メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第6回 ゲンさんの新聞業界裏話     

発行日  2008.7.18


■事故と保険の話


ハカセと久しぶりに、その古ぼけたスナックにやってきた。

「マスター、相変わらず暇そうやな」

店に入るなり、ワシはいつもの調子でそう軽く憎まれ口を叩く。

「あまり繁盛しすぎると本職に差し障りがありますんでね」

そう笑いながら受け流したのは、ワシが「カポネのマスター」と命名した、この店の経営者やった。

この「カポネのマスター」というのは旧メルマガでは、ちょくちょく登場していたキャラクターや。

しかし、この新メルマガでは初めてやから、その人なりを簡単に紹介しとく。(詳しくは、注1.巻末参考ページ参照)

カポネと知り合って、もう6年以上になる。

ワシが、この店で新聞の勧誘をしたことがきっかけやった。

今は、その関係は途絶え友人として付き合っている。

このカポネという男の第一印象はおそろしく悪い。

大柄でスキンヘッドの見るからにいかつい感じのする男や。

一見して、筋者(ヤクザ)か、それ以上に危険なものを秘めとる男やと感じさせる雰囲気がある。

実際、たまに一見の客が舞い込むことがあるが、その雰囲気のためか、たいていはすぐ逃げ出す。

店は、5,6坪ほどと狭くカウンター席しかない。椅子は8席あるが、詰めて座るには窮屈すぎる。ええとこ5、6人も入れば満員になる。

もっとも、滅多にそういうことはないがな。

今日びのスナックはどこでもカラオケくらいは置いとるが、それがない。

加えて、女気がゼロやから水商売をするには最悪やと思う。

普通に考えて、そんな店が6年も潰れず続いとるというのは、ある意味、驚異的ではある。

裏に何かある。どうしても、考えがそこにおよぶ。

ワシが、この店主にカポネと命名したのは大した理由からやない。

聞くところによるとカポネは、アメリカのシカゴ帰りやと言う。シカゴと言えば、アル・カポネくらいしか思い浮かばんかっただけのことや。

昔見た映画に「アンタッチャブル」というのがあったんやが、その中で名優ロバート・デ・ニーロが演じていた、実在していたシカゴのギャングのボス「アル・カポネ」と風貌と雰囲気がそっくりやと思うたから、その名を付けた。

