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第81回 ゲンさんの新聞業界裏話

発行日  2009.12.25


■注意の上にも注意を……くれぐれも年末の事故にはご用心


クリスマスが終わった25日以降、つまり今日から大晦日の31日から元旦の早朝にかけて、新聞販売店では殺人的な忙しさになる。

特に年末は、常の集金を年内に済ますことと店から厳命されるため、ただでさえ大変な集金業務がより過酷になる。

特に学生さん、単身赴任者、若者といった人たちは、帰省や遊びで休みになった途端、早々(はやばや)と姿をくらましやすいから、その前に接触して集金しとかなあかん。

会社関係や商店などもその頃から仕事納めの前までに、その集金を済ませ、正月休みの配達休止の手配が必要な所は、その意向も廻って確かめておく必要がある。

一般には普段はそれほどでもないとされる師(先生)も忙しく走り廻る月ということで、12月を「師走」と呼ぶのやろうが、その呼び方の気ぜわしさというのもある。

12月に入るとあちこちでジングルベルなどのクリスマスソングが流れることでも、その拍車がかかる。

子供は冬休みに入り、そこかしこを走り回る。

クリスマスが済めば正月が控えている。

まさに息つく暇のない季節やと言える。

知らず知らずのうちに気持ちも焦りやすくなる。

これから話すのは、そんなときに起こった数年前のある不運な事故の話や。

ある住宅街で集金をしていた夕方の5時頃。

辺りはすでに薄暗くなり始めていた。

M販売店の専業、アキオの運転していたバイクと路地から急に飛び出してきた中学生の乗った自転車が、出会い頭にぶつかった。

アキオは咄嗟に躱(かわ)そうとハンドルを切ったが間に合わなかった。

ガシャーン、という大きな音とともに、双方が転倒した。

やった……。

アキオの方は履いていたシーンズが少し破れたくらいで済んだ。

中学生もゆっくりと起き上がってきた。

「大丈夫か?」

「ええ……」

中学生は気弱な性格なのか、小さくそう頷いた。

別にどこもケガはしてないようやな。

そう判断した。

いつものアキオなら、念のためにと近くの病院に連れて行くのやが、この日は集金のことで頭がいっぱいになっていて、そこまで気が回らんかった。

「急に飛び出したらあぶないで。気ぃつけや」と、それだけを言い残して、その場を去った。

それから15分ほど経ったとき、同じ住宅街を忙しく走っていたアキオの後ろから「そこのバイク止まりなさい」と叫ぶ声が、パトカーの拡声器から聞こえてきた。

「な、何や……、オレは何も違反なんかしてないで」

そう考えながら、バイクを脇に寄せ止めた。

パトカーに乗っていた警官が二人降りてきて、その内の一人が「君は、先ほど少年の乗った自転車とぶつかったやろ」と横柄な態度で詰問調に言ってきた。

アキオは、その態度にムカッときて「ええ、それが何か?」と、ぶっきらぼうに答えた。

「認めるんやな?」

「ええ……」

何か、尋常やない。

そう感じた刹那、アキオは二人の警察官によって素早くパトカーの後部座席に押し込められた。

呆気に取られ抵抗する暇(いとま)すらなかった。

「17時15分。被疑者の身柄を確保。これより署に連行します」

最初にアキオに声をかけた警官が、パトカーのハンドマイクに向かって力強くそう言い放った。

「被疑者って、何ですかそれ?」と、アキオは横に座った警察官に猛然と抗議した。

「お前は単車で子供を撥ねて逃げたやろ?」と、無表情にその警官が答える。

「そんな、あのときは、その子もすぐ起き上がってきたし、ケガもなく大丈夫やったのを確認しています。当て逃げなんかではありません」と、必死に食い下がる。

しかし、「言いたいことがあれば署で聞く」と軽く一蹴されて終いやった。

それにしても、その接触事故が起きてから僅か15分ほとの間にパトカーが現れ、その事情や言い訳を尋ねることもなく逮捕されたというのは、如何にも早すぎるし、理不尽すぎる。

