拡張の手口

手口その4 意表をつけ


泣き勧というのがある。泣き落としで勧誘するやり方や。「このまま、契約ゼロで帰ったら大変なんです。助けてください」というようなことを言うて情に訴えようとする方法や。成功率は極めて少ない。

当たり前や。何ぼ人情もろい人間かて、拡張員に同情する者はおらん。拡張員に限らず、この泣き落としで営業しようという輩は多い。あまり誉められたやり方とは言えん。

しかし、このやり方でも意表をつくと絶大な効果を上げることがある。実例で紹介しよう。

ある男が一戸建ての玄関口のインターフォンを押した。その家の主婦が応対に出た。

「助けて下さい……」男は、息絶え絶えに今にも死にそうな声でそう言った。主婦が慌てて玄関を開けると、男が倒れていた。顔は顔面蒼白や。何かの発作のようだった。主婦は急いで119番に電話した。

駆けつけた救急車で男は運ばれて行った。後日、男はその家に、お礼が言いたかったのでと菓子折りを持って訪れた。男は糖尿病で薬がきれて発作を起こしたのだと説明した。

男は主婦に礼を述べた後、正直に話した。病気が原因で無職となり、他に仕事が見つからず拡張員をしていること。医者にかかり薬を買う金もなかったため迷惑をかけてしまったこと等を。

気の毒にと思った主婦は、男の拡張する新聞を購読することにした。男は喜び、また礼を言って帰った。男はこれで味をしめた。その後、男は意図的にこの手口を使い始めた。

そうは言うても、毎回、救急車で運ばれるわけにはいかんから、病人のふりをして同情を引くというやり方や。ふりや言うても本当に病人なんやから迫真の演技や。誰にでも出来ることやない。

それが功を奏したのか、男は急激に成績を上げた。成績が上がると団での立場が良うなる。借金もある程度、自由に出来る。病院へも通え、薬も手に入った。

泣き落としも意表をつくと効果てきめんやという見本や。このケースでは、後は騙しやないかという批判もあるやろうけど、ワシは同じ拡張員としてそうは思わん。

例え騙しであったとしても、客に実質的な損害を与えとるわけやない。拡材なんかはきちんと渡しとるし、客にとっては人助けしたという気分的な満足感が得られとるはずや。但し、後々まで、バレんかったらの話やけどな。

人の善意につけ込んでと思う人間は、営業の仕事には向かん。営業とは、売り込める自分の武器を最大限駆使することの出来る者だけが生き残れる世界や。犯罪や相手に被害を与えるようなことがなければ問題はないと思う。

この男の場合、偶然からとは言え、病気ですら武器にしたんやから、ある意味、立派や。恥も外聞も捨てな営業で浮かぶ瀬はない。特に拡張員はな。甘い世界やない。


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