メールマガジン・ゲンさんの新聞業界裏話・バックナンバー

第64回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2009.8.28


■新聞販売店物語 その2 集金持ち逃げ男のその後


「起訴猶予?」

警察から、そう聞かされた販売店の店主オイカワは、そんなものかと思って拍子抜けがした。

その事件のことは、当メルマガ『第46回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞販売店物語 その1 集金持ち逃げ男の末路』(注1.巻末参考ページ参照)で取り上げた。

ご存知ない方のために、簡単にその顛末を話す。

事件の2ヶ月前。

オイカワは、ユウイチという30歳の男を専業員として雇った。

夫婦でアパート住まいしとるという、真面目そうな男に見えた。

働き出して2週間をすぎた頃、休日に自家用車で追突事故を起こしたのやが、相手の車の修理費10万円が払えなくて困っているから貸してくれないかと言うてきた。

オイカワは、そのときには、それほど疑いもせず「そうか」と言って、その10万円を貸した。

すると、またその一週間後、「すんません、うちの家内が急に腹痛で昨日病院に連れていったんですけど、国民健康保険料を滞納していて、その支払いをしないと保険が使えず、この後の治療が困るんです」と言うて、その支払いにと、さらに10万円貸してくれと言うてきた。

このときも、オイカワは、「それは大変やな。すぐ、その滞納分を払って奥さんを安心させてやりや」と言って、何の疑いもなく、その10万円を貸した。

この業界には、切羽詰まった事情を抱えて飛び込んでくる人間が多い。

それを一々、詮索する経営者は少ない。慢性的な人手不足の業界で、それをしてたんでは人は集まらんと考える。

オイカワもそうやった。そのときには、そういうこともあると信じた。

最初の給料日の翌朝、深夜の午前2時。

ユウイチは紙受け(新聞搬入)の時間になっても出て来ず、携帯電話にも応答がなかったので、店から近いということもあり、直接、オイカワが呼びに行った。

そのアパートの自室前の駐車場にユウイチの自家用車が停まっていた。

その車の前部を何気なく見た。外灯で明るく照らし出されたバンパーには、それらしい凹みが見当たらん。

追突して、相手が10万円の修理費を要求するくらいやから、ユウイチの車にもそれ相応のキズがなかったらあかんはずやが、それらしき形跡がない。

あれほど、金に困っていると言うてたから修理したとは考えにくい。

嘘やったのか。

そのとき、オイカワは初めて、ユウイチに対して疑念を抱いた。

それから4日後。

またもや、ユウイチから「今日中に家賃を払わないと出て行かないといけなくなる」からという理由で、家賃分6万円プラス賃貸契約の更新料2万円の合わせて8万円を貸してほしいという申し入れがあった。

それまで、何度か家賃の滞納があったのやが、今月は更新月ということもあって、待ってくれとは言えんのやという。

家主から「今日中に払えんのなら、即刻、出ていって貰う」と、最後通告をつきつけられたと。

「そんな無茶な話はないはずや。次の給料日まで待って貰え」と、オイカワ。

今までやったら、その話も信じていたかも知れんが、今のオイカワには、とてもそれができんかった。

とにかく、何を言われようと、ユウイチに対しての前借りは、その働いた分までが限度と決めていた。

「何なら、オレがその家主に待って貰えるように掛け合ってやろうか」と言うオイカワに、「いえ、結構です。自分で言いますから」とユウイチが拒否したことで、その場はそれで終わった。

