メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第62回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2009.8.14


■ゲンさんの不幸な1日


8月11日の朝。

定時連絡を入れた際、「ゲンさん、どうされました。えらく喋りにくそうですけど」と、ハカセにそう心配された。

「べ、別に大した……ことはないん……やが」という言葉がもつれる。

「ははーん、また虫歯ですか」

「わ、分かるか?」

「そりゃ、分かりますよ。何年付き合っていると思っているんですか」

そう言うハカセの声が、心もち笑っているように聞こえる。

ハカセは、別にワシの歯痛を楽しんで言うてるわけやないとは思う。

純粋に心配している……はずや。

ただ、一般論として、人が歯痛で苦しむ姿というのは同情を誘う余地がないのは確かや。

それがワシのような、おっさんともなればよけいやと思う。

笑いのネタにされる事はあっても、かわいそうにと人から同情を寄せて貰えることはまずない。

これが自分の身に起きたことやなく、他人がそうなったと聞けば、間違いなくワシは笑い飛ばすはずやから、それは良く分かる。

もちろん、上辺では気遣う素振りくらいはするやろうがな。

今のハカセのように。

「歯科医へは?」

「ま、まだや」

ワシは歯医者が大の苦手や。よほどのことでもない限り行くつもりはない。

それには身の毛もよだつ、おぞましい過去があるからや。

話はワシが、まだ小学2年生の頃に遡(さかのぼ)る。

その当時かかっていた歯医者は、あろうことか、いきなりペンチをワシの口に突っ込み麻酔もかけずに虫歯を引き抜きよった。

そのペンチは、どう見ても、そこらに転がっている物や。とても医療用のそれとは思えなんだ。

そのヤブ歯医者は、「どっちみち、お前の歯は乳歯やから、心配せんでもすぐ生えてくるわい」と、血まみれのワシの歯をその小汚いペンチで挟みながら、不気味な笑いを浮かべていたのを、今でも鮮明に覚えている。

ちょっと、想像してみてほしい。

診察台に縛りつけられた状態で、必死に助けを求めて藻掻(もが)いている幼気(いたいけ)な子供の恐怖と痛さがどれほどのものやったのかを。

大袈裟やなく、この世のものとはとても思えなんだ。

地獄絵図に地獄の鬼が亡者の舌を引き抜く光景というのがあるが、まさしくそれやった。

歯医者がその鬼に見えた。いや、本当にそうやなかっとのかと未だに思うとる。

せやなかったら、いくらそれが仕事やというても、その痛みにのたうち廻っとる子供から、平然とその歯を引き抜くことなんか、人にできるわけがない。

ワシにとって生涯消えることのない記憶になった。その記憶は、幾つになっても「歯痛」と共に甦ってくる。

その事があってから、歯医者に行くのが怖くなりトラウマになったわけや。

今流の言い方やと、PTSD(心的外傷後ストレス障害)ということになるのやろうと思う。

精神的なショックを受けた事で、長い間、心の傷となってしまうという事を指す。

外国では、心的外傷を伴う犯罪は、一般の傷害罪よりも量刑が重いとされている。

その歯医者にも、それを適用して児童虐待で刑務所送りにするべきやったと、今でもそう思う。

まあ、いくらそれを言うても、50年近くも昔の話ではどうしようもないがな。

ただの戯言(たわごと)にしかならん。

もっとも、現在でも白衣を身にまとった「鬼」は、どこかには居そうやけどな。

今から4年ほど前、ある歯医者にかかる際、大騒ぎしたことがあった。

そのときの話は、旧メルマガ『第40回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■コーヒーブレイクは歯医者で』(注1.巻末参考ページ参照)でも話したことがある。

