ゲンさんの勧誘・拡張営業講座
第2章 新聞営業の実践についての考え方
拡張タイプ編
その10 大物タイプ
世の中には、そうとしか思えんような人間も確かに存在する。単に、実力があるからという理由だけやなしに、そういう雰囲気で覆われとる人間や。オーラとでも言うしかないものやろと思う。
普通、拡張員が拡張員を値踏みする場合は、その上げたカードでする。この営業の世界は実力の有無が最大の評価基準になる。カードを上げる者が実力者と判断され、認められる。
はっきり言うて、人の性格の善し悪しなんかは、その実力の前では、それほど問題にならん。もっとも、今は、何をしてもカードさえ上げとればええという時代やないから、最低限度のルールと節度を守る必要はあるがな。不良カードを上げた人間は、それだけで評価は地に落ちる。
立場が人間を作ると良う言われる。例えば、普通の会社で課長、部長と出世をする毎に、そのポストなりの人物、実力者になるというやつや。これは、多くの場合、当て嵌まることが多い。
これには、経験に裏打ちされた実力が備わって行くのと、その立場でないと分からんことが分かるからやということがある。
つまり、立場による物の見方の違いや。立場が上がれば責任も増える。それは、その立場に立って見んことには、なかなか気付かんもんなんや。
課長は課長、部長は部長なりの、あるいは社長は社長としての責任の大きさが、それぞれある。拡張団で言えば、班長、部長、そして団長がそれに当たる。
大抵は、上り詰める毎に、同じ人間であっても、その地位なりの成長をすることになる。
しかし、この拡張員の世界には、入団する時点で、すでに大物の雰囲気を持った人間がいとる。これには、以前、かなりの成功を手にした人間が多いのは確かや。
このタイプの人間で、強烈な印象を持った男を一人知っとる。ワシは、この歳になるまで、営業の世界に身を置いたということもあるが、かなりの人間を見てきた。
高名な政治家との接触もあったし、有名な芸能人も数多く知っとる。また、これは自慢できんが、ヤクザなんかの知り合いもおる。
どんな分野でも、一流と呼ばれる連中はそれなりのものを持っとる。中には、名前ほどやない中身の薄いのもおるがな。
せやから、ワシは、僅かでも接触して話せば、大抵の人間の底を見抜く自信がある。俗に言う、人を観る眼というやつや。しかし、この男だけは、ワシにも良う分からんかった。
そして、この男は仕事もできた。ただ、この男と話しとっても、何か特別のことをしとるというようには感じられんかった。本人も特別なことはしとらんと言う。
もっとも、できる人間に限ってそういうところは見せんもんやから、ワシの分からん所で何か人知れず工夫しとることでもあるのかも知れんがな。
ただ、あることで、この男の客と会わなあかんことになったことがあった。その時にその客が「いつもの人、新聞社のかなり上のえらいさんですか」とワシに聞いた。
ワシもそれを否定するのも何やから「ええ、まあ」と曖昧に答えた。本人がそう言うたのかと思うたが「やはりね。そういう感じでしたわ」という客の言葉で違うということが分かった。その客が勝手にそう思い込んどっただけやと。
この男の持っとる雰囲気は、誰が観てもそう思わせるものがあるということや。ただ者やないというな。
その時、ワシは、この男の言う通り、やはり何も特別なことをしとるのやないと考えた。この男の天性の性質がそう思わせるのやとな。
ワシが拡張のタイプを紹介するのは、各自がそれに近いと思えば、ある程度の訓練や努力でそうなるということを言いたいからなんやが、この大物タイプだけは、あまり、参考にならんかも知れん。
ただ、人から「あんたは、ただ者やないな」と言われることがあるのなら、そういう振る舞いをしてみるのも一つの手やとは思う。
せやけど、具体的にどうしたら大物の振るまいができるのかと聞かれても困る。ワシ自身が、そんなたいそうな人間やないんやからな。まあ、ほとんどの者は、そんなことで悩むこともないやろけどな。
せやから、これは、話のネタの一つくらいに考えとった方が無難やろと思う。