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第351回 ゲンさんの新聞業界裏話


発行日 2015. 2.27


■新聞販売店物語……その14 嵌められた集金人


今月の半ば頃、「お前は解雇(くび)だ」と、いきなりゴウダ新聞販売店の店長、イガワから、集金人のミチオがそう宣告された。

「理由は何です?」

「お前は集金を、ごまかして懐に入れたやろ」

「何をバカなことを……。私は、そんなことはしていない。証拠があって言っていることなんですか?」

「あるから言うてるんや」

「どんな証拠です?」

ミチオは絶対にそんなことはしていないという思いで、そう訊いた。そんなバカなことがあるはずないと。

「入金台帳に記載された金額と実際の金が合わんのや。お前がごまかしたとしか思えん」

「そんな無茶苦茶な話があるか! 私は集金した分はきちんと入金している。第一、入金した時、事務員のマツシタさんから確認の受領サインを貰っている」

集金時には「証券」と呼ばれる2枚綴りの領収書を販売店から受け取り、1枚は店に新聞代金と一緒に提出し、もう1枚は客に渡す領収証になる。

店用の「証券」と集金した金を事務員のマツシタに渡して入金台帳に記入すれば、それで仕事が終わる。

しかし、以前他の集金人が、そうしているにもかかわらず「入金していない」と疑われて問題になったことがあった。

結局、その集金人も「入金した金など横領していない」と言っていたのやが、聞き入れて貰えず解雇されている。

その時もミチオと同じように「お前が金をごまかして着服した」と店長のイガワから言われたという。

結局、何の証拠もないまま解雇された。もっとも、その集金人の方でも嫌気がさしていたので辞めることについては特に揉めることはなかったという。

その集金人は実直な人だったとミチオは思っていた。ウソをついているようには見えなかった。しきりに「販売店に嵌められた」と言っていた。

その人は公務員を定年退職して、何か仕事をしたいということでアルバイトの集金人を始めたと本人から訊いた。ミチオも似たようなものだった。

ミチオは、その当時から問題は事務員のマツシタの方にあるのやないかと思っていたので、用心のために入金すると同時に、自前の手帳に集金を渡す都度、確認のサインをして貰っていたわけや。

「確認のサインやと? それやったらそれを見せてみろ」

「分かりました」と言って、ミチオは翌日、疑われていた部分のコピーを店長のイガワに見せた。

「何やこれは、原本を見せろ」

「これで分かるでしょ」

この時点ではミチオは、イガワを信用する気にはなれなかった。万が一、その場で原本の手帳を取り上げられてもしたら証拠が消えて困ると思い用心したわけや。

「こんなものでは証拠にならん」

「だったら、どうしろと言うんです?」

「本当やったら、横領罪で警察に通報するところやけど、帳面との差額分の30万円を払えば解雇(くび)にするだけで済ましたる。お前、歳のせいでボケとんのやろうから大目に見たるさかい」と、イガワ。

「失敬な。警察でもどこでも通報してくれて構わん。こっちは身に覚えのないことやから、堂々と受けて立ってやる。舐めるのもええ加減にせいよ、この若造が!」

店長のイガワは、まだ30歳前で、いつもミチオを『年寄り』扱いしてバカにしていた。自分の息子と、ほぼ同年代の男である。年上の人間に対する配慮の欠片もないような男だった。

今回のように『歳のせいでボケとんのやろう』といった暴言は何度も耳にしている。

今までは、歳を食って新たな所で仕事をする以上、年下の上司がいるのは当たり前で、何を言われても逆らえない、逆らってはいけないという思いで我慢してきたが、『お前は解雇(くび)だ』と言われたら、もうそんなことは関係ない。

