を上げる厳しさというのは良う分かっとるつもりや。
儲けにならんでも契約を上げて帰らな立場がない、あるいはきつめの叱責を避けたいという気持ちも分からんでもない。
しかし、それでもタダで商品を売るという行為は理解できん。
はっきり言うが、そこまでせなあかんのなら辞めた方がええ。というか辞めるべきや。
どのみち、それを続けるのは先のない話やしな。遅かれ早かれつぶれる。その未来には何の救いもない。
それくらいなら、他で生きる道を探す方が、よほどマシやと思うがな。
ただ、一部の販売店では、タダでもええから拡張員に契約を取って来るように極秘の依頼、命令を出しとる所もあるようや。
部数を上げんことには新聞社から改廃、つまり、つぶされるかも知れんと恐れるためやという。
そういう販売店では、拡張員に対して3ヶ月契約の契約1本につき、15000円〜18000円もの高額な報奨金を出すという話や。
朝夕セットの新聞代3ヶ月分は11775円にしかならん。
しかもそれは売値で、そのための仕入れ代金として55%〜60%程度を新聞社に支払わなあかん。加えて、サービス品も付けていたら、それもマイナスになる。
それらを計算したら、そういう契約を1本する毎に、その販売店は1万円以上の赤字になる。
関東では現在、驚くほどのペースで廃業する新聞販売店経営者が続出しとるというが、その大半が、それをしとると聞く。
当たり前や。そんな商売のやり方が持続するはずがない。
拡張員はというと、確かにその条件を出す販売店で契約を取れば、多少は利益になるから、良さそうなもんやが、いくら関東やと言うても、そういう店ばかりやない。
しかし、そのやり方で簡単に客を確保できるということを知った拡張員は、そういうやり方を禁止しとる販売店で拡張するときにも、困ると必ずその方法を用いる。
「販売店には内緒にしてほしい」と拡張員が客に頼み込むケースのほとんどがこれや。
もちろん、その場合は自腹を切ってそうするわけや。
結果、どうなるか。誰でも分かるわな。
金の続くうちはええけど、そんなものが長続きするわけはない。
例え、その拡張員にその気はなくとも、金が続かんようになるか、その行為がバレて入店禁止、あるいはクビになるかして、最後は騙しのようなことになってしまうわけや。
それがトラブルになる。
勘違いせんといてほしいが、何もタダで契約する客が悪いと言うてるわけやないで。
こういう話をすると、身に覚えのある人がそう受け取って、ワシらにクレームをつけて来られることがある。
「タダでもいいから読んでください」ということを持ちかけられて、それを承諾した方に落ち度はない。
もちろん、法的にも何ら違法性はないさかいな。
もっとも、「タダなら取ってやる」とか「金をくれたら契約してやる」と言うのはどうかとは思うがな。
まあ、それにしても、持ちかける人間の方に大きな落ち度があるのは確かや。
ケイコ宅で予定どおり3ヶ月の契約書を書いて貰った直後、ジュンコから折り返し電話がかかってきた。
「ゲンさん、ありがとうございました。今、言われたとおりに先方に言ったら、意外とあっさり解約できましたので」
「そうですか。それは良かったですね」
まあ、そればかりやなく、大阪のオバちゃんパワー全開のジュンコを扱いにくいと判断したからやないかという気もするがな。
「あっ、ゲンさんちょっと待って……」
帰ろうとしたワシをケイコが呼び止めた。
小走りで奥の部屋に行って、すぐに袋を持ってきた。
「この『アメちゃん』でも持っていって」
「おおきに」
ワシは、大量に入った『アメちゃん』の袋を貰い、ケイコ宅を後にした。
参考ページ
注1.ゲンさんの勧誘・拡張営業講座
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage9.html
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