カポネは、そのシカゴでアルバイトのバーテンダーをしていたらしい。

アルバイトというからには、本職があったはずやが、その頃はそれを聞くと、いつも上手くはぐらかされていた。

シカゴの暗黒街で何人か殺(バラ)してきたと聞かされても、嘘やとは誰も言わんやろうと思う。そんな雰囲気がある。

実際、冗談で他の客にそう言うたら、その客も妙に納得しとった。それは、十分、考えられる話やと。

しかし、このカポネは付き合ってみると、その外見からは想像も出来んくらい気のええ優しい男やというのが分かる。

人は見かけによらず。というのを実証しとる男でもある。

「ところでマスター、相談て何や?」

今日、ワシらが来たのは、そのカポネから電話があったからや。

「そのことなんですが……」

カポネは自宅で、ワシの勧誘したY新聞をそのまま現在も継続して購読しとる。

昨日、いつもは午前4時頃には届いている朝刊が配達されんかった。

カポネは、午前7時すぎまで待って販売店に電話をした。

すると、すぐその朝刊を持って20歳前後の若い配達員がやってきた。

「どうもすみません」

その若い配達員は、そう言いながら、謝りの意味を込めたゴミ袋と一緒にその朝刊をカポネに渡した。

ここまでなら、どうということはない。良くあるとまでは言わんが、ありがちなことではある。

「どうされたんですか」

カポネは、頭に包帯を巻いてやってきたその配達員を見て、思わずそう聞いた。

「……」

どうやら、その配達員は怯えた表情を浮かべ返答に窮しとるようや。

大柄でスキンヘッドのいかついおっさんに、いくら優しげにそう言われても、すぐには返答しずらいわな。

ヘタなことを言うと、ドヤされる(怒られる)くらいでは済まんと考えても不思議やないさかいな。

カポネはカポネで、その雑な包帯の巻き方が気になって仕方なかった。

完全に出血が止まってないらしく包帯が血でにじんでいた。

「じ、実は……」

マサオと名乗ったその配達員は、恐る恐る話出した。

午前4時頃。

近くの住宅街を配達中、脇道から、いきなり犬が飛び出してきた。

驚いたマサオは咄嗟(とっさ)にそれを避けようとしてハンドルを切り損ね横転してしもうた。

そのとき、ちゃんとあご紐を締めず、ヘルメットも俗に「阿弥陀(あみだ)被り」と呼ばれる被り方をしていたため、倒れた拍子にそのヘルメットが飛んだ。

「阿弥陀被り」とは、ヘルメットを後ろに傾けて被ることで、その様子が仏像の「阿弥陀仏」の背後にある頭光(ずこう)に似ていることから、そう言われている。

要するに、ヘルメットを被っているという見せかけだけの横着な被り方をしていたわけや。

マサオは横転して地面に直接、頭をこすりつけたことにより、かなりの擦過傷を負った。

しばらく、その場で痛みが引くのを待ったが、その頭からの出血がなかなか止まらなかったので、仕方なく販売店まで一旦帰って、備え付けの救急箱から包帯を取り出し自分で巻き付けた。

それが終わり、すぐ配達に出ようとしたとき、新聞がかなりの量、血で汚れていることに気づいた。

横転した際、新聞が飛散していたのでそれを拾い集めた。

まだ薄暗くて気がつかんかったが、どうやらそのときに新聞が血で汚れたようや。

マサオは仕方なく、その新聞を廃棄し、中の折り込みチラシを取り出し新しい新聞に入れ直した。

幸い、チラシまでは血で汚れていなかった。

結局、何やかやで1時間近くも遅れたということもあり、急いで配達を再開した。

それで、カポネの家に新聞を入れ忘れたのやと言う。

「どうも、すみません……」

「そんな事情でしたら仕方ないですよ。それにしても、大変でしたね。病院へは?」

「い、いえ、まだ……」

「どうして?」

「それは……」

最初、かなりマサオは喋りにくそうにしていたが、カポネの思いがけない優しさに触れたからか、あるいは不満があったからなのか、その理由を語り出した。

「実は、ボク、今年に入って、今回以外で3度ほど事故をしているんです……」

マサオは、去年の11月から、そのY新聞のタカダ販売店で専業従業員として働き始めたという。

一度目の事故は、今年の1月やった。

その日は寒く地面が凍結していたということもあり、スリップして横倒しになったまま路上に停めてあった乗用車にバイクごと激突した。

その際、右足を骨折して1ヶ月近く入院することになった。

このときは、販売店もまだ同情的やった。

販売店の加入している任意保険で相手の乗用車の修理費を払い、労災でマサオの治療費、入院費および休業手当も貰えるように迅速に手配してくれた。

二度目の事故は、仕事に復帰した1ヶ月後の4月末、夕方の集金業務中、出会い頭に中年の婦人が乗った自転車と衝突した。

このときは、マサオの方には怪我はなかったが、相手に腰の骨を折る全治2ヶ月の怪我を負わせた。

これも、販売店の加入している任意保険で、治療費、入院費、慰謝料などの支払いをし、何の支障もなく終わった。

但し、このときは店主のタカダから、かなりきつめに叱責されたという。

三度目の事故は先月の6月末。

本人曰く、小石か何かを踏んだはずみで横転したということらしい。

そのとき、原付バイクだけが電柱に激突して大破、オシャカになった。

マサオ自身は投げ出されたはずみで、左手の中指を骨折した程度の軽傷で済んだ。

このとき、店主のタカダは、あまりにも度重なる事故に業を煮やしたのか「この次、こんな事故を起こしたら、うちの保険は一切、使わせんし、辞めて貰うからな」と宣告した。

そして、今回の事故やった。

ただ、幸いにも、まだ誰にも気づかれていない。例え気づかれても、自分で軽くコケただけやと言うつもりやった。

それには、自損で相手もなくバイクも壊れたところがないし、骨折などの大きな怪我もなさそうやったからや。

大したことがないで済む。そう考えた。

カポネの言うとおり病院に行くのがベストなのは分かっているが、それやと保険が使えんから病院の治療費は実費で払わなあかんし、大袈裟になりクビになりかねんという怖さもある。

