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第71回 ゲンさんの新聞業界裏話
発行日 2009.10.16
■悪天候時の新聞配達の見直しについて
10月8日の早朝。
暴風雨の中を新聞配達員のトオルは当然の事のように単車に跨(またが)って新聞の配達に出た。
トオルは、この道、7年の経験があるから、何度か台風の日に配達をしたこともある。
慣れとるというほどでもないが、何とかなるとは考えていた。
人は、経験則という曖昧な根拠で過去の出来事を判断し、過小評価することが往々にしてある。
今まで大丈夫やったから、次もたぶん大丈夫やろうと。
危険な目に遭うとか、事故に遭遇するのは、そういうときが多い。
どんな事でも二つと同じ状況というものはない。似た状況を同じと錯覚するだけなんやが、その錯覚が判断力を鈍らせる。
それにしても、今日の暴風雨は尋常やない。過去のものとは比べもんにならん強さや。
その程度の認識はあった。
それでも住宅街は障害物や飛来物が少なく、風雨の強さ以外は、まだマシやったが、配達区域内にある商店街に差しかかったとき、映画「インディー・ジョーンズ」ばりのノンストップ・アドベンチャーが始まった。
「うわっ、危ない!!」
いきなり、前方から突風と共に巨大な物体が回転しながら、もの凄い勢いで襲いかかってきた。
トオルは乗っていた単車を巧みに操りながら、かろうじてそれを躱(かわ)した。
その物体を目で追うと、かなり大きな消費者金融の看板やった。
「チェッ、払いが遅れとると看板にまで催促されるんか」と、そのときには、まだジョークを飛ばす余裕があった。
単車の行く手に無造作に転がっている物体が幾つかあった。プラスチック製の大型のゴミ箱群やった。
中身を吐き散らかしながら、その辺りで強風に打たれ、のたうち回っている。
それらの間も軽妙なハンドル捌きで縫うように走って躱す。
しかし、折からの暴風雨で吹き飛ばされてくるのは、それだけやなかった。
コンビニやスーパーの幟(のぼり)、ダンボールの空箱、原型を止めてない傘、果ては瓦まで地面に散乱している始末や。
それに、大小の看板群が混ざる。
それらがそこにあるということは、一つ間違えばその直撃を受けていた可能性もあったわけや。
つい、今しがた襲撃してきた大型看板のように。
さらに、放置自転車群が将棋倒しになってトオルの行く手を阻む。
「まるで、ゲームか映画の世界にいとるようやな」
トオルは漠然とそう考えた。
ただ、ゲームや映画なら、それらにぶつかってもプレーヤーや観客がケガをすることはないが、現実の世界では一つ間違えば命取りになりかねん危険を孕(はら)む。
今日、台風が直撃するというのは知っていた。
メーローと名付けられた、その台風18号は10月8日の午前5時、三重県鳥羽市付近にあり、時速45キロで北東へ進んでいるという。
中心気圧は955ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は40メートル、最大瞬間風速は55メートル。
南東側200キロ以内と北西側170キロ以内は25メートル以上の暴風域やというのが、気象庁の発表やった。
一言で言えば、超大型の台風ということになる。それも、ここ10年で最大規模のものやという。
風が激しく啼(な)いている。それが恐ろしく不気味な怪物の咆吼(ほうこう)に聞こえる。
普通の人間の感覚なら、こんな日に単車を走らせることなど自殺行為やと思うはずや。
バカかと。
しかし、新聞配達人はそうは考えん。どんな悪天候であろうと配達を中止するという発想がない。
いかなる状況下であっても新聞を配達するのは当たり前という気持ちをほとんどの者が持つ。
途中で止めて帰ろうという人間は極端に少ない。というより皆無に近いのやないのかとさえ思える。
そこには仕事への義務感、使命感、プライドなど様々な思いがあるのやと考える。