「やはり、ウソやったのか」と、オイカワはその意を強くしたという。

その後、ユウイチはあきらめたのか、二度と借金の話を持ち出すことはなかった。

月末の29日の午後9時過ぎ。

ユウイチからオイカワに電話がかかってきた。

新聞販売店の多くは、月末の25日から月初めの5日頃にかけて集金に回る。新聞販売店にとって最も忙しい時期や。

その真っ最中、集金の金がカバンごと盗まれたと言う。

そのとき、ユウイチは急に猛烈な腹痛を伴う便意をもよおした。

トイレを探そうとして、いつも出入りしているパチンコ店が近所にあったのを思い出し、その店のトイレに飛び込んだ。

用を足して、表に停めてあったバイクまで戻ったときに、集金カバンをトイレの中に置き忘れたのを思い出し、急いで戻ったが、そのときにはすでに、その集金カバンは消えていたという。

疑いはしたが、結局、警察の調べでどうやら本当に置き引きに遭ったということで、そう結論づけられた。

ただ、そのときは業務中やったということもあり、店でかけている盗難保険で、ある程度は返ってくるから、「まあ、ええか」と考えた。

オイカワはユウイチに、その不注意に対するペナルティとしての罰金を科すことにして、それを了解したという証拠を残すために「覚え書き」を書かせた。

従業員の明らかな不注意で会社に損害を与えた場合、相応の範囲内において経営者が罰金を科す行為は法律でも許されている。

もっとも、このケースは第三者による犯罪絡みという側面があると警察が認定しているから、そうするには微妙なところがあるが、他の者への示しのためにも、そうするべきやとオイカワは考えた。

翌日、ユウイチの集金カバンが派出所に届けられたと連絡が入った。

案の定、その中の金はすべて抜き取られていた。但し、証券(請求書兼領収書)は残っていた。

それで、約60万円分の損害と分かった。

ユウイチは、気を取り直したように、その残りの証券を持って集金を再開した。

その集金総額は、残りの約100軒分、30万円弱ほどになる。

それがすべて終わったと、翌月の6日にユウイチからオイカワの携帯に連絡が入った。

「社長は労働基準法を知っていますか? 本人の同意なく給料から賠償金を引くことは禁じられています。労働の対価として先に給料を支払うのが経営者としての義務で、それを天引きで全額差し引く行為は労働基準法で禁じられているんですよ」

ユウイチが矢継ぎ早に、そうまくし立てた。

ユウイチは、その「覚え書き」の撤回を求めてきたが、オイカワはそれを拒否した。

それならと、その足で、ユウイチは労働基準監督署に駆け込んだ。

「そういうわけなんやが、ゲンさんはどう思う?」

たまたま、その日、その販売店に入店したワシに、オイカワがそう言うてきた。

「そのユウイチの言うとおり、労働基準法で本人の同意なく給料から賠償金を全額引く行為は禁じられとる。給料は給料、借金は借金として別けて考えなあかんのが法律やというのは確かや」と、ワシ。

オイカワが示した「覚え書き」には、一旦、給料を全額差し引いて、その借金顎を決めたとある。

加えて、警察で盗難として処理された損害分を弁償として、その従業員に請求するのも、労働法で禁じられとる行為になる。

しかも、九分九厘保険で補われると分かってそうするのは、労働行為のペナルティとしての罰金がいくら認められとると言うても、金額的に度が過ぎとると判断される可能性の方が高い。