これは、その事件の目撃者と名乗る人間が、中学生を置き去りにした「悪質な当て逃げ」やと思い込み、持っていた携帯電話ですぐ警察に通報したからやった。

しかも、この通報者というのは後で知ったことやが、以前、アキオと揉めたことのある人間やったからよけい始末に悪かった。

「近くの○○新聞販売店の従業員が中学生の自転車に当てて置き去りにして逃げた」と悪意に満ちた通報をされたことで、すぐに手配されるに至ったというわけや。

顔見知りで、アキオの人相、風体などの特徴を熟知していたということも大きかった。

ただ、この時点では、まだアキオは大したことはないやろうとタカをくくっていた。

例え、当て逃げと認定されても物損だけの場合、大したお咎めがないというのを知っていたからや。

ただ、道路交通法第72条に「事故不申告」という規定がある。

どんな事故でも速やかに警察に報告する義務があるとされとるものや。

それを怠れば、「3ヶ月以下の懲役又は5万円以下の罰金」が科せられると定められている。

それだけを見る限り軽い罪やない。

但し、よほど悪質でもなければ、滅多にその罪に問われることはない。

以前、同僚の専業員が路上に停めてあった乗用車に接触し、そのまま逃げたのを、たまたま目撃され通報されたことがあった。

それで販売店にやってきた警察官に事情を聞かれたが、「その車の持ち主には弁償しますので」と平謝りに謝ると大したお咎めもなく許して貰えたというのを知っていた。

今回もそれと同じようなもんやから、謝れば済む。

そう考えた。

しかし、結果は、「ひき逃げ犯」として、警察に着いた途端、逮捕拘留されてしまった。

その中学生自身も、そのときは気がついてなかったが、その後、すぐ近くの病院でレントゲン検査をしたところ、肋骨にヒビが入っていて全治1ヶ月との診断が下されていた。

「肋骨にヒビが入っていて全治1ヶ月の診断」というと何か大変なゲガのように錯覚するが、実際、その程度やと「少し息をすると痛いな」というくらいの自覚症状しかないのが普通や。

たいていは、それと知らずに治っているというケースが多い。

しかし、その診断があれば、当然やが人身事故となる。

そして、人身事故でひき逃げとなったら救いはない。

さすがに、その事実を突きつけられたアキオは悔やんだ。

いつもなら、念のために病院に連れて行ったはずやのにと。

それが、この年末の忙しさにかまけて、ついおざなりになってしまった。

何度も、その悔いが繰り返し込み上げてくる。

アキオにとって、このツケは想像以上に高くついた。

アキオはM販売店の専業になって5年になる。それなりに真面目に働いてきたつもりやった。

欠勤もほとんどないし、不配や誤配も少ない。販売店内での勧誘成績も常にトップクラスやった。

もっとも、強引な勧誘で客と揉めることも多く、件(くだん)の通報者も、その揉めた客の一人やったわけやがな。

しかし、それはM販売店の経営者、オオダテの方針に沿ったものやった。

「どんなことをしてもええから絶対、契約書にサインさせろ。後はこっちで押し込んでやる」というのが、オオダテの口癖でもあった。

実際、「クーリング・オフしたい」という客でも、「お前も男やろ。男が一旦約束したことを簡単に反故(ほご)にするっちゅうのか」と言うて、半ば脅し気味に怒鳴り込んで行くというのも日常茶飯事やったさかいな。

あるいは、「分かりました」とその場は言うてて、契約書を渡して8日間というクーリング・オフの期間が過ぎると「そんな話は聞いてないで」と平気で言うのも何度も見たし、アキオ自身もそれを倣(なら)って同じことを良くしていた。

それで揉めたことも数知れずあった。

まあ、その客も本当にクーリング・オフがしたかったら、内容証明郵便などの方法を用いて文書で通知するべきやったとは思うけどな。

サイトのQ&Aにも「クーリング・オフ」をしたいと言うて来られる方がおられるが、その方たちの中には、その販売店に「クーリング・オフしたい」と口頭で通告したから、クーリング・オフが成立しているはずやと考えおられるケースが多々ある。

