拡張の手口
手口その6 外道技 Aてんぷら(架空契約)
てんぷらカードを上げる拡張員は多い。程度の差こそあれ、ほとんどの拡張員がしとる。ワシもしたことがある。これは、厳密に言えば詐欺行為や。法律に触れる。しかし、よっぽど悪質やない限り大した問題にはならん。
拡張員でめしを満足に食えん者がおる。契約ゼロの坊主の翌日は金が全く入らん。団も誰にでも借金させるわけやない。仲間に借りられれば、それでその日は何とかなるが、そんなことが続く人間には誰も貸さんようになる。
てんぷらカードが認められれば、翌日、カード料の半額、2000円〜4000円程度の金が入る。それで何とかめしが食える。生きるための必要悪や。関係者なら誰でも承知しとることや。
しかし、やり得ということはない。てんぷらカードは、その時に分からんでも、後で必ず分かる。架空契約なんやから当たり前と言えば当たり前や。せやから、その尻拭いはちゃんとせんとあかん。また、尻拭いの出来るカードにしとかんと拙い。
てんぷらカードの基本?は、6ヶ月以上先の契約にすることや。その間に、その販売所で上がったカードとそのてんぷらカードを発覚する前に差し替えるんや。そうすれば、誰にも迷惑はかけんで済む。
使い込んだ会社の金を誰にも分からんように戻すようなもんやな。悪いことには違いないが、人間として救いはある。ほとんどの拡張員がそうしとる。せやけど、中にはそれが出来ん拡張員もおる。
これは実際にあった話やが、僅か6ヶ月の間に、実に200本以上のてんぷらカードを上げた猛者がおった。月平均30数本というから、ワシでも驚いた。上げたカードの9割以上がてんぷらやった。
そいつは現在、行方不明や。団に入って、6ヶ月後に逃げた。最初のてんぷらカードが発覚したのは、逃げたすぐ後やった。それで、その男の契約すべてを調べあげたら、ことごとく、てんぷらカードやったというわけや。計画的犯行やと思われてもしゃあないやろ。
現在、指名手配ということになっとるが、写真がない上に名前もどうやら偽名やということが分かった。これで、捕まえよういうのは奇跡に近い偶然しかあり得んやろう。そいつを良う知っとるワシらが出会うくらいしかない。
しかし、その万が一の偶然が起きて、そいつと出逢っても警察へ引き渡すようなことは、ワシには出来んかも知れん。なまじ、6ヶ月も付き合っとると妙な情のようなものが沸くもんや。
そいつは、ワシと同じアパートにおった。当然、良う話もしたし、心安かった。人間は穏やかでおとなしいタイプやった。サラリーマンの管理職風の感じで、拡張に行くのにも、いつも背広にネクタイ姿や。
一見して、拡張員と見抜く者は少ないんと違うかな。「○○新聞の者ですが」とそいつが言えば、新聞社のえらいさんとでも間違われるような雰囲気があった。
そいつは、団に入った日から、仕事に対してえらい積極的やった。営業の経験はあるけど、この仕事は初めてやと言うてた。分からんことが多いから教えてほしいと低姿勢やった。
ワシはあたりさわりのないことは教えた。むろん、てんぷらカードのことも教えた。こんなことは、いずれすぐ分かることやからと思うてたし、正しい対処の仕方も教えたから、この男の性質なら問題はないやろと考えた。
てんぷらカードというても、そう簡単に出来るもんやない。へたな奴がするとすぐ発覚する。どの販売所でも監査というのをやる。
ほとんどの販売所も拡張員はあまり信用しとらん。拡張員が持ち帰ったカードはまず疑ってかかる。監査とはそのカードが正当な契約かどうか調べることや。
まず、カードの住所と人間を調べる。拡禁か現読やったらアウトや。へたな奴はその辺の住所と名前を適当に書くから、そこまで確かめん。
この場合の現読とは、実際に現在購読しとる客だけやなしに、数ヶ月後かにすでに契約済みの客も含まれる。約入りというやつや。
住所と住人は、詳細な住宅地図を見たらすぐ確認出来る。アパートやマンションの住人名簿もすべてある。それらが、クリアされたら、そのカードの契約者に電話する。
電話番号は固定電話が原則やが、ない場合は携帯電話でも構わん。てんぷらの多くはこの携帯電話番号を利用する。仲間の拡張員の携帯番号を書く。販売所からの問い合わせに応対させて誤魔化すというわけや。
販売所によったらその地域世帯全体の固定電話番号をパソコンに入力しとるところもあるから、名前と住所を打ち込むだけで分かる。一致するところがあり、その家に固定電話の登録があるにも関わらず、携帯電話やったら、その時点で疑われアウトになる。