この場合の、オイカワの正しい対処は、給料は給料として一旦、その全額を支払い、それから、その場でユウイチの意志で借金の返済をさせるという形にするべきやった。

「どうすれば?」

「まず、そのユウイチという専業に、その『覚え書き』を一旦、破棄すると伝えることやな」

盗難の被害金については不問にし、純粋に借金の返済だけを求める。

天引きするにしても、労働法で認められた範囲内の給料の20パーセントまでなら問題はないから、改めてそう取り決めることやと。

「分かりました。そうします」

そこへ、タイミング良く、○○労働基準局の係官と名乗る男から電話が入った。

最初は「不当解雇」されたというのがユウイチの主張やったが、オイカワは一連の流れをその係官に細かく伝えたことで、すぐにそれは違うと分かった。

労働基準局へ駆け込んで訴えれば、その主張がすべて認められると考える労働者がいとるようやが、それはない。

実際には、この係官のように双方の言い分を公平に聞いて判断する場合の方が多い。

これは、消費者センターなどの相談にも同じことが言える。

ワシらのやっているQ&Aでもそうやが、相談者の言うことが100パーセント正しいとは限らんさかいな。

誰でも自分の都合のええ話しかせんもんやというのが、根底にある。

それを頭に入れておいて、おかしな事、間違っている事、辻褄の合わない事には、はっきりとそう指摘する。

それが相談窓口の担当者の役目であり、仕事でもある。

特に、行政機関でのそれは法律を重視した慎重な対応を求めれるケースが多いから、自然にそうなる。

ユウイチの言い分は労働基準局の係官に信用されず、逆に諭され帰って行ったという。

「それが、一般的な労働基準局の対応やわな」と、ワシ。

ユウイチにすれば、集金の金を給料の質に取ったつもりなのやろうが、借金の返済を理由に強制的に給料を全額押さえられんというのと同じ理屈で、勝手に集金した金を給料として受け取ることもできんわけや。

それをすれば、業務上横領罪が適用され逮捕も十分あり得る犯罪になる。

結局、ユウイチはそのまま姿をくらました。

オイカワは、手順として、その集金について1週間の猶予期間を与えるからそれまでに返還してくれという趣旨の内容証明郵便を出した。

しかし、その内容証明郵便は「不在」で返ってきた。

状況的には、受け取り拒否したと考えられる。つまり、集金した金を返す意志がないと宣言したに等しいわけや。

それを待って、オイカワは警察へ被害届けを出した。

こうすることで、「今から持っていくつもりだった」、「集金したのを持っていくのが遅れただけだ」という弁解は通用せんようになる。

立派に業務上横領罪が成立すると考えられる。

ワシの入れ知恵や。

案の定、その証拠を持っていったことにより、その警察署では、捕まえる方向で捜査を進めるとオイカワに約束した。

もっとも、他の事件や捜査との関係でいつになるかは断言できんということやったがな。

しかし、事態は急転直下、翌日、ユウイチが逮捕されたと警察から知らせが入った。

えらく早いなという印象やったが、話を良く聞くと、どうやらオイカワの店の集金を持ち逃げした件だけで捕まったのやないということが分かった。

ユウイチは、オイカワの店に来る1年ほど前に、他府県のある会社の金を使い込み、詐欺容疑で訴えられていた。

捕まったのは、その件でやという。全国の警察にユウイチの事を照会していたときにその事件の事が分かったためや。

ここまでが、当メルマガ『第46回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞販売店物語 その1 集金持ち逃げ男の末路』(注1.巻末参考ページ参照)で話した経緯のすべてやった。

ここからが、今回の主たる話になる。

その数日後。

販売店に国選弁護人を名乗るヤナギという男から電話がかかってきた。ユウイチの担当弁護士やという。

憲法第37条で、「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する」と定められている。

国選弁護制度と呼ばれとるものや。

これは、刑事訴訟手続において、被疑者である被告人が貧困などの経済的な理由により私選弁護人を雇えない場合、国の費用で弁護人をつけるというものや。

この制度には、起訴後の被告人国選弁護と、起訴前の被疑者国選弁護の二種類があり、ヤナギという国選弁護人は後者ということになる。

イメージとして、国選弁護人というのは、金のない者の弁護ということで、あまり力を入れない形だけの弁護をするものと思われがちやが、一概にそうとも言い切れん。

日本司法支援センターに法テラス(注2.巻末参考ページ参照)というのが2006年10月から開業し、ここが現在、国選弁護制度の重要な部分を担うようになっている。

法テラスは国が設立した公的な法人で、北海道から沖縄まで全国展開している。

ここに相談すると、弁護士を雇えないような人でも救われる可能性がある。

相談するだけなら無料やということもあり、地域により数日から2週間程度の待ちになることが大半やが、それを待っても、その値打ちは十分ある。

例え、裁判をすることになっても、その裁判費用は一般のそれと比べても格安でできる。

一般の弁護費用は、民事裁判の場合、一件につき30万円というのが相場とされとるが、この法テラスでは15万円以下ででき、しかも相談次第では立て替えてもらった上、その返済は分割にして貰えるという。

