メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第50回 ゲンさんの新聞業界裏話

発行日 2009.5.22


■新型インフルエンザ来襲……そのとき新聞販売の現場では?


新型インフルエンザの国内感染者数は5月22日午前8時現在、292人になったという発表がある。

もう誰にも止められない。

世界中に新型インフルエンザが発生したと報道された先月半ば頃までは、ワシを含め多くの日本人にとっては、まだ、どこか他人事のようなところがあったように思う。

メキシコやアメリカなどへの渡航者だけが罹るもので、そんなところに行くこともなければ、行ったという知人すらおらんから心配するほどのことはないと。

対岸の火事やと。

政府の水際作戦と呼ばれる空港や飛行機内などでの検疫体制が功を奏し、それらしき疑いのある者が数人見つかったという報道がされたが、その悉(ことごと)くが違うとの発表も、その思いを後押ししていた。

それが、5月8日にアメリカ・デトロイトから成田空港に帰国した大阪府立高校の教諭と生徒2人が新型インフルエンザに感染していることが確認され、隔離されたとの発表で若干の緊張感が奔(はし)った。

ただ、このときでさえ、ネット上の掲示板などでは、この高校や生徒たちを誹謗中傷する書き込みをして楽しむような輩がいてたくらいやから、まだその緊張感に欠けるきらいがあったとも言えた。

もっとも、その対象の人を誹謗中傷して貶(おとし)めずにはおられんような心の貧しい連中は特別な存在やとは思うから、例に挙げるほどのことはなかったかも知れんがな。

連中の書き込みによると、新型インフルエンザに罹ったことが罪かのように言うてるが、病気になるのが、ほんまに罪やと考えて書いとるのかと思う。

言うとくが、人が犯す罪とは、それが犯罪と認識していて、あるいはその行為が犯罪につながると承知して、それでも尚、その行為を実行することや。

このインフルエンザのようなものは、遅かれ早かれ、いずれは蔓延するもので、人が避けられる類のものやないと思う。

何の予備知識もなく、備えもない状態で、そんなものに最初に罹ったのは単に運が悪かったというだけのことにすぎんわけや。

気の毒にと同情を寄せられる被害者にはなっても、責められる対象になり得るはずがない。

それよりも、何でもかんでも誹謗中傷せな気が済まんという人間の方が、よほど重度の心の病に冒されとるのやないかと、その方を心配する。

それの分からん人間は、本当に哀れで救い難いとしか言いようがない。

このネットの中傷問題を話し出したらキリがないので、今回はこのへんで止めとくが、いずれ折りを見て、そのことについて話したいとは考えている。

現在の騒ぎが決定的になったのが、先週の5月16日、兵庫県神戸市内で8人の感染が確認されてからやった。

その後、患者が増え続け、すぐ大阪にも飛び火し、5月20日には滋賀県でも確認された。

さらに、翌、5月21日には、東京、神奈川、京都でも感染者が見つかったという報道があった。

そして、今朝、5月22日には埼玉からも確認されたと。

まさに、止まるところを知らんという勢いや。

神戸や大阪では、多くのイベントが中止され、ほぼすべての小・中・高校で臨時休校の措置が取られた。

その他の発生地域でも、それに追随する流れになっている。

ただ、その彼らが大人しく自宅待機していれば、問題は少ないと思うが、一部にせよ、繁華街にその姿を多く見かけるというのでは、その措置の意味はほとんどないと言える。

言い過ぎを覚悟で言えば、せっせとその新型インフルエンザを広めとる者がいとるわけや。

それがある限り、まだまだ、これから果てしなく拡大していくのは間違いない。

ワシは、「いまどきの若い者は」という言葉を吐くのが嫌で、今までそれだけは言うたことはなかったが、世の中の風潮として若者に「我慢する」という概念が昔に比べて少なくなったのは事実やと思う。