それは違う。

正しくは、文書による通告でしか、その法的効果は得られんのやが、それと知らん人も結構多いということや。

もちろん、販売店がその客の要望に応じるケースもある。

しかし、その場合は法的には「クーリング・オフでの解約」とはならず、「任意での合意解約」ということになる。

そんなこんなで、アキオは店にはそれなりに尽くしてきたつもりやったから、この程度のことなら守って貰えると、そう思うてた。

ところが、警察署に面会に来たオオダテに、「なんちゅうことをしてくれんねん。お前みたいな奴はクビや」と、その場でそう通告された。

アキオは、一瞬、我が耳を疑ったが、このケースはどうにもならん。

形の上では「ひき逃げ」扱いになっとるさかい、そう宣告されても不当解雇とは言えんわけや。

もっとも、話の分かる経営者なら、その事情を考慮するやろうから、いきなりこんな通告はせんがな。

ただ、客にあこぎな姿勢を見せる経営者は、従業員に対しても同じようにしか対処せん場合が多い。

そこにあるのは、人間同士のつながりよりも、損得勘定が優先するという自分勝手な価値観があるだけや。

結果として、オオダテのような経営者に従い、アテにしていたアキオがバカやったということになる。

世の中には、こういう図式が結構多い。

あこぎな行為を平気でする人間に従っていても最後にはロクな結果にはならんという典型的な見本やと思う。

まあ、それもこれもアキオ自身の身から出たサビには違いないがな。

数日後、略式裁判が行われ、罰金30万円が言い渡された。

これは、アキオ自身に前科がなく、その中学生の証言などからも悪質性が少ないと判断され、「事故不申告」による罰則だけで済んだためやった。

ただ、アキオには貯金もなく、その30万円の罰金を払うことができんかった。

また、クビを宣告されとるから、裁判所に「後日必ず支払う」という確約もできない。

仕方なくアキオは、オオダテにその金を貸してくれるように頼んだが、「何で解雇した人間の面倒を見なあかんねん」と冷たくあしらわれて断られた。

「労役場留置」というのがある。

その略式裁判のおり、裁判官から「罰金が払えない場合、1日、5000円換算で労役に服すこと」と言われていた。

アキオはやむなく、それを選択した。

まあ、労役とは言うても「封筒貼り」をする程度のもので大した労働をするわけやないから、その点だけで言えば楽やったがな。

余談やが、この「罰金が払えない場合、1日、5000円換算で労役に服すこと」というのは、一般的ではあっても確たる決まりがあるわけやない。

正しくは、その事案毎の裁判官の裁量次第ということになる。

労役場留置の期間は通常2年以下ということになっとるから、それ以上拘束されるようなことはよほどのケース以外にはない。

例え罰金1000万円という高額な判決を受けても、それが支払えんかった場合、労役場留置を選択すれば、その罰金を払わずに済む。

その場合は、1日につき2万円ほどの換算で、2年以内の範囲でそれに相当する日数の労役が言い渡されるという。

極端な例がある。

脱税とそれに伴う経済犯に5億円という高額な罰金が科せられたケースで、それを払うことができんという者に対して労役場留置1日100万円に換算した額を言い渡したという判例が実際にある。

そうすると、労役場で同じ軽作業をして、一方は1日5000円で、片や1日100万円というのは憲法14条の法の下での平等に反するとの指摘もあるが、当時の政府は問題ないと答弁している。

何が問題ないのかは良う分からんが、要するに、罰金が払えんとなったら服役する道もあるということや。

もっとも、アキオにとっては2ヶ月間も刑務所に収監されて拘束されるというのは辛いものがあったがな。

また、アキオのような罰金刑での労役であっても前科がつくことには変わりはなく、この先、5年間は市町村役場に備置される犯罪人名簿登録への記載が抹消されることはないという。

この間、例え軽微な罪であっても刑事訴追され有罪となれば罪が重くなる。

また、行政処分というのもあり、こちらは減点23点とされ、免許が取り消された上、1年間はその免許の取得ができんということになった。

結果として、専業としての業務ができんわけやから、オオダテからクビを宣告されんかったとしても、そのM販売店は辞めるしかなかったやろうと思う。

出所しても、アキオに行くアテはなく、しばらくは大阪西成区にある通称「釜ヶ崎」と呼ばれる地区で日雇い労務者として働いていた。

別名「あいりん地区」とも呼ばれている所や。

もっとも、この言い方は行政が勝手に決めたもので、住人の中には、この呼び方に反発する者もいとるとのことやがな。

ただ、ここでは、お互いの素姓には一切干渉する者もなく、仕事を募集する方も犯罪歴云々のあるなしを問題にすることもないから、その点では気楽やったという。

ワケありの人間にとっては、ありがたい場所ということになる。

しかし、アキオはここでも悔やんだ。

アキオは、まだ20代で若い。

毎日毎日、愚痴ばかり言うて自身の不幸を嘆いてばかりいる高齢者の姿を見せられ続けているうちに、こんな、おっさんたちと同化する気には、とてもやないがなれんという気になった。

