新聞勧誘・拡張ショート・ショート・短編集

第7話 ゲンさんの悪徳業者対処法

掲載日 2004.11.19




これは、今から8年前のことや。

その日、ワシは久しぶりに、三重県の北部、N市に来ていた。

午後1時。

ワシは一人で喫茶店にいてた。

ある男と待ち合わせをするためや。

約束の時間通りにその男は現れた。

スーツ姿のその男は、いかにも、やり手の営業マンという風情を醸し出していた。

「失礼ですが、○○さんですか?」

その男は、にこやかな笑顔を浮かべながら、念のためという感じでそう訊いて来た。

「そうですけど」

ワシは、例え相手がどんな人間であれ、礼儀正しく話す者には、同じように礼儀をもって答える。

「本日は真にお呼び立てして申し訳ありませんでした。私は○○住建株式会社、営業部の板垣と申します」と言いながら、両手で名刺を差し出した。

ワシは立ち上がって、懐から自分の名刺を取り出し、名刺交換に応じた。

板垣と名乗った男の名刺には、取締役営業部長という役職が刷り込んである。

ワシのは、○○企画S新聞販売促進企画部営業、という肩書きのない平の名刺や。

拡張員も名刺を持っとるのかという人間もおるやろうけど、拡張員にもいろいろやからな。別に団から持つように強制はされとらん。

ワシは、顧客を大事にすることが営業に繋がると常に信じとるから、名刺が必要な場合もある。

顧客からの連絡のためにな。

男は、ワシの名刺を自分の名刺ケースの上に乗せてテーブルの隅に置いた。

これは、わずかでも営業の訓練を受けた者には常識や。

間違うても、相手の名刺をさっさと仕舞い込むようなことをしたらあかん。

相手に対して礼を失するということもあるが、その相手に営業のイロハも何も知らん無礼な人間と思われることは、営業マンにとっては大きなマイナスになるからや。

しかし、ワシは敢えて、そういうことを承知で、板垣の名刺を内ポケットに無造作に突っ込んだ。

案の定、板垣の目の奥に侮蔑の光が疾った。

ワシらは、そういう反応には敏感やからすぐ分かる。

もっとも、そう思わせるためにしたことやがな。

「○○さんを本日、お呼び立てしましたのは……」

「ゲンでええ。そう呼んで貰うた方が気軽に話せる。どうも、堅苦しいのはかなわん」

ワシは、わざとそう言うた。

この板垣の話ぶりは、丁寧やが、ワシに対するクレームのために来とるはずや。

板垣はワシが拡張員やとは知っとる。

世間一般の拡張員への評価は、程度の悪い胡散臭い人間ということや。

間違うても、拡張員を尊敬するような人間はおらんからな。

この板垣もそう思うてるやろというのは容易に想像がつく。

ならば、そのイメージ通りに行動しといた方が当面は都合がええ。

ワシは大して自慢にもならんが、トラブルに出会すことが多い。

その処理も数え切れんほどして来た。

その経験から、トラブルの当事者と相対した場合、相手には、こちらが下の人間と思わせておいた方がええ。

分かり易く言えば、アホを演じるんや。

馬鹿な人間やと思わせる。

この板垣のような自信家タイプの男には、効果的な戦法や。

自信家は、相手がその通りの人間やと分かったら安心して見下す癖がある。

しかし、その見下した時に隙が出来るとは思うてないもんなんや。

自信家の弱点やな。

ワシは常にそこを突くようにしとる。

「分かりました。それでは、失礼して、ゲンさんと呼ばさせて頂きます。早速ですがゲンさんは、つつじヶ丘の村上さんをご存知なので?」

板垣はその侮蔑の表情を押し隠すように、ワシの申し入れを快く聞いたという素振りを見せとる。

上手く調子を合わせようというのが見え見えや。

「ワシの客や」

「新聞の?」

「それもあるが、昔からの知り合いや」

「昔からと言いますと?」

「そんなことは、あんたに関係ないやろ。何か言いたいことがあるんやったら、さっさと言うたらどうやねん」
ワシは、わざといらついた口調で言う。

「実は、ゲンさんにお願いなんですけど、私どもは現在、村上さんとは大事な商談中なので、ちょっと言いにくいのですが……」

「いらんことは言わんとけてか?」

「いえ、何もそうとは……、そのお礼と申しては何ですが……」

そう言いながら板垣は封筒を差し出した。

「買収するつもりか、あんまり安う見んといてんか」

ワシはその封筒を、中身も確かめんと板垣に突き返した。

それまで、にこやかな表情を崩そうとせんかった板垣の顔色が一変した。

「大人しく、それをしもうといた方がよろしいのと違いますか?お宅の社長さんもその筋に関係されておられるかも知れませんが、私どもは、○○組の田中さんと懇意にさせて頂いているんですけどね」