その彼らのすべてがそうやと思いたくはないが、義務と権利があれば、その多くは権利の方を主張し、自己犠牲と自己満足なら、自己満足を優先する若者が多いと感じる。

まあ、事、この件に関しては、遊び盛りの子供を家に閉じこめておくというのは無理な話なのかも知れんがな。

彼らがそうする理由の大半は、ただ「退屈だから」というだけのことやからな。

それも、その休校措置の翌日に。

それには、まだ死者が出ていないということが、その危機感を和らげとるのやろうとは思う。

ただ、いずれは……、そのときがくる。

「それにしても、えらい騒ぎやな」

入店したオオモリが、拡張のアイテムの一つとして受け取った見本紙の紙面を見ながらそう言う。

ここで見本紙について簡単に触れとく。

販売店によって違うとは思うが、うちの店では拡張員に2部ずつの折り込みチラシ入りの見本紙を渡して拡張させている。

もちろん、勧誘の対象者に「こんな新聞です」と見せるためというのもあるが、それ以上に引っ越しして来た客と遭遇した場合に渡すアイテムとしての意味合いの方が大きい。

これを常に用意しておけば、相手は「引っ越ししたのを承知して、わざわざ新聞を持って来た」と勘違いすることがあるわけや。

特に、人知れず引っ越しして来たと考えている独身者には、ここの新聞販売店は凄いなと思わせる効果が期待できる。

実際の効果もやが、そこまでの気配りを示せば、他の事柄に関してもソツのない対応のできる販売店やと相手に思わせることができるさかいな。

また、そういう風に持って行くことで成約につなげられる確率も高くなるということや。

この気配りというのは客の側に立って考えれば比較的簡単にできることやと思う。

場面を戻す。

オオモリというのは、以前、ワシが所属していた東海の拡張団からの長い付き合いのある男や。

前回の『第49回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■拡張の群像 その3 昨日の敵は今日の友?』でも触れたから、ここでのその詳しい説明は省く。

簡単にその人なりを説明すれば、自分勝手で毒の強い性格ながら、どこか憎め
んところのある男で、味方も多いが敵も多い人間というところや。

歳はワシより少し上で、かれこれ10年近い付き合いになる。

そのオオモリの「えらいこっちゃな」というのは、現在、日本人の誰もが実感しとることではある。

一番の関心事と言うてもええやろ。

この新型インフルエンザは、先月の4月13日、メキシコ南部オアハカ州で女性の感染(後に死亡)が確認されたのが、その最初の症例ということになっていた。

しかし、今年の2月下旬にはその兆候を示す症例が、すでに起きていた。

メキシコ東部ベラクルス州ラグロリア村で、インフルエンザ様の呼吸器障害や高熱の症状を示す村人が相次ぎ、死亡する事例が現れたというのが、それや。

翌3月には、村の人口6割に当たる約1800人が発症していたという。

しかし、メキシコでは当初、それが新型インフルエンザとは解明されずにいた。

4月14日、米国の疾病対策センター(CDC)が、アメリカ、カルフォルニア州サンディエゴの少年が豚インフルエンザに感染したと断定したことで、一躍世界的な大ニュースとなった。

それから後は、周知のとおり、日本でもその感染が確認されると、瞬く間に拡がり、すでに対岸の火事ではなくなったということや。

「オオモリさん、うち店では、これ以上、感染が拡大するようやと一時、叩き(訪問営業)を止めますんで」

店主のイケダは評判というのを重視する男や。その評判だけで、店をここまで大きくしてきたという自負がある。

こういうご時勢に、「新聞いりまへんか」と廻っても、ただでさえ敬遠気味の新聞営業がよけい、ひんしゅくを買い、評判落とすことになるだけやというのが、イケダの考えにある。

ワシもそれに同意した。

実際問題として、新聞の勧誘は無差別に訪問するわけやから、その訪問先の人間が新型インフルエンザウィルスの感染者やないという保証はどこにもない。

まさか「お宅は、新型インフルエンザには罹ってまへんわな」とも聞けんし、症状の表れてない者は「何言うてんねん」と言うて怒るだけで、それを確かめる術は何もないわけや。