「やってられんな。さっさと配り終えてしまおう」
それしかトオルの頭にはなかった。
国道に出て左折した瞬間やった。
十数メートル先の街路樹がスローモーションのようにゆっくりと倒れてきたのが見えた。
それは走行車線の半分以上をふさぐくらいの巨木やった。
さすがにトオルは慌てた。
躱す余裕とスペースがなかった。
思わず急ブレーキをかけた。
冷静に考えれば、こんな風雨の強い日に急ブレーキをかける愚を冒すことはないのやが、反射的にそうしてしもうた。
その弾みで横転した。
横転したまま横滑りに滑って、その街路樹に当たった。
かなり強い衝撃が全身を襲った。
「やってしもうた」
トオルは瞬間、そう考えた。
少し間をおいて、どこかケガしたのやないかと恐る恐る身体を動かしたが痛いところはない。
ゆっくり立ち上がっても大丈夫やった。幸いなことに横転事故にありがちな擦り傷すら一つもなかった。
見ると走っていた車道には夥(おびただ)しい雨水が流れ込んでいた。
それがクッションの役目を果たし、トオルの身体を守ってくれた。
それで救われたと知った。
その雨水があったが故にスリップして滑り、その雨水があった故に助かった。
世の中、何が災いして幸いするか分からんとも思った。
「あかん!!」
トオルを助けたその水の流れが、今度は積み荷の新聞に襲いかかっていた。
トオルは急いで単車を起こした。
急いで確認したところ、どうやら新聞を包んでいる薄手のビニール袋に破れはなさそうやった。
たいていの新聞販売店では、雨の日用に新聞をビニール袋でラッピングするための梱包機が置いてある。
雨の日、または配達中に雨が降ると予想される場合、新聞配達人は新聞社の工場から届けられた新聞に折り込みチラシを差し込んだ後、それを梱包機に一部ずつかけてラッピングを施し水濡れを防ぐ処置を講じている。
それが破けてない限り、外は濡れていても中の新聞紙面が濡れることはない。
トオルは次に、止まっていた単車のエンジンをかけた。
かかった。
テールランプは割れていたが、方向指示器は点滅するし、その他にこれといった異常も見つからず、走るのには差し支えなさそうやった。
「助かった」
とにかく、このまま配達が続けられる。
トオルには、その安堵感があった。
その後も強風に煽られて何度か危ない目に遭いながらも、何とか配達を終えることができた。
トオルは、その日の夕方、台風で道路に倒れた木にオートバイが衝突して乗っていた新聞配達中の男性(54歳)が死亡したというニュースを知った。
それを見て、トオルは今更ながら背筋に悪寒を感じたという。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091008-00000065-jij-soci より引用
倒木にバイクで突っ込み死亡=新聞配達中の54歳男性−和歌山
10月8日11時50分配信 時事通信
8日午前3時55分ごろ、和歌山県みなべ町埴田の町道で、オートバイで新聞配達中の会社員Kさん(54)が強風で倒れた木に衝突、病院に運ばれたが約1時間半後に死亡が確認された。
県警田辺署によると、倒れた木は直径約26センチで高さ約15メートル。強風を受けて根こそぎ倒れ、幅約5.5メートルの町道をふさいでいたという。
同署によると、同町役場が同4時ごろに「倒木が道をふさいでいる」と通報を受け、職員4人を現場に派遣。Kさんが倒木のそばに座り込んでいたという。意識はあり、「木が倒れているのに気付かず突っ込んでしまった」などと話をしていたが、その後容体が悪化した。
「一つ間違えば僕も同じ運命をたどってました」と、トオルからサイトにメールが寄せられてきた。
おそらく、今回の台風18号では他にも似たような経験をされた方も多かったのやないかと思う。
同じ日の夜、以前、新聞配達をされていたJ氏という読者から、こんなメールが届いた。
三重県方面が雨量が多かったようですが、ハカセさんのお宅付近は大丈夫だったでしょうか?