板垣は、身を乗り出して、他の客を憚るように小声で、そうワシに脅しをかけて来た。

これは、ワシを程度の悪い拡張員やと見下しとるから出来ることや。

板垣は自信家の良うやる手法をそのまま使うとる。

まず、ワシが拡張員ということが分かるとその所属の拡張団を調べる。

新聞の拡張団は多かれ少なかれ、極道と繋がっとる所が多い。裏社会の繋がりという奴や。

それで調べた結果、自分たちが付き合うとる組の名前を出せば、簡単に手を引くと踏んだというわけや。

極道同士の優劣は、同じ系列のヤクザ組織やと力関係が大きく物を言う。

つまり、持ち出す極道の名前が大きければ、相手に与える威力は絶大やと思うわけや。

しかし、この板垣はワシの作戦に嵌ったことに気がついとらんようや。

ワシは、こういう脅しを引き出すために、敢えて程度の悪い拡張員を装うてたんやからな。

村上という客から今回のことを相談された時は、相手が100パーセント悪徳業者やという確信はなかった。

訪問販売の住宅リフォーム会社にも、中にはましな業者もいとるからな。

しかし、板垣のこの対応で、その悪徳業者やという確信が持てた。

「脅しのつもりか?うちの団長辺りやと、それも効果あるかも知れんけど、ワシには効かんで」

「……」

板垣は、予想もせん反撃に固まっとるようや。黙ってしもうた。

ワシが強がりやはったりで、そんなことを言うてるのかどうかと計りかねとるのやろ。

「あんたは切れる人間のようやが、相手を見る目がもう一つやな。言うとくが、極道の名前出したらほとんど負けやで。びびる相手やったらそれでもええやろうがな」

「ただの脅しと思うとるのか」

板垣は完全に地を出して、凄んで見せた。

営業用の顔を捨てとる。

「思うとる。まあ、本当に脅しだけにしといた方があんたのためやけどな。ほんまに、ワシを脅すために、○○組の田中さんに声をかけん方がええと思うで」

「田中さんをご存じで?」

板垣の声と表情がまた変わった。

「ああ、良う知っとる個人的にな」

ワシはヤクザが嫌いやし付き合いなんか持ちとうもないんやが、何故か知り合いやツレ(友人)が多い。因果なことやけどな。

ワシのツレに神山という、これもヤクザの親分がおる。

田中というのは、その神山から紹介して貰うたことがある。

神山とは兄弟分やと言うとった。

何度か一緒に酒を付き合うたことがあるから、ワシの名前くらい覚えとるはずや。

別に覚えて貰わんでもええけどな。

ついでに言うと、この板垣にワシの名刺を渡したのは、万が一、ややこしいことになっても、トラブルを最小限にするためや。

実はワシも呼び出しを受けた時に、板垣の会社のことは調べた。

それも、裏の顔をな。

どこで、どうして調べたかまでは言えんが、蛇の道は蛇ちゅうやつで大概の裏情報は手に入る。

世の中には、そういう情報だけでめしを食うてる奴もいとる。

もっとも、この程度のことなら金なんか使わんでも分かるがな。

建築屋もいろいろおって、中には、ヤクザとツルんどるか、利用しとる訪問販売の会社もいとる。

調べたら、この会社は、事ある毎に○○組の田中という名前を出しとるということが分かった。

せやけど、板垣の会社とその組は、それほど密接な関係があるということでもなかった。

一、 二度、揉め事を依頼して、その組の田中という人間を知っとるだけのことやった。

その一、二度のよしみというやつで、頻繁にその名前を使うとるわけや。

本当に度々、こういうヤクザを使うとったら、何ぼ金があっても足らんからな。

こういう業界には、良うあることや。

もちろん、すべてやないで。

中にはまともな所もあるということも補足しとく。

その辺は、ワシら拡張員と一緒で、ヤクザな奴もおれば、真面目な者もおるというのと同じや。

ワシが板垣に名刺を渡したのは、それがあったからや。

ワシは、客以外に名刺なんか普通は渡さんからな。

こういう下手な脅しをかける奴は、相手が上手やと知ると、とたんに卑屈になる。

最初は甘く見せて、相手を図に乗せた上で、実は上手やったと思い知らせる。

すると、相手は驚いて、喧嘩にもならん。

一言で勝負が決する。

こういう輩の対処法や。

相手次第で、例え、はったりでも通用することはある。

せやけど、素人はそんなことはせん方がええ。

一、 二度は上手く行くかも知れんが、いつかはバレてえらい目に遭うからな。

ワシは、たまたま、神山の関係で相手のヤクザを知ってただけで、この手を使うただけやからな。

それも、無駄な争いをせんためにな。

この板垣が別のタイプの男やったら、他の方法を考える。

「これは、どうもお見それしました……。しかし、私らも田中さんには懇意にさせて頂いていますので、そのよしみで何とか目をつぶって貰えませんか」

「どういう意味や。ワシにそんなことをわざわざ言わんでも、ちゃんとした工事をすれば問題なかったはずやろ。せやけど、あんたの所の工事が納得出来んから、残りの工事代金を払えんと村上さんが言うてはるんやろ。なら、簡単やないか、納得出来るような工事にして、残金を貰うたらええだけのことやないか」

「それは、もちろん、そう致しますが……」

もっとも、そんなことをするつもりなら、最初からワシをこんな所に呼び出して、袖の下を掴ませようとしたり、脅すような真似はせんやろうけどな。

「それなら、問題ないやろ。そう、したって。ワシは帰るから」

ワシはそう言うて立ち上がりかけた。

「ちょっと、お待ちを。ゲンさんは以前、建築関係のお仕事をされていたのですか」

「ちょっと、だけな。せやけど、今は素人や。一つだけ、教えといてやるが、あんたら建築屋のリフォームの仕事は、素人さんの家をちゃんと直すことやろ。その素人さんに、あんたらプロが仕事の指摘されたらあかんで。それで、金を払うて貰えんちゅうのは建築屋の恥やろ」