そうなると、知らず知らずのうちに、その新型インフルエンザウィルスに感染し、それをまた別の人間にうつすということも考えられる。

何より、それにより、販売店の人間が集団で新型インフルエンザにでも罹ったら、完全に販売店の機能が麻痺するというリスクを背負うことにもなりかねん。

地震や台風という大災害でさえ、その配達を止めるという発想のない販売店やと言うても、病気には勝てんさかいな。

部数を伸ばすのは、新聞販売店として大きな命題ではあるが、それ以上に新聞を配達できんという事態になることの方が大変や。

新聞販売店そのものの存在意義を失う。

そう考えれば、その危険を回避するための対策を講じるのが当然やとなる。

まだ、新聞業界全体としては、そこまでの具体的な指示や話は出てないが、一部の地域、店主たちの間ではそうしようかという意見が出ているのは確かや。

一応、新聞社の了解を取り付けたところもあるという。

もっとも、新聞社も、この状況では表立ってその反対もできんやろうがな。

「そんなアホな。そんなことになったらオレらはどうなるんや」

一人、オオモリが異議を唱える。

「拡張員殺すにゃ刃物はいらぬ。雨の3日も降れば十分」という格言が、昔からこの業界では言われ続けてきとることではある。

昔から拡張員は、上げた契約分しか現金収入はないものと相場が決まっていた。

雨の日は仕事にならんという先入観から、3日間も仕事ができんかったらメシが食えんという意味で生まれた格言や。

実際にも、3日も契約ゼロの日が続けば、やっていくのはきついさかいな。

それでも今は、拡張員も基本給のある月給制の会社員というのが大半を占めるようになってきたから、一時だけなら、何とかなるという見方もあるが、それでもカード(契約)を上げてナンボということに変わりはないさかい、その営業ができんとなれば死活問題やと考える者は多い。

「気持ちは分かりますけど、このご時勢ということで分かって貰えまへんか」

「それはいつからや?」

「それは、まだ決めてませんが、近いうちかと……、それで今日はこれを……」

ワシはそう言いながら、マスクを4つ取り出し、それぞれに渡す。

「こんなのをして叩けと言うのんか?」

「ええ」

「アホなこと言いな。こんなものして、叩けるかい。ワシなら大丈夫や」

あんたやからこそ、それをして貰わな困んねん―。

ワシは、思わず、その言葉が喉元から出かかったが、かろじてそれは思い止まった。

昔、ワシはインフルエンザで、このオオモリにはえらい目に遭うたという苦い経験がある。

忘れようとしても、忘れられん出来事や。

このとき、人類を滅ぼすのは、このオオモリやないかと真剣に思うたくらいやさかいな。

人類を助けるには、このオオモリを焼却処分にするしかないと。

その詳しい事は、旧メルマガ『第77回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■鬼の霍乱』(注1.巻末参考ページ参照)にある。