伊勢湾台風と同様のルートでしたが、さまざな技術が当時とはまるで違うせいか、ニュースを見ていても、被害の程度は最小限といった感じです。
しかし、無ければ良いがと思っていた不幸な事故が発生してしまいました。
▼木にバイクで突っ込み死亡=新聞配達中の54歳男性−和歌山
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091008-00000065-jij-soci
亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
思えば、電車や飛行機などの公共機関は、不可抗力(安全確保)を理由に、一方的にそのサービスを停止しても許されるような約款になっています。
そもそも、新聞配達も、配達人の安全確保を理由に、配達サービスを1日分休止してしまう取り決めにしてしまってもいい時期だと思うんです。
もちろん、その日に入れるチラシが丸々潰れてしまったりするわけですが、事は人の命に関わることです。
そういうリスクを前提に契約できるように改める必要があると思いますが、電車運行を手がける大企業と違って、新聞宅配の場合は、零細な自営業者が担っている点で、不利な状況が改まらないという図式なんでしょうね。
これは、もっともな指摘であり、業界の人間として考えなあかんテーマやと思う。
今まで問題にされんかったのが不思議なくらいやないかと。
台風で電車や飛行機が運行停止になっても、たいていは仕方ないとあきらめる。
万が一の危険がすべてに優先されるということでな。
ただ、今回の場合、飛行機は仕方ないにしても、長時間に渡る電車の運行停止には異論も多かったと報道にもあった。
それには、2005年12月25日に起きた死者5名、重軽傷者32名を出したJR羽越本線脱線事故以降、運転を見合わせる風速の規制値をそれまでの秒速30メートルから25メートルに引き下げられたというのがあるためやという。
それにより、今まで運行していたケースでも今回は停止になったと。
2008年4月2日、そのJR羽越本線の脱線事故原因は「航空・鉄道事故調査委員会」の調査により「瞬間風速40メートル程度の局所的な突風で車両が傾いたため」と結論づけられた。
分かりやすく言えば「竜巻」によるものという見方や。
その予見は、ほぼ不可能であり、事故は避けられなかったものとした。
そして、「今後の対策として気象庁や鉄道事業者、行政等の連携および観測網の強化などで実効性の高い対策が必要との結論」が、「運転を見合わせる風速の規制値をそれまでの秒速30メートルから25メートルに引き下げられた」ということになったわけや。
そうすることで、その突風を回避できる可能性があると言われれば、たいていは「そうか」となる。
少なくとも、そう取り決められたときには、さしたる異論も反対もなかった。
そして、一旦、その基準が決まってしまうと愚直なまでに、それが守られる。
客への利便性より、基準を優先するということやな。
しかし、それが「鉄道は運休が相次ぎ、JR東日本を中心にJR各社で300万人以上に影響」が出るという事態におよぶと、待つことへのいらだちも加わって「そんな基準を勝手に決めて運急停止を長引かせている」という批判が生まれる。
ちなみに、三重県のJRや私鉄では、午前7時頃には風雨も止み、青空も顔を覗かせ始めていたが、実際に運行が再開されたのは午前11時頃やったという。
しかも、その直前まで運行開始時間は一般利用客には伏せられていた。
その理由として、気象庁が「風雨が収まっても吹き返しの危険がある」として、なかなか警報の解除をせんかったからやという。
それを仕方のない事やと捉えるか、必要以上の警戒はせず、状況判断でさっさと運行を再開するべきとするかで意見の分かれるところやと思う。
個人的には、仕方のない事やと見るがな。
それが日常的にあるというのなら、また考えも違うてくるが、滅多にないほどの大型の台風という事なら、必要以上の警戒もやむを得んと思う。
危険が僅かでも残っていると考えられる限り、やはり迂闊な運行再開は謹むべきやと。
少々の時間の遅れは人生の中でいくらでも取り返せるが、命は一度失われると取り返しがつかんさかいな。