「……」

「今日び、素人さんも勉強してはるんやで」

その、素人に入れ知恵しとるのは、お前やろと言いたそうな顔で板垣がワシを見た。

全くの的はずれでもないがな。

「村上さんの所へは?」

「ああ、また、行くで。ワシも当分、ここらで仕事もあるしな。ちゃんと、工事したってや」

「分かりました……」

板垣は、そう返事をするしかなかったのやろ。

しかし、ワシは、板垣の返事通り、工事をちゃんとするとは思うてない。

この板垣のような男が考えることは、手に取るように分かる。

今の、板垣は自尊心を傷つけられたと思うてるはずや。

必ず何か手を打って来る。

実際、この後、いろいろ考えて来たがな。

その話をする前に、ワシのような拡張員に、村上という客が、何で家のリフォームの相談を持ちかけて来たのかということから、説明せんと良う分からんやろと思う。

この地域には、この村上のような客がワシには多い。

そのわけをこれから話す。ワシの過去の話をな。




ここは地域的に微妙な所や。

三重県は東海地方の扱いやが、この北部はその東海色の薄い地域や。

住民も関西に属してると思うてる人間が多い。

新聞の拡張もなぜかここは関西の管轄やしな。

特にその中心とも言えるN市の住人の大半が、大阪方面の仕事をしとるか何らかの関わり合いを持ち、そこから移り住んだ人間が多いということも影響しとる。

なんでワシがそんなことを断言出来るのかと言うと、昔、ワシが働いとった大阪の建築屋が、この辺りを開拓して家を建て、大阪方面の人間に売ってたからや。

せやから、住人はほとんどが関西人や。

地元の人間は少ない。

その頃は、今とは想像もつかんほどの山奥の田舎やった。

普通にそこらに狸なんかがおる。

のどかと言えば情緒のある表現やが、初めてそこに行ったワシは、こんなとこ誰も住みたがらんで、ちゅうのが正直な感想やった。

しかし、そこにあっと言う間に住宅が建ち並び、多くの団地が出来た。

先見の明と言えば、この建築屋の経営者が偉いとなるが、実情を良う知っとるワシらは少し意見が違う。

多くの団地が出来たと言うより、造ったんや。

住む人間も、喜んで家を買うたと言うより、買わされたと言うた方がええやろな。

まあ、全部が全部とは言わんがな。

それには、時代が味方したということもあるが、えげつないまでの営業があったことも事実や。

今は、そんなことをする建築屋はおらんはずやということを前提に、ちょっとだけ話す。

その頃は、高度成長期からさらにバブル経済に突入しようとしていた時期やった。

恐ろしい勢いで土地の値段が急騰し、大阪市内で家を持つというのは普通のサラーリーマンでは不可能になっとった。

必然的に周辺の郊外に住宅が建つようになった。

その頃、良う言われとったのが、同じ値段、条件の物件を買おうと思うたら、1年ごとに山を一つ越さんと買えんという話や。

そやから、郊外は家を建てたら売れた。

それでも、大阪市内から車で1時間以内の所に限定されてた。

しかし、この建築屋はいずれはという目論見で、まだ土地の安かったこの地域を整地して売り出すことにした。

当初は、やはりというか売れ行きが悪かった。
そこで、徹底した営業をかけるため、現地視察ツアー客を募った。

格安で夢のような広いマイホームが買えますよ、という謳い文句に釣られて集まった客を乗せ、マイクロバスを仕立て現地に向かう。

このマイクロバスを仕立てるちゅうのが、巧妙な作戦なんや。

現地視察は日曜。時間は10時出発。

日曜でその時間帯なら渋滞もなく早く着く。

加えて、運転手も腕のええ奴を選ぶ。

平日の朝のラッシュ時なら2時間かかるところを、1時間ちょっとで着く。

これで、堂々とパンフレットに車で1時間の通勤エリアと謳ってあるのが嘘やないとなるんや。

それでも、現地に着くとあまりの寂しさに二の足を踏む客が続出する。

その場の即決は少ない。

しかし、この建築屋もそれは計算のうちや。

家は一軒売れたら儲けも多い。

連れて行った人間の全部に買わす必要はないし、また売れん。

このツアーで連れてった人間のうちから、甘い客、業界で言う「丸い客」をピックアップしといて、後日、営業で攻勢をかけて売り込む。

将来は、大型店舗も増えるし、特急も停まる。

病院や学校の施設も充実するのは間違いない。

大阪市内で平均の一軒家の倍の土地と家の大きさで、半額以下の値段で買えるんですよと吹いて煽る。

営業マンは会社の指示した通りに言うてるだけや。営業マン自身も誰もそんなことは信じとらん。

自分やったらこんなとこ買わへんでと広言しとる営業マンもおるくらいやったからな。

営業も、今からは考えらんくらい強引やった。

その内の一つだけ紹介する。

ふらふら営業というのがあった。

文字通り、客をふらふらにして思考力をなくさせて契約させる手法や。

具体的には、その丸い客にアポイントを取り、クローザーと呼ばれる詰め専門の営業員が出向く。

総じて、丸い客は話を良う聞く。

営業員も家の中に呼び込む。

ここで、簡単に契約すれば問題はないが、いくら丸い客やと言うても大金がいるし、大抵の人間にとっては一生に一度の買い物や。

当然、抵抗する者もおる。

普通、こういう所へは、その家の主人が仕事から帰って、食事やら入浴を済ませた夜8時くらいに訪問の設定をすることが多い。

抵抗する客には、ありとあらゆるアプローチをかけるんやが、その場合は基本的に長期戦の構えを取る。

なかなか帰らん。というより、そういうタイミングに持っていかんように、手練手管を駆使し、話術の限りを尽くす。

夜の12時程度は普通に粘るし、夜中の2時、3時ちゅうのも珍しいことやない。

その日、客が仕事であろうと気を使うようなことはせん。

いかにも、話に熱中していて時間に気がつかんという風に装う。

そうなると、客も思考力がにぶり、その場が凌げればええと考え出す。

諦めが入るわけや。

文字通りふらふらになる。