これは、3年以上前の2006年1月27日にした話やが、今回の事とも関連の深い部分も多いと思うので、その部分を抜粋して紹介する。

まずは、ワシら勧誘員が心がけなあかん、通常のインフルエンザ対策からや。

……………………………………………………………………………………………

ワシらのように、訪問販売の営業をしとると、冬場のこの時期、風邪には気をつけなあかんというのは、十分、承知しとる。

不特定多数と会うということは、確率的に風邪やインフルエンザに罹っとる人と接触する可能性が高いということを意味する。

当然ながら、ほっとけば、その罹患率は高くなる。

ワシは、日頃の体調維持や健康には、人一倍、気を使うとる。

風邪は、基本的に体力を維持しとれば、たいていは防げる。例え、その病原菌が侵入してきても駆逐できる。

それには、栄養のあるものを食うて良く眠ることが一番や。

それとストレスも大敵になる。もっとも、ワシにその心配はないがな。

ストレスというのは、物事をくよくよと気に病む人間に多いとされとるが、ワシには無縁や。

それに何かで切羽詰まって悩んだとしても、すぐ開き直るから、そのストレスがどんなものか良う分からんというのもある。

それは、これからも変わることはないと思う。

何があっても、生きとるだけでラッキーやと思えば、どんなことも気に病む必要はないと常に考えとるからな。

常にプラス思考。それが一番や。

仕事中は、体をなるべく冷やさんようにする。これは、単車での移動が多いワシが最も気をつけとることや。

体を冷やすと風邪やインフルエンザに罹りやすくなる。冬に流行(はや)る理由の大半がこれやさかいな。

せやからというて、重装備の服装をしとればええというもんでもない。汗をかけば逆効果になりかねんからな。

ポイントは首筋を冷やさんことや。これは、医学的な裏付けもある。

試してみたら良う分かるが、首にマフラーを巻いて風を遮断するだけで体感温度がかなり違う。タートルネックのセーターを着るのでもええ。

冷たい飲み物や果物はなるべく控える。体温が奪われやすいさかいな。

但し、水分補給は必要やから、何も飲むなということとは違う。

適度な休憩を挟む。

ワシは、通常、2時間を1サイクルとして営業することを心がけとる。

2時間毎に休憩するわけや。休憩場所は、喫茶店か図書館を選ぶ。水分補給は、たいていそこでする。

長時間の外での移動はなるべく避ける。

体が冷えてきたか、冷えそうやと感じたときは、その都度、小刻みに小休止をくり返す。

例えば、数件訪問したら、その近所の、コンビニやスーパーで冷えた体を温めるという具合や。

他にも、100円ショップ、ホームセンター、量販店、レンタルビデオ店など探せば、休憩できて暖まるような所はどこにでもあるはずや。

ペットボトルに入ったお茶を持ち歩く。これは単に飲むためだけやなく、時折、うがいをするためや。

風邪やインフルエンザは、他人の咳やくしゃみ、つばなどの飛沫によるウイルスが鼻腔や気管など気道に吸入するために罹る。

飛沫感染と呼ばれとるものや。

それを、定期的にうがいして洗い流すことで、かなり防げる。

一般では帰宅時に慣行することがええとされとるが、ワシらは、営業で他人と接触する時間が長い。

帰宅するまで放っておいたら菌に冒されるかも知れん。用心のためや。

また、うがいすることで、のどの乾きを解消できる。のどは常に適度に湿らせておいた方がええというしな。

さらに、お茶には、カテキンという成分が含まれとって、これがインフルエンザウィルスを押さえる効果があるという。

飲むだけが、お茶やないということや。

当然、客と接しとる勧誘時にも注意は必要になる。

出てきた客が、明らかに風邪かインルエンザに冒されとるというのがいとる。

それに、罹らんようにするということで言えば、そういう人間が出て来たらすぐ逃げるのが最良ということになる。

せやけど、この仕事をしとるとそういうわけにはいかん。

訪問しても、客が出て来ること自体が少ない。数少ないチャンスを逃がす手はないからな。

インフルエンザは咳による飛沫感染がほとんどやが、その咳の飛沫範囲は、最大2メートルくらいと言われとる。

せやから、そのことを頭に入れ、必要以上に近づかんことや。

さらに、その相手と正対せずに、体をいくらか斜めに構える。咳の飛沫を直接被るのを避けるためや。

極端な話、相手が咳をする度に横を向く感じやな。

但し、これも、それと気付かれんようにさりげなくせなあかん。

その仕草で相手の気分を害するようなことになったら、元も子もないからな。

気分を害するくらいなら「あっ、お風邪ですか。いけませんねぇ。また、今度、お伺いしますので、ゆっくり休んで寝ていてください」と言うて、その場を逃げとく方がまだましや。

この一言を言うとけば、少なくともその客は、悪い印象は持たんと思う。

次に訪問したときは「以前、おじゃました○○です。お風邪は、もう良くなりましたか」と言うて、話の取っ掛かりにすることができるという利点もあるしな。

ワシは、世間話や雑談を交えて勧誘することが多い。それが、癖になっとる。

せやけど、こういう人間と遭遇したら、なるべく時間をかけずに即決を心がける。

こちらの身が危ないということもそうやけど、相手の客にしても体調が悪いわけやから、長い応対は負担になるはずや。嫌がるやろうしな。

しかし、意外とこういう客は、勧誘のチャンスとなる場合がある。

特に、無読やというて普段、新聞不要論をかざしとるような人間は、こういう状態のとき、もろい面を見せることが多い。

「風邪ですか。いけませんねぇ。インフルエンザが流行ってますから気を付けて下さいよ。流行状況なんかは、新聞の地域欄をみれば良く分かりますから、それで、あやしいと思ったら、早めに病院へ行く方がいいですよ」