ほとんどの人は、それを単なる笑い話としてしか受け取ってなかったと思うけど、そういう悲惨な背景があっての、その話やったわけや。

もっとも、ワシが経験したようなケースは特別やったとは思うがな。

その証拠に、そんな話をどこでしても信じて貰えんかったさかいな。

ワシ一流のジョークやというくらいにしか誰も考えてなかったと思う。

拡張で雑談していると、たまに歯痛の話題になることがある。

それで、そのことを話すと、「またまた、ゲンさんは、いつもそんな面白い話をして」という客がほとんどやったさかいな。

単なるネタ話の一つとしてしか、それを聞かされる方は思えんのやろうな。

しかし、これは紛れもない事実や。

せやからこそ、その話をするときは、ワシはいかにその状況が悲惨なものやったのかを微に入り細に入り真剣に説明するわけや。

結果として、それが、よけい笑いを誘うことになる。

それにしても歯痛は辛い。

歯痛をそのジョークや笑い話として使う分にはええけど、実際、その痛みが襲うてくるのは災難以外のなにものでもない。

歯の痛みには終わりというものがない。

いつ終わるとも知れん際限のない痛みや。一時だけ辛抱して、その痛みから解放されるのなら、まだ我慢できる。

しかし、歯の痛みは我慢すればするほどその痛みが増すだけや。

辛抱のしがいがない。どうしようもないから、嫌やと思うてても、その歯医者に駈け込むしかない。

ところが、運の悪いことに、今はどこの歯医者も「盆休み」に入るとかで新規の治療は後回しにされる。

近所の歯科医院に、片っ端から予約の電話を入れてみたが、早いところで、8月18日やという。

歯が痛くなったのは8月10日の夜やったから、それまでの一週間余りは、この痛みに耐えなあかんわけや。

普通は、そうなっても市販の歯痛の薬を飲めば効くもんやが、ワシにはなぜかその手の薬が効くことはあまりない。

逆に痛みが増すような錯覚さえ起こす。

こんな状態で歯医者に行った場合、言われる言葉は決まっている。

「よく、そこまでほっときましたね」と。「これでは、薬など効きませんよ」と。

そして、当然の帰結として、その部分の神経を引き抜かれるか、歯そのものを引き抜かれることになる。

それを想像するだけで気が滅入る。

ただ、それだけで済めばええが、人の災難とか不運というのは、得てしてそういうときに重なるから始末が悪い。

歯痛に夜通し苦しみ抜いた翌日の8月11日。

ワシにとって、その日は最悪の1日となった。

午前10時。

イケダ販売店の事務所に行くと、机の上に「○○町二丁目のオオヤマさんから契約解除の連絡あり」というメモがあった。

オオヤマというのは、3ヶ月ほど前にワシが契約を取った客で、確か、今年の9月からの購読ということになっていたはずや。

そういう客へは、その事情を聞きに行って、引っ越しとか契約者の死亡という、よほどの事情でもない限り、その契約解除を思い止まるように説得する。

ほとんどは、その説得に応じるケースが多いが、この歯痛で喋ることがままならんような状態では、その自信がない。

本来なら、歯医者に行って話せる状態になってから行くべきやと思うが、それやと一週間も先になり遅い。

こういった事案は、すぐに対処しとかんと、遅いという理由だけで「その件ははそちらはもう了承したはずでしょ?」と、客に思われる。

また、そう言われた場合、こちらの立場も弱くなる。

たいていの場合、その電話を受けた事務員は「担当者に伝えておきますので」という程度の返答しかせんもんや。

「担当者に伝えておきます」プラス連絡がない、イコール、「了承した」ということにされやすい。

行くしかない。重い足を引きずりながらでも。乗用車で行く場合は、重い車と言うた方がええのかな。

とにかく、そんな感じでオオヤマの家に向かった。

そのオオヤマというのは、他紙の長期購読者やったのを、そこを何とかと言うて説得し、契約して貰った客やった。

そのオオヤマ宅に行くと、そこの主人が出て来て、「あんさんには悪いいんやけど、今まで取ってた新聞屋が、あんたのところ以上のサービスをすると言うて来たもんやさかい、家内がそっちで契約したいと言うんや」と、その理由を言う。

こんな理由での契約解除は、クーリング・オフ以外では認められん。

契約から3ヶ月も経っている今となっては、そのクーリング・オフは使えんしな。

自己事由での解約希望ということになる。

どうしても解約がしたいということなら、普通は、契約時に渡した拡材(サービス品)の返却をして貰った上で、解約違約金を請求することになる。

それに納得して、それを支払うという客は、それで終わるが、たいていはそれで揉めるというか、抵抗を示す場合が多い。

「そんな話は最初に聞いてない」と。

ほとんどの客にとっては、新聞の購読契約など、契約のうちに入るとは思うてない。

いつでも断ることができると考えている。法的な拘束力などないと。

そんな折、ワシは決まって「そんなことはありません。新聞の購読契約というものは法律で保護される立派な契約なんですよ」と説き、「解約違約金についても、旅行会社や携帯電話会社がそうするようにクーリング・オフ以外で解約を希望される方に支払い義務が発生する場合が多いんですよ」と諭す。

もっとも、ワシの場合、その解約違約金を貰うのが目的やなく、そう言うことで「そんなものを支払うより、このまま契約どおり購読された方が得ですよ」と説得するためにそう言うケースの方が大半やけどな。

「その以前取っていたという新聞販売店さんも、うちとの契約を解除してまで、すぐその新聞を取れとは言わないはずですし、そのサービスも1年先からの契約であっても今、同じように貰えるはずですから、損にはなりませんよ」と付け加えて説くわけや。