その頃になると、営業員の賃貸で家賃を払うより絶対お得ですよ、というトークが本当にそうやと思い込み納得してしまうわけや。

ほとんどはローンで買うから、その支払いは一見、払い易そうなプランにも思える。

もっとも、建築屋にとっては、そんなマジックは普通に考えるがな。

それに、人間は思考力が衰えると相手の話に納得し易くもなる。

それが、丸い客なら尚更や。

丸い客というのは、正直で実直な一面がある。

どんな、状態であれ、交わした約束は破れん。

そのことを営業員は熟知しとる。

それで、その丸い人間を集めまくり、売りまくった。

気が付けば、街になり、市になっとったというわけや。

そうなれば、本当に大型店舗が建ち並び、学校や病院、飲食街が出来上がった。

今や、三重県北部一の市になっとる。

その建築屋の目論見が図に当たったということや。

この地域に住む住人は良う言えば、人のええ人間で、業者に言わせれば丸い人間の集まりになっとるということや。

そして、その丸い人間を狙って、常にあらゆる訪問販売業者が当然のようにこの地域には暗躍しとるというわけや。

その業者の中で一番多いのが、住宅リフォーム業者や。

ワシの勤めとったその建築屋も住宅リフォームの子会社を設立した。

売った家がそろそろリフォームが必要と思えた時期にや。

ワシは、その会社に出向していた。

ワシは基本的に営業というものが好きや。

客との駆け引き、やり取りの危うさに痺れ、成約した後の抑揚感が堪らんほどの興奮を与えてくれる。それが堪らんのや。

しかし、ワシはある時から、疑問を抱くようになった。

ワシらの営業が客にとっては、どうなんやろと考え始めたからや。

会社が利益を上げるのは仕事やから当たり前のことや。

しかし、その利益の上げ方に問題がある。

ワシとこの会社は住宅リフォーム会社やから、建築の専門家やなかったらあかんはずなんやが、その専門家が少ない。

それは、ワシとこの会社だけに限らず、ほとんどの住宅リフォームの営業会社にそういう所が多い。

営業のエキスパートは腐るほどおる。

売るだけや。売るだけ売ったら後は、下請けの専門業者に任す。

建築知識は、客を煙に巻く程度であればええ。

建築の専門用語さえ知ってれば問題ない。

住宅リフォーム営業会社にとって、売ることがすべてで、客のためと考える所は残念ながら少ない。

客の要望ばっかり聞いとったら仕事にならんし、儲からんというのが本音や。

下請けの専門工事業者はどうか。

ここは、仕事に誇りを持っとる業者と、利潤を優先させる所とに2分される。

仕事に誇りを持っとる業者は、素人同然の知識しか持ち合わせず、金のことしか考えとらんような営業専門会社の下請けは嫌がる。

ええ仕事するには、ええ材料やええ職人が必要やからある程度、金がかかるということが、理解出来んと言うて相手にせん所が多い。

従って、訪問販売専門の営業会社との結びつきは少ない。

利潤を追求する下請け工事業者は、その点、融通が利く。いくらでも、安く上げる術を心得とるからや。

せやから、必然的に両者は結びつく。

利益中心の人間が結託するんやから、客のためのええ仕事なんか出来るわけがない。

ちょっとだけ分かり易く説明する。

例えば、屋根瓦の葺き替え工事の場合、誇りを持っとる業者が100万円でええ工事が出来るとしたら、そういう住宅営業会社は、同じ類似の工事内容で200万円の契約を客と結ぶ。

通常、こういう営業会社は、荒利を50%から60%と見込む。

従って、下請け業者への発注金額は80万円から100万円になる。

この下請け業者も、利益中心に考えるから、その半分の50万円以下で工事を安く上げようとする。

材料は言うに及ばず、職人にも金をかけん場合が多いから、ええ工事が出来るわけがない。

良心的な業者がするまともな工事費の倍の工事代金をとっても、その半分以下の工事しか出来んということになる。

これが、欠陥住宅やリフォーム工事の温床となる。

欠陥工事には必ずと言うてええほど、こういう背景がある。

それなら、最初からそういう良心的な業者に工事を依頼したらええやないかと考えるやろうけど、こういう業者は営業が苦手や。

腕に自身のある職人は、営業員を馬鹿にする。

口先だけでめしを食うてると言うてな。

せやから、営業なんかしようとも思わんし考えることもせん。

それに、仕事に自信もあるから、頼んで来たらやってやろうという姿勢や。

当然、一般の人間にはその存在は知られにくい。

その点、口先だけでめしを食うてる営業マンは、売り込むことにかけてはプロや。

例え、それがぼったくりのような値段であろうと平気で売り込むし、それで売れる。

しかし、そういう営業会社を弁護するのやないが、その会社も初めから、欠陥工事をしようと企んどるわけでもない。

欠陥工事をすればトラブルになる。

揉め事は誰でも避けたいと思うのは当たり前や。

しかし、利潤のみを追いかければ、必ずどこかで無理が起きる。

ちょっと、金をかければ安全なことも、そのために無視する。

俗に言う手抜きや。

そして、こういう会社の多くは、そんな欠陥工事をした客に対して誠意のない対応をする。

誠意を示そうと思えば金がかかる。

金さえかからんかったら、何ぼでも頭を下げる。

しかし、一旦、非を認めたらそれでは済まんから、謝ることなんかせん。

客と揉めても、金を出さんように、その時のための対応マニュアルまであるくらいやからな。

世に言う悪徳業者や。

こういう所は、常に裁判沙汰の物件を幾つも抱えとるのが普通や。

ワシとこの会社も例に漏れずそうやった。

まだ、若かったワシはある時、この会社のトップに、こういう会社の体質を何とか改善出来ませんか、と直談判した。

ワシが、契約を取った客が欠陥工事の被害に遭うて、その対処に困ってたことがあったからや。

そのトップも、ワシの態度には苦々しく思うたやろが、ワシはその頃、自慢やないが営業成績は常にトップクラスやったし、親会社からの出向社員やったから、そのトップの裁量でワシを馘首にすることも出来へんかった。