その分割額は5千円から1万円というのが原則とのことや。

これだけの低料金、低条件でもやろうという弁護士さんたちの集まりやから、金銭で動くというより、正義感に燃えてそうするという人が圧倒的に多い。

実は、当メルマガ『第57回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■『ヤンキー、弁護士になる』から学ぶ、真の強さとは』(注3.巻末参考ページ参照)の中で紹介した、弁護士の金崎浩之(かねざきひろゆき)氏もそのメンバーで活躍されておられる一人やという。

そこから送り込まれてくるから、国選弁護人といえども、やり手が多いというのも納得できる話や。

もっとも、このヤナギという国選弁護人は、やり手すぎたがな。あまりええ方の意味やなく。

ヤナギは、その電話で「本人の奥さんが弁済したいといっているから、口座番号を教えてください」と言ってきた。

それに対してオイカワは、「保険会社から被害にあった分を請求しますから、そちらからは返済してもらわなくて結構です」と答えた。

すると、「それではその保険会社を教えてください」と言う。

「……」

オイカワは、それを教えてええものかどうか躊躇して黙った。

その沈黙に業を煮やしたのか、ヤナギは、「あなたが受け取りを拒否しても保険会社に払えば返済したことになりますし、それもだめなら供託という制度を使います」と言い出した。

有無を言わせないという雰囲気が漂っていた。

オイカワは、弁護士がそこまで言うものを隠すのも拙いと思って、その保険会社を教えた。

そして、さらにヤナギは続けた。

「その制度を使えばどちらにしろ返済したことになりますから、一緒なんですよ」と。
 
そのときオイカワは、「急にそう言われても即答できません」と言うて、その電話を切った。

翌日、警察から電話があった。

その事件の担当官と名乗ったミヤウチという刑事が、「どうされますか?」と聞いてきた。

話を聞けば、オイカワ次第でユウイチの件が決まるのやと言う。
 
警察としては逮捕した以上、罪を立件して送検したい。また、そうせな面目が立たんと考える場合が多い。

それには、ユウイチが、オイカワの販売店でしたことは悪質性が高いからやとも言う。

置き引きにあったという集金の中には、購読者へは「今月はコンピュータが壊れたから」とか、「風で飛ばされちゃって」などとええ加減なことを言うて手書きの領収書を渡していたという新たな事実も分かった。

また、その確かな金額は教えてはくれんかったが、ユウイチは消費者金融などに多額の借金をしているという事も発覚した。

それらから考えても、置き引きが「狂言」やった可能性が強いと。

つまり、事件化すれば、そこまで調べる必要があるし、そうつもりなのやという。

本来なら、別件の詐欺罪での逮捕やったから、オイカワの店での業務横領は単なる補足事件にしかならんかったわけやが、その詐欺罪として被害届けを出していた会社が、急遽、その訴えを取り下げたことで事情が変わった。

どうやら、例のヤナギという国選弁護人が、その会社を説得したようやと、ミヤウチが言う。

それは十分考えられる話や。

まあ、察するところ、「おたくがこのまま、被害届を出したままでユウイチが詐欺罪に問われ、刑に服すようなことにでもなったら、一銭も返って来なくなりますよ。それよりも、本人も少しずつでも返すと言ってますので、そうされた方が得策ではありませんか」と、そう説得されたのやないかと思う。