本来なら、そんなことは議論の余地すらないことやと思うが、時間の制約の中で生きる現代では、そうも言うてられんというのも分かる。
それぞれの事情で、その時間に間に合わんとあかんという事態も起き得るわけやしな。
電車や飛行機などはそれでも止めて良しとされやすいが、これが新聞配達となると止める止めんの議論の対象にすらならんわけや。
結論は絶対に「配達する」しかない。
J氏は、それに疑問を感じられ「新聞配達も、配達人の安全確保を理由に、配達サービスを1日分休止してしまう取り決めにしてしまってもいい時期だと思うんです」と、提言されている。
こういう考えの人は他にもおられた。
そのJ氏から昨日の10月15日、東海版朝日新聞の「声」の欄に、それに関した投稿記事があったと教えて頂いたので、それを紹介しとく。
この記事を投稿された方は、三重県に住まわれる40歳の女性で、その台風による新聞配達中に配達員の方が死亡したという記事を見て投稿されたという。
悪天候時の配達を見直しては
(2009年10月15日。朝日新聞東海版14面「声」より引用)
台風18号が接近した早朝はひどい風雨だった。ものすごい音で外の様子を感じるだけで、目で確かめる余裕はない。
私は「今朝はまだ新聞が配達されていませんように」と胸のうちで念じていた。しばらくして、夫がポストから新聞を取り出してきたので目を丸くし、「こんな恐ろしい日に命がけで配達してもらったけど、無事に帰宅できたかかどうか、余計な心配せなかんわ」と夫婦でつぶやき合った。
和歌山県では、バイクで新聞配達中、倒木に衝突して死亡する事故が起きていた。時間通りに個別配達するのが日本の新聞の使命とはいえ、身の危険をおかしてまで遂行しなければならないとは……。
今回の事故は本当にお気の毒だ。
悪天候時、読者を維持するため遅配を避けるより、もっともっと守らなければならないものがはずだ。再発防止を切に望む。
ワシも過去のメルマガで折に触れ、台風や洪水、大雨などの災害の影響で新聞配達中に亡くなられたというケースを知らせてきた。
今回の方だけやなく、過去にも同じような事例があると。
そのときには単に、新聞配達人には、どんなに悪天候、悪条件であろうと、新聞の配達を中止する発想がないと言うに止めていた。
見方によれば、これは崇高な使命感と捉えられんこともないが、良く考えたら、やはりおかしな事で、世間の感覚からしたら異常と映るのやないやろうかと思う。
その新聞に投稿されていた方の「こんな恐ろしい日に命がけで配達してもらったけど、無事に帰宅できたかかどうか、余計な心配せなかんわ」というのが、真っ当な反応やないのかと。
ワシは、この業界にどっぷり浸かっとるから、配達を全うすることに対して違和感もなく、むしろ、心のどこかで、それが配達人の誇りやろうと考えていたような気さえする。
しかし、その危険極まりない日に不配や遅配することで、一体、どれほどの迷惑なり汚点なりがあると言えるのやろうかと改めて考えたとき、その思いが揺らぐ。
果たして、その1日分の新聞を遅滞なく届けることが命をかけるほどのものなのかと。
確かに新聞購読契約の原則として、新聞販売店は遅滞なく配達する義務があるとされとるが、命の危険を冒してまで全うする義務とも思えんしな。
危険があると察知すれば、販売店独自の判断で配達を中止、もしくは大幅な遅配をしてもええのやないかと考える。
そうすれば、大きな災害の度毎に発生している新聞配達の不幸な事故は確実になくなるわけやさかいな。
大半の企業では「安全第一」をキャッチフレーズにしとるのが当たり前とされとるが、残念ながら新聞配達にその考えはあまりない。
それどころか「事故とケガは自分持ち」という感覚の販売店もあって保険にすら加入してない所もあるくらいやという。
ただ、何でもそうやが、今まで当たり前とされていたことを急に変えるというのは難しい。
特に、末端の販売店毎にその判断を任せるというのであれば、おそらくそれが変わることはないやろうと思う。
やはり、そうするには電車や飛行機などのように、ある一定の決まり、例えば気象庁からの警報の有無などで、そうするように強制的に義務付けをする以外に方法はないやろうという気がする。
それには、新聞社、および新聞協会が率先してそういう姿勢を打ち出して販売店に伝え指導するしかない。