それでも難色を示し、難しいとなれば「何でしたら、解約は難しいですが、契約期間の短縮なら応じますので」と言うて、最終的に、6ヶ月、最悪でも3ヶ月契約に変更することで手を打つ。

こうすれば、客には損をしたという思いや販売店と揉めたという事がなくなり、この先も客になる得るという可能性を残すことができる。

相手の客次第で、今後の取引がよほど難しいと思えるケース以外で揉めるのは、なるべく避けた方がええ。

ただ、こう説得するには、それなりのトークが必要やし、時間もかかる。

もちろん、いつものワシなら、その程度の事は大した問題ではないのやが、いかんせん、この歯痛が深刻な今の状況で、そうするのは難しいと言うしかない。

喋る事自体がしんどいというのでは、それこそ話にならん。

それもあり、「クーリング・オフを過ぎてますので解約は無理です」と、つい手短に伝えてしもうた。

おそらく、そのオオヤマにして見れば、無愛想な物言いに感じたのやろうと思う。

結果的に、「何をえらそうに言うてんねん。新聞を取ろうが取らんとこうが、こっちの勝手と違うんかい!!」と、怒らせることになった。

こうなったら、その場では何を言い訳しても遅い。

そう考え取り敢えず、「後日、上の者と相談して、また来ますので」と言うて、その場を逃げるのが精一杯やった。

情けない。心底そう思うた。

タカが歯痛になったくらいで、何も言えんようになるというのでは、どうしようもない。

ハカセに電話をしたのは、そんなときやった。

「ゲンさん、そんなに落ち込まないでくださいよ。人間、誰でも体調の悪いときはそんなものですよ」と言うハカセの慰めも、ワシにはどこか虚しく聞こえてしまう。

おそらく、一週間後、喋れる状態になったとしても、そのオオヤマを説得するのは限りなく難しいやろうという気がする。

その怒らせた張本人がそうするわけやさかいな。しかも、その負い目を感じたまま。

「実は、あのとき歯痛でして、多くを話せなかったものですから」と言い訳するのも嫌やしな。

不運は、それだけでは終わらんかった。

そのオオヤマ宅からの帰り道、その住宅街を車で走っているときやった。

いきなり目の前に何かが飛び出してきた。

子犬か猫のようやったが、それを確かめる余裕はなかった。

「うわっ!!」っと、短い絶叫を放ち、咄嗟に急ブレーキを踏むと同時にハンドルを大きく右に切っていた。

タイヤが悲鳴を上げながら横滑りしたまま側溝に横倒し状態で突っ込んで止まった。

そのとき、顔面をハンドルで強(したた)かに打った。

口から血が噴き出す。

ワシは、手で口を押さえながら車の中で、しばらくの間、呻(うめ)いていた。

下の前歯が1本折れていたのに気がついた。

それが痛い歯なら、まだ救われたのやが、まったく何ともない別の歯やった。

痛い歯は至って頑強そのもので、痛さをさらに増して、その健在ぶりを誇示していた。

まったく始末に悪い。

まあ、そうは言うても自分の歯では誰にも文句は言えんがな。

そんな悠長なことを考えていると、いつの間にか、車の周りには人が集まっていた。

見た目には派手な事故やから仕方ないが、格好悪いやら恥ずかしいやらで、できることなら、その場から逃げ出したかった。

ワシの口から鮮血が滴(したた)り落ちているのを、その中の一人が目聡く見つけ、素早く携帯電話で「車内に怪我人がいます。至急、救急車を!!」と喚いていたのが聞こえた。