実際にも、そういうケースは多い。弁護士の常套手段の一つでもある。

債権者にとってみれば、僅かでも金が返ってくるのならそれがベターやと考える。また、弁護士がそう言うのやからと信用もするわけや。

オイカワは、その国選弁護人を名乗るヤナギから、示談の話があったとミヤウチに伝えた。

それは、ミヤウチも予期していたようやった。

ミヤウチは、「そちらが示談されるかどうかは被害届を出した、ご本人が決めることですから、こちらに気を使わず思ったように対処してください」と言って、その電話を切った。

もっとも、警察としては「示談をするな」とも言えんがな。

ただ、このままやと事件にはならん可能性が高いから動きが取れん。事件にするには、オイカワの件がポイントになる。

できれば示談はせんといてほしい。

暗にミヤウチは、そう言うてるわけや。

オイカワは考えた末、ヤナギに電話をした。

「本当に、そちらが供託した時点で、こちらが受け取らなくても返したことになってしまうのですか」

「そうなります。それに、これは、あくまでも返金ですので示談しなくても結
構ですからお金は受け取ってください」と、ヤナギ。

オイカワは、それで示談が成立するわけやないのなら、それでええかと考えた。

もともと返して貰うのが当たり前の金やからと思い、ヤナギの指示どおり、横領額を請求書に書いて口座番号を書き添えてFAXした。

その2日後。

検察官から電話があり、口座への入金確認の後、「示談の意思はないの?」と聞いてきた。どこか訝(いぶか)しげやった。

それに対して、オイカワは、

未入金の購読者へ新聞代を払ったかどうかを一軒ずつ確認して、お客さんに対して嫌な思いをさせ信用を失ったこと。

実際、それで怒って罵声を浴びせる客もいてた。「もう二度とあんたのところとは契約しない」とまで言われた。

それによる精神的なものを含めて受けた負担が計り知れないこと。

また、新聞社へありもしないウソを言われたためオイカワに不利になる言動があったこと。

感謝されこそすれ、恨まれるような事はしてないにも関わらず、自分の権利ばかり主張してあまりにも身勝手やから、許すことができないことなどを伝えた。

できれば、厳罰にしてほしいと。

すると、その検察官は、「本人は反省していてそれがすごく伝わってくる」と言い、驚くことに「彼の彼女がもともとの原因を作っていて、彼女の方を罪にしたいくらいだ」と言うのだった。

ユウイチからは結婚していると聞いていたが、正式な婚姻関係はなく同棲していただけやったという。

その彼女が後ろで糸を引いていたと。

労働基準監督署に行ったのも問い質したところ、彼女が行けと言うから行っただけで、本当はオイカワから金を取ろうとは思っていなかったと言っていると。

その彼女が金をユウイチにせびっていたらしく、それが原因で借金も膨らみ、家賃も払えない、会社の金に手をつけるという状況に陥っていたというのが、どうやら真相のようやと。