その不幸な出来事の記事を毎回書くだけではあかん。新聞社も、その末端の痛みを自分の痛みとして考えてほしいと思う。
日本の新聞は、それを作って購読者に届けることで成り立っている。どちらが上か下かというものではないはずや。
その不幸な事故をなくすために新聞社なり、新聞協会なりがその姿勢を打ち出せば、新聞の評価も今よりは高まるはずやしな。
今までは、そんなことを言うても、そんな声が果たして新聞社にまで届くのかと懐疑的やったが、その投稿記事が新聞紙面に掲載されたことで、あながちあり得ん話やないという気がしてきた。
その投稿を取り上げたのは、少なくともある種の共感とそれを望む読者の存在を、その新聞社、もしくはその編集担当者が感じ取ったからやさかいな。
その気持ちが新聞社にあれば望みはある。
今のままやと、もし、配達人が途中でその危険を感じて配達を中止しても、すぐさま誰かがその代わりをし、配達を中止した者は疎外され、結局、クビか辞職に追い込まれて終わることになるだけやと思う。
今の業界では、それは責任放棄、職場放棄ということにしかならんさかいな。誰も仕方ないとは考えん。
その投稿者が「読者を維持するため」と言うておられるような理由もあるが、それよりも、配達人がその配達を全うする理由の大半は、仕事を失うことへの恐れやないかと思う。
しかし、そのために命をかけなあかんというのも哀しい話やけどな。
しかも、その命をかけても無事配達できて当たり前で、不配や遅配が出たら評価を下げるだけというのでは、哀しさを通り越して悲劇になる。
その辺のところを新聞社の上層部に分かってほしいと思う。
新聞社にはその安全を考え適切な対処をする責任と義務があると考えるがな。
具体的には、どうすればええか。
新聞協会全体として、今回のような大型で明らかに危険を伴う台風というものは事前に察知できるわけやから、その進路に当たる地域には、その日の配達休止、もしくは大幅な遅配の容認を新聞紙面やテレビ報道などのメディアを通じて広報することが必要になる。
少なくとも、一般にそれが浸透するまではな。
これは、総選挙の翌日の新聞配達が2時間の程度の遅れになると報道していたように徹底すれば、そう大きな混乱もなくできるはずやさかいな。
休止にするか遅配にするかの線引きをどこで引くかについてやが、決まりとして制度化するのなら、やはり気象庁の警報、もしくは現在、JRや私鉄が採用している「見合わせる風速の規制値25メートル」にするくらいやないかと思う。
電車が止まれば新聞も止まる、あるいは遅れるという事なら、分かりやすくてええやろうしな。
今回のケースは、それがあれば、その不幸な事故も起きてなかったわけやさかいな。今後の類似の事故も防げる。
ただ、それには新聞社任せにするだけやなく、現場の配達員が、そう願うのならその声を上げる必要もある。
職場の改善は、働く者が勝ち取るというのが基本やさかいな。
そうして多くの労働者が長い年月をかけ、その権利を勝ち取ってきたわけや。
もっとも、そうするにしても、新聞販売店によれば、朝の時間しか配達できんというアルバイトの配達人ばかりしかおらんという所もあって、遅配になっても残りの従業員ではとても手が回らんという事態も考えられるさかい、簡単な話やないとは思う。
休止にする場合でも、災害が影響を及ぼすのは限定された地域になるから、その範囲をどう区切るか、その適用の程度で揉めるということも十分考えられる。
さらに言えば、その地域は休止であっても、その他の地域では配達しとるわけやから、同じ購読料を払うとるのに不公平やと苦情を言う者も出てくるやろうしな。
何でもそうやが、すべての人に賛同を得るというのは難しいとは思う。
ただ、いろいろ問題はあったとしても安全を重視するという立場で考えれば、必ず道は見つかる。
購読者の多くも、そうすることに理解を示すはずや。
そう信じる。信じたい。
何と言うても、現実にそういう災害の度毎に不幸な事故が起きとるわけやさかいな。何とかそれをなくさなあかん。
命に勝る必要なものなど絶対にないのやからな。
最後に、今回犠牲になられた配達員の方のご冥福を心よりお祈りしたいと思う。
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