「その怪我をちょっと見せて貰えませんか」

カポネは、アメリカで一時、EMT(Emergency Medical Technician)と呼ばれる救急救命士をしていたことがあるという。

日本で言う救急隊員のことや。

「ほんまかいな」

初めてそのことをカポネの口から聞かされたとき、ワシは俄には信じられんかった。

もっとも、それはワシに限らずやとは思う。

バラ(殺)す側やと言うのなら、たいていの人間は信用するやろうが、人助けの最前線にいたというのは、そのイメージからはほど遠いさかいな。

その話をすると長くなりそうなので、また何かの機会があればするつもりやが、それもあり、その包帯のええ加減な巻き方が気になって仕方なかったわけや。

カポネは、自前の救急箱を取り出し、慣れた手つきでその傷口を診て消毒し、新しい包帯で巻き直してやった。

「大したことはなさそうですが、傷口からバイ菌が入っている可能性もありますので、念のために病院で診て貰った方がいいですよ」

「ええ、そうしたいのですが……」

マサオは、現在、販売店が借りたアパートに住んでいる。

クビになれば、たちまちそこから追い出されるのは目に見えている。追い出されればどこにも行くアテがない。

ヘタをするとホームレスになりかねん。

現在、就業難民になった若者のホームレス化というのが社会問題にまでなっている。

ネットカフェ難民と呼ばれる若者の多くがそれやという。

一旦、そのホームレスになると、さらに一般の仕事に就業しずらくなり、そこから抜け出せなくなる危惧が高くなる。

一般の人は、新聞販売店の従業員やワシら拡張員は比較的誰でも雇うと考えられとるようやけど、それでも住所不定というのは、まず雇わんし敬遠される。

それを恐れる。

「それだったら、販売店に内緒で診て貰ったらどうです?」

その販売店にしても、任意保険などを使われることを嫌がるだけで、個人で診察を受ける分には、それとは関係ないはずや。

聞けば、その販売店は社会保険も完備しとるというから、初診料込みでも数千円程度で済むと思われる。

そう説いた。

「そうですね……。ただ、このまま本当に一切保険を使って貰えなかったら、今度、事故を起こしたらどうしようもないですけど……」

マサオは、ついその不安を口にした。

「それは大丈夫だと思いますよ」

カポネは、ワシらがHPを開設しとることは知っている。

その大のファンやと言うだけあって、良く見とる。

つい最近、HPのQ&Aに『NO.593 事故で自賠責を使わないのは違法ですか』というのがあった。(注2.巻末参考ページ参照)

そこに、自賠責保険についての記述がある。


自賠責保険の目的は、人身事故による最低限度の保障を確保し、死亡や怪我などをした被害者の救済を図るためということになっとる。対人専用保険ということやな。

例え、この自賠責保険に加入していなくとも、自賠責法で政府が自賠責保険に準じた給付を行うことが定められとる。

因みに、ひき逃げなどで相手が不明の場合でもそれが摘要される。また、被害者に故意の過失がない限り救済されるとある。

被害者の故意の過失とは、詐欺目的の当たり屋や自殺目的で自動車の前に飛び込むケースなんかのことや。

つまり、交通事故であれば、一部の例外を除いて、すべて摘要され救済されるということになる。

但し、その救済には限度がある。

怪我などの傷害の場合は、治療関係費、休業損害、慰謝料などを含めて上限が120万円までと決められている。

死亡事故については、葬儀費、逸失利益、慰謝料などを含めて3000万円が上限や。

後遺障害の場合は、逸失利益、慰謝料などを含めて4000万円となっとる。

それ以上の請求は、任意保険や加害者本人の負担でせなあかんことになる。

尚、この請求は被害者側から被害者請求を直接、自賠責保険会社にして、その支払額から、治療を継続するための費用や、紛争処理、またはその民事裁判へ向けての準備費用に廻すことも可能やとされとる。