しかし、そこは営業会社のトップや。

「それなら、工事を監督する部署を作るから、君がそこの責任者として下請け業者の管理をすればええやろ」ということで、社内に新たに工事部が設立され、ワシはそこの部長ということになった。

ワシは、ちょっとした出世やと思うて有頂天になった。

そのトップに嵌められたとは夢にも考えんかった。

今やったら、そんなアホな罠には引っ掛からん自信はあるが、若いといろいろ見えんことも多い。

特に、狸おやじの腹なんかはな。

ここでの仕事は、営業マンの取った仕事を工事部の人間として客宅へ行き、工事内容の確認および手順の説明とその工事の手配ということになっとった。

しかし、一番多い仕事やったんが、トラブルの処理やった。

苦情処理というやつや。

正直、さすがのワシもこれには参った。

ワシもそこそこ苦情なり揉め事はあると承知はしていた。

せやから、トップに直談判したわけやからな。

それでも、ある程度という認識しかなかった。

ところが、この部署の設立と同時に分かったことやが、ワシが知らなんだトラブルが全部で50数件もあった。それも、この子会社が設立されて3年ほどの間にや。

トップはワシが潰れると思うたようや。

このトップはイエスマンばかりを周囲に集めとるワンマンな男やった。

逆らう人間は誰であれ許せんというタイプや。

しかも、この男のたちの悪いところは、それを表立って見せんことや。

陰湿な人間やった。

しかし、意に反してワシは潰れなんだ。

人間はどんな状況であっても対応出来るということをこの頃、知った。

苦情やトラブルの対処、対応が自然と身に付いた。

どんなに怒り心頭な客も、ワシが行って話をすることでほとんど収まった。

それでも、訴訟沙汰に発展したこともかなりあった。

おかげで裁判関連の知識も豊富になったがな。

その時に痛感したのが、苦情処理のためには、業者と対等かそれ以上の建築知識がないとあかんということやった。

欠陥工事を平気でする業者は、腕は良うないが、ごまかしのプロや。

まだ若造やったワシなんかが太刀打ち出来る相手やなかった。

ワシは、そんな業者と渡り合うために猛烈に勉強した。

本社は名の通った建築屋やから、建築関係の資料は豊富にある。

それを、片っ端から読み漁った。

もちろん、机上の知識だけ詰め込んでもあかん。

現場の仕事も、それこそ目を皿のようにして見た。

特に腕のええと呼ばれる職人の仕事は、例え、他業者の現場であっても見るようにした。

当然のことやけど、ええ仕事をしようと思うたら、ええ仕事を見て知らなあかん。

そうすれば何が必要なのかが分かるからな。

苦情処理も生半可やない。

欠陥工事によるクレームが後を立たん。

クレームも金をかけて直せば簡単に済むことでも会社は金を出さん。

それならと、ワシも考えた。

ワシは工事部ということで、工事の発注権限を手に入れた。

名目は、クレームをなくすためや。

これには、トップも了解した。

欠陥工事を出した下請け業者に、その欠陥工事を直せと指示した。

指示に従わん業者には工事の発注を止めると言うてな。

欠陥工事を平気でする業者は、当たり前のようにろくでもない輩が多い。

おとなしく言うことを聞く奴は少ない。

そして、こういう輩の多くは、ヤクザと繋がっとる。

せやから、奴らの中には、そんなヤクザを使うて脅す者もおった。

ちょっと、代紋をちらつかせば簡単に脅せると思うたのやろ。

せやけど、そんな脅しはワシには通用せん。

ワシは大阪でも、その当時はあまり柄の良うないという評判の河内という所で生まれ育った。

そのワシからすれば、そのヤクザの脅し文句は、普通の日常会話みたいなもんや。

何の自慢にもならんが、知り合いにヤクザも多い。

子供の頃から可愛がってくれた近所のおっちゃんがヤクザの親分やったりするからな。

脅しに来たヤクザも話をすれば、それは分かる。

脅しが通用せんとヤクザも商売にならん。

鼻息が荒いだけの素人が粋がるのは危険やが、実際に同業者と知り合いのおる人間には、奴らも手を出し辛い。

せやから、ほとんどのたちの悪い下請け業者は、逆らうのを止めるか、離れて行った。

しかし、残った業者の中に、さらにたちの悪いのがおった。

ワシの分からん所で、会社のトップを脅しとったんや。

このトップも、そのことをワシに相談すれば何とかなっとたんやが、ワシのことを煙たく思うとるから、それが出来なんだ。

そのトップは、その業者を使うようにとワシに圧力をかけて来た。

ワシは断った。業務命令やという。

まだ若かったワシは、そのトップに辞表を叩きつけて辞めた。

ワシはその会社に5年いてた。

その主な現場が、この地域やった。

住宅リフォームの仕事で関わった家だけでも、ざっと1000軒以上はある。

その中には、ワシやから仕事を依頼すると言うてくれる客がかなりいとった。

今回の村上という客も、そのうちの一人や。

辞めたワシは、自分で小さな住宅リフォームの会社を大阪で設立した。

しかし、いろいろあって結局、6年めに倒産して、丸裸になり拡張員になったというわけや。

その拡張員を京都で2年ほどして、大阪に帰って、S紙の拡張員としてこの地域に来たということや。

せやから、ここへは8年ぶりくらいになる。

その頃の客はもう誰も、ワシのことなんか覚えておらんやろうと思っとった。

それが、一昨日、ここに来てすぐに声をかけられた。

その声をかけて来たのが、村上という客やった。

正直、ワシは覚えていてくれただけでも嬉しかった。

その当時なら、結構、客受けも良かったから、そういうことも珍しいことやなかったが、今は違う。

ワシは、その客には正直にいろいろ話し、今は、拡張員をしとると告げた。

村上は、ワシを家に招いて、長年読んどるというA紙に替えて、ワシの勧誘するS紙と契約してくれた。

ワシはかつて、この村上から外壁塗装と屋根工事で300万円の工事の請負契約を貰ったことがあった。

しかし、その時よりも、今回の1年で5万円足らずの新聞契約の方が、喜びは遙かに大きかった。

正直、ワシはこの頃、まだ拡張員になったのは、落ちぶれたと思うてた時期やったから余計や。

こんな、落ちぶれた人間を忘れずに、しかも、以前のよしみだけで新聞の契約をしてくれたのが、無性に嬉かった。

村上は、今、住宅リフォームの工事で困っていると言い出した。

話を聞いてくれと言う。

村上も、それと引き替えに新聞の購読をしたのやないとは思う。

ワシも正直に今は拡張員やと告げとるから、そのワシに相談してもどうにもならんことくらいは承知しとるはずや。
ただ、愚痴を言いたかっただけのことやと思う。

ある訪問販売の住宅リフォーム業者が営業に来た。

これが、板垣の会社や。

最初は若い営業員が来た。

その時は、やるとも何とも言わなんだ。

しかし、以前に外壁塗装をしてから10年ほどになるから、そろそろやとは思うてたと言う。

その10年前に工事の契約を取って、現場監督をしたのはワシやから、それは覚えとる。

翌日、クローザーとして板垣が来て、それで、工事をすることに決めた。

ここで、一般的な訪問販売の住宅リフォーム会社の営業について簡単に説明しとく。

まず、アポインターというのが、電話で勧誘することから始める。

そのために、狙いをつけた地域の住宅詳細地図をコピーしたものを用意する。

それと、平行して電話帳からその地域のページをコピーしたものも用意する。

色つきのマーカーを数種類、揃える。

狙いをつけた町内の色を任意に決める。

例えば、○○台やったら赤という具合や。

電話帳をコピーしたものに、その場所に該当する住所の住人に、赤のマーカーでチェックをつける。

住宅リフォーム会社の規模によっても違うが、ワシがおった所は、営業員が総勢で50名ほどおって、1班10人構成にしていたから、5チーム、5カ所の色分け地域が必要やった。

それを基にアポインターが順番に電話していく。

アポインターには、アルバイトのパート、新入社員、平営業員が多い。

それぞれの会社で、マニュアルトークがありその通りに話すから、誰でも構わんのや。

ここで、マニュアル通りに反応のあった客をランク分けして表にする。

それを、コピーした住宅詳細地図に書き写して、営業マンが現地に行く。

そのまま、営業出来る人間は成約まで持っていけばええが、自信がないか、まだ経験の浅い営業マンは、客と訪問時間などのアポイントだけを取り、詰め専門のクローザーと呼ばれる人間に任す。