ユウイチもそれは自覚しているらしく、その検察官の「今後のことは考えたほうがいいよ」という言葉に「そう思っています」と答えたということやった。

その検察官は、「本当にひどい女ですよ」と、オイカワにそう洩らした。

オイカワは、その話には懐疑的やったが、その検察官はユウイチに対して、かなり同情的やというのは分かった。

オイカワが最初に受けた印象もそうやが、ユウイチは一見して真面目な人の良さそうな人間に見える。

その演技に騙されているのやないか、そうオイカワは思った。

もちろん、いくら検察官がそういう印象を持ったとしても、実行犯でもないユウイチの彼女をよほどの証拠でもない限り罪になどできるわけもないがな。

「それは、おそらく不起訴にするための言い訳やろうな」と、後にその事情を聞いたワシはそう答えた。

結果として「不起訴」になったわけやが、その際、オイカワから異論が出るのを押さえるために、敢えてそういう話をしたのやと思う。

もちろん、本当にユウイチに同情したからかも知れんがな。

ただ、一般論として検察は、公判を維持するのが難しいとか、微罪になりそうな事案には、それほど力を入れたがらんというのは、法曹関係者の間では常識ですらある。

つまり、負ける戦(いくさ)はせんということや。もちろん、それを広言する検察の人間は少ないがな。

今回の場合は、その要件が揃いすぎた。

オイカワ自身は、腹の虫が納まらず、厳罰に処してほしいということやったが、現実には、それとは逆の動きをしてしまった。

正しくは、させられたということになる。

それは、国選弁護人のヤナギの指示どおり、横領額を請求書に書いて口座番号を書き添えてFAXしたことやった。

そこに、金が振り込まれた。

オイカワは、ヤナギの言う「示談とは違う」という言葉を信じ、単に弁済やからと思うたらしいが、検察官は、それを示談による金銭の受け取りに相当すると判断した。

厳罰を希望している相手から、裁判所を介さず、示談額に相当する金銭を受け取ったのは拙かったと言うしかない。

つまり、オイカワは見事に嵌められたということになる。

供託制度を使えば返済したことになるの同じやというのは詭弁やったわけや。

確かに供託制度を使って、本来相手が受けるべき金銭を取らないということで、それと同額の金銭を国に預けることはできる。

裁判では返済の意志を示したとして、ある程度は有利に働くのも事実や。

それでも供託した場合は、そのこと自体で争うことを前提にするから、示談したことには絶対ならん。

しかし、その供託をせず、その金を受け取ってしまえば、示談が成立したと見なされても仕方ない。

それを弁護士の多くは狙う。法律を知らん素人を嵌める典型的な手法や。

ただ、これについては、オイカワは騙されたという印象やろうが、違法な行為と判断されるほどでもない。

もっとも、説明不足、誤解を与える説明やったということにはなる。なるが、それはどうとでも言い逃れはできる程度のものや。

褒められたことやないとは思うが、言うてもそれで終わる。

法律の根底には、それを知らん者の方が悪いというのがあるからな。そんな法律は知らんかったでは通らんわけや。

依頼人を守ることが仕事の弁護人が、相手に利することをするはずがないというのは、少しでも法律に関わった人間なら常識なのやが、このオイカワのような素人ではそれと見抜くのは難しい。

そこにつけ込まれた。そういうことや。

せめて、ヤナギからその申し出があったときにワシに言うてくれれば、また違った結果、展開にはなったやろうがな。

すべては後の祭りや。今となっては遅すぎる。

それからしばらくして、ユウイチから謝罪の手紙が届いた。

ただ、それは簡単な謝罪文でしかなく、本当に悪いと反省しているようにはとてもオイカワには思えんかった。

検察官に「後で、必ず謝罪に来るはずですよ」と言わせるくらい反省した態度を見せていたそうやが、結局、手紙だけで終わったということや。

これも、後でオイカワが騒ぎ立てることを押さえるためのヤナギの入れ知恵やったのやないかという気がする。

まあ、済んでしもうた事をいつまでも引きずっていても仕方がないがな。

今回のことで、いろいろと勉強させて貰ったのも確かや。

そう考えれば、いくらか救われる。

声を枯らしたウグイス嬢が「○○に、○○にどうか清き一票を」と連呼しなから、新聞販売店の前を慌ただしく一台の選挙カーが走り去って行った。

いつもは、地元の選挙には顔を見せたこともない与党の大物議員が真っ黒に日焼けした顔で必死になって手を振っているのが見えた。

「みんな、それなりに大変なんやなあ」と、それを見送りながら、オイカワは妙な感慨に浸っていた。

「たまには選挙でも行こうか」

それで、新たな気持ちで出直せる。

なぜか、そんな気持ちになっていた。



巻末参考ページ

注1.第46回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■新聞販売店物語 その1 集金持ち逃げ男の末路

注2.法テラス

注3.第57回 ゲンさんの新聞業界裏話 ■『ヤンキー、弁護士になる』から学ぶ、真の強さとは


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