これからすると、事故を起こして、相手を怪我させた場合や自身が怪我をした場合でも、ある一定までの保障はされることになる。

ただ、それを越える分は任意保険に頼るしかない。

原則として、法律ではこの任意保険への加入は自由ということになっとる。

まあ、たいていの販売店では任意保険には入っとるがな。

配達員自身の保障ということになると、それに加えて労災保険というのがある。

任意保険の申請は、販売店各自が入っている保険会社との間でするが、労災に関しては、地区の販売店組合に申請書類を出すまでが販売店の仕事ということになっとる。

地区の販売店組合は、新聞本社の労災保険を専門に扱う部署へその申請書類を送り、そこの担当者が労災の手続きを行う。

この労災についてはHPの『ゲンさんのお役立ち情報 その1 労災についての情報』(注3.巻末参考ページ参照)で、当HPの法律顧問をして頂いている法律家の今村英治先生から、その詳しい解説を寄せて貰っている。

その中に、


労災保険は強制適用です。従業員から保険料は一切徴収されず100%事業主が支払うものです。バイトも含め全従業員適用です。それどころか不法就労の外国人も労災法上は保護されます。

新聞店は適用除外業種ではないですから、法人だろうが個人だろうがいい逃れはできません。そして、事業主が保険料を払っていようがいまいが、また未加入であっても労働者は当然の権利として労災を申請できます。治療費は自己負担ゼロ。全額保険で出ます。

休んだ場合の休業補償は、貴HPにあるとおり4日以降から法律上では60%、また他の制度から20%支給され実質80%保障です。

亡くなった場合には遺族に対して、障害を負った場合は程度に応じて年金が支給されます。厚生年金との併用は可ですが一部労災保険が減額されます。

保険がおりない最初の3日間の休業補償は、労働基準法により事業主が支払うよう義務付けられています。


という部分がある。

「つまり、事故を起こした場合、その経営者が、それらの保険を使う使わないということはできず、ほぼ強制的に人的保障はされるということになります。もっとも、その限度があるということですが」

「そうなんですか。良く分かりました。もし、そうなったとき、また相談させて貰ってもいいですか」

この頃になると、マサオはすっかりカポネを頼りがいのある男やと思うようになっていた。

「いいですよ。但し、これは人の受け売りですから、その詳しいことは聞いておきますので、また後日、暇なときに店の方にでも来てください」

「分かりました」

マサオはそれだけを言うと帰って行った。

その答えを知りたくてワシに電話したという。

ワシらはワシらで、それやったら久しぶりやからということになり、今日、直接来たというわけや。

「なるほど。せやけど、あのタカダ販売店の所長なら、いくらそう言うてても、実際にそうすることはないやろうと思うで」

当然やが、ワシはそのY紙のタカダ販売店の店主、タカダのことは良う知っている。

多少、ワンマンなところはあるが情にもろく、言うてるほど非情になりきれる男やない。

新聞販売店の店主に、こういうタイプは多い。

そのマサオとやらに、そう言うたのは戒めとして投げかけた言葉にすぎんと思う。

そのマサオは、過去にそれだけ事故を起こしているにも関わらず、今回、おそらく癖になっとるのやろうが、ヘルメットを阿弥陀被りして走るくらい、注意力と危機感に欠ける男のようや。