これは、ベテランで腕のええ営業マンが多い。

板垣がこれや。

これが、一般的な訪問販売の住宅リフォーム会社の営業の流れや。

契約が済むと、その会社の工事担当者が来て、工事日程と工事内容の説明がある。

それで、工事が始まるわけや。

工事代金の支払いは、現金の場合は、着手金50%、工事完了時残金の50%払いというのが普通や。
村上はそうした。

他には、住宅金融公庫のリフォームローンとか銀行のリフォームローンでという場合があるが、それは、それぞれのシステムで支払うことになる。

中には、住宅リフォーム会社の提携しとるローン会社を勧める業者もおるが、こういう所ではなるべく工事は依頼せん方がええ。

金利が高いというだけやなしに、こういう所は悪徳業者が多い。

業者には、客がローンの申し込み手続きが終わると入金になるようになっとる。

大抵は、工事前か工事中に入金になる。

こういう業者は、入金前までは低姿勢で客の要望は良う聞くが、入金後はほとんどそこには営業マンすら寄りつかんようになる。

金を貰うまでが仕事やからや。

欠陥工事があっても、適当にごまかす。

中には、ごまかし切れんと欠陥工事やと騒ぎ出す客もおるが、そういう業者は、ローン会社から金が入っとるから、何を言われようと知らん顔や。

例え、客が金を払わんとごねても、その時は、ローン会社と客との問題やから腹は痛まんし、どうということはないと思うとる。

その点、住宅金融公庫や銀行のリフォームローンは、工事完了後の入金になるから、一見、安全なように思うが、悪徳業者にかかったら、それも安全とは言えん。

その悪徳業者の典型的な手口に、まだ工事中か着工直後にも関わらず、工事の確認の電話が掛かって来たら、工事が終わったと言うてくれと頼むということがある。

こういう業者は間違いなく悪徳なんやが、金が入るまでは低姿勢に徹しとるから、客も悪い印象がない。ついつい、そういう要望を聞いてしまう。

こんなことを言う業者は、大抵の場合、リフォーム専門の信販会社から繋ぎ融資制度というものを利用しとる。

通常、住宅金融公庫の住宅リフォーム工事の場合、工事完了後、3ヶ月ほどせんと融資が降りん。客は、契約上、その時に支払えばええんやが、業者が嫌がる。

そういう業者は総じて余裕のある所は少ない。

契約したらすぐ金にしようとする。

住宅金融公庫に申し込んで融資決定の通知を受ければ、間違いなく金は降りる。

それを、信販会社に担保として繋ぎ融資を受けるんや。

そうすることによって、通常より、3,4ヶ月早く現金を手にすることが出来るという仕組みや。

もちろん、そのために、金利は払うが、訪問販売業者はそういう費用も最初から折り込み済みで、客からもその分の金を取っとる。

もう、ここまで説明すれば分かったと思うが、客に工事確認の電話がかかって来るのはここからや。

それに、工事完了を伝えると、めでたく業者に金が入金される。

業者は入金されると同時に仕事も終了と考えるというわけや。

実際に手のひらを返す業者も珍しいない。

当然、揉めることも多い。

ただ、そんなことを繰り返す業者は、信販会社も住宅金融公庫もマークするから、仕事が続けにくいということがある。

揉めてごねた客は支払いを渋るし、裁判沙汰に発展するケースも珍しいことやない。

そんな、業者との付き合いは金融機関も嫌がる。

せやけど、こんな業者は平気や。

いよいよ、金融機関も相手にせんような状況になったら、さっさと会社を潰すからな。

そして、何食わぬ顔で新しい会社を立ち上げる。

そういう悪徳業者は後を絶たん。

こういう業者の中には、新しい会社になると、その地域で、以前の自らの会社を悪徳業者と言い触らす所まである。

そうすることで、新しい会社のイメージを上げようとする。

悪徳業者の指摘をする業者は良心的やと思わせるわけや。

ワシはそういうことを、この村上に昔、話したことがある。

せやから、どうしても、リフォーム工事をするのやったら、自己資金でした方がええと教えた。

ない場合でも、業者の斡旋する金融機関やなしに、自分で、銀行なんかの融資を依頼するべきやとな。

村上は、それを覚えていて今回、実行したようや。

現金払いの方が、欠陥工事を回避しやすい。

それが、例え、悪徳業者であってもや。

どんな悪徳業者も金を貰うまでは誠実な業者を装うとる所が多いし、実際、客の要望も良う聞く。

せやから、欠陥工事と判明しても直させ易いということや。

例え、その業者が直せんでも、工事代金が丸々損をせんからな。

その費用で、ちゃんとした業者に補修依頼も出来る。

今回の村上邸が正にこれに当たる。

余談やけど、建築業者は施主の家を、この邸と呼ぶ。

どんな家でもそうや。

今回、板垣がワシに面会を申し込んで来たのも、残金を貰いたいための行動の一環や。