ワシはと言えば声も出せずにいた。

まあ、普通に考えて事故で血を吐いているのを見たら、誰でも「これは大事(おおごと)や」と思うのも無理はないがな。

真っ先に疑うのは内臓破裂やさかいな。

まさか、歯が1本折れただけで、声も出せんほどやとは思わんやろうしな。

声さえ出せたら「大したことはない」と言えるのやがな。

それでも、何とか自力で外に出ることはできた。

ただ、口からの鮮血で白いカッターシャツが血に染まってしもうてたから、かなりの怪我をしとるように傍目(はため)には映る。

すぐに救急車が到着し、念のためという救急隊員の勧めもあり、近くの救急病院に搬送された。

このどさくさに紛れて、その痛い歯を何とかしてくれんかと思うてたが、それは甘かった。

当たり前やわな。事故と関係のない歯はどうにもならん。

一応、ダメもとでその痛さを訴えてはみたが、「ああ、ここに大きな虫歯がありますね。これは歯科医に行って診て貰ってください」で、終わりやった。

まあ、当たり前の話やけどな。

その救急病院に、一応、警察官が事情を聞きに来たが、完全な自損事故ということが分かると、そそくさと帰っていった。

結局、ワシの怪我はその前歯1本の欠損以外は、軽い顔面の打撲程度で大したことはなかった。

しかし、悪いときには悪いことが重なるもんやと、つくづく思い知った。

自動車屋に車の引き上げと修理を頼んだが、その請求書の額を見て、よけいその思いが倍加した。

ただ、今はそれよりも、ワシにとって最大の関心事は、一刻も早く、この歯痛から逃れることや。

それが叶うまでの間、この痛みに耐えなあかんのかと考えるだけで気が滅入る。

この痛みから解放されるのなら、悪魔にだって魂を売る。

そんな気になる。



参考ページ

注1.第40回 新聞拡張員ゲンさんの裏話 ■コーヒーブレイクは歯医者で


追記 ご参考までに

投稿者 Tさん アメリカ・ロスアンゼルス在住 投稿日時 2009.8.15 AM 2:45


ご無沙汰しております。Tです。

私は毎週メルマガを読んでいるので、久しぶりという感覚はないのですが、長らくメールしていなかったように記憶しております。

職業柄、歯科の話題のときぐらいは、何らかの返信をしておこうと思いメールいたしました。

本当に災難だったかと思います。まだ予約日まで時間があるので痛み、お察しいたします。

ゲンさんが幼児期に体験したことは私もあります。私の場合、早く歯を治療しないともっと痛い目に合わされると思い込まされたので、マメに治療しています。職業柄というのもありますが。

初期の虫歯であれば、レーザーを用いて削る歯科医院もあり、あの不快なモーター音を聞かなくて済みます。無痛治療などと表記している歯科医院はおそらくこのレーザーを持っているようです。

音を聞かないだけでも、ストレスや恐怖感が開放されるのではないかと思います。

また、歯科業界は市場が低迷しているので、新しく開業する歯科医師も多く(就職口がないため致し方なく独立)、歯科医院の内装競争(?)で患者の取り込みを行なおうとしているそうです。

私立の歯科大学の授業料は年間500-1000万円かかるので、家族がお金持ちのことが多く、開業資金も歯科医師の両親にとっては、はした金だったりするので、気楽に開業し、内装にお金をかける傾向にあるようです。

昔の歯科医院のように薄暗く、消毒液の匂いとモーター音ということは、ほとんどないので、もしゲンさんが何年も歯科医院に行かれていないのなら、ビックリされるのではないかと思います。

メルマガを読む限り、ゲンさんの場合、残念ながら神経は抜かれるのではないかと思います。残っている歯、できるだけ神経は抜かないように早めに治療されることをお薦めします。

神経のある、なしで歯の寿命は変わってきます。神経がなくなれば、早い人で10年、普通の人で20年程度で抜けてしまいます。

そうなると、普通は健全な両サイドの歯を削り、ブリッジと呼ばれる修復物を入れます。3本分の歯のところを2本の歯で支えるわけですから、支えている歯の負担が大きく、抜けるリスクがあがります。

個人差があるのであまり数字では言いたくないのですが、概ね10年程度で抜けます。こうなると3本分のスペースが開くので、一般的には入れ歯という方向になります。

このようなリスクを避けるためにインプラントという技術はあるのですが、ここまでくるのに神経を抜いてから20年程度ありますので、年齢を考えて方法を選べば良いと思います。

また、歯磨きはもちろん、週2,3回程度、全部の歯の間、歯と歯肉の間をフロス(糸ヨウジ)するだけで、30年もつ場合もあります。

一番良くないのが、歯を抜いた後、次の治療をサボってしまい、そのままにしておくということです。

歯を抜けば痛みがなくなり、その後、何らかの事情で予約を一回サボってしまい、それっきりという人も結構います。

ですが、歯はなくなれば周りの歯がそれを補おうと歯が動き、噛み合わせがおかしくなります。肩こり、腰痛、偏頭痛などを引き起こすこととなるので、完治させた方が後のトラブルを防げます。

とりとめもないまま、だらだらと書いてしまいました。今の痛みを何とかして欲しいというのが、本音かと思いますが、これを期に歯のお手入れと定期健診をお薦めいたします。

お大事に。


書籍販売コーナー 『新聞拡張員ゲンさんの新聞勧誘問題なんでも選集』好評販売


ご感想・ご意見・質問・相談・知りたい事等はこちら から


ホームへ

メールマガジン『ゲンさんの新聞業界裏話』登録フォーム及びバックナンバー目次へ