おそらく、普通に叱責したくらいでは効果ないと踏んだのやろうと思う。

ただ、実際に次に同じような事故を起こしたからと言うても、その言葉どおりほっとくということはないはずや。

また、そうしようと思うても、経営者の意向に関係なく、それなりの申請や手続きを踏めば自賠責や労災は人身事故にはある程度保障されるようになっとるしな。

問題は、任意保険のみでしか対応できん対物ということになる。

任意保険の加入者としては、なるべくならそれを使わないで済むのならそうしたいというのが本音やと思う。

任意保険の仕組みとして、事故回数が多いほど、その保険料が高くなるさかいな。

それでも、タカダを含め、実際に事故が起きれば、たいていの販売店の経営者は仕方ないと考え、任意保険を使うのを拒否することはない。

まあ、配達員が加害者の場合、相手の多くは、新聞販売店にその被害の請求をしてくるやろうから、現実的にも知らんで通すのは難しいがな。

ただ、この業界には「ケガと病気は自分持ち」という考え方が昔からある。

せやから、ちょっと前までは、事故は自己負担という考えが業界の中には支配的やった。

もっとも、今はそれは通用せんがな。そいうことで問題にされると、その販売店自体が拙い立場に立たされるさかいな。

それでも、ごく一部の新聞販売店の経営者には、実際に労災の手続きすらせん者がおるのも確かや。

法律やシステム的には、そういうのはあかんことになっとるが、現実にそれを糾弾することのリスクを恐れる配達員も多く、それで泣き寝入りするケースがある。

今回のマサオのようにな。

理解のない販売店のトップに異論を唱えると、確実に軋轢が生じる。それで、本当に「クビや」と言い出す経営者もおると聞く。

例え、そうはならんでも、そこでは働きにくくなると思う。いずれは辞めなあかんようになる。

雇用者が経営者に例え正論であろうと文句を言う場合は、常にそのリスクがつきまとうさかい、そうする場合はその覚悟が必要になる。

それで職を失って困るのなら、少々のことは皆、黙って辛抱することが多い。

今回のマサオのケースも、怪我自体は大したことはなさそうやから、自費で病院に行って診て貰う方がええのやないかなと思う。

これは、ワシの勝手な判断かも知れんが、自費で治療費を払うことで痛いと感じれば、次からは事故に対してもっと慎重になると考えるのやけどな。

それで事故がなくなれば結果的に、マサオのためにもなる。

但し、個人の裁量を越えた事故を引き起こしたときは、そうも言うておられんやろうがな。

「せやから、マスターがそのマサオに説明するのなら、あくまでも万が一の場合の、それこそ本当の意味での『保険』ということにしといた方がええのやないかなと思うで」

何でもそうやが、正当な権利を主張するだけでは、なかなか物事は解決せんということや。

もちろん、そう言うたらあかんということやない。その人の判断次第やし、自由や。

ただ、そうするにはするだけのリスクもあると知っとかな、結局はその人が損をすることになるさかいな。

それでも、新聞販売店で働く場合は、従業員、アルバイトを問わず、最悪の場合でもそれなりに救済されると考えられるが、拡張員の場合は難しいケースもある。

特に、拡張団と業務委託契約を交わしている下請け契約者としての拡張員の場合がそうや。

以前、これについてハカセが、先の今村英治先生に問い合わせたところ、次のような返信があった。


拡張員の労災の件です。

請負ならば適用をうけません。

メールを頂き、あらためてほんとうに驚きました。そうだったんですか〜。

法の盲点をうまくついてるというか、なんというべきか、拡張員の方々は本当に社会的弱者ということが分かります。労働者としていないことで労働基準法も労災法も適用を受けませんよね。

労災には特別加入という制度があります。

個人タクシーや赤帽の運転手さん、職人さん、大工の親方等々個人事業主ですが、現場で働く人たちですから、労災保険に入れてあげようという制度です。もちろん拡張員さんも法的に加入できるでしょう。

特別加入するためには、私たち社会保険労務士や地元の商工会などを通じて労働保険事務組合の組合員になる必要があります。組合を通じて労災に特別加入するわけです。

国に対して直接手続して特別加入することはできないのです。

労働保険事務組合は保険料の滞納が許されません。ですから組合員を入れるにあたり、どの事務組合もしっかりと保険料が払えるかどうかかなり慎重になっています。組合員が払わないと組合が自腹を切ることになりかねないからです。

拡張員さんが労災に入れるかどうかは、まさにこの点に尽きます。個人的に懇意である社労士さんか商工会に顔が利くとかがない限り・・・。

フリーエージェント制のような拡張員さんですから受け入れてくれる事務組合はそうそうないと思います。

お答えしておきながら ため息が出てしまいますが、拡張員さんの地位向上のためには業界内部で協力して共済組合とか労災のための事務組合をつくってしまうとかしないといけません。