こんな哀れな姿にはなりたくない。このままでは終わりたくないと。

そう思えたアキオは、ある意味、ラッキーやったと言える。

一念発起。そこから抜け出すために必死になって頑張れたわけやさかいな。

人生とは不思議なもので、その気になれば運も味方するようになる。

その若さと貪欲さがあったからやとは思うが、仕事にあぶれる者が多いときでもアキオには不思議と仕事が回ってきた。

ものの半年もせんうちに、安アパートを借りられるくらいの小金を貯めることができた。

それとほぼ同時に、小さな建築塗装会社に就職することができた。

それから3年。

その仕事ぶりが認められて、その会社の社長の援助で独立するまでになった。

今では作業員5人を雇えるまでになり、小さいながらも「社長」、「親方」と呼ばれるようになった。

誰の人生においても、必ず分岐点というのがある。

右が左か、はたまた直進か。

人生に後戻りができん以上、どの道か否応なく選択するしかない。

その選択で、その後の人生が大きく左右される。

但し、その選択は、その瞬間の当人にとっては想像以上に難しい。その時点では誰にも先は見えんわけやさかいな。

ただ、不幸な出来事、不運な出来事が必ずしも、その人間にとって災いを招くだけとは限らんというのは確かや。

それがあったが故に、アキオのように一念発起する者もいとるわけやさかいな。

あのまま、何事もなく、あのM販売店で専業として残っていたらどうか。

風の便りで、2年ほど前にオオダテの販売店は改廃となり、今は別の経営者が、その店の運営をしとるというのを知った。

ヘタをすると、アキオもそのときに行き場を失っていた可能性はある。

何が幸いして、何が災いするか、誰にも分からん。

過去の過ちは仕方ない。

しかし、未来はその人間の選択次第で、どうにでもなる。

それと、その未来を切り開くのは間違いなく「何とかしよう」という前向きに強い意志やと思う。

それが大きく左右する。

アキオは、1年ほど前から、新聞販売店に勤めていた頃の懐かしさもあって、ワシらのサイトを見始め、メルマガも良く読んでいたという。

つい最近になって、そのアキオから一通のメールが届けられた。


はじめまして、ゲンさん。

僕は昔、新聞販売店に勤めていこともあり、大変おもしろくホームページやメルマガを拝見させて貰ってます。

僕はある年の年末に、ちょっとした不注意から接触事故を起こしまして……。

中略。

そんなわけで、新聞販売店の読者の人たちには、くれぐれも事故など起こさないよう注意するように願っています。

例え、事故を起こしても忙しさを理由にしないで、ちゃんと対応してほしいと思います。でないと、僕みたいに運の悪いことになりますから。

それが、ひと言だけ言いたくてメールさせて貰いました。


と。

このアキオのように、不幸な出来事、不運な出来事をチャンスに変えることができるとは言うものの、そういうのはない方がええに決まっとる。

アキオのようなケースの方がまれで、一つの不運がきっかけで、どんどんドツボに嵌っていく人間の方が圧倒的に世の中には多いさかいな。

何にしても事故なんかない方がええ。何事も平穏無事が一番や。

今年も後、今日を入れて一週間を残すだけとなった。

忙しいのは重々承知の上やが、くれぐれも安全を心掛けてほしいと思う。

いくら忙しいからと言うても事故を起こせば、そこで時間が止まるかも知れんわけやさかいな。

それでは何のために急いどるのか分からんし、意味がない。

結果として、安全に勝る早さはないということや。それを分かってほしい。

今年一年、この業界について厳しい話を数多くしてきたけど、来年、2010年こそは、明るい話題で花を咲かせたいものやと思う。

来年こそは、読者それぞれにとって良い年でありますように。


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