その板垣の会社への対応はワシが助言した。

その時、ワシの名前と連絡先を、相手に伝えるように村上に教えたんや。

ワシとしても、相手の業者の程度が知りたかったからな。

結果は、ほぼワシの思うた通りやった。

この後の出方もほぼ予想がつく。




翌日、ワシは村上の家に行った。

「何か言うて来ましたか?」

ワシは村上にそう訊いた。

何かアクションがあるはずやと思うたからや。

「ゲンさん、丁度ええ所に来てくれた。今、調査やと言うて補修箇所をチェックして帰って行ったんやけど、見てくれるかな」

村上の言う場所に行くと、外壁に白のチョークで○を書いて数カ所チェックした後がある。

「3日後に、修理チームを寄越して、チェックした部分を塗り直すと言うてました」

ここで、村上がつけたクレームについてちょっと説明する。

村上が依頼した工事契約は、セラミック塗装という外壁吹き付け塗装や。

セラミックというのはギリシャ語の石を意味する言葉や。

吹き付け塗料の中に、陶磁器を細かく砕いた物を混入しとるから、セラミック塗装と言う。

一般の吹き付け塗装よりは、厚みがあり重厚な感じがするから高級感があるというのが人気や。この辺りでは流行っとる。

普通の塗装よりも長持ちするという、業者の触れ込みがある。

もっとも、業者は値段が取り易いからというのもあるんやがな。

良う耐久性ということを訊く客がおるが、これは、その家の外壁の状態や、その地域の気象条件、湿度、環境によっても違うから一概には言えん。

それに、何より耐久性というのは、その人間の気持ちや考え方で変わる要素が大きい。

ワシはこの手の質問にはいつも同じように答えとる。

「あなたがそろそろやと思うてる時期が耐久性の限度ですよ」と。

要するにその人間の我慢の限界が、そうやということや。

塗装には塗り替え時期と称しとるものがあるが、あれは一つの理想に過ぎん。

こまめに塗り替える方がええに決まっとる。

女性の化粧と同じで、いつも、綺麗にしてた方がええやろ。

その都度、新鮮な気持ちにもなれるしな。

しかし、金がかかるからそう度々そうするわけにはいかん。

つまり、我慢出来んようになったら補修したらええということや。

それが、住宅リフォームの基本的な考えでええと思う。

住んどる人間次第ということやな。

参考までに言うが、家は、地震や天災でもない限りそう簡単に潰れるもんやない。

良う築25年くらいが建て替え時期やと言われてとるけど、あんなもの建築屋の営業トークや。

そんなもので潰れる家があるとしたら、それは間違いなく欠陥住宅や。

ワシの田舎の物置小屋なんか、ただの掘っ建て小屋やけど、100年以上も潰れんと建っとるしな。

話を戻す。

業者がチェックしたという箇所は、村上が吹き付け塗装の薄いと指摘した所や。

それを、3日後に吹き付け補修をすると言う。

「どない?」

「その申し入れは受けん方が無難やと思いますよ」

これは、こういう業者のよく使う補修方法や。

茶を濁すというやつやな。

一見、悪い所を直すと言うてるのやから、それでええと思うやろけど、こんなやり方をすれば、もっと、最悪な結果を招く虞がある。

そのことを説明するためには、この業者の仕事内容を検証して見る必要がある。

ワシは仕事の結果で、ほぼどんな工事をしたかが分かる。

それに、この村上という客は結構こまめやから、工事の記録や写真も撮っていて、証拠も豊富やったということもあるがな。

これは、性格もあるが、暇やということもある。

村上は、今は定年退職して悠々自適の生活をしとるからな。

それと、この村上は昔、ワシと話したことを良う覚えとったということもある。

何故かと言うと、村上は、この塗装の色決めをする際、元のアイボリー系の色からグレー系の色に変えたことでも分かる。

これは、この次、吹き付け塗装するのやったら、なるべく色を変えた方がええと教えたからや。

ワシが担当した客には、必ずそう勧めた。

何故かというと、この頃、ワシも程度の悪い業者に頭を痛めてたさかい、ごまかしを少なするという狙いがあったからや。

同系統の吹き付け塗装やったら、少々薄く吹き付けても分かり辛いということがある。

事実、ええ加減な業者は、ごまかしが効くと見たら平気でそういうことをするからな。

色を変えたら、それは、さすがにしにくい。

分かり易いからな。

しかし、徹底してごまかす業者はそれでもやる。

下塗り材にシーラーという下地塗料があるんやが、これに着色してごまかすんや。

そのごまかしに気づいた村上が、たまたまその日、この地域におったワシを見つけて、そのことを相談したというわけや。

ワシが見たら一目瞭然で分かる。

明らかに、材料を少なくして工事をしとる。

いくら、下地を着色していても、根本的に材質が違うからすぐ分かる。