やってもいない『窃盗』の容疑をかけられ、その金を弁償しろという悪質な輩に遠慮する気にも我慢する気にもなれなかった。

今までの恨みの念が一気に噴出してきた。ミチオ自身にも、こうなると止められない。

「……」

普段温厚なミチオが、これほど激怒して激しい言葉を吐くとは思うてなかったイガワは、一瞬、気圧されて言葉を失った。

「それに、あんたのやっていることは根拠のない不当解雇やから、労働基準監督署に苦情を申し立てるからな」と、畳みかけた。

「うちは会社組織やないから労働基準監督署なんか関係ないわい。どこなと好きに言うたらええけど、とにかく盗った金は返せ」と、かろうじてイガワは強がって見せた。

「そんな身に覚えのない金など死んでも払うつもりはない」

それで、その場は別れた。

ミチオは、その数日前、イガワから『切り取り行為』をするよう言い含められていた。それを断ったために、こういう仕打ちに出たのやろうと考えた。

『切り取り行為』とは、新聞の集金は月末25日から翌月5日までと期日が決まっていて、それまでに回収出来なかった分を集金人が給料で一時立て替えするシステムのことや。

給料精算時、店側の控えを切り放して集金できたことにして集金人が支払う。

要するに立て替え払いのことや。その時、客に渡す領収書の半券だけを貰うことで『切り取り』と呼んでいる。

ちなみに『切り取り』をして立て替え払いをした後で集金ができた場合、集金人のものになる。貰えなければ、集金人のせいやからあきらめろという理屈や。

締め切りに間に合わなかった場合の『切り取り行為』というのは、集金人に対する債権譲渡に該当する。

立て替えはつまり、集金人が販売店に対し、その債権の譲渡代金としての支払いを意味する。

これは労働の対価として支払う賃金とは無関係のものや。

従って、労働基準法第24条第1項「賃金全額払いの原則」に抵触し明らかに違法行為ということになる。

ちなみに、それについての説明は『NO.145新聞購読料金の切り取り行為は違法なのでしょうか?』(注1.巻末参考ページ参照)を見て貰えれば分かると思う。

イガワから、「他の者は、みんなそうしているんやから、お前もそうしといた方がええで」と強要されたという。

ミチオは、ワシらのメルマガやサイトのファンということもあって、この『切り取り行為』のことを知っていたから、「それはお断りします」と言って断った。

その後に、あらぬ疑いをかけられ解雇を言い渡された。

ミチオは、この販売店で仕事する気にはなれなかったから辞めることには何の未練もなかったが、こんな理不尽な仕打ちには、どうにも腹の虫が収まらず、ワシらに相談してきたというわけや。

何とかギャフンと言わせる方法はないものかと。

過去にも、このミチオとよく似た相談が寄せられたことがあった。その時には相談者の方が非公開を希望したために、サイトやメルマガでは取り上げんかったがな。

取り敢えず、今回のミチオの相談とワシの回答を載せとく。


相談内容 切り取り行為を断って解雇された販売店に対抗するには?


私は、ある新聞販売店で集金のアルバイトをしているのですが、先日、いきなり身に覚えのない使い込みを指摘され解雇を言い渡されました。

中略。(この部分には投稿者が特定される内容が含まれているので、ワシらの判断で省略させて頂いた。冒頭からの話は、そのためにしたものや)