また大手新聞社が体質を改善し正式な社員としてでないと営業活動ができないというシステムに変えていくべきでしょうね。

拡張員さんに限ったことではないですが、フリーで働く人の中には国民年金はおろか国民健康保険の保険証すら持っていない人もいますよね。

身体が資本の仕事であればこそ社会保障の恩恵を受けるべきなのに・・。老齢基礎年金の受給すらないようでは老後の生活が憂慮されます。

現状のシステムがすぐに変わるとは思えませんので一人一人の拡張員さんがしっかり経済力をつけ、国保の手続きをちゃんと行った上で、国民年金基金にも加入し労災保険についても分割ではなくて、年度保険料を一括で払うことを条
件に労働保険事務組合にも入れてもらって労災も自分でしっかりかける。

こういう形で生活防衛のためのリスクヘッジをするしかなさそうです。


ワシは、現在、ある新聞販売店の専拡(専属拡張員)をしとるから、保険や待遇面ではそこの社員扱いやけど、つい最近まで所属していた拡張団では、その請負でやっていた。

せやから、そのためのリスクヘッジ(危険措置)として、自身で健康保険に加入して民間の傷害保険にも入っとるわけや。

しかし、現実問題として、その拡張員の中には国民保険証すら持たず一切の保険にも加入してないという者が相当数いとるのも事実や。

その彼らに、どこまで今村先生やワシの考えが届くかは疑問やと言うしかない。

残念やが、今のところ、その彼らを万が一の事故から救える方法がない。

拡張員の中には、入店先のバイクを借りて勧誘に廻る者がおるが、それで事故を起こした場合は、まだその保険が使えるから何とかなる。

あるいは、拡張団所有、または個人所有の乗用車で勧誘に廻っている場合も、その保険が使える。

しかし、これが、自転車や歩きで事故に遭遇したら救われんことになる。

自転車の場合は、自賠責保険の強制加入義務というのはないさかい、新聞販売店で自転車にまで保険をかけとる所はまれやと思う。

それには、その自転車保険料そのものが高額やということもある。

「私は、下の息子のコウが、今年から中学1年生になって自転車通学するようなったから、一応、その自転車保険はかけましたが」とハカセ。

その保険では、対人5千万円まで、自損で3千万円まで、入院1日3000円、通院1日2000円保障される。

但し、その保険会社は3年契約しかなく、その保険料は26000円ほどかかったという。

ちなみに、自賠責の保険料は原付バイク(50cc〜125cc)やと、1年6960円ということやから、自転車保険の方がはるかに高いということになる。

「それでも、万が一のときの安心には代えられないと思いますよ」

中でも加害者になったとき、何も相手に対して保障ができないというのでは辛いことになる。

事故が起こらんという保障はどこにもない。そして、あってから悔いても遅い。

例え、それが自転車であっても死亡事故すらあるわけやから甘く考えるわけにはいかんと、ハカセは言う。

万が一の備えは絶対に必要やと。

新聞販売店によれば、免許のない人は自転車で配達するというケースもあるから、そのための保険に加入していないというのは、それはそれで怖い話ということになる。

それでも、自損の場合は労災などの適用で救われるが、対人の場合はどうすることもできん。

そういう実際の事案を知らんから何ともコメントしにくいが、その事故の程度により相当揉めるということも考えられる。

経営者なら、そういう可能性は常に留意しとかなあかんのやけど、義務や決まりがなく、その確率も低いと考えると、どうしてもおざなりになりやすいのやと思う。

結果、その事故に遭ったとき後悔することになる。

現在、拡張員も会社員形式というのが多くなって福利厚生もそれなりに充実されてはきとる。

一時期のように請負制主体というのも減っとる。また、業界全体がその方向になりつつあるのも確かや。

ただ、それでも、中には旧態依然とした仕組みの所があるのも、また事実や。

そういう所で働くのなら、自分の身は自分で守るということに徹して、自ら保険に加入しとくことやと思う。

今のところ、確実な方法はそれしかない。



参考ページ

注1.旧メルマガ『第44回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■その名は、カポ
ネ』http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage13-44.html

注2.『NO.593 事故で自賠責を使わないのは違法ですか』
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage10-593.html

注3.『ゲンさんのお役立ち情報 その1 労災についての情報』
http://www3.ocn.ne.jp/~siratuka/newpage16-01.html


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