この他には、ハンコも必要やが、これは、その辺の100円ショップに行けば売っとるからどうにでもなる。実際、良うてんぷらを上げとる奴は何本もハンコを持ち歩いとる。
総体的に、てんぷらは一人では出来ん。最低、電話を受ける人間が必要や。例外的に、電話番号が必要ない場合がある。引っ越しの場合や。引っ越し直後に、電話が開通しとるところは少ないからな。しかし、この場合は、翌日から新聞を入れ始めるから、てんぷらやと苦情ですぐ発覚する。
ワシも駆け出しの頃、てんぷらを上げた時も、この引っ越しの場合やった。ワシの場合は、一足遅れで他の新聞と契約した後やった。ワシはそれでも、必死でその契約の後の1年後でええからと頼んだ。
その客は、割に簡単にOKしてくれたが、契約は1年後にしてくれと言う。まあ、当然やわな。その日、どうしても1本の契約が欲しかったワシは、それをてんぷらとして上げた。その頃はまだ今ほど携帯電話は普及しとらんかったから、電話はないと言うても通った。
アパート、マンションの空き部屋をてんぷらで使うケースもあるが、最近では販売所もチェックしとる所が多いから昔ほどは巧くはいかんようになった。一時期、てんぷらと言えばこの手が主流やった。
せやけど、いつまでも甘い販売所ばかりやない。空き部屋、空き家チェックを従業員にさせる所が増えた。てんぷら防止と引っ越し客確保の一石二鳥になるからええちゅうわけや。
こういう販売所でこんな、てんぷらカードが発覚したら大変や。へたしたら出入り禁止になる。それでも、まだこの手の通用する甘い販売所もあるようやけど、先のないやり方や。
それほど、1本のてんぷらを上げるには苦労が必要やのに、逃げた男は200数本という考えられん離れ技をしたことになる。そして、その後の調べから仲間内の協力者が誰もおらんことが分かった。完全な単独犯やった。
それで、ただの1本も発覚していなかったというのは、よほど運が良かったのか、あるいはとんでもない天才なんやろうとしか思えん。
その事件が発覚して、数日後、ワシはあることを思い出した。その男が入団して間もない頃、ワシは調子に乗って拡張の手口をいろいろと喋った。その中に、ワシ自身でもやったこともない手口も話した。ワシの思いつきや。
ワシは昔から悪知恵の働くたちやった。ワシに度胸と実行力があれば、名うての詐欺師になっとったやろうと今でも本気で考えることがある。
しかし、ワシは所詮、そこまでの男や。考えるけど何も出来ん。ワシに本当の度胸と根性があれば、こんな拡張員はしとらんと思う。今頃は悪どい金儲けでのし上がっとるやろう。あるいは、刑務所の中かな。
ワシの思いつきをその男が実行したとしたらと考えた。ワシは、誰にも気づかれずに裏付け調査をした。そして、ほぼ間違いがないと確信した。具体的な証拠には乏しいがワシには、その方法しか考えられん。
ワシは悩んだ。裏切られたという腹立たしい気持ちの反面、ワシの考えることは本当に悪の道で通用するんやなという漠然とした満足感のようなものがあった。
それと平行して不安感も増大した。ワシのアイデアでその男が犯罪を犯した場合、ワシは罪になるのかということや。ワシはハカセに相談した。
ハカセはそんな心配はせんでええと言う。そんなことを心配しとったら、物書きは何にも書けん。小説を読んで犯罪を犯したから言うて捕まった小説家は誰もおらん。あんたに悪意がなかったんやから、何も心配することはないと力づけてくれた。
それにしてもすごい話やなとハカセは続けた。ゲンさんの話はいつも面白いけど、その中でもこれは群を抜いていると感心しきりやった。
ハカセの結論は、この話をこの場で公開するのは拙いとなった。これは、拡張の不正行為だけやなく何にでも応用出来る手口や。対応を間違えたらとんでもないことになる。
一番、ベターなのは小説という形式で発表することや。現実と架空の世界をあやふやにしておけば誰も問題視はせん。それに、今はこの犯罪を防ぐ手立ては考えつかんが発表までになにか対策を練ったらええということで落ち着いた。
ここまで、引っ張って読ませた、あんたには申し訳ないけど、もうちょっと待って欲しい。近いうちにこのサイトで必ずこの顛末を小説という形ででも発表するさかい。
追記
お待たせ、やっと話が完成した。完成日 2004.8.27
新聞勧誘・拡張ショート・ショート集 第4話 オードブルは、てんぷらで
断って置くけど、ここでの話は悪用厳禁やで、くれぐれもアホな真似はせんように。真似して捕まっても、ワシは知らんで。