「新聞は取ってない」

「それは、危ないなぁ。情報はインターネットで? でも、地域の情報は新聞が一番、早いですよ」

これは、事実や。

ネットニュースでも、それは分かるやろと反論はあるかも知れんが、地域によれば、そのスピードは格段に違う。

それには、その情報の発信者の絶対数に違いがある場合が少なくないからや。

都市部の発信者は多くても、比較的人口の少ない地方は、それに比例して、発信者も少ない。

また、新たに、何かの情報が必要なとき、多くは、検索サイトに頼るということが影響する。

ここに落とし穴がある。

例え、それで調べることができたとしても、その情報が最新のものとは必ずしも言えん場合がある。たいていは、少し前の情報が多い。

それには、HPやブログにアップするまでのタイムログという問題があるからや。

加えて、その情報を探す方も、それがアップされてから、早くても2、3日くらいせんと、検索サイトに載らんということがある。

これは、多くがロボット型検索エンジンでの情報収集ということになっとるから仕方ない。

早い話が「○○県、○○市で○月○日、インフルエンザ患者が○○人発生」などの情報は、早くても3日後にならんと、インターネットでは紹介されんということになる。

一部のネット新聞サイトでも、その情報は公開しとるが、それにしても、全国すべてを網羅しとるわけやない。

せやから、そういうインフルエンザなんかのネット情報は、新聞の地域版に比べれば格段に遅いということになる。

せっかくインターネットでその情報を探し出しても、その時点では役に立たん場合もあるわけや。

インフルエンザが蔓延するスピードは異常に早い。

普通の風邪の約10倍の感染力やという。3日前の情報やとその対処に間に合わんかも知れん。

それが、新聞の地域版に出ていると説明すれば、それなら購読してみるかとなる場合がある。

それが、無読で風邪をひいてそうな人間へのアプローチのポイントや。そして、なるべく、短時間で結論を促すように持っていく。

長引けば、風邪やインフルエンザをうつされるリスクを負うだけやなしに、成約率が下がる。即決がええという理由や。

他に、仕事以外で、ワシが風邪対策でやってることが幾つかあるから参考までに教える。

風呂に入って上がるときに、冷水シャワーを浴びるという方法がある。

皮膚に近い血管が風呂に入ることで拡がる。そこに、冷水がかかるとその血管が急激に収縮する。

これを習慣づけると皮膚の寒さに対する抵抗力がつくと何かの本で読んだことがある。

以来、それを真冬の時期でも実行しとる。

但し、これを始めるのは、最初は足や手先の末端から徐々に慣らした方がええと思う。いきなりやと、心臓発作を起こしかねんからな。

これは、間違うても、ハカセには勧められん方法や。

寝るときは、なるべく薄着というのも予防にはええと聞いた。ワシは冬でも薄いパジャマ一枚で寝とる。

これは、厚着の重装備をするのと同じ理屈で、寝てるときに汗をかきやすくなって、体温が奪われてしまうからや。

子供の頃からやってたことに、乾布摩擦というのがある。

これは、まだ、親父が生きてた頃から強制的にやらされてたことや。

正直、子供の頃は、こんなことをしとったら、却って風邪をひくのやないかと思うてたもんや。

もちろん、そんな文句を言うたら、即、シバか(殴)られるだけやから黙ってやってたがな。

しかし、これも、後年、医学的にも意味のあることやと知った。

乾布摩擦の目的は、皮膚の鍛錬にある。皮膚が弱いと寒さに対して敏感になる。

寒さで気道粘膜の血管が収縮して気道が貧血状態になり、風邪にかかりやすい状態になるらしい。

乾布摩擦は、それを防ぐには有効な手段ということになる。昔からやってたことには、それなりに意味があったということや。

ワシは、それが癖になっとるから、今でも起きたら裸になって乾いたタオルで毎日しとる。結構、気持ちのええもんやで。

そういうことの結果やと思うが、この数年、風邪らしきものは、ほとんどひいたことがなかった。

人から、風邪もひかんような強靱な体と思われとるのも、それなりに注意と用心を怠ってなかったからや。

他人がそうと知らんだけでな。


しかし、ここまでしていても、オオモリの毒牙の前には何の役にも立たんかった。


せやけど、それでも今回、インフルエンザに罹ってしもうた。

数日前から、嫌な予感はしとった。

団にオオモリという男がおる。

このメルマガの『第24回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■ゲンさんを探せPart 1』(注2.巻末参考ページ参照)で紹介したことのある調子者や。