そんなわけで、その販売店と戦うには、どうすれば良いのでしょうか。このまま我慢するのは悔しくてたまりません。

私は裁判も辞さない覚悟で挑むつもりです。

是非、お知恵をお貸しください。


回答者 ゲン


『入金台帳と実際の金額が合わない』というのは経理上のミスも考えられさかい、それだけでは当たり前やが『問答無用で、集金人のあんたに責任を問うことなどできん。

普通、販売店の入金台帳に入金の記載があった場合は、その時点で集金人の責務は果たしているものと考えられる。

当たり前やが、その際に入金額の確認をしているはずやさかいな。

事務員が入金台帳に入金の記載をしたこと自体が受領した証拠になる。受け取った金を調べずに台帳に記入する事務員などいないはずや。

万が一、入金額が実際と違っていたとしても、その時、調べず受け取って受領のサインをした事務員、および販売店側に責任がある。

よって入金台帳記載額と実際の金額が合わないのを集金人の責任だとするには無理がある。

着服したと決めつける限りは具体的な証拠を示さなあかんが、あんたのケースはそれもない。

一般的な新聞販売店での集金人の着服事例は、実際は集金しているにもかかわらず、集金がてきていないとウソの報告しているケースが大半を占める。

しかし、あんたの場合は入金台帳にその集金額が記載されているわけやから、集金の納金は済ませているという客観的な事実がある。

事務員に手渡して納金する際、その場でごまかして着服することなど普通では、とても考えられん。

着服などしていないと言われるのなら、全面的に戦うべきや。やっていないことは絶対に認めたらあかん。

ワシも、その前提で話をさせて貰う。

通常、新聞販売店の集金は月末の25日から始まり、翌月の5日あたりまで続けられるのが一般的や。

集金は、一般の会社の給料日である月末の25日から30日までに最も多く集めることができるとされている。そのため、月末の30日に一応の区切りとして集計することが多い。

その金を新聞社への新聞仕入れ代金、従業員への給料に充てる販売店が多い。

そのため、新聞販売店によれば全体の集金額の8割を、それまでにノルマとして集金人に課しているケースもあるくらいやさかいな。

『帳面との差額分の30万円』あるというのは、約75人分の集金額に相当する。

それほどの金額が実際に足らないということになれば、普通はその時点で大騒ぎになっているはずや。

それにもかかわらず、その集金の時期をかなり過ぎた『今月の半ば頃」になってから『入金台帳に記載された金額と実際の金が合わん』と言われたというのは、どう考えても解せない。

もっとも、小規模な新聞販売店の中には「どんぶり勘定」的なやり方をしている店もあるさかい、そういうこともあるのかも知れんがな。

当たり前やが、集金の受け渡しが終わった時点で、その金の管理は新聞販売店側に移っていると考えるのが妥当や。

あんたから送られてきた事務員の受領サインのコピー映像データを見たが、あれで何の問題もない。立派に証拠として通用する。

その販売店の店長とやらは、原本を渡せと言っていたようやが、それに応じたらあかん。

その点、あんたが、『万が一、その場で原本の手帳を取り上げられてもしたら証拠が消えて困ると思い用心した』というのは正解やった。

もっとも、例えそのコピーを、あんたから取り上げたとしても、その映像データがハカセのもとにあるから、いつでもそれをそちらに送り返せることもできるさかい、証拠という点では、それで問題ないとは思うがな。

その販売店の店長とやらは、あんたを甘く見ていたのやろうな。強引に犯人に仕立てあげれば何とかなると。

例え、アルバイトにしろ解雇するからには、それなりのもっともらしい理由がいる。現在は、アルバイトとはいえ、簡単に解雇することはできんさかいな。

おそらく、これはあんたの言われているように『切り取り行為』を断ったことで、その店長、あるいは店の経営者が、あんたを解雇すると決めて、「取り敢えず、何でもええから難癖をつけて辞めさせよう」と考えた結果やないのかとワシも思う。

『本当やったら、横領罪で警察に通報するところやけど、帳面との差額分の30万円を払えば解雇(くび)にするだけで済ましたる』というのは、その販売店にすれば温情を示したということになるのかも知れんが、これも良う考えたら不自然や。

普通、身に覚えのない人間が、こんなことを認めて『帳面との差額分の30万円』を払うことなど、あり得んことや。

もし、その請求を本気でしているのやとしたら、あんたが認めず抵抗しているわけやから、警察に被害届を出して、あんたを告発せなあかん。

しかし、あんたの話からは、未だにそれをしている様子はないようや。普通、本当に、あんたが集金を着服していると考えとるのなら、それはないわな。

それらを考え併せると、すべては、あんたを辞めさせるための方便、ウソやったのやないかという気がする。

『切り取り行為』について、『他の者は、みんなそうしている』ということからすると、あんた一人に反対されて、それを許してしまっては、他にもそれが波及して具合が悪いとでも考えたのやないかな。