このセラミック吹き付け塗装は、一定量の材料を吹き付けるようにとメーカーの施工マニュアルにある。

その施工マニュアル通りに工事が行われて不具合が出れば、そのメーカーの責任やが、この場合は明らかにこの業者の施工不良や。

その証拠は、見た目以外にも簡単に分かった。

村上がその証拠を残していた。

このセラミック吹き付け塗装工事の塗装材料は、そこそこ量が嵩張るため、大抵はメーカーから現地直送にする。

その際、受け取り伝票に、その家の人間、この場合、村上がサインをする。

その伝票を残しとるから、その量も確実に分かる。

その家の規模にもよるが、この村上邸やと1缶15s入りの材料で50缶程度必要や。

職人の腕によっても多少違いが出るが、それでも、どんなに上手く吹き付ける職人でも、44,5缶はないと規定の厚みは出ん。

それが、伝票には20缶の記載しかない。

こんな証拠を突きつけられた場合でも、ごまかす業者は、この材料は良く使うから別にストックしていて、現場には足らすだけ注文して持って来させたと言い張る。

しかし、この場合、村上がこまめに工事中の写真まで撮っとるから、そう言い逃れすることは出来ん。そんな物はどこにも写ってないしな。

それに、この材料は、ストックは効かん。

季節や保管場所にもよるが、3ヶ月も放置すれば、固まって使い物にならん場合があるから、普通はストック材料なんか確保せん。

あるとすれば、ちょっとした、タッチアップ補修に使うくらいの量や。

多くて一缶。それが常識というやつや。

それに、材料が特殊やから、ロット番号によって同じ品番の同色でも微妙に色が違う。

下手に残りの材料を混ぜて使うとムラになる虞がある。

今回、ワシが、部分的な補修の申し入れが拙いというのは、このことも関係しとる。

この材料は、注文製造制や。

ロット番号によって微妙に色が違う。

見比べただけでは良う分からん。

それを、チエック箇所だけに吹き付けたらどうなるか。

そこだけ色が違って目立つから全体の印象がムラな感じになって、誰の目からも変に映る。

これは、この材料だけに限らず、普通の塗料でも言える。

一度塗ったペンキが乾いた上から、塗り損ねた箇所だけ、全く同じ色の塗料を塗ったとしたらどうなるか。確実に、そこだけムラになる。

何でそういうことになるかと言うと、数日でも日を置くと、太陽の日差しで焼け変色するからや。

全体がそうなら誰の目にも分からんから問題はないが、後から塗るとその部分だけ焼け具合が違うということになる。

同色のペンキでもそういうことが起きるのに、最初から色違いがある材料を吹き付けたんでは、結果は火を見るよりも明らかになる。

例えば、自動車の塗装で考えたら良う分かると思うが、同色の部分塗装をすれば必ず目立つはずや。

加えて、この材料は、部分的に吹き付けると、後でそこだけ、剥離することがある。

それらの理由から部分補修はええ結果にはならん。

ならば、どうするのがベストか。

答えは簡単、もう一度、全体を吹き付け塗装し直すしかない。

もちろん、業者はそれは嫌がるやろ。

金がかかり過ぎるからな。

しかし、それは自ら招いたことやから、仕方ない。

嫌なら、残金は払わず、他業者に任せるしかない。

ワシも、ここで長いこと仕事をしていたから、そういう業者も良う知っとる。

万が一の時でも紹介は出来る。

因みに、この工事の契約金額は160万円で、その半金、80万円が残っていた。

ワシの知っとる業者やったら、その半金の80万円でも、恐らくお釣りが来る。

しかも、仕事は数段上や。

もっとも、そのことは村上には言わなんだけどな。

相手が誠意を見せるかも知れんから、下手にこっちで先走って手配して揉めてもつまらん。

それに、いよいよあかんという時でも遅うはないしな。

村上は、ワシの言う通りに、板垣にそう申し入れた。

結局、板垣はそれを飲んで、全塗装した。

塗装業者に、そうせんと金を払わんとでも言うたんやと思う。




これが、悪徳住宅リフォーム業者の対処法ということや。

どうでもええけど、拡張の話とは違うやんけ、と突っ込まんといて。

この話にはまだ続きがあって、これを話とかんと、続きの話が出来んのや。

この板垣という男とは、この後、いろいろと修羅場になる場面がある。

まあ、板垣が、今回のことで大人しく引き下がるタマやないことは誰でも想像つくやろうとは思うがな。

ということで、その話はまたの機会のお楽しみにということで今回はここまで、次回に乞うご期待というやつや。

何やどこかの下手な講談の終わりみたいになってしもうたな。

                                         了


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