こいつも、滅多に風邪のひいたことがない奴やった。

もっとも、こいつの場合は、間違いなく『アホは風邪ひかん』というタイプそのものやと思うけどな。

少なくとも、こんなのとは一緒には、されたくはないという奴や。

そのオオモリが風邪をひいたという。

ワシも、一応、アホのひく風邪やからということで、必要以上に警戒はしてた。

せやけど、ワシらの団は、基本的には、1台のワンボックスカーで、7、8人が狭い車内に閉じこめられて現場まで移動することが多い。

逃げ場がないわけや。

「オオモリさん、何か辛そうやな。今日は休んどったら良かったのに」

同乗のタケダという仲間がそう言う。

もちろん、心配してということも多少はあるが、それ以上に、うつさんといてくれよという思いの方が強い。

「いや、こんな風邪なんかで休めん。それに、風邪は、誰かにうつしたら治りが早いと言うしな」

普通の奴が、こういうことを言うても、ただの冗談で済む。

もちろん、オオモリも冗談で言うたことかも知れんが、そのときは誰もそうとは受け取らんかった。

オオモリなら、本気でそういうことを考えかねんと。

それが皆の共通の認識や。皆が一斉に横を向いて、知らん顔をしてたことでも、それが分かる。

当のオオモリはと言えば、これ見よがしに咳を連発しとった。

そんなこと、ばっかりしとったら、ええ死に方はせんで。ほんま。

その日は、いつもより多めに、お茶でのうがいをした。

しかし、そんなもので、何とかなると考えてたワシが甘かったということになる。

やはり、アホのひく風邪は尋常やない。

ワシ以外にも、その車中に同乗しとった拡張員が全員、インフルエンザに罹ってやられてしもうたからな。

今更ながらに、おそるべき奴やと思う。

幸い、ワシの熱も3日ほどで下がり快方に向かったから良かったようなもんやが、これが、現在、世界中に流行が懸念されとる強毒の鳥インフルエンザの変形タイプにオオモリが冒されていたら大変なことになるのやないかと思う。

ワシが、こんな目に遭うくらいやから、その被害は想像を絶するものになるのは間違いない。

万が一、そういう事態にでもなれば、オオモリを消却処分にするしか、人類が助かる道はないのやないやろか。

そんな気がする。


「店の決定なんで、そのマスクをしないのなら帰って貰います」

断固、ワシはそう主張した。

それで渋々、オオモリを含め、全員がマスクをして出て行った。

今回の新型インフルエンザは弱毒性やと言われている。

それでも、通常のインフルエンザの致死率0.1パーセントに対して、その4倍の0.4パーセントほどはあるのやないかと予想されている。

これを多いと見るか、少ないと見るかで、その対応が違うてくる。

現在、国や行政は、通常のインフルエンザと同じ扱いにしようという動きになっとるようや。

理由は、経済に与える影響が深刻やからという。

また、病院が対応しきれんからというのもある。

そのため、沈静化を図ろうとしているのやと。

しかし、現在、その薬もない状況や集団心理というのも働き、安心できんという思いの方が圧倒的に多いと思う。

さらに、過剰報道の割には情報が錯綜気味で何が正しいのか良う分からんというのも、それに拍車をかけとる。

それでも、まだ日本では死者が出てないというのが幸いしとるがな。

万が一、新型インフルエンザによる死者でも出れば、さらに混迷を深め、パニックに陥ることになるのはほぼ間違いない。

ただ、救いもある。

それは、季節が味方するのやないかという期待感があるからや。

インフルエンザウィルスは高温、高湿度に弱いとされている。

日本は、これから本格的な梅雨を迎え、夏に向かう。

それで、ほとんどのインフルエンザウィルスが死滅するはずやという。

新型インフルエンザのワクチンができるのは7月以降という話やが、その夏に流行が回避されれば、それが間に合う。

おそらく、現在の新型インフルエンザの流行が最盛期を迎えるのは、夏が終わった秋口やろうというのが大方の見方やというのもある。

ただ、そのときなって、弱毒性やと言われとるものが変異して強毒化するということは考えられる。

不必要に意識しすぎて怖がらんでもええが、舐めて甘く考えすぎるのも禁物やと思う。

それにしても……。

今回の騒ぎで確かになったことは、この地球上のどこかで蔓延した伝染病は必ず世界中に伝播するということや。

それをいかに防ごうとしても、それを完全に阻止することはできんと。

救いのない言い方かも知れんが、この地球上に住む限り、逃げ場など、どこにもないと腹をくくるしかない。

自分の身は自分で守る。

当たり前やが、それを徹底するしか、結局のところ術がないのと違うやろか。

まあ、心配せんでも、人は今までどんな困難でも切り抜けてきたわけやさかい、今回もそうなる可能性は高いと思う。

どんな事でもそうやが、あかんと思えばあかんし、何とかなると思えばなんとかなるもんや。

あきらめさえ、せえへんかったら道は必ずあるし、開ける。

肝心なのは、そう信じられるかどうかだけやと思う。



参考ページ

注1.第77回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■鬼の霍乱

注2.第24回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■ゲンさんを探せPart 1


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