それを阻止するためには、あんたを辞めさせるしかないと思い、一芝居打ったと。

あんたを『使い込み犯』として解雇すれば、その是非を争わずとも、その販売店の中では『悪質な人間を解雇(くび)にした』として他の者に対して示しがつくさかいな。

それが、その販売店も本気で『帳面との差額分の30万円』を払わせることができるとは考えてなかったのやないかと思う、ワシの根拠や。

それに応じてくれれば、儲けものというくらいは考えとったかも知れんがな。

しかし、それでは、あんたの気は収まらんやろうと思う。

解雇理由が「着服」なら、その犯行が確定せん限り、解雇権の濫用による「不当解雇」で訴えることが可能になる。

具体的には、その地域を管轄する労働基準監督署に行って話せばええ。あんたの話なら、たいていの担当員が味方についてくれるはずや。

ちなみに、その店長とやらは『うちは会社組織やないから労働基準監督署なんか関係ないわい』と言うてたようやが、ホンマに何も知らんアホやな。

今日び、そんなことを言うてたら子供でもバカにするで。義務教育でも教わることやさかいな。

会社組織であろうとなかろうと、個人経営の店舗であっても従業員を雇えば、すべてで労働基準法が適用される。その労働基準法を経営者に守らせるための機関が労働基準監督署なわけや。

『うちは会社組織やないから労働基準監督署なんか関係ないわい』という発想がどこから出てきたのか知らんが、物を知らんにも限度がある。

ちなみに、労働者は、自分の職場に労働基準法違反の事実があるときは、それを労働基準監督機関に申告(監督機関の行政上の権限の発動を促すこと)することができ、労働基準監督機関は必要に応じて違反を是正させるため行政上の権限を行使するものということになっとる。

つまり、不当解雇の事実があれば労働基準監督署に言ってきなさい。そうすれば、その相手に注意、お仕置きをするからということやな。

今のところのアドバイスとしては、そんなもんやが、その後何か進展があったら教えて欲しい。


その後、ミチオはワシのアドバイスどおり労働基準監督署に行って説明したということや。

労働基準監督署は、その販売店に電話すると言っていたという。それからは、店長のイガワから何も言って来ない。

その1ヶ月後、ミチオから、


その節は、本当にありがとうございました。

あれから、販売店は何も言って来ません。

やはり、ゲンさんの言っていたように私を辞めさせることが目的だったんですね。

それを考えると腹も立ちますが、そんな連中を相手にしても始まらないので、もう放っておきます。

でも、そんな販売店があることを世間に知らせたいと思うのですが、ゲンさんやハカセさんは、そんなことに手を貸してくれませんよね。

つまらないことを言ってすみません。

いろいろ、ありがとうございました。本当に助かりました。


というメールがあった。

このミチオのように、悪質な販売店や新聞拡張団を世間に公表して欲しいという依頼が、たまに舞い込んでくる。

その人たちの無念な思いは、よく分かるが、いくらそういった相手の詳しい情報を教えて頂いても名指しで公表するわけにはいかん。

それがワシらのポリシーでもあると同時に、公表するとしても万に一つの間違いも許されんから、徹底した裏付け調査をせなあかんさかい、ワシらだけでは物理的にも無理や。

ワシらにできることは、相談者からの相談内容に即したアドバイスくらいやさかいな。

例え相談者が間違ったことを言っていたとしてもワシらには、それを確かめる術はないさかい、すべて正しいものとして回答するしかないわけや。

しかし、人の悪事を暴いて公表するとなると話が違う。警察や報道機関並みの徹底した調査で100%間違いないと思えるものでないと迂闊にネット上で公表するわけにはいかんさかいな。

もし、どうしてもそうしたいのなら、他を当たってくれとしか言えん。悪いが。

ワシらが、ここで声を大にして言えるのは、こういった場合の対処法を読者の方に知らせることくらいやさかいな。その後は、それぞれの判断に委ねるしかない。



参考ページ

注1.NO.145新聞購読料金の切り取り行為は違法なのでしょうか?』
http://siratuka.sakura.ne.jp/newpage10-145.html


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